NEVADAブログさんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/nevada_report-investment/
記事中にあります「少しでも幸せを分かち合える社会」と言う考えが
広がることを祈ります。
<転載開始>

2010年12月25日

現代クリスマスへの疑念

教皇ベネディクト十六世は2005年12月11日に「お告げの祈り」の中の言葉で、以下のような言葉を発して、今のクリスマスを批判しています。

【現代の消費社会の中で、この時期(クリスマスイブ及びクリスマス)が商業主義にいわば「汚染」されているのは、残念なこと。降誕祭の精神は、「精神の集中」と「落ち着き」と「喜び」であり、この喜びとは、内面的なもので、外面的なものではない。】

日本は今や世界一「クリスマス」を商業的に利用する国になっており、クリスマスが終われば今度は「お正月」商戦に移行するという、節操のなさでは世界一ですが、日本人は本当のクリスマスの意味を勉強した方がよいと言えます。

クリスマスはキリストの降臨を祝う行事であり、基本的にはカトリック信者の家族が集まりお祝いする日となっており、商業主義的なお祭りではないのです。

家族が集まり、教会に出向き祈りをささげるのが本来のクリスマスであり、日本のようにレストランやバーで騒ぐ日ではないのです。

また、困っている人に施しを与え、みんなが少しでも良い思いをする日としている者も多くおり、ホームレスや困っている人たちに寄付をする者も多くいます。
また、キリストの元に戻っていった家族・知人・恩人を偲ぶ人も多くおり、静かに祈りをささげる者も多くいます。

日本の場合は、アメリカから入ってきた「商業主義」が行き過ぎているもので、今やクリスマスは「お祭り」となり、「恋人たちの日」ともなっていますが、おかしなことだと言えます。

映画の『スクルージ』や『クリスマスキャロル』(子供には、ディズニーのミッキークリスマスキャロルが良いかも知れません)を見て、今一度、クリスマスの「意味」を日本人は勉強し、商業主義に走っている社会を一人一人が戒めるべきかも知れません。

今、ニューヨークに来ていますが、一年前の今日、ラブラドール犬を連れて地べたに座っていたホームレスの女の子に少しばかりのお金をあげたことがありますが、今日また出会い少しばかりのお金をあげました。

昨年はそのお金を持って同じホームレス仲間と急いでマクドナルドに入る姿をその後見ましたが、皆が少しでも幸せを感じることができる社会は、それは素晴らしい社会だと言えます。

決して商業主義に走るのではなく、少しでも幸せを分かち合える社会は宗派に関係なく理想的な社会であり、
一人一人が心がければ、決して実現不可能な社会ではないと思っています。

<転載終了>

大摩邇サイト関連記事

クリスマスはニムロド(ニムロデ)生誕を祝うもの

ニムロド、セミラミス-偽りの三位一体