大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと) カタカムナウタヒ 第5首 ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ 第6首 ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ (3回) 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ (3回)

福島の子どもからのセシウム検出は僅か0.1%?…大難を小難に?

てんさんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/oni567/archives/13414172.html
<転載開始>
 
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暑中お見舞い申し上げます。(写真は夏の北海海岸)

親族の訪問が相次ぐなど公私共に大変忙しくしており更新ができていませんでした。
日本は本当に暑い日が続いているようですが皆さま、お体ご自愛頂き元気でお過ごし下さいませ。

さて、日本では昨年の311以来、信じられないような事実がどんどん明るみに出て来ており、政府や官公庁、大企業やマスコミも肝腎なことは嘘や隠ぺいばかり、といった観があります。

福島第一原発事故直後の原発近隣の放射線モニタ値の隠ぺい、汚染の拡がりをいち早く被災地に知らせ国民の被爆を最小限にすることを意図して作られたはずのSPEEDIを非公開にした不可思議、 今に至るまで政府、官僚、東電の誰一人として責任をとっていない事実、10万人から20万人とも言われる人々が大飯原発再開反対の為に官邸前に集まった平和的デモに対し、「大きな音」と吐き捨て一顧だにしない野田総理の民主主義の根本を無視した行動等、など…

殆どの福島の子ども達からセシウムが検出 されませんでした、とのマスコミ報道も、よく読んで見ると検出値が高い設定をし、それ以下は非検出としています。

【ご参考】 (引用開始)
 南相馬市立総合病院やひらた中央病院など福島県内の4病院で実施しているホールボディーカウンターによる内部被ばく検査を、今年4~6月に受けた4~12歳の幼児と児童計5931人分の結果を坪倉医師が解析。放射性セシウムの検出限界(1人当たり250~300ベクレル)を超えたのは6人(約0.1%)だけだった。このうち3人は同じ家族で、最高で615ベクレル。野生のキノコを食べたのが原因とみられる。 毎日新聞 8月3日(金)2時31分配信の署名記事(河内敏康記者)より抜粋 (以上、引用終わり)

この記事では、福島に在住でも野生のキノコさえ食べていなければ大丈夫のような印象さえ受けます。
しかし、市民団体の調査では10人中10人全員からセシウムが検出されています。

【ご参考2】(以下、Youtube動画 http://www.youtube.com/watch?v=TTwccpFeweA より引用)

福島県内の保護者らがメンバーの市民団体「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」などは、6月30日、参議院議員会館で記者会見を行い、福島第1原発事故の影響調­査で福島市内の6歳~16歳の男女計10名の尿を検査した結果、全員から放射性物質セシウム134、137が検出され、内部被ばくの可能性が極めて高いと発表した。
 
検査対象となったのは、「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」のメーリングリストで応募した6歳~16歳、男子6名、女子4名の合計10名。全ての対象者は、福­島原発事故当時、福島市内に在住していた。5月20日~22日の間で採尿(350ml~500ml)され、フランスの原子力安全機関(ASN)認定を受けているアクロ研究­所で高純度ゲルマニウム半導体によるガンマ・スペクトロ・メトリでガンマ線分析を行った。
 
その結果、10人中10人の尿からセシウム134(半減期2年)、セシウム137(半減期30年)が検出された。セシウム134は、1リットルあたり0.41~1.13ベ­クレル、セシウム137は、1リットルあたり0.43~1.30であった。
 
記者会見では、検査結果を伝えた保護者からの意見が読み上げられた。中学生の息子さんが転校を嫌がっていたが、検査結果を説明したところ、転校を納得したというケースでは­、「数字は残酷でもありますが、現実を受け入れること、先を考えるためには重要な要素です」との保護者からの意見が読まれた。
  
アクロ研究所の所長デービッド・ボアリーさんは、避難の基準について、フランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)は10ミリシーベルトに設定するべきだと言って­いることについて触れ、その場合、福島ではさらに7万人が避難することになる計算だという。避難の基準については、日本国内で、民主的な話し合いが必要であると指摘した。
 
「子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク」は、今回の検査結果について、尿中から検出されたセシウムが呼気からの摂取によるものと、食物からの摂取による両経路があ­り、体内被ばく量の推定が難しいため、国や県に対し、尿検査やホールボディカウンターでの内部被ばく検査を早急に行うことを要望した。
 
<プレスリリース>「福島市の子供たちの尿からセシウム検出」
 
子どもたちを放射能から守る福島ネットワーク
福島老朽原発を考える会(フクロウの会)
国際環境NGO FoE Japan
グリーン・アクション
美浜・大飯・高浜原発に反対する大阪の会(美浜の会)
国際環境NGOグリーンピース・ジャパン

(以上、引用終わり)

我々庶民は、大手マスコミの発表と民間団体の内部被爆の検出限界値の設定だけでも、毎日新聞の記事では250~300ベクレルとだけ記載、民間団体の報告では検出された最低値が1L辺り0.41ベクレルと、これだけの違いがあることを認識する必要があると思います。

ツイッターの反原発有名人、東海アマ氏(@toukaiama)がベラルーシのパンダジェフスキー博士を引用して次のようなツイートを発信しています。

「バンダジェフスキーは子供たちの尿に0.5Bqのセシウムが検出されても心臓病のリスクがあり10Bqを超えれば致命的と指摘している。福島の子供たち全員が致命的なセシウム汚染を受けている。多くの子供たちが成人まで生き抜くのが困難だ http://hirukawamura.web.fc2.com/sokutei/naibuhibaku.htm … 」

政府、官僚はできる限り「責任を取らない、被害者に税金を廻さない」ような政策を取り、東電も同様の対応を続けて居るようであり、最も大きなお得意先である東電の意向を無視することは大手マスコミにはできないことは簡単に推測できることです。

また、忘れてはならないのは、福島第一原発のメルトアウトした核燃料は核反応を続けながら地中深くに潜り続け、その地下から放射能を含む上記を吹き上げ続けており、このままでは放射能汚染が増え続けることはあっても石棺化しない限りは減ることがなく、安心して暮らせる土地が日に日に少なくなっているようです。

そして四号炉の使用済み燃料プールの状況は予断を許さず、万一のことがあれば日本国内のみならず世界的に大きな影響を与えることは必至ですが、石棺化についても四号炉の対応についても政府も東電も積極的に動いているようには見えません…

相次ぐ自然災害や事件、事故、放射能汚染や政治家・官僚・大企業の国民の期待への裏切りを見ていると、 本当に今の日本には帰りたくなくなる程の状況です。

四号炉の予断を許さない状況を始め福一原発事故後の放射能汚染、特に全国に震災・津波ガレキ処理の為にばら撒かれた放射能汚染の事を考えると憂鬱になります。

チェルノブイリで起きたことを考えると、それ以上の事故であると世界の専門家が認めた福島第一原発事故の影響は途轍もない規模で多くの人、とりわけ子供達の未来に暗い影を投げかけるものとなるでしょう。

私は、どうしても、「神さまはどうして日本にこのような最悪な事態が起こることを許されたのか」と問わずにはいられません。

一部の古神道研究者はキリスト教長老派カルヴァンの二重予定説のごとく、「神の経綸」により滅ぼされる者は既に決まっておりこのような者が神に縋っても、神の計画の足手まといにしかならないとも取れるような発言をされているようですが、私は本当にそのような地獄行きが決まっている人々でも改心することにより、何らかの形でのよりよい未来、救済が有りえるのではないかと思えて仕方がありません。

出口王仁三郎は言います、「人々が神に目ざめないと、わしが死んでから三代目か四代目になったら、たいへんなことに(人間の姿、感情を持った子供が殆ど生まれなく)なる。それがわしは、本当に一番心配なんだ」

私は上記の王仁三郎の言葉に絶望を見出すのではなく、希望を見出しています。
この発言こそが、二重予定説のごとき解釈を覆し得る根拠にも成り得ると…

それは、この王仁三郎の言葉が「人々が神に目覚めれば」神による救済に与かり、そのような最悪の状況をも避け得るのではないかという逆説的解釈もできるの余地があると思うからです。

また、「大難を小難に、小難を無難に」と祈ることが、自らの救いのみを求めるものではなく、世界の人々が一人でも多く救われることを祈るならば、そのような慈悲の心の状態をこそ、神は嘉したまえるのではないでしょうか。

王仁三郎がある信者の方から戦争末期に、「神さまの予言があたりましたね」と問いかけられた際に非常に憤慨した様子で、自分がラジオで各地の空襲の被害の様子を聞いているのは、ああ、これ位で済んで良かった、思っていたより多くの人が助かって良かったということであり、多くの人が死に苦しみ、予言が当たったなどと喜ぶのは悪魔の心である、と強く叱責したという記録が残っています。

つまり、我々は「神の経綸」を云々するのではなく、自らの精神を向上させ一人でも多くの同胞が救われること、苦しんでいる人々が一人でも多く助かることを祈るべきなのではないでしょうか。

臨死体験をしたユダヤ人女性が、それ以前の若い頃にホロコーストのことを学び信仰を捨てたが臨死により神の存在を経験した際にどうしてホロコーストのようなことが起こることを神は許されたのですかと問うたそうです。そして神の英知の光の中でまるで一瞬に全ての答えが判り、現実世界では理解し難いことでも、多くの意味で起こるべくして起こることがある、と全てを理解し神への信仰を取戻したということです。

そして、王仁三郎は折に触れて「みづのみたま」の救世神的側面を語っています。
(「みづのみたま」は根源的な宇宙の源泉の一面である、慈悲や救世的働きの側面を古神道的に表した言葉であり神号です。)

先日、ちょっとした偶然が重なり78という数字と8月7日が個人的に気になることがあり、王仁三郎の『霊界物語』第61巻第八章にある、霊界物語の中で神を讃える「賛美歌」の78番を読み返しました。

そこには当に「みづのみたま」の世の人の罪とがを清める働きを賛美する歌でした。

(引用開始)

第七八

瑞御魂(みづみたま)千座(ちくら)を負ひし月と日に
優(まさり)て尊き折りこそあらめや。
宮垣内(みやがいち)湧き出づる水は世の人の
罪つみを清きよむる命いのちなりけり。
世の人の呪ひを愛に宣(の)り直ほす
人の心に神国はあり。
喜びと悲しみ胸に往き交(か)ひて
涙のみづの御跡(みあと)霑(うる)ほす。
罪科(つみとが)も恐れもいつか消え果はてて
神の教に望(のぞみ湧わき出づ。
仰(あふ)ぐさへいとも畏(かしこ)き慈しみの
神の御許(みもと)を吾(われ)離れむや。

(引用終わり)

如何でしょうか。
今我々の置かれている状況を思いながら
罪の許しと、神の慈しみ、という概念について味わって頂ければ幸甚です。

では、最後に王仁三郎の和歌を一首ご紹介します。

人の身はならわしにより善となり 悪にも変るあやしき存在

聖師様3
今日も最後までお読み頂き有難うございました。

<転載終了>
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