なわ・ふみひとさんの進化の記録より
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-default.html
<転載開始>
藤井 厳喜・著 光文社 2004年12月刊
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/bookstand-default.html
<転載開始>
藤井 厳喜・著 光文社 2004年12月刊
この本では、破産処理後の日本がどうなるかについて3つのシナリオをあげています。1つは、「アメリカの経済植民地」になるケース。これがもっとも可能性が高いと見ています。その場合、破産処理の過程で、日本の優良企業はほとんどアメリカのビッグビジネスに買収されると予測しています。
2つ目のシナリオは、「中国の属国」になるという見方です。日本の外務省やマスコミの一部には、中国びいき(中国かぶれ)の人間がけっこうたくさんいるので、この可能性も十分考えられるようです。この場合は、政治的にも完全に中国の植民地になるだろうと言っています。少なくとも、今のような言論の自由はなくなることでしょう。普通の人が政治犯として弾圧を受けることも十分考えられます。
3つ目のシナリオは、「アジアの小国」になるというものです。かつては世界を分け合うまでに巨大化していたスペインやポルトガルが、いまではヨーロッパの小国になってしまったように、アジアの片隅の国としてほそぼそと生きていくことになるというものです。
いずれにせよ、大半の日本人にとっては大変悲惨な将来が待ち受けているのがわかります。なんとも夢のない話ではありますが、著者は、これがわたしたちの直面している現実だと言うのです。まずはその抜粋をご覧ください。 (なわ・ふみひと)
国家破産とはなにか?
まず「国家破産」について確認しておくと、それはわれわれの暮らしが貧しくなることである。
それは借金が払いきれなくなって破産した人を見れば、容易に想像がつくだろう。
つまり、もう海外旅行などには行けるはずもなく、贅沢品を買うなど論外で、毎日がその日暮らしになるということだ。それでも、職がある人はまだいい。おそらく、国家破産以後は失業率が20%を超えるから、街にはホームレスがあふれ、失業者はお腹をすかして道をさすらうだろう。当然、犯罪は増え、街は荒廃する。まさに、第2次大戦後にあった復興期の街の光景がよみがえるのだ。
国家破産は、日本人が国家に対する愛国心を失った結果であるが、それ以上に、日本がこれまで哲学なき資本主義をやり続け、すべてを先送りし、問題を解決せず、場当たりで対応してきた結果でもある。
じつは2001年の時点で、すでに欧米のメディアは「なぜ日本は自滅の道を歩もうとしているのか」と、警告を発していた。小泉首相が登場して始まった「構造改革」が、まったく根拠なきものと知った彼らは、日本の行く末を本当に心配していた。
『フィナンシャル・タイムズ』(2001.12.31)は、「東京に流れる危ないタンゴ」という記事を掲載し、その記事の最初の一節に、次のように書いた。
その気味の悪い冗談は、経済界のなかをかけめぐっている。アルゼンチンと日本の違いは何か? 5年間。
おそらくこの国の運営者である官僚の一部は、経済の本当の姿を知っていただろう。そして、彼らは日本が破産することもわかっていただろう。しかし、あまりにも政治家がバカなので、真剣に伝えようとはしなかったのではないか? バブル崩壊以後、「改革!改革!」と叫んで登場した改革者は、すべてが愛国心もサイエンスもないニセ改革者であった。
ひるがえって、われわれ自身もたいした危機感をもたずに毎日の生活に追われた。
これでは、国家破産が回避できるわけがない。
アメリカではすでに、「やがて日本が迎えるであろう国家破産」に関してのレポートがいくつもつくられている。デイビッド・アッシャーの「日本経済再建計画」、そして通称「ネバダ・レポート」と言われるIMF(国際通貨基金)の破産処理計画などだ。
ここで言っておきたいのは、アメリカ側が、「日本は、世界でも倫理と秩序がとくに強い国だから、少々のことでは暴動は起きない」と考えていることだ。
つまり、国家破産以後の日本では、思い切った荒療治が行なわれる。これは小泉首相が口先だけで「痛み」と形容したものだが、それが本当はどんなものであるのか、ついにわれわれは知ることになる。
当然、公務員は特権的地位を失い、大幅にリストラされる。国民は財産の一部を没収され、年金もカットされる。また、日本を破産に追い込んだ政治家や官僚などの旧指導層は追放されるだろう。
このときは、日本の全産業はほぼ「アメリカの下請け」となり、国家自身も「下請け国家」となるわけだ。自分たちで改革ができずに沈没したのだから、こういう事態を逃れることはできない。韓国がかつてIMFの支援を受けたように、わが国もまた、IMFの経済占領を受け入れるしかない。そして、彼らの処方箋にそって国家再建をするしかないのだ。
ここで誤解している人もいると思うので、はっきりさせておくが、「国家破産」は「破滅」ではない。また「予想」でもない。筆者が読者のみなさんに提示するのは、予見できるうちのもっともありうる「未来」である。そして、それはもう目前に迫っているという事実だ。
2つ目のシナリオは、「中国の属国」になるという見方です。日本の外務省やマスコミの一部には、中国びいき(中国かぶれ)の人間がけっこうたくさんいるので、この可能性も十分考えられるようです。この場合は、政治的にも完全に中国の植民地になるだろうと言っています。少なくとも、今のような言論の自由はなくなることでしょう。普通の人が政治犯として弾圧を受けることも十分考えられます。
3つ目のシナリオは、「アジアの小国」になるというものです。かつては世界を分け合うまでに巨大化していたスペインやポルトガルが、いまではヨーロッパの小国になってしまったように、アジアの片隅の国としてほそぼそと生きていくことになるというものです。
いずれにせよ、大半の日本人にとっては大変悲惨な将来が待ち受けているのがわかります。なんとも夢のない話ではありますが、著者は、これがわたしたちの直面している現実だと言うのです。まずはその抜粋をご覧ください。 (なわ・ふみひと)
国家破産とはなにか?
まず「国家破産」について確認しておくと、それはわれわれの暮らしが貧しくなることである。
それは借金が払いきれなくなって破産した人を見れば、容易に想像がつくだろう。
つまり、もう海外旅行などには行けるはずもなく、贅沢品を買うなど論外で、毎日がその日暮らしになるということだ。それでも、職がある人はまだいい。おそらく、国家破産以後は失業率が20%を超えるから、街にはホームレスがあふれ、失業者はお腹をすかして道をさすらうだろう。当然、犯罪は増え、街は荒廃する。まさに、第2次大戦後にあった復興期の街の光景がよみがえるのだ。
国家破産は、日本人が国家に対する愛国心を失った結果であるが、それ以上に、日本がこれまで哲学なき資本主義をやり続け、すべてを先送りし、問題を解決せず、場当たりで対応してきた結果でもある。
じつは2001年の時点で、すでに欧米のメディアは「なぜ日本は自滅の道を歩もうとしているのか」と、警告を発していた。小泉首相が登場して始まった「構造改革」が、まったく根拠なきものと知った彼らは、日本の行く末を本当に心配していた。
『フィナンシャル・タイムズ』(2001.12.31)は、「東京に流れる危ないタンゴ」という記事を掲載し、その記事の最初の一節に、次のように書いた。
その気味の悪い冗談は、経済界のなかをかけめぐっている。アルゼンチンと日本の違いは何か? 5年間。
おそらくこの国の運営者である官僚の一部は、経済の本当の姿を知っていただろう。そして、彼らは日本が破産することもわかっていただろう。しかし、あまりにも政治家がバカなので、真剣に伝えようとはしなかったのではないか? バブル崩壊以後、「改革!改革!」と叫んで登場した改革者は、すべてが愛国心もサイエンスもないニセ改革者であった。
ひるがえって、われわれ自身もたいした危機感をもたずに毎日の生活に追われた。
これでは、国家破産が回避できるわけがない。
アメリカではすでに、「やがて日本が迎えるであろう国家破産」に関してのレポートがいくつもつくられている。デイビッド・アッシャーの「日本経済再建計画」、そして通称「ネバダ・レポート」と言われるIMF(国際通貨基金)の破産処理計画などだ。
ここで言っておきたいのは、アメリカ側が、「日本は、世界でも倫理と秩序がとくに強い国だから、少々のことでは暴動は起きない」と考えていることだ。
つまり、国家破産以後の日本では、思い切った荒療治が行なわれる。これは小泉首相が口先だけで「痛み」と形容したものだが、それが本当はどんなものであるのか、ついにわれわれは知ることになる。
当然、公務員は特権的地位を失い、大幅にリストラされる。国民は財産の一部を没収され、年金もカットされる。また、日本を破産に追い込んだ政治家や官僚などの旧指導層は追放されるだろう。
このときは、日本の全産業はほぼ「アメリカの下請け」となり、国家自身も「下請け国家」となるわけだ。自分たちで改革ができずに沈没したのだから、こういう事態を逃れることはできない。韓国がかつてIMFの支援を受けたように、わが国もまた、IMFの経済占領を受け入れるしかない。そして、彼らの処方箋にそって国家再建をするしかないのだ。
ここで誤解している人もいると思うので、はっきりさせておくが、「国家破産」は「破滅」ではない。また「予想」でもない。筆者が読者のみなさんに提示するのは、予見できるうちのもっともありうる「未来」である。そして、それはもう目前に迫っているという事実だ。
「国家破産はいつ?」という心理ゲーム
筆者が「国家破産」を話題にすると、たいていの人間はいやな顔をする。つまり、たとえ事実であれ、そんな話は聞きたくないという反応が必ず返ってくる。これは、たとえばあの第2次大戦のときに、「日本は負けている」という事実を言うだけで、非国民扱いをされたことと同じ反応である。
つまり、いやなことは聞きたくない。できれば聞かないですませたい。聞かなければ、なかったことにできる――というような、きわめて幼稚な心理ではなかろうか。
しかし、聞かなかったからといって、事実は消えない。
もう1つ、「国家破産」を話題にしたときに返ってくる反応に、「それはいったい、なに?」というものがある。
失礼ながら、こういう反応をするのは女性が多いが、この人たちに共通しているのは、目の前のことしか見えていないことである。毎日の暮らしで、いま自分が見聞きすることがすべてで、それ以外の話は「自分とは関係ない」と考えられるという、貴重なメンタリティの持ち主である。
「えっ、国の借金? それがそんなにあるの? でも、だからって私が借金したわけではないし‥‥」と言い切れるのだから、筆者がいくら説明しようとムダである。
借金は国であろうと、会社であろうと、個人であろうと、返さなければならないのがルールだ。そして、ここで言う個人とは、日本国民を指す。つまりこの国に生きているわれわれ自身のことである。とすれば、国の借金はあなたの借金であり、国家破産はあなたの問題でもあるのだ。
「心理ゲーム」というのは、「まだ大丈夫」「いやもうダメだ」という心理のせめぎ合いということである。国家破産が避けられないとしても、それがいつになるかは、今のところ誰にもわからない。なにしろ、現在の日本国の財政事情は人類史上例がないものなので、たとえば累積債務が1000兆円なら大丈夫なのか、1100兆円になったらどうなのかという質問に、誰も答えられないのだ。しかも、実際の借金の額さえ、完全には公表されていないからである。
ただ、ここにきて、この心理ゲームが崩れかかっているのではないかと思える出来事が続いて起こるようになった。
日本人自身の手では敗戦処理はできない?
それでは、本当に「心理ゲーム」の均衡が崩れ、国民のパーセプションが変わるときがやって来るのだろうか。
とりあえず言えることは、その引き金は、われわれ自身が引かないということである。日本内部から「心理ゲーム」は崩壊しないということだ。
つまり、このまま「不安感」は増大していく。しかし、誰もそれを口に出さないし、まして、政府は本当のことを言わない。となると、結局、外国からの指摘や強制的な処置が行なわれて、初めてパーセプションが変わると考えられるのである。
ともかく、政府は、あの第2次大戦のときのように、最後まで「大丈夫」と言い続けるだろう。国民はそれを信じないだろうが、政治家も官僚もマスコミも大きくは動かないので、結局はお手上げの状態が続いていく。
倒産処理も敗戦処理も同じである。早くすれば早くするに越したことはなく、被害は少なくてすむ。しかし、それをしようとすると、この国では信じられない抵抗にあうのだ。
結局、今回もまた原爆が落ちるところまでいってしまうのではないか、と筆者は考えている。そこで、今回の敗戦(=国家破産)における原爆とはなにかと考えると、それは国債の利回り(長期金利)の急騰による国家財政の資金ショートである。
たとえば、長期金利の上昇局面で、海外のメディアが「日本はもうダメだ」と書く。そして、ヘッジファンドなどの投機筋が日本からいっせいに資金を引き揚げれば、原爆が落ちるのと同じことになるだろう。このとき、もちろん投機筋は日本の国債や株式のカラ売りを仕掛けて巨額の利益を上げるのである。こうなると、国内の金融機関も国民も国債を売りはじめ、株価も急落し、政府はにっちもさっちもいかなくなる。
残念な話だが、これは日本人自身で敗戦処理ができないということである。だから、予想される過程では、日本の敗戦処理をするのはIMF(国際通貨基金)ということになるだろう。IMFはすでに、日本の財政危機に対する勧告を何度も出しているし、監査の要求までしている。日本はいまやIMFの監視対象国なのである。
日本政府の財政運営は、すでに国際的にはまったく信用を失っており、いざ「国家破産」となれば、彼らが乗り込んでくるのは間違いない。“金融占領軍”の登場である。
もはや日本社会全体が死の病にかかっている
日本国が確実に国家破産、つまり「死」に向かっていることは、なにも経済ばかりに限った話ではない。「死に至る病」は、いまや日本社会全体に及んでいる。
これは、年間自殺者の増加とか、凶悪犯罪の増加、フリーターの増加という数字に端的に表れているが、その向こう側には、日本人そのものの劣化があると、筆者は最近つくづく思うのである。つまり、社会全体のモラルの低下である。
たとえば、2004年をざっとふり返っただけでも、日本社会から「人間はまじめに生きれば必ず報われる」という当たり前の考え方が失われている。
まず、政治家だが、これは日歯連のヤミ献金疑惑が象徴している。橋本龍太郎元首相が1億円の小切手を受け取り、これが迂回献金だとされた事件だが、これだけでも日本の政治がいまだに旧来の金権談合政治であることがわかる。しかも、小泉首相は口では「モラルが問われている」と言いながら、政治献金改革法案など見向きもしなかった。小泉政権が改革政権でないのは明らかだろう。
そして、この政権のかなりの数の与党政治家が、年金保険料を払っていなかったということだ。与党ばかりか、野党の政治家までもそうだったのだから、もはや政治家の病気にはつける薬がない。
次は企業。これも西部グループの堤義明会長の辞任劇に見られるように、もはやモラルなきビジネスを平気で行なっている状態だ。有価証券報告書をごまかしたうえに、それがバレる前にインサイダー取引疑惑というのだから、手がつけられない。そして、ダイエーは、死にものぐるいのバトルのあげくに産業再生機構入りしたが、そのダイエーを追い込んだUFJ銀行は粉飾決算を隠すための検査忌避で金融庁の刑事告発を受けた。ここまでくると、もう日本中が漫画と言うしかないではないか。
相次ぐリコール隠しをやった三菱自動車、雪印や日本ハムによる牛肉偽装事件なども、みな同じようにモラルなき経営者が引き起こしている。これは大企業ばかりではなく、入浴剤でニセ温泉をつくった白骨温泉の旅館経営者もいっしょだ。いまや上から下まで、日本の企業社会は病んでいると言っても過言ではない。
政治も企業も病んでいるなら、その下にいる庶民も病む。
最近では学校でも家庭でも殺人事件が絶えない。さらに、若者は働く意欲を失い、「楽してカネさえ儲かればいい」と、「オレオレ詐欺」の片棒を平気で担ぐ。このオレオレ詐欺の被害総額が、2004年1月~8月でなんと100億円を超えたというのだから、あきれるばかりである。
厚生労働省の発表によると、2003年度の15歳~34歳のフリーターは、前年度比8万人増の217万人。さらに、「引きこもり」人口は約160万人と言われ、NEET族と言われる教育も受けておらず働いてもいない無業者は前年比4万人増の52万人である。彼らは、税金や年金をほとんど払っていない層だから、国家破産を助長している人間たちと言えるかもしれない。しかし、その一方で老人たちは手厚い年金をもらい、海外ロングステイなどを楽しんでいるが、それもいつまで続くことか。
おそらく、この本を読まれているのは、30~50代のビジネスマンの方が多いと思う。そういう方々の多くは、いま、モラルが崩壊した会社のなかで、バブル期を謳歌したうえで能力もないのに出世した団塊の世代の上司のもとで働いているに違いない。とすれば、上を見ても下を見ても、いかに日本が病んでいるかを痛感しているのではないだろうか?
しかし、追い打ちをかけるようで申し訳ないが、国家破産が起こると、もっとも損をするのはあなた方なのだ。つまり、あなたが最大の犠牲者になる。これは歴史を見れば明らかで、国家が経済的な大混乱に陥ったときは、必ず中産階級が没落している。
会社勤めで家族を抱え、住宅ローンを持っている一般ビジネスマンは、すべてを失い、中流から下流に転落してしまうのだ。なぜなら、この層はこれまで、選挙では棄権する人が多く、会社では上司に逆らってまで改革をしようとせず、家庭では子供の教育とお金の管理を妻に任せきりにしてきたからだ。どうかみなさん、胸に手を当てて考えていただきたい。
世界から信用されなくなった日本の財政政策
さて、前出の「ネバダ・レポート」というのは、アメリカの金融専門家たちが執筆し、一部の金融関係者や大手マスコミの上層部、政府機関などに定期的に配信している経済金融レポートである。それが、日本がIMFの管理下に置かれたときの予測を書いてしまったのだから、驚かない関係者はいなかった。
IMFが乗り込んでくるのは、その国が財政的に立ちゆかなくなったときである。IMFというのは、とりあえず緊急融資はする。しかし、こんな事態を招いたのは放漫経営を続けてきた自分が悪いのだから、破産国には非常に厳しい耐乏政策を要求する。たとえば消費税20%ということは、もう政府の諮問委員会が言い始めている。
8項目にわたる日本の破産処理
では、アメリカは日本をどうしようというのだろうか? 「ネバダ・レポート」の要点は8つあった。
① 公務員の総数の30%カットおよび給料の30%カット。ボーナスはすべてカット。
② 公務員の退職金は100%すべてカット。
③ 年金は一律30%カット。
④ 国債の利払いは5~10年間停止=事実上紙くずに。
⑤ 消費税を15%引き上げて20%へ。
⑥ 課税最低限を年収100万円まで引き下げ。
⑦ 資産税を導入し、不動産に対しては公示価格の5%を課税。債券・社債については
5~15%の課税。株式は取得金額の1%を課税。
⑧ 預金は一律、ペイオフを実施するとともに、第2段階として預金額を30~40%カット
する(財産税として没収)。
もちろん、このすべての項目はまだ実行されているわけではない。なぜなら、まだ日本が破産していないからである。しかし、事実上破産しているのだから、日本政府は、とくに①②から始めていなければおかしいのである。それが構造改革というものだろう。そうしてはじめて国民への負担増も訴えられる。
最後にあなたを救うのは資産や財産ではない
国家破産という大変動で、最後にあなたを救うのはいったいなにか、ということになる。財産を守りたい。少しでもお金があれば助かる。あなたがそう考えるなら、筆者はなにも言うことはないが、はたして、それであなたは本当に幸せであろうか?
国家破産ではほとんどの国民が大損害を被る。おそらく、いまから確実に計算し、資産を守り抜いた資産家だけがその被害を免れる。また、戦後の復興期の日本でもそうであったように、抜け目なく稼いで財をなす人間も出現する。旧日本軍の資産を横流ししたり、進駐軍の物資を横領して儲けたり、あるいは闇取引で儲けたりというようなことと同じことが起こるだろう。
しかし、それでうまくいったとして、あなたは、多くの国民が苦しんでいるのを見て幸せだろうか? 自分だけは助かったと、笑っていられるだろうか?
前出のロシアのことを思い出してほしい。ロシア人たちは、どうしてあの厳しい冬の寒さを乗り越え、餓死することなく生きてきたのか? それは、国家官僚を信じず、家族や親戚、友人同士で助け合ったからである。子供は親の面倒をみて、家族同士は助け合って働いた。ルーブルは紙くずになったが、彼らは物々交換で日常生活の物資を融通しあった。
つまり、いくらお金や資産を持っていようと、あなたを支えてくれる周囲の人間がいなければ、あなたは助からないのだ。もちろん、お金や資産があれば助かるが、それだけであなたは幸せにはなれない。筆者はこれまで「国家破産本」を批判してきたが、それはこうした考えに基づいている。
最後にあなたを救うのは、守り抜いた財産や資産ではけっしてないのだ。あなたを救うのは「誠」の精神であり、あなたの信用である。それによって築かれた人と人の絆であり、もっと言えば「愛国心」であろう。
<転載終了>
筆者が「国家破産」を話題にすると、たいていの人間はいやな顔をする。つまり、たとえ事実であれ、そんな話は聞きたくないという反応が必ず返ってくる。これは、たとえばあの第2次大戦のときに、「日本は負けている」という事実を言うだけで、非国民扱いをされたことと同じ反応である。
つまり、いやなことは聞きたくない。できれば聞かないですませたい。聞かなければ、なかったことにできる――というような、きわめて幼稚な心理ではなかろうか。
しかし、聞かなかったからといって、事実は消えない。
もう1つ、「国家破産」を話題にしたときに返ってくる反応に、「それはいったい、なに?」というものがある。
失礼ながら、こういう反応をするのは女性が多いが、この人たちに共通しているのは、目の前のことしか見えていないことである。毎日の暮らしで、いま自分が見聞きすることがすべてで、それ以外の話は「自分とは関係ない」と考えられるという、貴重なメンタリティの持ち主である。
「えっ、国の借金? それがそんなにあるの? でも、だからって私が借金したわけではないし‥‥」と言い切れるのだから、筆者がいくら説明しようとムダである。
借金は国であろうと、会社であろうと、個人であろうと、返さなければならないのがルールだ。そして、ここで言う個人とは、日本国民を指す。つまりこの国に生きているわれわれ自身のことである。とすれば、国の借金はあなたの借金であり、国家破産はあなたの問題でもあるのだ。
「心理ゲーム」というのは、「まだ大丈夫」「いやもうダメだ」という心理のせめぎ合いということである。国家破産が避けられないとしても、それがいつになるかは、今のところ誰にもわからない。なにしろ、現在の日本国の財政事情は人類史上例がないものなので、たとえば累積債務が1000兆円なら大丈夫なのか、1100兆円になったらどうなのかという質問に、誰も答えられないのだ。しかも、実際の借金の額さえ、完全には公表されていないからである。
ただ、ここにきて、この心理ゲームが崩れかかっているのではないかと思える出来事が続いて起こるようになった。
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日本人自身の手では敗戦処理はできない?
それでは、本当に「心理ゲーム」の均衡が崩れ、国民のパーセプションが変わるときがやって来るのだろうか。
とりあえず言えることは、その引き金は、われわれ自身が引かないということである。日本内部から「心理ゲーム」は崩壊しないということだ。
つまり、このまま「不安感」は増大していく。しかし、誰もそれを口に出さないし、まして、政府は本当のことを言わない。となると、結局、外国からの指摘や強制的な処置が行なわれて、初めてパーセプションが変わると考えられるのである。
ともかく、政府は、あの第2次大戦のときのように、最後まで「大丈夫」と言い続けるだろう。国民はそれを信じないだろうが、政治家も官僚もマスコミも大きくは動かないので、結局はお手上げの状態が続いていく。
倒産処理も敗戦処理も同じである。早くすれば早くするに越したことはなく、被害は少なくてすむ。しかし、それをしようとすると、この国では信じられない抵抗にあうのだ。
結局、今回もまた原爆が落ちるところまでいってしまうのではないか、と筆者は考えている。そこで、今回の敗戦(=国家破産)における原爆とはなにかと考えると、それは国債の利回り(長期金利)の急騰による国家財政の資金ショートである。
たとえば、長期金利の上昇局面で、海外のメディアが「日本はもうダメだ」と書く。そして、ヘッジファンドなどの投機筋が日本からいっせいに資金を引き揚げれば、原爆が落ちるのと同じことになるだろう。このとき、もちろん投機筋は日本の国債や株式のカラ売りを仕掛けて巨額の利益を上げるのである。こうなると、国内の金融機関も国民も国債を売りはじめ、株価も急落し、政府はにっちもさっちもいかなくなる。
残念な話だが、これは日本人自身で敗戦処理ができないということである。だから、予想される過程では、日本の敗戦処理をするのはIMF(国際通貨基金)ということになるだろう。IMFはすでに、日本の財政危機に対する勧告を何度も出しているし、監査の要求までしている。日本はいまやIMFの監視対象国なのである。
日本政府の財政運営は、すでに国際的にはまったく信用を失っており、いざ「国家破産」となれば、彼らが乗り込んでくるのは間違いない。“金融占領軍”の登場である。
もはや日本社会全体が死の病にかかっている
日本国が確実に国家破産、つまり「死」に向かっていることは、なにも経済ばかりに限った話ではない。「死に至る病」は、いまや日本社会全体に及んでいる。
これは、年間自殺者の増加とか、凶悪犯罪の増加、フリーターの増加という数字に端的に表れているが、その向こう側には、日本人そのものの劣化があると、筆者は最近つくづく思うのである。つまり、社会全体のモラルの低下である。
たとえば、2004年をざっとふり返っただけでも、日本社会から「人間はまじめに生きれば必ず報われる」という当たり前の考え方が失われている。
まず、政治家だが、これは日歯連のヤミ献金疑惑が象徴している。橋本龍太郎元首相が1億円の小切手を受け取り、これが迂回献金だとされた事件だが、これだけでも日本の政治がいまだに旧来の金権談合政治であることがわかる。しかも、小泉首相は口では「モラルが問われている」と言いながら、政治献金改革法案など見向きもしなかった。小泉政権が改革政権でないのは明らかだろう。
そして、この政権のかなりの数の与党政治家が、年金保険料を払っていなかったということだ。与党ばかりか、野党の政治家までもそうだったのだから、もはや政治家の病気にはつける薬がない。
次は企業。これも西部グループの堤義明会長の辞任劇に見られるように、もはやモラルなきビジネスを平気で行なっている状態だ。有価証券報告書をごまかしたうえに、それがバレる前にインサイダー取引疑惑というのだから、手がつけられない。そして、ダイエーは、死にものぐるいのバトルのあげくに産業再生機構入りしたが、そのダイエーを追い込んだUFJ銀行は粉飾決算を隠すための検査忌避で金融庁の刑事告発を受けた。ここまでくると、もう日本中が漫画と言うしかないではないか。
相次ぐリコール隠しをやった三菱自動車、雪印や日本ハムによる牛肉偽装事件なども、みな同じようにモラルなき経営者が引き起こしている。これは大企業ばかりではなく、入浴剤でニセ温泉をつくった白骨温泉の旅館経営者もいっしょだ。いまや上から下まで、日本の企業社会は病んでいると言っても過言ではない。
政治も企業も病んでいるなら、その下にいる庶民も病む。
最近では学校でも家庭でも殺人事件が絶えない。さらに、若者は働く意欲を失い、「楽してカネさえ儲かればいい」と、「オレオレ詐欺」の片棒を平気で担ぐ。このオレオレ詐欺の被害総額が、2004年1月~8月でなんと100億円を超えたというのだから、あきれるばかりである。
厚生労働省の発表によると、2003年度の15歳~34歳のフリーターは、前年度比8万人増の217万人。さらに、「引きこもり」人口は約160万人と言われ、NEET族と言われる教育も受けておらず働いてもいない無業者は前年比4万人増の52万人である。彼らは、税金や年金をほとんど払っていない層だから、国家破産を助長している人間たちと言えるかもしれない。しかし、その一方で老人たちは手厚い年金をもらい、海外ロングステイなどを楽しんでいるが、それもいつまで続くことか。
おそらく、この本を読まれているのは、30~50代のビジネスマンの方が多いと思う。そういう方々の多くは、いま、モラルが崩壊した会社のなかで、バブル期を謳歌したうえで能力もないのに出世した団塊の世代の上司のもとで働いているに違いない。とすれば、上を見ても下を見ても、いかに日本が病んでいるかを痛感しているのではないだろうか?
しかし、追い打ちをかけるようで申し訳ないが、国家破産が起こると、もっとも損をするのはあなた方なのだ。つまり、あなたが最大の犠牲者になる。これは歴史を見れば明らかで、国家が経済的な大混乱に陥ったときは、必ず中産階級が没落している。
会社勤めで家族を抱え、住宅ローンを持っている一般ビジネスマンは、すべてを失い、中流から下流に転落してしまうのだ。なぜなら、この層はこれまで、選挙では棄権する人が多く、会社では上司に逆らってまで改革をしようとせず、家庭では子供の教育とお金の管理を妻に任せきりにしてきたからだ。どうかみなさん、胸に手を当てて考えていただきたい。
世界から信用されなくなった日本の財政政策
さて、前出の「ネバダ・レポート」というのは、アメリカの金融専門家たちが執筆し、一部の金融関係者や大手マスコミの上層部、政府機関などに定期的に配信している経済金融レポートである。それが、日本がIMFの管理下に置かれたときの予測を書いてしまったのだから、驚かない関係者はいなかった。
IMFが乗り込んでくるのは、その国が財政的に立ちゆかなくなったときである。IMFというのは、とりあえず緊急融資はする。しかし、こんな事態を招いたのは放漫経営を続けてきた自分が悪いのだから、破産国には非常に厳しい耐乏政策を要求する。たとえば消費税20%ということは、もう政府の諮問委員会が言い始めている。
8項目にわたる日本の破産処理
では、アメリカは日本をどうしようというのだろうか? 「ネバダ・レポート」の要点は8つあった。
① 公務員の総数の30%カットおよび給料の30%カット。ボーナスはすべてカット。
② 公務員の退職金は100%すべてカット。
③ 年金は一律30%カット。
④ 国債の利払いは5~10年間停止=事実上紙くずに。
⑤ 消費税を15%引き上げて20%へ。
⑥ 課税最低限を年収100万円まで引き下げ。
⑦ 資産税を導入し、不動産に対しては公示価格の5%を課税。債券・社債については
5~15%の課税。株式は取得金額の1%を課税。
⑧ 預金は一律、ペイオフを実施するとともに、第2段階として預金額を30~40%カット
する(財産税として没収)。
もちろん、このすべての項目はまだ実行されているわけではない。なぜなら、まだ日本が破産していないからである。しかし、事実上破産しているのだから、日本政府は、とくに①②から始めていなければおかしいのである。それが構造改革というものだろう。そうしてはじめて国民への負担増も訴えられる。
最後にあなたを救うのは資産や財産ではない
国家破産という大変動で、最後にあなたを救うのはいったいなにか、ということになる。財産を守りたい。少しでもお金があれば助かる。あなたがそう考えるなら、筆者はなにも言うことはないが、はたして、それであなたは本当に幸せであろうか?
国家破産ではほとんどの国民が大損害を被る。おそらく、いまから確実に計算し、資産を守り抜いた資産家だけがその被害を免れる。また、戦後の復興期の日本でもそうであったように、抜け目なく稼いで財をなす人間も出現する。旧日本軍の資産を横流ししたり、進駐軍の物資を横領して儲けたり、あるいは闇取引で儲けたりというようなことと同じことが起こるだろう。
しかし、それでうまくいったとして、あなたは、多くの国民が苦しんでいるのを見て幸せだろうか? 自分だけは助かったと、笑っていられるだろうか?
前出のロシアのことを思い出してほしい。ロシア人たちは、どうしてあの厳しい冬の寒さを乗り越え、餓死することなく生きてきたのか? それは、国家官僚を信じず、家族や親戚、友人同士で助け合ったからである。子供は親の面倒をみて、家族同士は助け合って働いた。ルーブルは紙くずになったが、彼らは物々交換で日常生活の物資を融通しあった。
つまり、いくらお金や資産を持っていようと、あなたを支えてくれる周囲の人間がいなければ、あなたは助からないのだ。もちろん、お金や資産があれば助かるが、それだけであなたは幸せにはなれない。筆者はこれまで「国家破産本」を批判してきたが、それはこうした考えに基づいている。
最後にあなたを救うのは、守り抜いた財産や資産ではけっしてないのだ。あなたを救うのは「誠」の精神であり、あなたの信用である。それによって築かれた人と人の絆であり、もっと言えば「愛国心」であろう。
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