なわ・ふみひとさんのサイトより
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki20110425.html
<転載開始>
 本日は拙著『2012年の黙示録』(たま出版)の結論となっている「次元アップ(終末の次元上昇=アセンション)」問題について解説してまいります。参考にする文章を抜粋しておきますので、まずはこちらにお目通しください。

 ■ 神と人間が一体となって次元アップする

  今度の御用に使う臣民、はげしき行さして神うつるのぞ。今では神の力は何も出ては居らぬのぞ。この世のことは神と臣民と一つになりてできると申してあろがな。早う身魂みがいて下されよ。神かかれる肉体沢山要るのぞ。今度の行は心を綺麗にする行ぞ。掃除できた臣民から、よき御用に使って、神から御礼申して、末代名の残る手柄立てさすぞ。神の臣民洗濯できたらこの戦は勝つのぞ。灰になる身魂は灰ぞ。どこにいても助かる臣民、行って助けるぞ。神が助けるのでないぞ。神助かるのぞ。臣民も神も一緒に助かるのぞ。この道理よく腹に入れてくれよ。この道理わかりたら、神の仕組みはだんだんわかりて来て、何という有り難い事かと心がいつも春になるぞ。

  「この世のことは神と臣民と一つになりてできる」と言うことです。これからの次元アップは人間だけではできないし、人間界のことなので神さまだけでもやれないということです。そこで、「神うつる」という手段にでるわけです。
  「神憑かり」という言葉があります。現に霊媒やチャネラーには高位次元の存在が憑かってきて、人間の肉体を借りて霊界通信を書かせたりしています。いわゆる自動書記現象です。昭和19年6月10日、岡本天明という人物に神が憑かって、漢数字を中心とした文字を強制的に書かせるようになりました。その現象が16年間も続いて生まれたのが日月神示なのです。当初は、岡本天明本人が読んでも、何が書かれているか全くわからなかったそうです。後になって、数霊学を研究していた武智時三郎という人物を中心とした関係者が解読に成功し、日の目を見ることになったと言われています。
  終末には、魂の磨けた人に様々な神さまが憑かってきて、人間の肉体を使って次元アップのための働きをされるようです。ですから、「神かかれる肉体にしておけ」と言われているのです。波動の粗い肉体には神さまは憑かることができないからです。人間が心の調律をして魂を磨き、波動を高めておれば、終末の大患難のときには神さまがそれぞれの肉体に憑かり、一緒になって助かるということが述べられています。この道理、ご理解いただけますか?

                  ── 『2012年の黙示録』(なわ・ふみひと/たま出版)

   本日ご紹介した神示の内容について少し解説を付け加えておきたいと思います。

 何事に向かってもまず感謝せよ。

  「何事に向かっても感謝せよ」ということは、たとえば今回の東日本大震災のような出来事に対しても感謝せよ、と解釈できます。被災をされた方にこの言葉を投げれば、ほとんどの方が反発されることでしょう。普通の人であればそれが当然の感情です。しかしながら、この神示には、「一見不幸と思える出来事に対しても」という意味を含んでいます。じっくり味わって、真意をつかみたい言葉です。

 自分のものというもの何一つないぞ。

  家や家財道具などの財産も、働く職場や仕事も、あるいは愛する家族や知人も、自分のものではなく、縁あってこの世で巡り会ったものです。終末現象を通じて、私たちはそのような大切な物や人に対する執着心を手放すことを求められるのです。

 今度の御用に使う臣民、はげしき行さして神うつるのぞ。

  「今度の御用」とは、これから始まるこの物質世界と霊界・幽界の立て替えのことを意味しています。その役目を果たす人は「はげしき行」をさせられるのです。それは一見不幸に思える出来事かも知れません。艱難辛苦を経験させられることになるのでしょう。大本の開祖である出口ナオが、「大本神諭」が降ろされるまでに大変な苦行をさせられたことが思い浮かびます。

 この世のことは神と臣民と一つになりてできる。早う身魂みがいて下されよ。神かかれる肉体沢山要るのぞ。

  この内容が「日月神示」の中でもっとも大切なポイントと言ってもよいでしょう。終末の大峠においては、神(高級神霊)と波長の合う人間が多数必要なのです。そのために、日頃から身魂(肉体と精神)を磨いて(浄めて)、神が憑かれるような波長に近づけておく必要があるのです。

 今度の行は心を綺麗にする行ぞ。

  「行」は大半が「苦行」と解釈したらよいでしょう。終末のさまざまな現象は、私たちの心(自分では自覚できない「潜在意識」のことです)を綺麗にするために起こるのです。


  閑話休題。皆様は、東日本大震災で被災され、命を失われた方々はどうなっているとお考えでしょうか。その参考になるのが当サイトにアップしております『ブルーアイランド(スピリチュアリズムが明かす死後の世界)』です。タイタニック号の沈没によって犠牲になった1500余名の人たちが死後どのような状態にあったかということを、犠牲者の1人であるウイリアム・ステッドという霊が息子のエステル・ステッドに届けてきたのです。この本はその霊界通信をまとめたものです。
  この本を読みますと、肉体の死が決して悲しむべきことではないことがわかりますし、この世に生きている間に霊界に関する知識を持っておくことが大切であることも教えられます。肉親や知人を失って悲しみに沈んでいらっしゃる方に、特にお勧めしたい本です。既に読んでいただいた方も、再度お目通しください。

  今もなお海や大気中に高濃度の放射性元素をまき散らし続ける福島原発のことが気になりますが、次回は『新カルマ論』(ポール・ブラントン[著]/大野純一[訳]/コスモライブラリー)の解説をいたします。その内容を抜粋して載せておきますので、事前に目を通していただきたいと思います。この内容の一つひとつに解説をつける予定です。

■カルマによる報いや罰を勝手に施したり、下したり、コントロールしたりする、いかなる超自然的・外部的存在もない。われわれが無意識のうちにそれらの種をまいているのである。好機が来る時、種は芽を出し、実を結ぶ。

■人形使いが吊り上げた人形のあやつり糸を引くように、何らかの神秘的な超自然的天使、天神、または神が介入してカルマをあやつるわけではなく、カルマは宇宙の均衡の部分なのであって、その均衡作用のおかげで報いがもたらされ、圧力が記録され、各々の反応がそれ自体のはずみによって起こるようにされているのである。

■カルマの働きは、複雑な結果を複雑な原因までのぼって突きとめる。

■もしも最期に――時にはずっと以前に――カルマがあなたに結果をもたらすとしても、そのすべてが苦痛なわけではない。不吉な予感でいっぱいになる必要などないのである。なぜなら、あなたが考え、行なってきた良いことは、良い報いをもたらすからである。

■われわれは、みずからの切望によって未来を招来する。われわれは、自分が考え、感じ、行なったことの結果を受け取る。自然はいかなるえこひいきもせず、われわれに当然の報いを与える。

■カルマは、人が実際に行なうことによって固められるのだが、それはまた、人が長い間考え、強く感じることによっても強められる。

■ついにあなたがカルマによって責任を問われる時、あなたは他の人があなたに授ける性格証明書――良いと認めようが悪いと認めようが――によってではなく、あなたの内心で感じている動機、あなたが守ってきた態度、あなた自身の手でした行為によって判断されるのである。

■出来事と環境は、部分的にはあなたの人となり、およびあなたが行なうこと(個人的カルマ)に従って、部分的にはあなたが必要とし、求めているもの(進化)に従って、また、部分的にはあなたが属している社会、民族または国が行ない、必要とし、求めていること(集団的カルマ)に従って、あなたに引き寄せられる。

■カルマは、偶然に思われるかもしれない出来事を通じて現れる。が、それらは表面においてのみ偶然に思われるのである。

■事物は、その性質に従って動く、「世界観念(神)」はこれらの動きを秘密の仕方で記録し、それぞれに相応した結果を反射して返す。そして人の場合も事物と同様である。われわれの各々は宇宙に向かって歌声を響かせ、そして宇宙はそれと同じ調子でわれわれに答える。

■カルマはあなたに、あなたが主として自分自身で作り出したものを与える。それはあなたに、あなたが好むものを与えるわけではない。が、時には両者が一致することはありうる。あなたは部分的にあなた自身の難儀の生み手になることもできれば、精神力によって幸運を自分に引き寄せることもできる。

■われわれの外面的不幸は、われわれの内面的挫折の象徴であり、徴候である。みずから生み出したあらゆる苦しみおよびみずから受け入れたあらゆる悪は、避けることができる。どの程度まで出来事があなたを傷つけることができるかは、そっくりあなたにかかってはいないかもしれないが、しかしそれが主としてあなたにかかっていることは確かである。もしあなたがたった一撃であなたのエゴイズムを粉砕する力と、一連の長い因果のスクリーンを見通す洞察力を持っていたら、あなたはあなたの外面的苦労の半分は内面的性格の欠陥と弱さに由来していることがわかるであろう。あなたがあなたの内面的性格の劣等な属性を表出するつど、あなたは外部の出来事にそれを反映させる。あなたの怒り、羨望、憤り、恨みは、もし十分に強く、十分に長く持続すれば、結局は結果として厄介事、敵意、摩擦、喪失、失意を招くであろう。

     ―― 『新カルマ論』(ポール・ブラントン[著]/大野純一[訳]/コスモライブラリー)

<転載終了>