不動心さんのメール
千成さん太陽さんお早うございます。
不動心です。
下つ巻 第十三帖 逆立ちして歩くこと、なかなか上手になりたれど、そんなこと長う続かんぞ。 あたま下で手で歩くのは苦しかろうがな、 上にゐては足も苦しからうがな、 上下逆様と申してあるが、これでよく分るであろう、 三(みち)の役員は別として、あとの役員のおん役は手、足、目、鼻、口、耳などぞ。 人の姿見て役員よく神の心悟れよ、もの動かすのは人のやうな組織でないと出来ぬぞ。 この道の役員はおのれが自分でおのづからなるのぞ、それが神の心ぞ。 人の心と行ひと神の心に融けたら、それが神の国のまことの御用の役員ぞ、この道理分りたか。 この道は神の道ざから、神心になると直ぐ分るぞ、 金銀要らぬ世となるぞ。 御用うれしくなりたら神の心に近づいたぞ、 手は手の役、うれしかろうがな、足は足の役、うれしかろうがな、 足はいつまでも足ぞ、手はいつまでも手ぞ、 それがまことの姿ぞ、 逆立して手が足の代りしてゐたから よく分りたであろうがな。 いよいよ世の終りが来たから役員気つけて呉れよ。 神代近づいてうれしいぞよ。 日本は別として世界七つに分けるぞ、 今に分りて来るから、静かに神の申すこと聞いて置いて下されよ。 この道は初め苦しいが、だんだんよくなる仕組ぞ、 わかりた臣民から御用つくりて呉れよ、 御用はいくらでも、どんな臣民にでも、それぞれの御用あるから、心配なくつとめて呉れよ。 七月の十八日の夜、ひつくのか三。
あたま上でないと逆さに見えて苦しくて逆様ばかりうつるぞ、この道理分りたか。 岩戸開くとは元の姿に返すことぞ、 神の姿に返すことぞ。 |
此処で言う逆立ちして歩くこととは、人間の意識の中で神と人間の上下関係が入れ替わっている事を示しています。
其れを本来の姿に戻すと言ってます。
逆立ち思考とは人間が自然性の神よりも上位に自らの肉体的自我を置いている事を言います。 この考え方を神が上で人間が下である本来の定常性思考に戻す事が身魂磨きに通じるのです。
人間は赤子心のようになって只ひたすら信じるしかないのです。
そして、神の御用を務めることです。
自然界の四大は、地水火風であり、思想的な五大はこれに空を足す事ですが、地は物質であり最も進化の初期段階にある人間が地です。
神は居ないと豪語し人間様が一番偉いのだと言っている人間は、霊的レベルでは最下層です。 何故かって?
ひふみ神示では次のように預言してます。
黒鉄の巻 第26帖 神は理屈ではない。 只求めるより他に道ないぞ。 親呼ぶ赤児の声で神を求めよ。 神に呼びかけよ。 総てを投げ出せよ。 まかせ切れよ。 神は喜びの光となって、そなたに現はれて来るぞ。 理屈の信仰に囚はれると邪道。 赤児心の理解は第一ぞ。 (一月二十二日) 理であるぞ。 生きた自由自在の、見当とれん、絶対であるぞ。 |
松の巻き第十九帖 改心次第で善の霊(れい)と入れ換へて、その日からよき方に廻してやるぞ。 道はまっすぐに行けよ。 寄り道するではないぞ。 わき目ふると悪魔魅入るぞ。 それも我れの心からざぞ。 七月四日、あめのひつくのかみ。 |
梅の巻 第18帖 自分で自分のしてゐること判るまいがな、 仕組通りに使はれて、身魂の掃除の程度に使はれて、 使ひ分けられてゐるのぢゃぞ、 早う人間心捨てて仕舞て神の申す通りに従ひて下されよ、 それがお主の徳と申すものぢゃぞ、 一家の為ぞ、国のためぞ、世界の民の為ざぞ、天地の御為ざぞ。 神がさしてゐるのざから、人間の頭では判らん、 |
以上です。
千成のメール 不動心さん、逆立ち思考の考察ありがとうございます。
世の終わりの後には神代が来るのですね。 怖いような嬉しいような~。 でも七月の十八日の夜、ひつくのか三。という記述があります。 今気付いたのですが、夜なんてついているのはこの帖だけかも。 なんで夜なんでしょう? 世の終わりは、夜に始まるのでしょうか? 世の終わりって、第三次世界大戦のこと? |