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不動心さんのメール

千成さん太陽さんお早うございます。

不動心です。

以下の記事は船井幸雄.comからの転載です。

 


http://www.funaiyukio.com/hisho/index.asp?hno=201010004


このページは、2009年11月から(株)船井本社 熱海本社で船井幸雄の秘書として勤務することになった相澤智子(あいざわ さとこ)によるコラムページです。
日々、船井幸雄やまわりの人たちと接する中で気づいたこと、学んだことなどを皆さまにお伝えしていきます

日月神示で言われている『身魂磨き』について。まず何をしたらよいか?

 皆さまこんにちは。

 船井がよく講演や著書などでも話し、おすすめしている日月神示ですが、「この日月神示のどんなところがよいのか。また、どんなところが日本人に合っているのか」を自分なりに今勉強しているところです。

 まず、神さまという存在についてですが、外国と日本では認識のされ方が大きくちがうようです。

 一神教(キリスト教やイスラム教など)での「神」は唯一絶対であり、他には神さまはいません。ここでの「神」とは創造主であり、人間を含めこの世のすべてのものは神が創った「被創造物」であるという考えがあります。神と人間。善と悪。このように二つに分かれています。

 これに対し、日本人にとっての神さまは、「八百万(やおよろず)」といい、昔からすべてのものに神さまが宿り、数え切れないほどの神さまがいると信じられてきました。
 日本の神道では、「私たちはみな、神の分け御霊を持つ」とされています。だから、御霊を磨くと「神」になれる(近づける)という考えがあり、「魂を磨けばもともと自分たちが持っている神性な部分が現れる」ということのようです。

 日本人のいいところは、みんながつながって生きているということを自然に感じることができるところだと思います。そしてそれは、「自分だけが良ければいい」という、自分を他者と引き離した考えではなく、すべてがつながり合った一つの命を生きているという考えにつながっていくような気がします。

 日月神示の中では、「悪も抱き参らせて…」という考えがあり、悪もよくなるためには必要であるという考えがあります。船井の言葉で言うと、「すべて必要・必然・ベスト」という言葉になりますが、善と悪を分け、悪はいけないという考えではなく、すべてを受け入れてよい方へ成長していくという気持ちがあるように思います。これも良い考えだと思います。

 日月神示を降ろした神さまは、国常立尊(くにとこたちのみこと)を筆頭とする神々の「神霊団」による啓示とみられています。
 神道には、「明・浄・正・直」の四つの心のあり方が一つの指針となっています。
 これについて、中矢伸一著 『日月神示 宇宙縄文神とのまじわり』(ヒカルランド刊)には、次のように書かれてあります。

 「明」はいつも明るく晴れやかな心、「浄」は、清らかで濁り穢れのない心、「正」は、裏表のない光明正大な心、「直」はまっすぐで偏ることのない素直な心のことである。これら四つは、日本では古来大切なものとされてきた「まことの心」の具体的表現といえる。「明・浄・正・直」は十分に発揮されれば、その魂の神的属性は光り輝くこととなるわけである。
                     (中略)

 

 神道においては太陽のように「明るく晴れやかであること」とともに、「清らかであること」が重要なのである。

 

 この「明るく晴れやかで、清らかな心」という言葉を聞いて、私が思い出すのは、子どもの心です。御魂を磨いて子どものようにキラキラした心にまた戻っていくということでしょうか。
 そして、子どものような清らかな心と、大人の行動力と、強い心があれば、何事もよい方へ向かう気がします。

 また、日月神示には、
「食い物大切に、家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ、初めの行ざぞ」(「天の巻」第十二帖) と示されています。

 とても基本的なことですが、これがキチンと自分の生活の中でできている人は、どれほどいるでしょうか。この「カイ」という言葉は、「手近なものから始めなさい」という意味があるそうです。自分もそうですが、基本的なことをちゃんとやるということをまずは心がけていきたいと思います。
 自分の普段の生活の中で、身の回りを清浄に保つこと。そして自分の心も清浄に保つこと。何も大きなことではなく、このような基本的なことから、身魂磨きは始まるようです。

転載終了

 

 

 


千成のメール

不動心さん、いつも情報ありがとうございます。

 


日月神示を降ろした神さまは、国常立尊(くにとこたちのみこと)を筆頭とする神々の「神霊団」による啓示とみられています。

 

神示では、国常立神、国常立尊、国常立命、国常立大神などと表現されるようですが、たしかに神示には、このお名前が多数出てきます。

今度の建替・地球の浄化はこの神様がなされるとか。

とすると、地球全体の浄化をされるぐらいぐらいですから、国常立大神という表現が正解なのかもですね。

神はせけるぞ、ともいたるところで言われています。

国常立大神様にとって、何か急がねばならない事情がおありになるようです。

確かに、当サイトに皆様が送ってくださる情報でも、世界情報が風雲急を告げるような内容になっています。

もう少し国常立大神様というお名前に注目しなければならないのかもですね。

一番いいのは、国常立大神様のお姿を観ることが出来る方がおられるといいのですが、神様でも大神様クラスの存在を霊視などできる方は人間にはいないとも思われます??

観ることが不可能とすれば、大神様の霊気を感じることぐらいが精一杯かもですね。

もし、「わたしは国常立大神様の霊気を感じたことがある」という方がおられましたら、メールしてくださるとありがたいですね。

「霊気を感じる」で思い出しましたが、神示には祝詞が多数載っています。

祝詞を声をあげて読めば、ひょっとしたらこの大神様の雰囲気を感じることができるようになるかも。

 


「食い物大切に、家の中キチンとしておくのがカイの御用ざぞ、初めの行ざぞ」(「天の巻」第十二帖) と示されています。

 

これ↑も同時に進行しなければならないことも何か今の社会情勢と関係ありそう。

食い物大切 はわかりやすいですが、家の中キチンとしておかねばならないって一体どういう意味が含まれているのか・・・

もっとも急に第三次世界大戦が開始されるとか、「都市攻撃」が開始された場合、「さあ、避難」いう時に家の中がキチンとしていなければ、避難用具がでこにあるのかもはっきりしませんね。

いざ避難という緊急事態では、頭が混乱しているでしょうから、探す避難用具がどこにあるかをすぐにわからねばえらいことになります。

とすると、食い物大切に、家の中キチンとしておく ということは、何か緊急事態が迫っていることを知らせてくれているのかも。