なわ・ふみひとさんのサイトより
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki067.html
<転載開始>
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/tsubuyaki067.html
<転載開始>
| 2012年12月以降の世界とは‥‥? |
| 2009年6月29日(月)掲載文を再編集しました。 |
本日は、「終末の大峠と見られる2012年12月以後に、この地球と人類はどうなっていくのか」ということについて、聖書や神示の中から参考になる記述を引用してご紹介したいと思います。このテーマに関しましては、「ゴッドアナリスト」を自称されている紫藤甲子男(しとうきねお)氏の分析が大変参考になります。氏の2冊の著書の抜粋を当サイトにアップしておりますので参考になさってください。 ① 『ヤハウエの巨大潮流預言』(紫藤甲子男・著/徳間書店) ② 『2000年5月全世界は壊滅する』(紫藤甲子男・著/たま出版) また、拙著『2012年の黙示録』(たま出版)では、「ミロクの世(神の国)」と呼ばれる「2012年以後の世界」について以下のように記述しております。こちらもご参考までにお目通しください。 ■2012年からミロクの世がスタートする 新しき御代のはじめの たつの年 現(あ)れ出でましぬ かくれいし神 2012年は日本の暦では辰年となっています。「新しき御代」すなわちミロクの世のスタートは辰年ということです。やはり2012年という年が立て替え・立て直しの年ということになりそうです。 ■「神の国」とはどういう世界なのか ちょっと薄気味悪い話題になりましたので、ここで夢のある話に切り替えたいと思います。終末の後に現れる新しい地球はどういう姿になるのかということについて――。 新しき人民の住むところ、霊界と現界の両面をもつ所。(日月神示) 地上界に山や川があるから霊界に山や川があるのでない。霊界の山川がマコトぞ。地上はそのマコトの写しであり、コトであるぞ。マが霊界じゃ。地上人は、半分は霊界で思想し、霊人は地上界を足場としている。互いに入りかわって交わっているのぞ。このこと判れば、来るべき世界が、半霊半物質、四次元の高度の、影ないうれしうれしの世であるから、人民も浄化行せねばならん。大元の道にかえり、歩まねばならん。今迄のような物質でない物質の世となるのであるぞ。(日月神示) 三次元の物質波動の世界から、四次元以上の霊的波動の世界になるということです。そこには物質界の元となっている本当の山や川もあるのです。私たちの魂はもともとその世界にも行き来している(眠ったとき)のですが、新しい時代になると、そちらの世界に移っていくということです。ただ、この半霊半物質の世界にいるのは千年の間だけということで、その後はいよいよ本格的な神の国に移るようです。 聖書にも日月神示にもそのことが述べられていますが、千年後のことですし、私たちが半霊半物質のミロクの世にいけるという保証もまだありませんので、これ以上のことは触れずにおきます。 新しき世は神なき世なりけり。人神となる世にてありけり。(日月神示) 今度世変わりたら、臣民この世の神となるのざぞ。(日月神示) 私もまだ神になった経験がありませんので、この神示の解説はできません。なんとなく雰囲気でご理解ください。 神の国と申すものは光の国、喜びの世であるぞ。(日月神示) そのとき、義人たちは彼らの父の御国で、太陽のように輝きわたるであろう。 (マタイによる福音書) ミロクの世は、何もかもが透き通って、ピカピカ光って見えると言います。影のない国、喜びあふれる国になるようです。そういう国で、私たちは与え合い、学び合い、楽しみながら、新しい進化のスタイルを身につけていくのだと思います。 文明なくせんと申してあろうが、文明残してカスだけ無(のう)にいたすのぢゃ。 (日月神示) 金のいらぬ楽の世になるぞ。(日月神示) 現文明はなくなってしまうのではないということです。「カス」がどの部分なのかは判りませんが、お金が要らないということですから、銀行や証券会社、消費者金融などはなくなってしまうのかも知れませんね。 ―― 『2012年の黙示録』(なわ・ふみひと著/たま出版) |
「2012年が終末の大峠である」と考える理由の一つとして日月神示の記述をご紹介しましたが、これ以外にも、私はテレンス・マッケンナの「タイムウエーブ・ゼロ理論」やマヤのカレンダーなどを「2012年大峠」説の有力な根拠としています。(ほかにも個人的な啓示のようなものがありますが、それが何かと言うことはもう少し伏せておきます)
ということで、「なぜ終末の大峠が2012年12月なのか」ということについての検討はこの程度にしまして、「では、2012年12月の大峠にはどのようなことが起こり、そのあとはどのような世界が展開するのか」ということに絞って考えていきたいと思います。
冒頭でご紹介した紫藤甲子男氏の著書も参考になりますが、基本的には新約聖書と日月神示、大本神諭の記述を中心に拾ってみました。少し私の解説をつけておりますが、飛ばして読んでいただいても十分意味がわかる内容です。
では、まず「大峠の様相」から――。
魂なき肉体は、もはや犠牲とはならず
死を迎うる日は、復活の日とならん
神の御霊(みたま)は、魂に歓喜を与えたまい
不滅の御言葉は、いまここに具体化せん
(ノストラダムス)
「不滅の御言葉」とは、新約聖書に出てくるイエスの次の言葉のことを指していると思われます。(マタイによる福音書第24章、マルコによる福音書第13章に同じ内容が出てきます)
ノストラダムスは、終末の大峠になると、人々はイエスが死後復活したように、いったん肉体の死を迎え、そのあと新しい体(肉体ではなく霊体)に生まれ変わるということを述べているのです。
イエスは話しはじめられた。「人に惑わされないように気をつけなさい。多くのものがわたしの名を名のって現れ、自分がそれだと言って、多くの人を惑わすであろう。また、戦争と戦争のうわさとを聞くときにも、あわてるな。それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに地震があり、またききんが起こるであろう。これらは産みの苦しみの初めである。(中略)
その日には、この艱難の後、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、大いなる力と栄光をもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。そのとき、彼は御使いたちをつかわして、地のはてから天のはてまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。(中略)
これらの事がことごとく起こるまでは、この時代は滅びることがない。天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。その日、その時は、だれも知らない。天にいる御使いたちも、また子も知らない。ただ父だけが知っておられる。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつであるか、あなたがたにはわからないからである。(中略)
目を覚ましていなさい。わたしがあなたがたに言うこの言葉は、すべての人々に言うのである」。
(新約聖書・マルコによる福音書)
神の御言葉が、実質的に与えられん
天と地の隠された神秘的事柄は、いま明らかとなり
肉体・魂・霊は一体となりて、あらゆる力を備え
みな天の座において、主の足元にひれ伏す
(ノストラダムス)
2012年12月以降に訪れる「神の国」の様相です。選ばれた人たちは「あらゆる力(この世的には超能力)」を備えることになるようです。イエスも「だれでも私以上のことができるようになる」と述べています。
それから神と人間との世界に平和が訪れます。それはおよそ千年の間安定し続けるでしょう。(ノストラダムス/セザールへの手紙)
彼らは生き返って、キリストとともに千年の間支配する。(ヨハネの黙示録)
最期の審判のときに、信仰深く公正であった者たちは、千年の間治め裁くために主に取り上げられるのだ。(エドガー・ケイシー)
新約聖書ならびにエドガー・ケイシーの予言によりますと「神の国 The Kingdom of God」の存続期間は千年ということになっています。その後にもう一度本格的な審判(選別)が実施されるようです。今回の終末では神の国に移住するための仮免許が与えられ、千年の間の魂の磨かれ具合によって再度ふるいにかけられるということです。
主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残る私たちが、眠りについた人たちより先になることは決してありません。
すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天から降って来られます。するとキリストに結ばれて(believing in Christ)死んだ人たちが、まず復活し、それから私たち生き残っている者が彼らと一緒に雲の中に引き上げられて、空中で主と会うのです。
(新約聖書・テサロニケの信徒への手紙)
終末において呼び集められ、選別されるのは、死んで霊界にいる魂が先だと述べられています。そのあとで、肉体を持って生き残っている者がふるいにかけられ、選ばれた魂は一緒に神の国へと連れて行ってもらえるのです。「死者が甦る」というのはこのことです。「雲の中に引き上げられる」という表現は、霊的次元のことと見るべきでしょう
‥‥死者はどのようにして生き返るのか、どんな体になるのか、と聞く人がいるかも知れません。
愚かな人です。あなたがたが土の中にまく種は、一度死ななければ芽を出すことはできないではないですか。あなたがたが小麦やその他の穀物をつくるときにまくのは完全に育った植物ではなく、ただの種粒のはずです。
神はそれぞれの種に対して神が望まれるとおりの「体」を与えてくださいます。それぞれの種にはそれにふさわしい「体」が与えられます。そして、生き物の肉は決して同じ種類の肉ではなく、人間の肉、動物の肉、鳥の肉、魚の肉とそれぞれに違っています。
また、天の「体」と地の「体」とがあります。天の体の美しさは地の体の美しさとは違っています。太陽には太陽の美しさがあり、月には月の美しさ、星たちには星たちの美しさがあります。そして、星と星の間でも、その美しさには違いがあります。
死者がどうやって復活するかということもこれと同じです。埋葬されたときは寿命がありましたが、復活したときは寿命のない者となります。埋葬されたときは醜く弱々しい者であっても、復活したときは美しく強い者になっているでしょう。
(コリントの信徒への手紙)
イエスが処刑されたあと、再び肉体を持って現れたことが「復活」とか「アセンション」と表現されているわけですが、終末の土壇場ではそれと同じことが、死んで肉体を失っている人(魂)に起こり、生きている人(魂)にも起こるということです。そうやって「復活」した人は「寿命のない者になる」と述べられています。
あなた方の中には、そのとき一瞬にして変えられてしまう人々がいる。‥‥あなた方が肉体をここで捨てるというのではない。突如として、あなた方は物質の体と光の体とを知り、重く濃密な物質を光に変えてしまうのだ。(ポール・ソロモン)
肉体の振動の時代は過ぎ去り、神への旅における人間の発達にとって、それはもはや適当なものではなくなっている。私たちはもはや物質的である必要はないのである。(ポール・ソロモン)
彼らは皆、体に帯びる物質を減らし、大きく拡大された次元の中へ入っていく。それは四次元という表現では足りない。変化はそれ以上のものである。(ポール・ソロモン)
三次元の物質世界から、四次元の霊界を通り越して、五次元以上の世界へとメタモルフォーゼ(変身)するのです。まさに、這い回っている芋虫が蝶になって空中を飛び回るような大変身ということになります。それでも、芋虫は最後まで今の体に執着するのでしょうか?
この世界が高められた段階に変えられることが必要なだけなのである。人がそのとき瞬時にして次元を変化させるならば、教会のラプチャーとして述べられているのと同じ有様で、彼は空中で主とまみえるために取り上げられる。(ポール・ソロモン)
大地も転位、天も転位するのぞ。(日月神示・五葉之巻)
八方的地上から十方的地上になるのであるから、すべての位置が転ずるのであるから、物質も念もすべてが変わるのであるぞ。(日月神示・至恩之巻)
灰になる肉体であってはならん。原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。今の物質でつくった何物にも影響されない新しい生命が生まれつつあるのぞ。(日月神示・五葉之巻)
終末期においては核戦争や原発の事故が起こることをお見通しであるかのような預言です。
イエスは答えて言われた。「はっきり言っておきます。人は誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」。(ヨハネによる福音書)
何もかも一旦は天地へお引き上げぞ。(日月神示)
残る者も一度は死ぬことあるぞ。死んでからまた生き返るぞ。(日月神示)
地上界がすべて変わるのぞ。人民のみこのままというわけには参らぬ。死んで生きてくだされよ。(日月神示・星座之巻)
人民一度死んでくだされよ。死なねば甦られん時となったぞ。今までの衣を脱いでくだされよ。(日月神示・星座之巻)
着物脱いで裸体になること、つらいであろうなれど、脱がねば新しい着物着られんぞ。(日月神示)
大掃除激しくなると、世界の人民はみな仮死の状態となるのじゃ。掃除終わってから因縁の霊魂のみをつまみ上げて、息吹き返してミロクの世の人民といたすのじゃ。(日月神示・紫金之巻)
続きまして、いよいよ「2012年以後の世界」の様相です。
神の国と申すものは光の国、喜びの世であるぞ。(日月神示)
新しき臣民の体からも光が出るのざぞ。その光によって、その御役位わかるのぞ。(日月神示)
草木も人民も山も海も光輝いて、まことにそこら中がキラキラ致して頼もしい穏やかな世になるぞよ。(大本神諭)
水晶のように物が透き通りて見え出すから、悪の身魂の隠れる場所がなきようになるぞよ。(大本神諭)
そのとき、義人たちは彼の父の御国で太陽のように輝きわたるであろう。(マタイによる福音書)
思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。(旧約聖書・ダニエル書)
世変わりたら、生命(いのち)長くなるぞ。(日月神示・大面神諭)
体は新しくされ、若返ることができる。体は地とその影響力を超えるからである。(エドガー・ケイシー)
新しき人民の住む所、霊界と現界の両面を持つ所。(日月神示・星座之巻)
半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならぬ。(日月神示・五葉之巻)
イエスは言われた。「この世の子らはめとったり嫁いだりしますが、次の世に入って死者の中から甦る価値があると見なされた人たちは、めとることも嫁ぐこともありません。この人たちは天使と同じように、もはや死ぬことがありません。なぜならその人たちは甦らされた神の子だからです」。(ルカによる福音書)
そのとき、私は王座から語りかける大きな声を聞いた。
「見よ。神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、それらの目の涙をすべて拭き取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも嘆きも苦痛もない。古い物(The old thiings)は消えてしまった(have disappeared)からである」
すると、王座に座っておられる方が、「見よ。わたしは万物を新しくする」と言い、また「書き記せ。これらの言葉は真実であり、信頼できるものだからである」と言われた。
(ヨハネの黙示録)
何もかも人民まで変わるのが、今度の大立て替え。食べ物も衣類も住居も変わると申している時が来ているのぞ。(日月神示・星座之巻)
神となれば、食うことも着ることも住む家も心配なくなるぞ。(日月神示)
今までのような大小便なくなるぞ。不潔というもの無き世になるのざぞ。(日月神示)
金いらぬ楽の世になるぞ。(日月神示)
警察いらんと申してあるぞ。(日月神示)
岩戸開いて明らかになったら、宗教いらんぞ。政治いらんぞ。(日月神示)
人民の政治、神の国には用いられんのじゃ。(日月神示)
わかるように申すなら、神のお社と臣民の役所と市場を合わせたようなものが、一時はできるのぞ。(日月神示)
いかがでしたか。これらの預言を読まれて、「神の国(ミロクの世)の住人になりたい」という気持ちが強くなりましたでしょうか。
逆に、「こんな世界とは波長が合わないので、現在のようにどろどろとした人間社会のほうがおもしろい」という気持ちが湧き起こる人もあるかも知れませんね。人の気持ちも波動ですから、これからますますその波動の特徴が強化され、二極分化すると思います。早く軌道修正しておかないと、地団駄を踏んで口惜しがることになるような気がしますが……。
<転載終了>
ということで、「なぜ終末の大峠が2012年12月なのか」ということについての検討はこの程度にしまして、「では、2012年12月の大峠にはどのようなことが起こり、そのあとはどのような世界が展開するのか」ということに絞って考えていきたいと思います。
冒頭でご紹介した紫藤甲子男氏の著書も参考になりますが、基本的には新約聖書と日月神示、大本神諭の記述を中心に拾ってみました。少し私の解説をつけておりますが、飛ばして読んでいただいても十分意味がわかる内容です。
では、まず「大峠の様相」から――。
魂なき肉体は、もはや犠牲とはならず
死を迎うる日は、復活の日とならん
神の御霊(みたま)は、魂に歓喜を与えたまい
不滅の御言葉は、いまここに具体化せん
(ノストラダムス)
「不滅の御言葉」とは、新約聖書に出てくるイエスの次の言葉のことを指していると思われます。(マタイによる福音書第24章、マルコによる福音書第13章に同じ内容が出てきます)
ノストラダムスは、終末の大峠になると、人々はイエスが死後復活したように、いったん肉体の死を迎え、そのあと新しい体(肉体ではなく霊体)に生まれ変わるということを述べているのです。
イエスは話しはじめられた。「人に惑わされないように気をつけなさい。多くのものがわたしの名を名のって現れ、自分がそれだと言って、多くの人を惑わすであろう。また、戦争と戦争のうわさとを聞くときにも、あわてるな。それは起こらねばならないが、まだ終わりではない。民は民に、国は国に敵対して立ち上がるであろう。またあちこちに地震があり、またききんが起こるであろう。これらは産みの苦しみの初めである。(中略)
その日には、この艱難の後、日は暗くなり、月はその光を放つことをやめ、星は空から落ち、天体は揺り動かされるであろう。そのとき、大いなる力と栄光をもって、人の子が雲に乗って来るのを、人々は見るであろう。そのとき、彼は御使いたちをつかわして、地のはてから天のはてまで、四方からその選民を呼び集めるであろう。(中略)
これらの事がことごとく起こるまでは、この時代は滅びることがない。天地は滅びるであろう。しかしわたしの言葉は滅びることがない。その日、その時は、だれも知らない。天にいる御使いたちも、また子も知らない。ただ父だけが知っておられる。気をつけて、目を覚ましていなさい。その時がいつであるか、あなたがたにはわからないからである。(中略)
目を覚ましていなさい。わたしがあなたがたに言うこの言葉は、すべての人々に言うのである」。
(新約聖書・マルコによる福音書)
神の御言葉が、実質的に与えられん
天と地の隠された神秘的事柄は、いま明らかとなり
肉体・魂・霊は一体となりて、あらゆる力を備え
みな天の座において、主の足元にひれ伏す
(ノストラダムス)
2012年12月以降に訪れる「神の国」の様相です。選ばれた人たちは「あらゆる力(この世的には超能力)」を備えることになるようです。イエスも「だれでも私以上のことができるようになる」と述べています。
それから神と人間との世界に平和が訪れます。それはおよそ千年の間安定し続けるでしょう。(ノストラダムス/セザールへの手紙)
彼らは生き返って、キリストとともに千年の間支配する。(ヨハネの黙示録)
最期の審判のときに、信仰深く公正であった者たちは、千年の間治め裁くために主に取り上げられるのだ。(エドガー・ケイシー)
新約聖書ならびにエドガー・ケイシーの予言によりますと「神の国 The Kingdom of God」の存続期間は千年ということになっています。その後にもう一度本格的な審判(選別)が実施されるようです。今回の終末では神の国に移住するための仮免許が与えられ、千年の間の魂の磨かれ具合によって再度ふるいにかけられるということです。
主の言葉に基づいて次のことを伝えます。主が来られる日まで生き残る私たちが、眠りについた人たちより先になることは決してありません。
すなわち、合図の号令がかかり、大天使の声が聞こえて、神のラッパが鳴り響くと、主ご自身が天から降って来られます。するとキリストに結ばれて(believing in Christ)死んだ人たちが、まず復活し、それから私たち生き残っている者が彼らと一緒に雲の中に引き上げられて、空中で主と会うのです。
(新約聖書・テサロニケの信徒への手紙)
終末において呼び集められ、選別されるのは、死んで霊界にいる魂が先だと述べられています。そのあとで、肉体を持って生き残っている者がふるいにかけられ、選ばれた魂は一緒に神の国へと連れて行ってもらえるのです。「死者が甦る」というのはこのことです。「雲の中に引き上げられる」という表現は、霊的次元のことと見るべきでしょう
‥‥死者はどのようにして生き返るのか、どんな体になるのか、と聞く人がいるかも知れません。
愚かな人です。あなたがたが土の中にまく種は、一度死ななければ芽を出すことはできないではないですか。あなたがたが小麦やその他の穀物をつくるときにまくのは完全に育った植物ではなく、ただの種粒のはずです。
神はそれぞれの種に対して神が望まれるとおりの「体」を与えてくださいます。それぞれの種にはそれにふさわしい「体」が与えられます。そして、生き物の肉は決して同じ種類の肉ではなく、人間の肉、動物の肉、鳥の肉、魚の肉とそれぞれに違っています。
また、天の「体」と地の「体」とがあります。天の体の美しさは地の体の美しさとは違っています。太陽には太陽の美しさがあり、月には月の美しさ、星たちには星たちの美しさがあります。そして、星と星の間でも、その美しさには違いがあります。
死者がどうやって復活するかということもこれと同じです。埋葬されたときは寿命がありましたが、復活したときは寿命のない者となります。埋葬されたときは醜く弱々しい者であっても、復活したときは美しく強い者になっているでしょう。
(コリントの信徒への手紙)
イエスが処刑されたあと、再び肉体を持って現れたことが「復活」とか「アセンション」と表現されているわけですが、終末の土壇場ではそれと同じことが、死んで肉体を失っている人(魂)に起こり、生きている人(魂)にも起こるということです。そうやって「復活」した人は「寿命のない者になる」と述べられています。
あなた方の中には、そのとき一瞬にして変えられてしまう人々がいる。‥‥あなた方が肉体をここで捨てるというのではない。突如として、あなた方は物質の体と光の体とを知り、重く濃密な物質を光に変えてしまうのだ。(ポール・ソロモン)
肉体の振動の時代は過ぎ去り、神への旅における人間の発達にとって、それはもはや適当なものではなくなっている。私たちはもはや物質的である必要はないのである。(ポール・ソロモン)
彼らは皆、体に帯びる物質を減らし、大きく拡大された次元の中へ入っていく。それは四次元という表現では足りない。変化はそれ以上のものである。(ポール・ソロモン)
三次元の物質世界から、四次元の霊界を通り越して、五次元以上の世界へとメタモルフォーゼ(変身)するのです。まさに、這い回っている芋虫が蝶になって空中を飛び回るような大変身ということになります。それでも、芋虫は最後まで今の体に執着するのでしょうか?
この世界が高められた段階に変えられることが必要なだけなのである。人がそのとき瞬時にして次元を変化させるならば、教会のラプチャーとして述べられているのと同じ有様で、彼は空中で主とまみえるために取り上げられる。(ポール・ソロモン)
大地も転位、天も転位するのぞ。(日月神示・五葉之巻)
八方的地上から十方的地上になるのであるから、すべての位置が転ずるのであるから、物質も念もすべてが変わるのであるぞ。(日月神示・至恩之巻)
灰になる肉体であってはならん。原爆も水爆もビクともしない肉体となれるのであるぞ。今の物質でつくった何物にも影響されない新しい生命が生まれつつあるのぞ。(日月神示・五葉之巻)
終末期においては核戦争や原発の事故が起こることをお見通しであるかのような預言です。
イエスは答えて言われた。「はっきり言っておきます。人は誰でも新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません」。(ヨハネによる福音書)
何もかも一旦は天地へお引き上げぞ。(日月神示)
残る者も一度は死ぬことあるぞ。死んでからまた生き返るぞ。(日月神示)
地上界がすべて変わるのぞ。人民のみこのままというわけには参らぬ。死んで生きてくだされよ。(日月神示・星座之巻)
人民一度死んでくだされよ。死なねば甦られん時となったぞ。今までの衣を脱いでくだされよ。(日月神示・星座之巻)
着物脱いで裸体になること、つらいであろうなれど、脱がねば新しい着物着られんぞ。(日月神示)
大掃除激しくなると、世界の人民はみな仮死の状態となるのじゃ。掃除終わってから因縁の霊魂のみをつまみ上げて、息吹き返してミロクの世の人民といたすのじゃ。(日月神示・紫金之巻)
続きまして、いよいよ「2012年以後の世界」の様相です。
神の国と申すものは光の国、喜びの世であるぞ。(日月神示)
新しき臣民の体からも光が出るのざぞ。その光によって、その御役位わかるのぞ。(日月神示)
草木も人民も山も海も光輝いて、まことにそこら中がキラキラ致して頼もしい穏やかな世になるぞよ。(大本神諭)
水晶のように物が透き通りて見え出すから、悪の身魂の隠れる場所がなきようになるぞよ。(大本神諭)
そのとき、義人たちは彼の父の御国で太陽のように輝きわたるであろう。(マタイによる福音書)
思慮深い人々は大空の輝きのように輝き、多くの者を義とした者は、世々限りなく、星のようになる。(旧約聖書・ダニエル書)
世変わりたら、生命(いのち)長くなるぞ。(日月神示・大面神諭)
体は新しくされ、若返ることができる。体は地とその影響力を超えるからである。(エドガー・ケイシー)
新しき人民の住む所、霊界と現界の両面を持つ所。(日月神示・星座之巻)
半霊半物質の世界に移行するのであるから、半霊半物質の肉体とならねばならぬ。(日月神示・五葉之巻)
イエスは言われた。「この世の子らはめとったり嫁いだりしますが、次の世に入って死者の中から甦る価値があると見なされた人たちは、めとることも嫁ぐこともありません。この人たちは天使と同じように、もはや死ぬことがありません。なぜならその人たちは甦らされた神の子だからです」。(ルカによる福音書)
そのとき、私は王座から語りかける大きな声を聞いた。
「見よ。神の幕屋が人の間にあって、神が人と共に住み、人は神の民となる。神は自ら人と共にいて、それらの目の涙をすべて拭き取ってくださる。もはや死はなく、悲しみも嘆きも苦痛もない。古い物(The old thiings)は消えてしまった(have disappeared)からである」
すると、王座に座っておられる方が、「見よ。わたしは万物を新しくする」と言い、また「書き記せ。これらの言葉は真実であり、信頼できるものだからである」と言われた。
(ヨハネの黙示録)
何もかも人民まで変わるのが、今度の大立て替え。食べ物も衣類も住居も変わると申している時が来ているのぞ。(日月神示・星座之巻)
神となれば、食うことも着ることも住む家も心配なくなるぞ。(日月神示)
今までのような大小便なくなるぞ。不潔というもの無き世になるのざぞ。(日月神示)
金いらぬ楽の世になるぞ。(日月神示)
警察いらんと申してあるぞ。(日月神示)
岩戸開いて明らかになったら、宗教いらんぞ。政治いらんぞ。(日月神示)
人民の政治、神の国には用いられんのじゃ。(日月神示)
わかるように申すなら、神のお社と臣民の役所と市場を合わせたようなものが、一時はできるのぞ。(日月神示)
いかがでしたか。これらの預言を読まれて、「神の国(ミロクの世)の住人になりたい」という気持ちが強くなりましたでしょうか。
逆に、「こんな世界とは波長が合わないので、現在のようにどろどろとした人間社会のほうがおもしろい」という気持ちが湧き起こる人もあるかも知れませんね。人の気持ちも波動ですから、これからますますその波動の特徴が強化され、二極分化すると思います。早く軌道修正しておかないと、地団駄を踏んで口惜しがることになるような気がしますが……。
<転載終了>