| 我々(ユダヤ人たち)は、紙でも木でもかまわぬのであるが、労働力の価値に見合う通貨を作らねばならない。我々(ユダヤ人たち)は、国民の必要に応じて、つまり、人が生れれば通貨発行額を増加させ、死ねば減少させるのである。 |
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| 各官庁各地方(たとえばフランス行政部)の財政は、それぞれが運営管理するのである。国費の支払に遅延を来さぬようにする為には、支払日と支払額とは、王の命令で一定に定める必要が有るのである。これにより、ある省の大臣だけが便宜を得て、他の部門は、迷惑するというようなことが起こらぬようにするのである。 |
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| 収入予算と支出予算とは、両者が隔絶することがないように比較点検しつつ実施するのである。 |
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| 我々(ユダヤ人たち)が計画した畜生(非ユダヤ人)共の財政制度と原理の改革案は、誰も肝を潰さぬように衣をかぶせてあるのである。我々(ユダヤ人たち)は、畜生(非ユダヤ人)共がしでかした不始末によって財政に撒き散らした混乱の結果、改革が必要であることを指摘するのである。我々(ユダヤ人たち)が指摘する第一の不始末は、次々と起こる原因で年々膨れ上る年次予算に初めから仕込まれておるのである。その予算は、上半期まではダラダラと行われ、それから補正予算を要求し、三ヵ月ぐらいかかって補正予算を作ると、もう清算予算を出せねばならぬ時期になって終りなのである。であるが、翌年の予算は、前年の総支出に基くので、経常の必要よりも年間五〇パーセントにも達し、十年もたつと三倍に膨れ上るのである。畜生(非ユダヤ人)共の政府の無頓着なやり方のお蔭で、国庫は、ついに空になるのである。ここで国債時代が始まるのであるが、国債は、国庫以外のものまで呑み込み、かくて畜生(非ユダヤ人)共国家全部がご破産となるのである。 |
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| 先刻御承知であろうが、かくのごき財政管理法は、我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共に授けた方法であって、我々(ユダヤ人たち)がこれを実行することはできない。 |
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| 国債は、如何なる種類であろうとも、国家が脆弱であり国家機能を理解することすら欠如しておる証拠なのである。国債は、支配者の頭の上にぶら下っておるダモクレトスの剣のようなもので、支配者は、国民から税金を取る代わりに、我々(ユダヤ人たち)の銀行家に掌をさしのばして憐れみを乞うようになるのである。外債は、国家の体に取りついておる蛭(ひる=血を吸う虫)であって、蛭の方で自然に落ちるか、国家が叩き潰しでもせぬ限り取れるものではないのである。であるが、畜生(非ユダヤ人)共の国家は、この蛭を払い落とさない。行き着く先は、減亡というところまで、ますます取りつかせ太らせ、最後は、失血して自ら死を招くのである。 |
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| 細かい点は別として、国債とは、とりわけ外債とは、何であるか? |
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| 国債とは、発行総額に比例して利息が上って行く、政府発行の手形なのである。かりに国債に五分の利息が付いておるとすると、二十年間に国家は、国債総額と同額、四十年間にその二倍、六十年間に三倍の利息を払い、なおかつ借りた分だけが未払のまま残るのである。 |
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| この計算を見れば明らかなように、どういう徴税方法かで一人当りから徴税すれば、国家は富める外国人に利息を払う為に、貧しい納税者から最後の小銭まで巻き上げずにすむのに、余計な利息など払わずに必要な額を調達すべく小銭をかき集める代わりに、富める外国人から金を借りてしまったのである。 |
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| 国債が内国国債であるうちは、畜生(非ユダヤ人)共は、貧民の懐から集めた金を大富豪の懐に収めただけだったが、我々(ユダヤ人たち)が特定の人間を買収して、国債を外国に売らせるようにしてからは、国家の富は、すべて我々(ユダヤ人たち)の金庫に流れ込み、畜生(非ユダヤ人)共という畜生(非ユダヤ人)共は、我々(ユダヤ人たち)に国民を貢物として差し出したのである。 |
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| 畜生(非ユダヤ人)共の王者たちの国務に対する浅薄な態度、大臣たちの腐敗、国政を預る者たちの財政問題に対する理解の欠如が、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)の祖国を我々(ユダヤ人たち)の金庫に対する払い切れぬほどの巨額の債務者にしてしまったが、それは、我々(ユダヤ人たち)の側の労力と金銭の多大な出費なしには容易にできることではなかったのである。 |
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| 我々(ユダヤ人たち)は、貨幣の流通にはなんらの障碍も許さぬから、一パーセント物を除いては、利付き国債は発行しない。従って、国家の力を吸い取る吸血の蛭どもに利息を払うことがない。利付き公債発行権は、専ら、利益から利息を払うことが無理でない工業関係の会社に与えるのである。国家は、会社のように借りた金で利益を収めるのではないのである。国家は、消費の為に金を借りるのであって、運用資金として借りるのではないのである。 |
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| 政府もまた工業公債を買うが、政府の立場は、現在のように配当を払う債務者ではなく、利息を受ける債権者の立場になるのである。この方法ならば、貨幣の流通停滞や奇生資金や遊休資金をなくせるのである。これらはいずれも、畜生(非ユダヤ人)共が勝手にやって我々(ユダヤ人たち)の支配に従う気がない限りは、畜生(非ユダヤ人)共に対する有効な手だてだったのである。 |
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| 畜生(非ユダヤ人)共の頭というのは、思考力の発達しておらぬことにかけては、全く野獣並みであることが明々白々ではないかの。 |
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| やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、我々(ユダヤ人たち)から利子付きの金を借りておるのである。その元利を返そうと思えば、国庫から取り出す以外に手はなく、結局また我々(ユダヤ人たち)から借りねばならず、どうあっても我々(ユダヤ人たち)の懐に戻るということを考えても見ようとしない。やつら(非ユダヤ人=畜生たち)が必要とする金は、非ユダヤ人=畜生たち人民から取り立てた方がはるかに簡単であったのに! |
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| であるが、ここにこそ我々(ユダヤ人たち)選ばれたる民が天才であることの証しが有るのである。我々(ユダヤ人たち)は、その方法ならばやつら(非ユダヤ人=畜生たち)の利益になるかのようにやつら(非ユダヤ人=畜生たち)に持ちかけて来たのである。 |
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| 時至り我々(ユダヤ人たち)が会計を提示する場合には、我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共の政府に対して幾世紀にわたって行ってきた経験にかんがみて、明白かつ決定的な内容とし、我々(ユダヤ人たち)の新制度の利益になるものであることが万人に一目で判るようにするのである。その予算は、我々(ユダヤ人たち)が畜生(非ユダヤ人)共を従属させる為に多用した方法は、すべて打ち切り、我々(ユダヤ人たち)の王国においては、かかる方法は、微塵も許さない。 |
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| 我々(ユダヤ人たち)は、王であろうと最下級公務員であろうと、いかなる些少な金額でも、あらかじめ決められた支払先以外の所には支払われぬように会計方式を立て厳重管理するのである。 |
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| 明確な計画なしには、統治は、不可能なのである。英雄や半神といえども、どこへ行くかも解らぬ道を、十分な金の準備もなしに旅立てば、失敗するほかはないのである。 |
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| 畜生(非ユダヤ人)共の支配者たちは、かつて我々(ユダヤ人たち)が助言したとおりに、国務を怠って各国代表たちとの宴会や儀礼、歓楽にふけっていたのである。やつら(非ユダヤ人=畜生たち)は、我々(ユダヤ人たち)の支配が目に見えぬようにする衝立に過ぎなかったのである。王たちに代って寵臣たちが書いた回顧録なるものは、実は、我々(ユダヤ人たち)の代理人が書いたのであるが、そこには、決まって将来の経済と繁栄が約束されていたので、皮相的にしか物を考えぬ人間たちを満足させた。が、何の経済のことか? |
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| 如何なる新税を?我々(ユダヤ人たち)の回顧録や計画を読めばそういう問が出てくるはずなのに、誰一人として質問しなかったのである。 |
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| やつら(非ユダヤ人=畜生たち)人民は、驚くべきほど勤勉なのに、やつら(非ユダヤ人=畜生たち)が途方もない財政的混乱に陥った原因が、その迂闊さにあったことは 諸兄はよく御承知のことと思う。 |