確かにこの〔B〕の答は縦、横、斜め、すべてはきれいな形で相互的に関連し、しかも正しい秩序をもつ整然とした数字が姿を見せている

だから私は「現代数学」は欠陥数学であり、不整合数学であると物言いをつけ、人には笑われ、さげすまれている始末である。

願わくばそこには「自然界普遍の数の在り方」、「自然界に即した正しい数のあり方」が厳然として存在していることを知って欲しい。

ただ我々がその事実を知らないだけなのである。

上述した「数の図」などは、まだ氷山の一角にすぎず、まだまだ沢山の驚くべき「数の証言」と「数の図」が『神の数学』の中には数多見出され、答を出すように呼びかけていることを改めて申し述べておきたい。

    (詳細は『超物理の世界』(2)参照)     (「禊算」の資料が必要な方は申し出て欲しい、ご送付申し上げる)
 
 人類の編み出した「現代数 学」、それは「自然の規範」と対比すること無しに、一人合点のまま構築した異端の数学体系と言うものである。

ただそれは人間間の符牒、決め事の印としては有効ではあるが、いざ自然に対して用いようとしても決して自然は受け付けず、対話不能の結果で終わるのである。

そこで、あわてた先端物理学者や宇宙物理学者達は今必死になって宇宙自然と対話が可能な「新しい数学手法」と「その言語」を探し始め、最後には神話、伝説、超古文書などに目をつけ「新しい数学の芽」、「数学革命の種」を尋ね歩いている現在である。

ところが偶然にも、それは世界で最も古い宗教である日本の『古神道』の祝詞のなかに眠っていたのが私により見出され、今、目を覚ましたのである。

それが『神の数学』であり、驚くべき手法をもって「自然との対話理法」を明かし始め、あまつさえ人類の未だ知らぬ「超物理」、「超数学」、「超哲学」等に秘められていた真実さえも提示しょうとしているのである。

 信じられないのはそこには人類が始まって以来、探し続けていた『あるもの』がしっかりと姿を見せているのである。

それは浅学非才な私の口からはとても申し上げられないまことに尊いものであり、恐れ多いものであり、人類の発祥以来探し求めていたものである。

それについての意義詳細は私よりもつと鋭い洞察力のある方々と検証、論議を重ね、ある程度、納得いった時点ではじめて明らかにしていくことにしたい。

これが人の編み出した「十進法」と自然の持つ「循環法」の違いでもある。
 今まで人間は自ら編み出した「十進法」こそ唯一のものと信じ、それを用いて自然界を解こうとしていたので、自然界と結果が合わず「自然は難し い」、「自然の心が読めない」とぼやきにぼやいていたのである。

しかし、真実は自然が難しいのではなく、我々の自然へのアプロ-チの手法に間違いがあったのである、正しい方法を用いれば自然はまことに寛容であり、素直なもので、子供にでも心を開いてくれるものである。

しかし、我々の手法に間違いがあれば自然は決して真実を明かさず、ただただ隠れるだけであり、ただただ顔をそむけるだけである。

今の地球的規模に広がっている自然の大反乱、すなわち自然災害は現代科学文明の生んだものと声高に「科学」を非難しているがそれは大間違いである、真犯人は「科学」ではなく、その科学の土台骨を作っている「数学」、すなわち、『10進法』に間違いがあったのである。

 その計算法が原因で自然との間にキシミが生じ、それを是正すべく浄化作用始まり、本来の自然に戻ろうとしているもの、それが我々が杞憂してい自然の大変動であり、いわば自然の大きなクシャミなのである。

今の科学概念を用いている限り永遠に自然と共に歩むことは出来ず、益々そりが大きく合わなくなっていくのは誰の目にもあきらかであろう。

それに気がつくことが無く、このまま進めば、ますます距離は離れ、同時に事態の深刻度は増し、遂には人類の減少、強いては人類の滅亡という事態につながっていくのである。

今となってはそれもすでに時間の問題であろうと思われる。

現在の度合いから見て、残されているタイムリミットは僅か20年~40年くらいが最大限度であると見てもいいのではないのか。

    【まことに不穏当な書き方ではある、資料が膨大過ぎて記しきれず途切れ途切れになり、申し訳ない。

各部分の「詳細資料」が入用な方は連絡戴きたい】。