In Deepさんのサイトより
http://oka-jp.seesaa.net/article/178426659.html
<転載開始>
(管理人注) 今回はニュースの翻訳記事ではありません。

ヤスの備忘録「いよいよ第7の日に突入4」のコメント欄を見させていただいていましたら、私のブログの

・「悪魔の聖書」ギガス写本の調査が本格化している (2011年01月03日)

を参照していただいた投稿がありまして、投稿者は Ku_uu さんという方で、「クレアなひととき」というブログの時代にはコメント欄等でいろいろと教えていただいた智恵者の方でした。それはともかく、そのコメント欄にこうありました。

悪魔の聖書」がロバの皮膚から作られているとはオモチロイ!!

「ロバ」=「アリボロン先生」は、ヨーロッパ人にとって無知の象徴であり、ほぼ普遍的に、暗闇、さらには悪魔的傾向のエンブレムになっている。



うーむ・・・やはり、悪魔のバイブルが「ロバの革に書かれている」ことには意味がありそうです。

というのも、私は訳しながらも、「ロバの革に書かれてある」ということ自体が、ひどく馬鹿にされている気がしていて、「腹が立って仕方がない」(笑)という状態にはなったのですが、しかし、その理由がわからない。要するに、どうして馬鹿にされている気がする」のかがわからない。

もちろん、「ロバ」という語感自体、日本語でも英語でも何となく馬鹿にされている感じはあります。「王様の耳はロバの耳」などの話もあり、英語で Jack Ass とさえ表記される。 Jack Ass /ジャック・アスは、パンクなどでは「定例語」のひとつで、アホとかマヌケとか日本語で訳されることもありますが、パンクの世界の語感としては、「クソアホ」です。そこに漂う可愛らしさはなく、ひたすら「どうしようもない馬鹿でマヌケ」というような語感。

もっと、遡れば、私が5歳のころ毎日見ていた米国のテレビアニメ「トムとジェリー」の記憶に遡ります。そこに「よくロバが出てきた」のでした。

どういう理由だか知らないですが、昭和40年代の北海道のテレビ放送では、夕方5時半から毎日のようにトムとジェリーが再放映されていた時期があり、6歳くらいの時、まあ、当時、家にテレビはなかったのですが、私の隣の家のカラーテレビのある家には、私だけではなく近所の子どもがワラワラとその家に集い、みんなでトムとジェリーやら、チキチキチマシン猛レースやら、米国文化に染められていたのでありました。

さて、そんなわけで、トムとジェリーのエピソードは「ひとつで20回見ている」というようなものもあり鮮明に覚えています。その中から「ロバが出てくるシーン」をすぐに、今でも YouTube から探し出せます。(付記した年代は米国の初回放映年月。日本では、多分、1960年代からだと思います。)

・恋ははかなく 1946年
http://www.youtube.com/watch?v=ehcYJ9ehnkk
より。

jack-1.jpg

▲ トムの言いなりになっている自分に気づいた犬のスパイクがロバに変わるシーン。


・うそをついたら 1949年
http://www.youtube.com/watch?v=UxSDFpdzZJE
より。

jack-2.jpg

▲ ジェリーに騙されていることに気づいた瞬間の鏡に映ったトム。

これをすぐに YouTube から探し出せるのはスゴイと自分でも思いました。役に立たねー(笑)。


いずれにしても、こういう記憶が小さな頃から刻まれているので、「ロバ扱いされると、なんか腹が立つ」のですよ(笑)。


--
(トムとジェリーについての補足)

上にあるように、小さな時に毎日毎日見ていたというような背景があったせいか、我々の一部は「トムとジェリー」についてうるさい人たちも多く、まあ、私もそのひとりなんですが、我々が言うトムとジェリーというのは、1940年から1958年までの18年間前後、米国MGMで製作された、ウィリアム・ハンナとジョセフ・バーベラというふたりの制作者によって作られた100本程度の短編テレビ作品のみを指しており、その後に作られたいかなる「トムとジェリー」も、同一作品としては認めていないという頑固な面があります。

トムとジェリー自体はその後も、制作者を変えて何度も製作されていますが、それらは「そういう名前のアニメ」という括りで語られることが多いです。これは本国米国でも同じ語られ方をされていると思います。

1954年の日本の「ゴジラ」と1998年のハリウッドの「ゴジラ」は同じテーマの同じタイトルのものだけど全然違う作品、というあたりが類似例かと。

--


米国民主党のシンボルは「ロバ」

話が脱線しましたが、ロバに戻ります。

ロバについて調べてみると、米国の(今の)人々もそれほどロバの意味は知らないようで、日本のYahoo!知恵袋と同じ Q&A サイトの Yahoo ANSWERS には、

ロバの象徴する意味って何?

という質問があり、いろんな雑多な答えが出ているあたり、日本人と大差ない程度の理解の人が多いことを察することができそうですが、その中に、ひとつ目を引く答えが。

The donkey represents the democratic party.

ロバは民主党(米国)のシンボルだよ。



と。

へえと思って調べてみると、これがそのシンボル。

A Democrat_Party_Donkey_Symbol.jpg

ついでに、上のトムとジェリーからもう一度(笑)。

d-jack.jpg


The Democrat Donkeyというページにその説明がありました。

いろいろと書いてありますが、要するに、この「ロバ」は

・第7代アメリカ合衆国大統領(就任 1829年)アンドリュー・ジャクソンを象徴するものだ。

ということらしいです。

最初に政敵が彼を罵るために使った象徴がその後、民主党の(非公式の)象徴として使われているということのようです。それから、180年経って、今もまた米国は民主党政権のはずですが、その象徴として使われてきたと。

第7代合衆国大統領アンドリュー・ジャクソン。

さぞや立派な人だろうと、こちらを見てみますと、長い経歴はさほど目に入らず、ただ途中のインディアンに対する姿勢という項目は特筆できます。

 > 彼の目指す民主主義は白人のためのみのものであった。

とあり、ここに、1833年の議会での一般教書演説が抜粋されています。
そのまま抜粋しておきます。

インディアン問題に関する私の確信はもはや揺るぎない。インディアン部族がわれわれの定住地に囲まれ、我々の市民と接触し共存するなど不可能だ。

やつらには知性も勤勉さも道義的習慣さえない。やつらには我々が望む方向へ変わろうという向上心すらないのだ。我々優秀な市民に囲まれていながら、なぜ自分たちが劣っているのか知ろうともせず、わきまえようともしないやつらは環境の力の前にやがて消滅しなければならないのは自然の理だ。

これまでのインディアンの運命がそうだったように、インディアンたちが消滅しなければならない事態が避けられない場合、彼らは我々白人の領土の外へ出ていくことが必要だ。その場合、我々が求める新しい関係に沿った政治体制を彼らが受け入れた場合のみ、これは可能となるのだ。



Andrew_Jackson_on_dollar_20_note.jpg

▲ アンドリュー ・ジャクソンは米国の 20ドル紙幣で見られます。インディアンのことを「やつらには知性も勤勉さも道義的習慣さえない」と言っていた人ですね。


さて、このような主張を持っていた方の代名詞であった「ロバ」。

悪魔の聖書が書かれていたロバで作られた台紙。

シープル ( Sheeple ) という概念。

トムとジェリー。


うまく言葉で繋がらなくとも、この200年の「人々の人生」。

自分の人生に限れば「四十数年で見てきた世の中」。
それが少しずつ繋がってきている感じもしないでもない最近です。

今年の大きなキーワードのひとつは「悪魔」ということになりそうです。

あるいはそれとの対決。

<転載終了>