http://18.pro.tok2.com/~solht0920070/sunmoon/category/28.htm

第02巻 下つ巻 第07帖 (049)
「この神は信者集めて喜ぶやうな神でないぞ、世界中の民みな信者ぞ、それで教会のやうなことするなと申すのぞ、世界中大洗濯する神ざから、小さいこと思うてゐると見当とれんことになるぞ。」
ミロクは宗教のような組織をつくるつもりはないようで、教会の様なお布施を集めたりするようなまねはやめなさいとも云っているようです。


第02巻 下つ巻 第09帖 (051)
「この方の神示(ふで)書く役員、神示うつす役員、神示説いてきかす役員要るぞ、役員は人の後について便所を掃除するだけの心掛ないとつとまらんぞ、役員づらしたら直ぐ替身魂使ふぞ。七月の十七日、一二のか三。」
ミロクのお手伝いをする人について書かれているようです。後始末をしてまわるような心がけが必要なようです。偶然か、活動を改めて袂別れをした日が七月十七日というのも後になれば分かることもあるのだと思います。


第02巻 下つ巻 第14帖 (056)
「小さいことはそれぞれの神にきいて呉れよ、一人ひとり、何でもききたいことは、病直すことも、それぞれの神がするから、サニワでお告うけて呉れよ、この方の家来の神が知らせるから何でもきけよ。病も直してやるぞ、その神たよりたなら、身魂みがけただけの神徳あるぞ。」
岩戸開きの時節では、ミロクの家来の神が知らせることもあるようです。サニワというのはなかなか難しいことのようですが、お告をうけなさいと云う事はどのようなことなのか見極められるようになりなさいとも云っているように思います。
時節の後半のミロクの現れる頃には相当悪い状況があるようですから、その時に道を誤らないように忠告されているのかもとも思います。


第02巻 下つ巻 第15帖 (057)
「この方祀りて神示(ふで)書かすのは一所なれど、いくらでも分け霊(みたま)するから、ひとりひとり祀りてサニワ作りてもよいぞ。祀る時は先づ鎮守様によくお願いしてから祀れよ」
ミロクの方針は来るもの拒まず去るもの追わずの方針であれば、その過程で分け霊することもたくさんあるのではないかと思います。サニワを作れたら分け霊としては成功かと思います。


第02巻 下つ巻 第23帖 (065)
「この方祀るのは天(あめ)のひつくの家ぞ」
この方ミロクを祀るのは天(宇宙)のミロクの家だそうですので、その祀る時期とかは秋立つ前、八月とか七月とか何かあるようにも思います。諸世紀の王の鳥の予言などともリンクしそうにも思いました。


第02巻 下つ巻 第26帖 (068)
「喧嘩して大き声する所にはこの方鎮まらんぞ、この事忘れるなよ。」
ミロクのいるところでは喧騒はないようです。個人的な感想ですが、現在袂別れをしてから5ヶ月ほど経ちましたが、その間、新しい方針もあるからか大変に静かでサイトのアクセス数も安定してます。


第02巻 下つ巻 第27帖 (069)
「この方は祓戸(はらへど)の神とも現はれるぞ。この方祀るのは富士に三と所、 海に三と所、江戸にも三と所ぞ、奥山、中山、一の宮ぞ」
ミロクは異常気象の神と一緒に現れるようです。異常気象が叫ばれるようになったのは、90年代初めごろからでなかったと思います。仮に93年の日本で起きた冷夏の時期からするとすでに14年は経過していて、長いスパンで見ると確実に世の中の真実は見えてきている感があります。


第02巻 下つ巻 第28帖 (070)
「この方は元のままの身体(からだ)持ちてゐるのざから、いざとなれば何んなことでもして見せるぞ。」
この方ミロクの力というのは人類の物差しでは図りきれないレベルのようです。


第02巻 下つ巻 第38帖 (080)
「この方は世界中丸めて大神様にお目にかけるお役、神の臣民は世界一つに丸めて てんし様に献げる御役ぞ。この方とこの方の神々と、神の臣民一つとなりて世界丸める御役ぞ。神祀りて呉れたらいよいよ仕組知らせる神示(ふで)書かすぞ」
ミロクの役割と役員の役割が説明されているようです。仕組みを知らせる神示を書かすとは、解読された内容を示しているのかなとも思ったりします。


第03巻 富士の巻 第25帖 (105)
「世界中の臣民はみなこの方の臣民であるから、殊に可愛い子には旅させねばならぬから、どんなことあっても神の子ざから、神疑はぬ様になされよ、神疑ふと気の毒出来るぞ。」
この方 世界の神ぞと申してあろがな。ミロクは世界の神でもあると云っているようです。


第03巻 富士の巻 第27帖 (107)
「八と十八と五月と九月と十月に気つけて呉れよ、これでこの方の神示の終わりぞ。」
時節のサインとして、ミロクが気をつけてくれとそのためにこの内容を書かせたのだというような意味合いの強そうな日が八と十八と五月と九月と十月のようです。


第04巻 天つ巻 第02帖 (109)
「この方らでないと、そこらにござる守護神さまには分らんのぞ、九分九厘までは出来るなれど、ここといふところで、オジャンになるであろうがな」
今回の改造は、ミロクたちでないと難しく、宗教の神様などは論外ということのようです。


第04巻 天つ巻 第03帖 (110)
「この方の申すこと みなちがってゐることばかりぞ、同じこと申していると思ふのは、身魂曇りてゐる証拠ぞ。改心第一ぞ。」
ミロクの言うことにはいろんな含みがあるようです。身魂の曇りが取れると徐々に理解できることもあるのかなとも思います。


第04巻 天つ巻 第04帖 (111)
「この方は元の肉体のままに生き通しであるから、天明にも見せなんだのざぞ、あちこちに臣民の肉体かりて予言する神が沢山出てゐるなれど、九分九厘は分りて居れども、とどめの最後は分らんから、この方に従ひて御用せよと申してゐるのぞ。」
天明にも見せなかった姿とはどんな姿なのでしょう。


第04巻 天つ巻 第08帖 (115)
「富士の御山に腰かけて、この方 世界中まもるぞ。」
ミロクが登場する時節、富士山がどのように岩戸開きに関係するかも気になるところです。富士から三十里四里離れたところへなんて内容もありましたので、経過を見ていたいと思います。


第04巻 天つ巻 第14帖 (121)
「いよいよが近くなりたら、この方の力で出して見せるぞ、びっくり箱が開けて来るぞ。」
ミロクが隠した宝があるようですが、この宝の出現と、世界中の火山などの動きがどのように連動するのかとかそんなことも気になります。


第04巻 天つ巻 第17帖 (124)
「泥の海にする位 朝飯前のことざが、それでは臣民が可哀そうなから天の大神様にこの方が詑びして一日(ひとひ)一日と延ばしてゐるのざぞ」
ミロクは臣民に代わって大神様にお詫びしているようです。油断せずに日々を過ごしなさいとも言われている内容のようです。


第04巻 天つ巻 第26帖 (133)
「この方はオホカムツミノ神とも現はれるのざぞ、時により所によりてはオホカムツミノ神として祀りて呉れよ」
袂別れをしてから、コード桃は表に出てくることとなりましたが、妙にその記述の一致を見ているようにも思います。


第04巻 天つ巻 第29帖 (136)
「 この方オホカムツミノ神として書きしらすぞ。」
この方ミロクは悪魔を追い払う神でもあり、病を直す神でもあるようです。


第14巻 風の巻 第14帖 (365)
「世界中のことざから、この方 世界構ふお役ざから、ちと大き心の器持ちて来て下されよ。」
物を見方、視点や懐を大きく持ってこの方の元には来なければいけないという風に取れました。


第15巻 岩の巻 第02帖 (367)
「この方等が天地自由にするのぢゃ。」
この方ミロク達が天地を自由にするようです。


第15巻 岩の巻 第03帖 (368)
「この方でもどうにもならん元のキの道ぢゃぞ。」
この方ミロクでもどうすることも出来ないのが元のキの道のようです。改心、洗濯、はどうしても必要なパスポートのように思えます。


第15巻 岩の巻 第07帖 (372)
「この方の許へ参りて先づ借銭なしに借銭払ひして下されよ。苦しいこと出来て来るのが御神徳ぞ。この方の許へ来て悪くなったと云ふ人民 遠慮いらん、帰りて呉れよ。」
改心、洗濯、はどうしても必要なパスポートのように思えます。


第18巻 光の巻 第03帖 (399)
「この方の申す様にやって見なされ、お上は幸でうもれるのぢゃ、余る程与へて見なされ、お上も余るのぢゃ、此の道理判りたか。」
与えることはお互いに幸せを共有する秘訣だそうです。


第18巻 光の巻 第04帖 (400)
「世界国々所々に世の大洗濯知らす神柱(かむはしら)現はしてあろが、これは皆この方の仕組ぢゃから、皆 仲良う手引き合ってやって呉れよ。」
その時節では世界の国々でミロクの仕組んだ神柱が現れる事象があるようです。これまでの世の中の方法が通用しなくなる前兆でもあるように思います。


第18巻 光の巻 第08帖 (404)
「何によらず不足ありたら、神の前に来て不足申して、心からりと晴らされよ、どんな事でも聞くだけは聞いてやるぞ、不足あると曇り出るぞ、曇り出ると、ミタマ曇るからミタマ苦しくなりて天地曇るから遠慮いらん、この方に不足申せよ、この方 親であるから、不足一応は聞いてやるぞ。気晴らしてカラリとなって天地に働けよ、心の不二晴れるぞ、はじめの岩戸開けるぞ。」
不足があれば、とりあえずミロクに云うべきのようです。まだまだミロクが出ると云われてもそれが50年60年前の話であるとすると、このような不足を言いたい事態も起こっていたのではないかなとも思います。
そのような時期を越えて、現在に至り、その岩戸が2004年頃開き始めたのか、ミロクの覚醒の1995年ごろを差すのかどうかはわかりかねますが、インターネットでの広報も始まっていますし、ここからの情報を元に世界各国での検証も幾分か始まっているのかなと思いますと、はじめの岩戸というのは開き始めているようにも思います。


第20巻 梅の巻 第01帖 (428)
「今度の建替は敵と手握らねばならんのぢゃ、敵役の神々様人民よ、早う尋ねて御座れ、この方 待ちに待って居るぞ。引張ったのでは、心からでないと役に立たんのぢゃ」
ミロクは敵方の神々や人民をお待ちかねのようです。それには、人民側の検証も進めて理解して貰わないといけないのかなとも思います。


第20巻 梅の巻 第02帖 (429)
「代へ身魂いくらでもつくりあるぞ、心して取違ひせん様に神の心早う汲みとれよ、九の方の仕組 人民には判らんから、どうなることかと役員も心配なさるなれど、仕上げりうりう見て御座れ、めったに間違ひないのぢゃぞ、うまい口にのるでないぞ、うまい口を今に持って来るが、うまい口には誠ないから、この方 三千世界の御道は誠よりないと申してあろが、真実のマコトは神示読まねば判らんのぢゃぞ。」
代え身魂はいくらでもあるようです。その内にうまい口があれば見えてくることもあるかと思います。うまい話というのも昨年その記録から明らかになりましたが、2003年秋ごろから2004年の夏ごろには「ななかまど」と称して外国の犯罪グループに資金協力を得ようとするような千成氏の動きがあったみたいですが、もしかしらそのような動きのことを差しているのかもとも思います。ミロクの三千世界の道は誠が基本のようです。
千成氏の件は近視眼的なものだとしたら、もっと今後もしかしたら、うまい話というのが出てくるかもとも思います。うまい話には誠なしは真理でもあるのかも、、、


第20巻 梅の巻 第24帖 (451)
「神示通り出て来ても、まだ判らんか。神示は神の息吹きぢゃ。心ぢゃ。口上手身振り上手で誠ない者この方嫌ひぢゃぞ。とどめ (かみ)なり。先見へるぞ、先見んのは途中からの神ぢゃ。」
岩戸開きの気配を息吹と云うのであれば、ひふみが降りたこともその息吹であるでしょうし、岩戸が開く時節、ミロクは目を覚まし活動を始めるようですが、ミロクは口上手身振り上手で誠のない者は嫌いなようです。


第21巻 空の巻 第10帖 (465)
「此の方 悪が可愛いのぢゃ、御苦労ぢゃったぞ、もう悪の世は済みたぞ、悪の御用 結構であったぞ。早う善に返りて心安く善の御用聞きくれよ。」
「上に立つ番頭殿、下の下まで目届けておらんと、日本つぶれるぞ、つぶれる前に、そなた達がつぶれるのざぞ、早う改心して誠の政治仕へまつれよ。いれものキレイにして居りたらこの方がよきに使ふぞ、今の仕事仕へて居れよ、神示腹に入れて、あせらず身魂磨き結構々々。」
ミロクは悪が可愛いと評価しているようです。それはこの存在自身が、悪を御用があってのことと認識できているからだと推測します。悪の御用をされている方々がいつ改心へと向かい行動するかが目に見えて検証できれば、こんなに嬉しいこともないかとも思います。


第22巻 青葉の巻 第07帖 (476)
「この方さへ改心致したおかげで今度の御働き出来るのぢゃ、同じこと二度くり返す仕組ざぞ、この事よく腹に入れておいて下されよ。同じこと二度、この神示 神と仏のふで。」
ミロクも過去にドジをして改心するにいたったことがあるようです。この時節では神サタンもまた改心に至るプロセスを歩んでいるようにも思います。


第23巻 海の巻 第10帖 (502)
「この方 悪神、祟神(たたりがみ)と人民に云はれてトコトン落されてゐた神であるぞ、云はれるには云はれるだけの事もあるのぢゃ、此の方さへ改心いたしたのであるぞ、改心のおかげで此の度の御用の立役者となったのぢゃぞ、誰によらん改心致されよ。」
ミロクも改心しての今回の御用の立役者となったようですが、ミロクはスサノオと表裏の関係のようです。月の大神がサタンであるならば、その心の闇のようなものを取り去ることも同じ経験をこなしてきたかもしれないミロクなら出来うるということなのかもとも推測します。
人によれば、岩戸開きの際、ミロクが悪神、閻魔大王のように見えるなどということも記載されていますので、みんながみんなミロクのように思えるわけではない一端を見ているようにも思います。聖書には悪魔、獣、666としても書かれているようですし、キリスト教にしてみれば、自分達の組織も含めて抹殺する悪しき存在でしかないのかと思います。


第23巻 海の巻 第18帖 (510)
「人民の我では通らん時となった位 判って居らうがな、早よ我捨ててこの方について参れよ、素直にいたせば楽に行けるのざぞ、大峠越せるのざぞ、時節の仕組 中々人民には判るまいがな、悪抱き参らす為には我が子にまで天のトガをおはせ、善の地の先祖まで押し込めねば一応抱く事出来んのであるぞ、ここの秘密知るものは天の御先祖様と地の御先祖様より他には無いのであるぞ。」
人民のやりたい放題の思いだけでは通らなくなってきているのが終末の世というものなのかもとも思います。共存共栄したければ、早く我を捨ててミロクについて行きなさいとも読めます。悪を抱き参らすには、大変に一代だけでは終えられないような天の咎を負わせ、善の地の先祖まで押し込めなければ抱くことも出来ないとなると大変に根気の要る時間のかかることなのだと推測します。
悪を抱き参らせるだけの素養は、もしかしたら、転生をくり返してきた時間をかけて、いろんな血と混じり合いながら、終末の時節で悪を抱き参らせるということを達成するために育ててきているようにも思います。


第24巻 黄金の巻 第15帖 (526)
「人から見てあれならばと云ふやうになれば、この方の光出るぢゃ。」
なかなかあれならばという風にはいかないのが難しいところです。とりあえず誠を通すという行動パターンがあるようですのでそれを通すというところからかも。

岡本 天明 (おかもと てんめい, 1897年12月4日 - 1963年4月7日) は画家、神道研究家である。岡山県倉敷市玉島出身。本名は信之、天明は「雅号」である。

1897年12月に96年7ヶ月を足すと、1993年6月4日頃になります。岩戸開きの本格的な予兆はこのころから出ていたのかも。天明氏は釈迦の誕生日の前日に亡くなっているのですね。異常気象が叫ばれ始めたのもこの頃からだと記憶しています。この時節に九分九厘の何かがあったのかどうかはよくわかりません。1963年ごろ付近といえば、MFさんが東京に出て来た時期に大変近い時期ですので、そういう時期のかみ合いを見ていると天明氏が役割を果たしてお亡くなりになったのかなとも思います。MFさんがもしかしたら予言の解読どおりにミロクであるのなら、自分達はそれをも検証しつつ、その説が埋るような内容も考察して行くことにもなるのかなとも思います。


第24巻 黄金の巻 第25帖 (536)
「こんなになったのも この方等が我が強過ぎたからであるぞ。我出すなと申してあろう。この度のイワト開きに使ふ身魂は、我の強い者ばかりが、めぐりだけのこと償って、償ふことぞ。天地かもう神でも我出せんことであるぞ。」
ミロクらの我が強過ぎてこんなになったようです。世界を作るときの夫神、妻神の揉め事の話でしょうか?天明氏もまだまだ改心が足らないと叱咤されているようです。


第24巻 黄金の巻 第37帖 (548)
「この方 見えんアであるぞ。顕れは神示ぢゃ。よく相談し合って結構致しくれよ。弥栄えるぞ。」
ミロクは姿は見えないけど、アであると素直に取っています。


第24巻 黄金の巻 第69帖 (580)
「この方 世に落ちての仕組であるから、落して成就する仕組、結構。」
ミロクをこの世に降臨させてこそ成就する仕組みのようです。


第24巻 黄金の巻 第70帖 (581)
「曰九千 (シクジリ)のミタマもあるなれど、この方の仕組ぢゃ。めったに間違ひないのざから、欲しいものには一先づ取らせておけよ。」
ミロクの仕組みはめったに間違いがないようで、欲しいものには取らせておくとめぐりだけ取り去ってくれるようです。


第27巻 春の巻 第52帖 (709)
「まことの光の道に行き、進めよ。ここぞと見極めたら、理解に向ってひたすらに進まねばならん。理屈いらん。宇宙はこの方の中にあるのぢゃ。このほうぢゃ。」
ミロクにあなたがミロクなんですよと云っている様な印象の内容です。


五十黙示録 補巻 紫金の巻 第11帖 (141)
「世界の山も川も海も草木も動物虫けらも皆この方が道具に、数でつくったのぢゃ。」
ミロクが道具として数で作ったもののようです。神の分霊という見方があるそうなので、世界の山や川などなどには本質的な誠の光を見出せる素養があるということのように思います。

ひふみ神示目次