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不動心さんのメール

千成さん太陽さんお早うございます。

不動心です。

 Mail 1865 の千成さんのコメントを拝見し、私見ですが千成さんのコメントに対しご説明と若干の考察をさせて頂きます。

家の中キチンと食物大切がカイの御用と申してあろがな(梅の巻 第18帖 )にある、家の中キチンとはひふみ祝詞を奏上する事、

食物大切は国常立大神様は現世では豊受大神様として食物を扱う神様の一面もあるようですから、食物に不自由させない神様でもおられるようです。

また、大神様は色々な現れ方をなされるご存在ですから、各地の神社で形を変えて信仰されていらっしゃる面もあるようです。


カイの御用は千成さんのご考察のように回帰・開基の面と、舟を漕ぐ 櫂(カイ)の意味も併せて有るようです。

即ち国常立大神様の居られる宇宙船地球号には舟を漕ぐ人民が多数居るわけで、その人民が大神様の意を受けて一所懸命に櫂(カイ)を漕ぐと船は勢いよく進みます。 カイの御用とはひふみ祝詞を奏上し、食べ物(四つ足は禁止)を大切に扱いなさい。 と考えます。


それが国常立大神様の御心に回帰・開基し御心に沿う生活ですよ。

御心に沿うとは、建て替え・建て直しが順調に進み大難が小難に変わる事と思考しますと人類にとって大変よい事と存知ます。


もう一つのカイの御用の意味は、カイ→下位の意味です。

青葉の巻第十二帖には、 下に居て働けよ、下で土台となれよ。とあります。


御神示通りにすれば、

神の云ふ事聞けば、

神が守るから人民の目からは危ない様に見へるなれど、

やがては結構になるのざぞ、

疑ふから途中からガラリと変るのざぞ。

折角 縁ありて来た人民ぢゃ、

神はおかげやりたくてうづうづざぞ、

手を出せばすぐとれるのに何故手を出さんのぢゃ、

大き器持ちて来んのぢゃ。

神示聞きて居ると身魂太るぞ、

身魂磨けるぞ。

下に居て働けよ、

下で土台となれよ。

此処は始めて来た人には見当とれん様になってゐるのぢゃ、

人の悪口 此の方 聞きとうないぞ、

まして神の悪口。

八月四日、

ひつ九の


ここで、


御神示通りにすれば、

神のいう事聞けば、

神が守るから、

神はおかげやりたくてうづうづざぞ、

手を出せばすぐとれるのに何故手を出さんのぢゃ、

大き器持ちて来んのぢゃ。


とはっきりと預言されておられます。

ひふみ神示では随所で

祝詞を祝れ、 神祀りてくれよ。 開いてくれよ

と書いてありますから、赤子心で素直に従うのが良いと考えております。

梅の巻 第18帖 には、  人間の頭では判らんから早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ とあり、 更にそれがお主の徳と申すものぢゃぞ、一家の為ぞ、国のためぞ、世界の民の為ざぞ、天地の御為ざぞ。と預言しておられます。


自分で自分のしてゐること判るまいがな、

神がさしてゐるのざから、人間の頭では判らん、

仕組通りに使はれて、

身魂の掃除の程度に使はれて、

使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、

早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、

それがお主の徳と申すものぢゃぞ、

一家の為ぞ、

国のためぞ、

世界の民の為ざぞ、

天地の御為ざぞ。

今迄になかったこと今度はするのぢゃから合点出来んも道理ぢゃ道理ぢゃ、


この様に考察してきますと、ひふみ祝詞を奏上するのは臣民人民として当り前の権利かなと考え、私は日々神前にて朝夕の礼拝を行っている訳です。



礼拝の仕方は、ひふみ神示の マツリの巻第15帖で旧九月八日からの当分の礼拝の仕方を書き知らせます。と有りますのでそれをご参照ください。

また、其処には「誓いの言葉」が有ります。

これも マツリの巻第3帖 に旧九月八日からの誓(ちかひ)の言葉知らすぞ。と有りますのでご参照ください。


念のため、数歌とひふみ祝詞は下記しますのでご参考になさってください。


数 歌

ヒトフタミヨイツムユナナヤココノタリモモチヨロズ。
一 二 三 四 五 六 七 八 九 十 百 千 卍(万)


ひふみ祝詞 (三五七のリズムで拍手しながら祝ります)

(○印)は軽い拍手。「れ」と「け」は一文字分余分に伸ばす)

 (○) (○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○)(○)(○) 
     ひ ふ み      よ い む な や      こ と も ち ろ ら ね

(○) (○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○)(○)(○) 
    し き る      ゆ ゐ つ わ ぬ     そ を た は く め か

(○) (○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○)(○)(○) (○) (○)(○)(○)(○)(○)(○)(○) 
     う お え     に さ り へ て      の ま す あ せ ゑ ほ     れ ー け ー         

 (三度繰り返すこと)


礼拝の仕方はひふみ神示で解りますが、ひふみ祝詞の唱え方については次の情報がお役に立つかと存じますので掲載します。

ひふみの祝詞の唱え方  が詳しく書いてあるHPです。


何れにしてもご興味のある方、祈ってみようと思われる方は是非赤子心でなさってください。

此処は始めて来た人には見当とれん様になってゐるのぢゃ、

人の悪口 此の方 聞きとうないぞ、

まして神の悪口。

(青葉の巻第十二帖)


教会作るでないぞ、

信者作るでないぞ、

無理に引張るでないぞ。

この仕組知らさなならず、

知らしてならんし神もなかなかに苦しいぞ、

世の元からの仕組ざから、

いよいよ岩戸開く時来たぞ。

(下つ巻第四帖)


わからんミタマも今迄は機嫌取って引張りて来たなれど、

もう機嫌取りは御免ぢゃ。

こんなことに長う掛かりてゐたなら実地が遅れるから、

ひときりにいたすぞ。
神代となれば天は近くなるぞ、

神人共にと申してあらうがな。

一人となりても、神の申す事ならば、ついて来る者が誠の者ざぞ、

誠の者少しでも今度の仕組は成就するのざぞ、

人は沢山には要らんのざぞ。

信者引張ってくれるなよ。

道は伝へて下されと申してあらうがな。

(岩の巻 第10帖)


と預言されておりますので悪しからずご了承ください。

国常立大神様がお隠れになられた場所は諸説あるようですが、私は以前の投稿  MAIL 891 にてご紹介させて頂きましたように、淡路島に隠棲しておられ1995年(平成七年)1月17日(満月)に兵庫県南部地震「阪神淡路大震災」が発生した時にこの世に復活されたのではと考えられます。

ひふみ神示を読む限りにおいて、ひふみ神示を本物の預言書と捉えると正しく神の書かれた書となるわけですから、神は居られると考えるのが自然です。

敢えて否定する事のほうが困難でしょう。

私はそう考えますし、その様に考え信じるからこそ当サイトを読み、投稿させて頂いてる次第です。


千成のメール

不動心さん、神示の解説ありがとうございます。

見事な解説だと感心しました。

カイには、舟を漕ぐ 櫂(カイ)の意味とカイ→下位の意味が あるのですかぁ。

な~るほどです。

食物大切は国常立大神様は現世では豊受大神様として食物を扱う神様の一面もあるようですから、食物に不自由させない神様でもおられるようです。

国常立大神様は豊受の大神様と同名なのですね。

梅の巻 第18帖 には、 

人間の頭では判らんから早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ とあり、

更にそれがお主の徳と申すものぢゃぞ、

一家の為ぞ、国のためぞ、世界の民の為ざぞ、天地の御為ざぞ。

と預言しておられます。

人間心では神様のことは分からないということのようですね。

とすると、まずは教えていただいた祝詞を奏上する習慣をつければ、だんだん神様の御心が分かってくるかもですね。