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<転載開始>
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2013/02/post-e29e.html 2013年2月 9日 (土)
パウェル国連演説から十年、ベテラン連中、更なる流血の準備完了 Norman Solomon 2013年2月6日
2003年2月5日、国務長官コリン・パウェルが国連安全保障理事会で話した際、アメリカ合州国の無数のジャーナリスト連中は、サダム・フセインのイラクが大量破壊兵器を所有しているという主張の仕方の素晴らしさを褒めそやした。

この演説が後に悪名高いものとなったという事実とて、戦争を始める過程で、真実がどれほど簡単に、どうでもよいことにされてしまうかということを覆い隠すことはできない。
大虐殺をもたらした破廉恥なごまかしの歴史的証しであるパウェル演説から10年後、当時の熱狂的大絶賛の凄さを忘れてしまったのかも知れない。当時、偉大なアメリカ新聞とされるものも含め、アメリカ主流マスコミ世界は、へつらいの称賛で満ちあふれていた。
ニューヨーク・タイムズは、パウェルが“善と悪との戦いという黙示録的なものの援用を省き、フセイン政権に対する、慎重な事実に基づく反論を作り上げることに焦点を絞ったがゆえに、一層説得力があった”と社説で論じた。ワシントン・ポストは、更に戦争に夢中で、論説に“反論の余地なし”と見出しを付け、パウェルの国連プレゼン後は“イラクが大量破壊兵器を所有していることを疑うなど到底想像できない”と主張した。
ところが、パウェルの国連演説に基本的欠陥はたっぷりあった。盗聴した電話会話の偏った翻訳は、悪意あるものの描写となった。ぼけた監視写真の解釈は、最悪をでっち上げるよう誇張された。都合の良いものだけを選んだ諜報情報の要約は、イラクはもはやWMDを所有していないという証拠を迂回していた。ウランを探し求めるイラクに関する大々的に宣伝された文書は偽物だった。
アメリカの特権を巡る前提も、ほとんど問題にされないままだった。パウェルの警告に対し、アメリカが率いるイラク侵略を承認し損ねれば、国連安全保障理事会が“見当違いになってしまう危険性”があり、アメリカ・マスコミの追従は、ワシントンの願望に屈することでのみ、国際連合は“妥当”な存在になれる、という考え方を奉じていた。仕立てられた諜報情報と地政学的傲慢さの組み合わせが、国内の熱狂的評価を実現させ、やがて起きることのお膳立てをした。
侵略はパウェルの国際連合での名演技から6週間後に始まった。間もなくイラク大量破壊兵器捜査は本格化した。何も見つからなかった。2004年1月、パウェルの国連演説から11カ月後、カーネギー国際平和基金が、ブッシュ政権幹部が“イラクのWMDと弾道ミサイル計画の脅威を組織的に偽って伝えたと結論する報告書を公表した。”
風の中でねじれていたのは、その中で“控えめな見積もり”をしたパウェルの対国連安全保障理事会演説だ。イラクには“100から 500トンの化学兵器用薬物の備蓄がある。”国務大臣はこう宣言した。“サダム・フセインが生物兵器と、素早く更に大量製造する能力を有していることは疑いようがない。”
演説から19カ月後、2004年9月中旬、パウェルは、簡潔な公的発言をした。“いかなる備蓄も見つけられる可能性はないだろうとと思う”と言ったのだ。しかし、どのような極めて慎重な譲歩も、イラクで続く流血の惨事を和らげることはできない。
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