ケムログさんのサイトより
http://blog.chemblog.oops.jp/
<転載開始>
本日はご紹介したい記事が結構あったのですが、パソコンの調子が悪いので、以前から翻訳していたシュメールの神話をご紹介します。

聖書とシュメール神話を比較した記事なのですが、なかなか面白いのでお読み下さい。


The Sumerian Legacy

The Sumerian Legacy

シュメールの遺産

シュメール人は書き物を発明し、また世界で最初の偉大な文明だったというのは知ってのとおりだ。文明が栄えたのは、2つの大河チグリスとユーフラテスの間の渓谷で、今日ではイラク南部として知られている。

シュメール文明は、紀元前5,000年から紀元前2,000年までの、およそ3,000年間存続していた。彼らが黄金期に達したのは、紀元前3,000~2,000年の事だった。シュメール人達は、車輪、鍬、潅漑、帆船、平底船、ろくろ等を発明し、初めて石造建造物や多層建造物を建造した。彼らの社会には、先進的な司法システムがあり、数学や、天文学そして暦を発展させた。今日でも我々の時間の定義は、6と60を基にしたシュメールの記数法に由来しており、円の360度の分割もそれに因っている。しかし、彼らの最も重要な発明で、後の全ての文明と文化の基礎となって、紀元前4世紀末に為し得たのが、文字を書く要領だった。

シュメール人は、葦の藁でくさび形文字を粘土板に書いていた。これら数百、数千もの粘土板が考古学の発掘で発見されている。これら平板の多くが発見され翻訳され、旧約聖書(Old Testament)として知られている物語の、元の話と主題の原形が浮かび上がって来ている。粘土板の殆どは、旧約聖書の最も初期のものより、少なくとも数千年は古い。シュメール文化は、後の偉大な文明に巨大なインパクトを与え、また骨組みを成立させた。

創造
人が泥からどのように作られ、鼻から息を吹きかけられて生を得たという話は、創世記2章7節で語られているが、これは遙かに古いシュメールの創造神話のコピーなのだ。シュメールの伝説は、7つの平板の叙事詩、エヌマ・エリシュ(Enuma elish)、「初めに(In the beginning)」として保存されている。

世界の始まり
バビロン及びエジプト双方の創造神話に、かつて全てが水であった頃、神が土地、川、動物や植物をどのように創造したのかという主題を発見することができる。バビロンの話では、巨人のマルドゥク(Marduk)が有史以前の水の悪魔と戦い制圧したとある。悪魔の中で最も危険なのは、塩水の悪魔ティアマット(Tiamat)だった。混沌とした有史以前の水として、ヘブライ語の法則により聖書本文で使われている語も同じ名前となっている。マルドゥクは、悪魔の身体を真っ二つに割り、天国と地球を作った。そして彼は星を体系付け、月を作った。それが完了すると、彼は粘土と血で人を作るためエア(Ea)神を残した。聖書の創造神話は、これら古い神話が元になっている。当然の事ながら聖書では、それはエホバ(Jehova)であり、有史以前の水とその悪魔達(聖書ではドラゴンと呼ばれている)を制圧し、これらから世界を形成したと信じられているマルドゥクではない(賛美歌74番12-17、89番10-13、イザヤ書42章5節、51章9-16節、ヨブ記9章8-13節、26章7-14節、創世記1章)。
マルドゥクは彼の業績を称えられ、女神サルパニトゥム(Sarpanitum)と神聖な結婚式を行っている。それに引き替え、頑張り屋の独身男であったエホバ(Jehovak)は、1日のうたた寝を得ている。

人間の創造
聖書の神は実際には、人を2度創造している。1度目の第一章で、神は自らの姿で男と女を創造している(創世記1章27節)。その後、第二章で泥(ヘブライ語:アダマ)の男(ヘブライ語:アダム)を創造し(創世記2章7節)、少し経った後に男のあばら骨の1つから女を創造している(創世記2章22節)。第一章では、神は全ての動物を創造した後に人を創造したのに対し、第二章では動物より先に人を創造しているというのは奇妙な事だ。

シュメールから発掘された粘土板には、女の創造、エデンの園(the Garden of Eden)や人間の堕落と原罪に関する聖書の物語の、生い立ちを説明する物語がある。アダム(Adam)のあばら骨からどのように女が作られたのかという奇妙な物語は、道理に適ってはいない。何故あばら骨なのか?聖書の書き手がテンプレートとして利用した元の話を読めば、全てが明確になる。

シュメールの物語は、水と知恵の神であり、シュメールの神々の中でも中心的存在であり、最も有名なエンキ(Enki)と、ディルムン(Dilmun、現在のバーレーン)の楽園の地について語っている。ディルムンは、シュメールの東に位置していたと言われている。聖書の物語では、エデンの園は「東部」に置かれていたとある(創世記2章8節)。神話によると、ディルムンは光り輝く清潔な場所で、病気も死も存在しない命の土地、不滅の土地であったという。

しかしながら、ディルムンにはある物が欠けていた。水である。しかし水を司る神エンキは、ディルムンを豊富な果樹、花や茂みに溢れた神聖な庭に転じる川を創造した。

その後、偉大なシュメールの地母神ニンフルサグ(Ninhursag)が入り、この神聖な庭に8種類の異なる植物を創造した。これら8種の植物の創造は、3人の女神の誕生という込み入った過程と関係があり、物語ではその誕生に際して、微塵の痛みも不快感も伴わなかったことを強調している。

とても幸せだったエンキは、これら8種の植物の果実を味わいたいと願い、召使いのイシムード(Ismud、2つの顔を持った神)に果実を集めて来させ、それらを代わる代わる食べていった。これがニンフルサグを激怒させ、彼女はエンキに致命的な呪いをかけた後に、そこから立ち去った。エンキは、食べた果実に相当する8つの異なる臓器や体の部分を患うことになった。エンキの体調は急速に悪化し、他の神々は唖然としたが、衆望のあるエンキを救う術を持っていなかった。ついに狐がニンフルサグを見つけたが、この物語の一部が消失しているため、正確にどのような方法によったのかは分からない。

最終的にニンフルサグは帰還し、エンキを彼女の膝に横たえ、彼に身体のどの部分が悪いのか尋ねた。彼女が、患っている身体の部分に相当する8人の治癒の女神を創造すると、間もなくエンキは回復した。悪化した身体の部分の1つが肋骨であり、シュメール語で肋骨は「ティ(ti)」と呼ばれている。女神はエンキの肋骨を治療するために、「ニンティ(Nin-ti)」と呼ばれる「肋骨の女」を意味する女を作った。しかし、シュメール語で「ティ」は「生命」、或いは「生命の創造」という意味も持っており、これを「生命を創造する女」という解釈もできる。シュメール人達は、このような語呂合わせを非常に好んでいたが、イブ(Eve)という名のヘブライ語(ハッワー Chavvah)が同じくヘブライ語の「生命」(ハイ Chai)とは似ているものの、「肋骨」を表すヘブライ語(Tsela)(アラム語では'ala')とは共通点が無かったことから、当然ながらこれらの語呂合わせは、聖書の書き手達には見落されていた。

創造の女神達の誕生には、痛みや不快感が伴わなかったことの物語での強調は、人間の堕落を招いたイブに対する神の罰にその要素を発見できる:「お前のはらみの苦しみを大きなものにする。お前は、苦しんで子を産む」(創世記3章16節)。

「エデン(Eden)」という名も、シュメール語に由来しており、単に「平原や平らな地形」を意味する。その名前は、メソポタミアの都市国家ラガシュ(Lagash)とウンマ(Umma)の間で、両都市の間に位置する肥沃なグ・エディナの川谷(Gu-Edina、エデンの川岸)を、どちらが統治するべきかという論争に由来している。

大洪水

肥沃な川谷に出現したシュメール、或いはメソポタミア、そしてエジプト文明のような文化では、川が活力の源であり、存在の基礎であった。毎年の川の氾濫は、農業と農作物の鍵を握っていた。この氾濫があまりにも小規模か、1年間発生しなければ、凶作、飢饉や恐慌という結果に終わる。氾濫が大規模過ぎた場合、畑、都市、穀倉地帯は破壊され、潅漑システムが詰まり、社会は破滅の危機に直面する。

破壊的な洪水は、メソポタミアでは一般的であり、それらと一体となった川と神性は、これら人々の信仰の中心に位置していた。腹を立てた神の罰としての壊滅的大洪水という考えは、これら文化においては極めて一般的であった。これはヘブライのような砂漠の羊飼いの遊牧民とは、全く異質の考えでもある。聖書のノアと大洪水の話は、多かれ少なかれ、遙かに昔のシュメール神話のギルガメシュ叙事詩(Gilgamesh epos)に見られる大洪水や、船を建造した主人公 Ziusutraの直接コピーに過ぎない。

この叙事詩が書かれた粘土板の多くは、現在英国博物館に所蔵されている。大洪水に関するメソポタミアの神話には、幾つかのヴァージョンが存在しており、その全てが聖書のそれよりも遙かに古い。
チグリスとユーフラテス、そしてナイル川は、多くの大洪水を引き起こしたのは明白であり、結果メソポタミア神話の背景は、実際の出来事を元に書かれているが、当然彼らの神話の形式で誇張されている。聖書に現れる洪水も、そのような方法で誇張されているが、それは全く話にならない。世界中の山を覆い尽くすには、海抜は9,000m必要だ。これには途方もない水量が求められる。実際のところ、太陽系全体に存在する水の総量の数倍にも達する。

箱船の大きさ(創世記6章15節)は、地球に存在する種それぞれ2体を収容するのに十分な大きさであったと、述べられている。ほぼ100万種近い既知の昆虫や、そのそれぞれには異なる複数の系統があり、恐らく船それ自体よりも大きく、当然の事ながら近親交配という問題もある。近親交配を避けるため、神は7組の鳥と「清潔」な動物を箱船に乗せる事を認めたが、人間に許されたのは4組だけであった:ノア(Noah)(600歳で多産は極めて困難だ)と彼の妻、その3人の息子と彼らの妻。

ところで、1,190,200種の無脊椎動物、5,416種の哺乳類、5,743種の両生類、9,917種の鳥類や約8,163種の爬虫類をどれ程正確に、600歳のノアと彼の家族が集められたのだろうか。またそれぞれの種には多くの異なる系統とサブグループがある。しかも、これをたった7日間でやったのだ。

全ての自然信仰では、自然災害は神がその隷属者を懲らしめるための行いであると考えられている。カインとアベル(Cain and Abel)の話の主題も、太古のシュメール神話の多くと共に見つけられる。シュメールが最初の読み書きできる文明であった事から、彼らの神話や物語は記録され、複写された結果、中東の大部分が知るところとなった。発掘された粘土板の物語と聖書の物語を比較すると、類似性は一目瞭然だ。聖書の文章は後の古代人が書き、その書き手達は周囲に広がる高度な文化の物語、神話、宗教的動機や歴史と言った豊かな情報源から、ひらめきを得たり話を構築したりしていたのだ。

実際の歴史的な出来事や形態は変形され、長い間に神話的外観を帯びるようになった。聖書のバベルの塔(the tower of Babel)の物語がこれに当たる。この話では、バベルの全ての人々は同じ言葉を話していたが、人々が天国に届く塔を建設しようとした時、これに神は不快感を抱き、人々の言葉を乱した結果もはや誰もお互い(の言葉)を理解できなくなったという。結果として、建設計画全体が失敗に終わった。この物語は、バビロンの高さ90メートルのエテメナンキ(Etemenanki)と関連がある。

ネブカドレザル王(Nebuchadrezzar 2)2世がエルサレムを征服した紀元前597年、彼はユダヤ人のエコニア王(Jeconiah)を打倒している。10年後の紀元前587年、ユダヤ人の暴動が発生したが、ネブカドレザルはエルサレムを平定し、ユダヤ人のエリートを人質としてバビロンに送った。バビロンの議会は交易路をコントロールし、この強力で影響力のある帝国において貿易と文化の中心となった。バビロンは、人種のるつぼであったため、そこでは多くの異なる言語が話されていた。ユダヤ人のエリートは、バビロンに紀元前886年から839年まで留まり、その思い出は賛美歌の詩歌137や、予言者ダニエルのネブカドレザル王の物語に見られる。(ダニエル書4章33節)

ユダヤ人がバビロンに留まっていたという実際の証拠が、紀元前592年の粘土板に書かれた在庫目録にある。目録には、エコニア王と彼の宮廷に権利を与えられた異なる食べ物が記載されている。バビロンの都市の大きさと記念碑的様式、そしてその豊かな文化は、ヘブライのエリートにはっきりとした感銘を与えた。巨大な中央のピラミッド形神殿と高さ90メートルの高塔エテメナンキ、幾つかの大寺院とタワーと一体化した高さ30メートルの2重の市壁などは、今日でさえ皆に感動を与えるだろう。翼のある人間という描写で天使を創造するというアイデアは、バビロンの寺院では一般的であり、ここでもユダヤ人、その後にキリスト教徒に影響を与えている。


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