井口博士のサイトより
http://quasimoto.exblog.jp/18905245/
<転載開始>
みなさん、こんにちは。
以下は今回の望月博士の快挙に関する数学の話題である。数学に興味ない人はパスして欲しい。
–––––––––
日本人は根っから「難しいことをやり遂げた人」が大好きである。私もその1人である。自分では何のことか分からなくても、自分ではできなくとも、難しいことをやった人に興味を持つ。この特質が日本人をして明治維新を引き起こした原動力である。
さて、今回の京都大学の望月新一博士の快挙にもまたそういう日本人の特質からか多くのごく普通の一般人の人々も引きつけられたようである。
今回は、この望月博士の数学分野についてちょっとメモしておきたい。しかしながら私は理論物理学者であり、数学的に厳密なお話はできない。そういう立場からの解説は、数学者によるものを参考にしてもらおう。以下のものである。
これを読めば、望月博士が非常に控えめであり、純粋に数学研究に打ち込んでいる様子が見てとれる。すばらしい人物のようである。ご本人による日本語解説はこれ。
さて、まず「abc予想」とは何か?
というと、これは
Universal Algebraic Varieties and Ideals: Field Theory on Algebraic Varieties
を作る時に四苦八苦し、理解できないところは想像力をかき立てながら読んだものである。もう15年も前のことである。
http://quasimoto.exblog.jp/18905245/
<転載開始>
みなさん、こんにちは。
以下は今回の望月博士の快挙に関する数学の話題である。数学に興味ない人はパスして欲しい。
–––––––––
日本人は根っから「難しいことをやり遂げた人」が大好きである。私もその1人である。自分では何のことか分からなくても、自分ではできなくとも、難しいことをやった人に興味を持つ。この特質が日本人をして明治維新を引き起こした原動力である。
さて、今回の京都大学の望月新一博士の快挙にもまたそういう日本人の特質からか多くのごく普通の一般人の人々も引きつけられたようである。
今回は、この望月博士の数学分野についてちょっとメモしておきたい。しかしながら私は理論物理学者であり、数学的に厳密なお話はできない。そういう立場からの解説は、数学者によるものを参考にしてもらおう。以下のものである。
望月新一さんの数学 玉川安騎男( 京大数理研)
これを読めば、望月博士が非常に控えめであり、純粋に数学研究に打ち込んでいる様子が見てとれる。すばらしい人物のようである。ご本人による日本語解説はこれ。
数体と位相曲面に共通する「二次元の群論的幾何」 望月新一 (京都大学数理解析研究所)
さて、まず「abc予想」とは何か?
というと、これは
Serge Lang "Algebra"というアメリカの現代代数学の有名な教科書に書かれている。私もこの教科書は拙論文
Universal Algebraic Varieties and Ideals: Field Theory on Algebraic Varieties
を作る時に四苦八苦し、理解できないところは想像力をかき立てながら読んだものである。もう15年も前のことである。
この本の中にこんなことが書かれている。(一般の人に解り易くするために、私が数式を使わず言葉で表現した)
このa + b = cのa, b, cを素の数式ではなく、素数に焼き直したものが「abc予想」と呼ばれる予想である。ただし素数の場合、多項式の根(解)はないので、「新しい素数abcを割ることのできる素数の積以下となる」と変える。
例えば、有名なフェルマー予想(今では定理)は、
x^n + y^n = z^n
の場合だから、a = x^n, b = x^n, c = z^nとすればabc予想の範疇に入るわけである。この場合の証明は、n = 3とすると、abc予想と矛盾すると言えばそれで終わり。そのくらい、abc予想は威力があるのである。
メーソンの定理は数式の場合だからだいたい1ページの証明で終わる。しかし、これが素数になると、素数の性質はリーマン予想のようにいまだによくわかっていないために、証明が極めて難しくなるのである。だから、フェルマー予想のアンドリュー・ワイルス博士も電話帳ほどの論文で証明したというように、望月博士の証明も4部作の全部で500ページにわたるようである。もちろん、私も一応ダウンロードさせてもらった。
さて、abc予想もさることながら、私がこの望月博士に非常に興味を惹かれるのは、この博士の目標が「数論幾何学」と呼ばれる1960年代頃以降に地球上に誕生した数学を研究しているところなのである。
知っている人は知っていると思うが、この「数論幾何学」を創始した人は、望月博士の論文タイトルにも頻繁に出て来るが、アレクサンダー・グロタンディーク博士
このグロタンディーク博士を簡単に一言で言えば、現代のリーマンである。幾何学の見方を完全に変えた人物である。
私はかねてからこのグロタンディーク博士の仕事を理解したいという夢を持って来た。いまもそうである。なぜなら、アインシュタインの相対性理論はまさしく19世紀の大数学者リーマンが作り出したリーマン幾何学に基づいてできたからである。もしリーマンの発想を超えることができるとすれば、言い換えれば、アインシュタインの一般相対性理論を超えることができるとすれば、グロタンディークの幾何学を基礎にするほかないはずだからである。
事実、アレキサンダー・グロタンディーク博士は自伝
「私はアインシュタイン革命に匹敵する革命を数学の中で起した」
という謎めいた一文を書いているからである。この意味は、グロタンディーク博士がアインシュタインやリーマンの考える幾何学とはまったく異なる考え方で幾何学を再構成できることを発見したという意味である。(スキームというやり方である。)
ならば、だれだってそれを理解したいと思うはずなのである。
そこでもちろん私は数百ページあるグロタンディークの本をコピーし必死で読もうとしたが、残念ながらフランス語のために全く読めずに今日に至ったというわけである。すでに10数年も経ってしまったのである。
そこへ、今回なんともっともグロタンディーク的な数学者が京都大学にいるということを知ったわけである。そして、しかもいくつか日本語で解説している。早速私は飛びついていくつか読んだのである。
ワンダフル!
の一言である。私はグロタンディークが発明した「モチーフ」という数学概念は、上の自伝を読んで知っていたが、どうしても細かいところがよく理解できなかった。それが、望月博士のモチーフの解説、それもたったの3ページの解説ですべて分かったのである。以下のものである。
数学で言う「多様体」というのは、普通の人が言う「空間」のことである。その空間の意味するところは我々物理学者も普通の人もそれほど違いはない。まったく同じ意味で考えている。
つまり、いわゆる数直線、物差しやメジャーを使って距離を測る。これは一直線上に数を等間隔に並べたものである。この1方向が1次元。これに垂直方向が2次元目、これら2つに垂直方向が3次元、そして目に見えない時間軸が4次元というふうに考える。そして、どれだけお互いが離れているかを光を使って測る。そこから時空間という概念が生まれたわけである。光が特別なのも距離を光で測るからである。
ところが、そういう空間の作り方や生み出し方を全く違うレベルでやり直したのがグロタンディーク博士なのである。
1点しかなくても空間が存在する。
はて? なんのこっちゃ?
となるはずである。こうした幾何学上のコロンブス的展開、コペルニクス的展開をグロタンディーク博士は引き起こしたのである。
この後継者の1人がどうやら望月新一博士であるらしい。
とまあ、そんなわけで、私は非常に喜んでいるのである。何とかしてアインシュタインを超えたい。これは私の夢の1つでもある。ぜひ望月博士には快調に先へ進んで行って欲しいものである。
おまけ:
メーソンの定理(Mason's theorem)
互いに素の(つまり、お互いに割り切れない)係数が整数の数式が3つあり、それらをa,b, cと呼ぶ時、もしa + b = cが成り立つ場合には必ず次のことが成り立つ:それぞれの最大次数をM, N, Lとすれば、これらの中で最大の次数は必ずこれら3つの数式をかけ算したabcとしてできる新しい数式の異なる解の個数-1以下になる。
このa + b = cのa, b, cを素の数式ではなく、素数に焼き直したものが「abc予想」と呼ばれる予想である。ただし素数の場合、多項式の根(解)はないので、「新しい素数abcを割ることのできる素数の積以下となる」と変える。
例えば、有名なフェルマー予想(今では定理)は、
x^n + y^n = z^n
の場合だから、a = x^n, b = x^n, c = z^nとすればabc予想の範疇に入るわけである。この場合の証明は、n = 3とすると、abc予想と矛盾すると言えばそれで終わり。そのくらい、abc予想は威力があるのである。
メーソンの定理は数式の場合だからだいたい1ページの証明で終わる。しかし、これが素数になると、素数の性質はリーマン予想のようにいまだによくわかっていないために、証明が極めて難しくなるのである。だから、フェルマー予想のアンドリュー・ワイルス博士も電話帳ほどの論文で証明したというように、望月博士の証明も4部作の全部で500ページにわたるようである。もちろん、私も一応ダウンロードさせてもらった。
さて、abc予想もさることながら、私がこの望月博士に非常に興味を惹かれるのは、この博士の目標が「数論幾何学」と呼ばれる1960年代頃以降に地球上に誕生した数学を研究しているところなのである。
知っている人は知っていると思うが、この「数論幾何学」を創始した人は、望月博士の論文タイトルにも頻繁に出て来るが、アレクサンダー・グロタンディーク博士
である。このグロタンディーク博士は、ユダヤ人であり、ナチスに両親を殺され、孤児院で育ったのである。そこで独学というより、独創して、自分で数学を生み出して来たという正真正銘の20世紀を代表する天才である。短い期間に1万ページを超える数学論文を書き、今現在現存の数学者たちはその最初の部分程度しか理解できていないという、驚くべき歴史が残っている。1980年代に突然引退し、今ではアルプス山脈の山小屋で隠遁生活しているという奇才である。
このグロタンディーク博士を簡単に一言で言えば、現代のリーマンである。幾何学の見方を完全に変えた人物である。
私はかねてからこのグロタンディーク博士の仕事を理解したいという夢を持って来た。いまもそうである。なぜなら、アインシュタインの相対性理論はまさしく19世紀の大数学者リーマンが作り出したリーマン幾何学に基づいてできたからである。もしリーマンの発想を超えることができるとすれば、言い換えれば、アインシュタインの一般相対性理論を超えることができるとすれば、グロタンディークの幾何学を基礎にするほかないはずだからである。
事実、アレキサンダー・グロタンディーク博士は自伝
数学者の孤独な冒険―数学と自己の発見への旅 (収穫と蒔いた種と)において
「私はアインシュタイン革命に匹敵する革命を数学の中で起した」
という謎めいた一文を書いているからである。この意味は、グロタンディーク博士がアインシュタインやリーマンの考える幾何学とはまったく異なる考え方で幾何学を再構成できることを発見したという意味である。(スキームというやり方である。)
ならば、だれだってそれを理解したいと思うはずなのである。
そこでもちろん私は数百ページあるグロタンディークの本をコピーし必死で読もうとしたが、残念ながらフランス語のために全く読めずに今日に至ったというわけである。すでに10数年も経ってしまったのである。
そこへ、今回なんともっともグロタンディーク的な数学者が京都大学にいるということを知ったわけである。そして、しかもいくつか日本語で解説している。早速私は飛びついていくつか読んだのである。
ワンダフル!
の一言である。私はグロタンディークが発明した「モチーフ」という数学概念は、上の自伝を読んで知っていたが、どうしても細かいところがよく理解できなかった。それが、望月博士のモチーフの解説、それもたったの3ページの解説ですべて分かったのである。以下のものである。
モチーフ --- 代数多様体の数論的骨格
数学で言う「多様体」というのは、普通の人が言う「空間」のことである。その空間の意味するところは我々物理学者も普通の人もそれほど違いはない。まったく同じ意味で考えている。
つまり、いわゆる数直線、物差しやメジャーを使って距離を測る。これは一直線上に数を等間隔に並べたものである。この1方向が1次元。これに垂直方向が2次元目、これら2つに垂直方向が3次元、そして目に見えない時間軸が4次元というふうに考える。そして、どれだけお互いが離れているかを光を使って測る。そこから時空間という概念が生まれたわけである。光が特別なのも距離を光で測るからである。
ところが、そういう空間の作り方や生み出し方を全く違うレベルでやり直したのがグロタンディーク博士なのである。
1点しかなくても空間が存在する。
はて? なんのこっちゃ?
となるはずである。こうした幾何学上のコロンブス的展開、コペルニクス的展開をグロタンディーク博士は引き起こしたのである。
この後継者の1人がどうやら望月新一博士であるらしい。
とまあ、そんなわけで、私は非常に喜んでいるのである。何とかしてアインシュタインを超えたい。これは私の夢の1つでもある。ぜひ望月博士には快調に先へ進んで行って欲しいものである。
おまけ:
Grothendieck のアイデアから発展した分野<転載終了>
grothendieck circle




・と同時に,この論考は古田武彦氏が唱えた多元史観による“九州王朝説”の仮説を,見事なまでに証明したものでもあり,
さらに,この論考の出現により,【20世紀末日本の人文科学の世界に“パラダイムシフト”が起きた】という,大変衝撃的なものでした。
・その事は,西洋近世のキリスト教社会の自然科学の世界に起きた,天動説と地動説の切り替えに類した事柄が,日本の人文科学の世界に起き,殆んどの研究者やメディアにも知られる事なく,静かに進行しているというものでした。
・その話を聞いて,胸をときめかせたのですが,あれからもう17,8年経ちました。
空前の事柄が起きたと思われるのに,メディアが騒がないのはどうしてなのでしょう。
・ネットで検索していると,野口先生の関係の論考が5篇ヒットしました。(野口義廣「防長学事始め~『大内盛衰記』に見る大内氏の古代伝承をめぐって」正・続,1997他。いずれも『山口県立大学国際文化学部紀要』)
そして,さらに中小路氏の
「古田言説が出現してから~中小路言説とのかかわり」(『大阪唯物論研究会』の季報『唯物論研究』No.87,特集「九州王朝説の現在」2004他)もヒットしました。
これらを読み,講義で聞いた事柄をあらためて考えてみたいと思っています。