http://blog.zaq.ne.jp/shibayan/article/215/
<転載開始>
前回の記事で西尾幹二氏の『GHQ焚書図書開封7』に解説されている、長野朗氏の『支那三十年』という本の一部を紹介した。
この当時長野氏は北京の中国人の家に下宿しておられて、中国の排日運動をつぶさに見てこられたのだが、この著書の中で、中国の排日運動は、当初アメリカやイギリスが、対中貿易拡大のために日本企業が築き上げた中国市場における商圏を奪い取る目的で、中国人を煽動しはじめたということを、かなり具体的に書いておられる。
教科書などをいくら読んでも、この時期になぜ突然に中国で排日運動が起こったのかが長い間腑に落ちなかったのだが、長野氏の文章を読んでようやく納得した。
排日運動を仕掛けたことによって、アメリカの対中国貿易が、日本、イギリスを追い抜いて一気に首位に踊り出たと書いてあったので、当時の新聞記事を探してみた。こういう時は「神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ」の「新聞記事文庫簡易検索」を使えば、経済関連の古い記事が自宅のPCで検索できる。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/sinbun/index.html
例えば「対支貿易 アメリカが首位」と入力して検索すれば、昭和7年8月2日付の中外商業新報の記事がヒットする。
そこには、アメリカが首位に躍り出た理由がこう書かれている。
「米国が対支輸出国の首位を占めたるに至ったのは、支那の日貨排斥運動によりわが対支輸出が大打撃を蒙ったのに対し、米国が原料品は銀安にも拘らず商品価格の世界的低落の波に乗って銀竪*としても値段はなお出会う程度に低落し米国小麦、綿花、薬煙草、木材等が大量に支那に流入したことによる…」
ここにはアメリカが排日運動を主導したとまでは書かれていないが、最大の受益者がどの国であるかを考えればおおよそ見当のつく話だ。
*当時の米中貿易は決済を銀で行っていた
この「神戸大学付属図書館デジタルアーカイブ」を使えば中国やアメリカ以外でも排日運動が起こっていた事が容易にわかる。例えば昭和10年5月25日付の大阪朝日新聞には、中南米の排日貨で斎藤駐米大使が米政府に「注意喚起」している記事が出ている。わが国の政府も、裏でアメリカが中南米の排日で動いていたことの裏付けなしで、このような会談を米国務省に公式に申し入れることはあり得ない話であろう。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=10002662&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE
戦後GHQは、このような戦勝国にとって都合の悪い真実を日本人に忘れさせるために、そのような記録のある書籍を徹底的に洗い出して焚書処分させ、さらに「戦勝国にとって都合の良い歴史」を日本人に押し付けてしまったので、ほとんどの日本人にとってはこのような史実を知る機会が、ほとんど失われてしまったのである。
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