キリスト教読み物サイトさんより
http://www2.biglobe.ne.jp/~remnant/093kyouryuu.htm
<転載開始>
恐竜はなぜ絶滅したか。


メキシコ・アカンバロで発掘された恐竜土偶。
年代測定により、今から約4500年前のものと推定された。
まさに恐竜の形をしているのがわかる。
恐竜は、4500年前にも生きていた!?


 聖書の創世紀一・二一には、神は生物創造の際に「海の大いなる獣」をも造られたと記されています。
 大洪水以前の海には、海棲哺乳類のクジラだけでなく、シーモンスターとも呼ばれる海棲爬虫類プレシオサウルスなど、様々な巨大生物がたくさん生息していました。地上にも、恐竜をはじめとする多くの巨大な動植物が、生息していました。
 聖書中、ヨブ記四〇・一五~一九は、恐竜に関する言及と言われています。それは和訳では次のように記されています。
 「さあ、河馬(かば)を見よ。・・・・見よ。その力は腰にあり、その強さは腹の筋にある。尾は杉の木のように垂れ、ももの筋はからみ合っている。骨は青銅の管、肋骨は鉄の棒のようだ。これは神が造られた第一の獣・・・・」。
 この動物は、「河馬」と訳されていますが、原語のヘブル語はベヘモトで、「巨大な獣」の意味です。昔の聖書翻訳者は、中東の最も巨大な獣を「河馬」と考えて、こう訳したのです。しかし一七節に、
 「(その)尾は杉の木のように垂れ・・・・」
 と記されています。河馬の尾はあるかないかわからないくらい小さく、とても「杉の木」と比べられるものではありません。
 現在の世界で最も巨大な陸上動物であるゾウも、しっぽは細くて、小さなものです。ですから創造論者の多くは、この「ベヘモト」と呼ばれた獣は、カバでもゾウでもなく、恐竜の一種ではなかったか、と考えています。


     米国テキサス州の恐竜足痕(そっこん)
 発掘現場で、恐竜の巨大な足跡
 の中で無心に遊ぶ子ども。

 創造論では一般に、恐竜はノアの大洪水以前の時代から、少なくとも大洪水の少し後までは生きていた、と考えられています
 進化論では恐竜が絶滅してから六〇〇〇万年以上たってから人類が出現した、と主張されています。しかし創造論では、恐竜と人類は同じ時代に生きていた、と考えるのです。
 大洪水の時になって、恐竜もノアの箱舟に連れてこられ、その中に入れられました。
 ご存知のように、おとなの恐竜は体が大きいのですが、卵からかえったばかりの子ども恐竜は、数十センチの大きさに過ぎません。恐竜は、年をとるごとに、形はほぼそのままで、大きさを増していきます
 ですからノアは、箱舟におとな恐竜を入れず、子ども恐竜を入れたに違いありません。そのほうが、場所を取らなかったからです。


プレシオサウルスは、進化論者によれば7000万年前に
滅びたとされているが、本当は今も生きてる!? 
これは1977年に日本の漁師たちがひきあげた
巨大な動物の遺骸。漁師たちは写真をとったのち、
あまりの異臭のため遺骸を海に返した。科学者は、
これはプレシオサウルスではないかと述べた。
郵政省は、その記念切手を発行した。


恐竜はなぜ滅びたか

 大洪水後になって、恐竜はしばらくの間は、生きていました。しかし、やがて絶滅してしまいました。なぜでしょうか。
 今日、進化論者の間では、小惑星の衝突による恐竜絶滅説などがささやかれています。その証拠として、恐竜などの見つかっている地層のすぐそばから、地球にはないイリジウムという物質が多く見つかっていることなどが、あげられています。
 しかし実際は、イリジウムのピークは地層中に一度でなく、三~四回現われるため、この小惑星衝突による絶滅説は、古生物学者たちには受け入れられていません。また、なぜ恐竜だけが絶滅して、他の動物は生き残ったのか、という問題があります。
 創造論では、イリジウムのピークが地層中に数回現われるのは、地層が大洪水によって形成されたからと考えられます。小惑星の衝突はあったかも知れないが、それは「大空の上の水」(水蒸気層)の均衡を崩し、地上に大雨を降らすきっかけになったに過ぎなかった、と考えられるのです。
 では、恐竜はどうして滅びたのでしょうか。これは、進化論者の間でも創造論者の間でも、まだ確かな回答がありません。
 しかし一つ想像されることは、恐竜類は、おそらく適応できる環境の範囲が狭く、大洪水で地表の環境が大きく変わった際にその変化について行けなかったに違いない、ということです。
 ある説によれば、"恐竜はメスだけになって滅びたのではないか"と言われています。生物学的に恐竜に近いと思われているワニなどは、気温の低い所ではメスしか生まなくなるのです。
 もし恐竜が気候の変化についていけず、メスしか生まなくなったのだとすれば、彼らは絶滅することになります。しかし、それではなぜワニなどは生き残ったのに、恐竜は滅びたのか、という問題は依然残ります。
 もう一つ考えられる恐竜絶滅の理由は、大洪水後の生物の寿命の短縮による影響です。
 大洪水の際に、それまで上空にあった水蒸気層は取り去られ、地表には宇宙線などが多量に降り注ぐようになりました。その影響は各生物に現われ、人間の寿命について見てみても、寿命はしだいに短縮されました
 大洪水以前に九〇〇歳前後だった人間の寿命は、大洪水を境にして急速に短くなり、ついには一二〇歳以下にまで下がったのです。
 ですから同時に、動物たちの寿命も、そのとき急速に短くなったはずです。恐竜の寿命も短くなったでしょう。
 恐竜は、年を重ねるごとに体を大きくしていきます。つまり恐竜が一般的に巨大化できたのは、長寿だったことが一つの理由です。また恐竜は、ある一定の年齢に達して、体が成熟したときに卵を生みます
 恐竜は、卵を生めるようになる年齢がかなり高かったのではないでしょうか。そこに、寿命の短縮が襲いました。それで大洪水後、恐竜類は、卵を生める年齢に達する以前に老化し始め、死ぬようになったとも考えられます。
 しかし、じつは恐竜絶滅の理由は、もっとありふれた原因だったのかも知れません。
 恐竜に限らず、現在に至るまでに数多くの種類の動植物が絶滅してきました。あるものは食糧がなくなって、またあるものは、環境に適応できずに絶滅したのです。
 とくに巨大な体を持つ恐竜などは、大洪水後の厳しい気象環境の中で、食糧を充分とるのはじつに大変であったでしょう。卵を無事に孵したり、赤ん坊を無事に育てたりするのも、大変であったに違いありません。
 また、恐竜と人間が同じ時代に生きていたのだとすれば、恐竜にはもう一つの大きな敵がいました。
 人間です。人間はこれまで、数多くの動植物を絶滅させてきました。
 今日、たとえばトラは、絶滅の危機に立たされています。なぜなら多くのハンターたちが、トラを殺してしまうからです。
 ゾウも絶滅が心配されています。多くのハンターたちが、象牙欲しさにゾウを殺してしまうからです。
 人間は昔から、巨大な動物や、どう猛な動物、珍しい姿の動物などを見ると、それをハンティングの標的にしてきました。恐竜などは、その標的としては恰好のものだったでしょう。
 実際、次にみるように、恐竜と人間が同時代に生きていたことを示す数多くの証拠があるのです。


恐竜は大洪水後もしばらく生きていた

 『謎と不思議の旅』という本が二見文庫から出版されていますが、この本の中で、「恐竜土偶」というものの発見について取り上げられています。これについては、TBSテレビでも、一九九一年一二月一日に放映されました。
 メキシコのアカンバロ博物館に、たくさんの遺跡出土品が展示されているのですが、その出土品の中に驚くべき大量の"オーパーツ"(そこにあるはずのないもの OOPARTS=Out-Of-Place Artifactsを縮めて造った新造語)があったのです。
 それは、科学の常識をくつがえすもので、あまりにも常識はずれのものであるため、今も倉庫の奥深くにしまいこまれており、一般には公開されていません。
 しかしTBSのスタッフは、特別に倉庫の中に案内され、恐竜土偶の幾つかと対面しました。それらの土偶(土で作った人形)は、恐竜化石を元に復元された恐竜と同じ形をしており、しかも、人間がその恐竜の上に乗ったりしているものもあります。
 これらの土偶を、無機物を測定できる最新技術である"熱ルミネッセンス(TL)法"で年代測定した結果は、いずれも紀元前二五〇〇年(誤差五~一〇%)と出ました。つまり今から約四五〇〇年前です。これは、ノアの大洪水の直後と思われる年代です。
 進化論では、恐竜は今から六五〇〇万年前に滅びたとされていますから、この土偶はそうした考えに合わないために、進化論者にはまったく無視されています。
 しかしこの土偶が、事実今から約四五〇〇年前に生きていた恐竜の姿を当時の人々が見て作ったものであるならば、「恐竜は大洪水の後もしばらく生きていた」という創造論者の考えが、裏づけられることになります。恐竜は、少なくともその頃まで生きていたのです!
 しかも興味深いことに、アカンバロの恐竜土偶の中には、ティラノサウルスによく似たものがあります。ただ、よく復元図に見られるティラノサウルスと、この恐竜土偶との間には、一つ違いがあります。
 それは、この恐竜土偶には、明らかに"体毛"が見えるのです。馬のたてがみのような毛が、恐竜土偶の首の後ろにあります。
 今日、ティラノサウルスのような恐竜に体毛があった、という証拠はまだ見つかっていません。体毛はふつう、化石にならないからです。そのため恐竜の復元図には、体毛は描かれていません。
 しかし、恐竜の一部には体毛があった、という説も学者の間にはあります。事実、翼竜に体毛があったことは、今日では常識化しています。
 アカンバロの恐竜土偶が本物なら、ティラノサウルスのような恐竜にも体毛があった、ということになるでしょう。


ティラノサウルスには首の後ろに毛があった!?



恐竜と人間は共存していた

 「恐竜は、今から四五〇〇年前においても生きていた。恐竜と人間は共存していたのである」というこの考えを支持する証拠は、ほかにもあるでしょうか。
 アリゾナ州のハバスパイ渓谷にある古代の岩絵には、二足歩行をする恐竜の姿が描かれています。インドのデカン高原にあるビーム・ベトカーの岩山の岩絵には、頭部に人間のまたがった恐竜の姿が発見されています。


(上)ハバスパイ渓谷にある
古代の岩絵に描かれた
二足歩行をする恐竜の姿。
(下右)恐竜の想像図

 また、米国テキサス州のパルクシー川流域には、干し上がった石灰質の川原に、「恐竜と人類の足跡の交差した」化石が、何か所も発見されています。


米テキサス州で発見された
恐竜と共に歩く人間の足跡の化石。

 さらに、恐竜が比較的最近まで生きていたことを示す、興味深い事実があります。一九八二年、アフリカのニジェールで、恐竜ウーラノサウルス・ニゲリエンシスの骨格が発見されました。
 しかも、発見されたこの骨は、バラバラになった状態ではなく、驚いたことに完全骨格の状態で発見されたのです。骨は非常にフレッシュな状態でした。
 すぐさま米国カリフォルニア大学、アリゾナ大学、アメリカ地質調査所、ロサンゼルス博物館、ページ博物館、東京大学の各所で、"炭素一四法"などによって年代が測定されました。その結果は、わずか約一~七万年前のものと出ました。


ニジェールで発見された恐竜
ウーラノサウルス・ニゲリエンシスは、
炭素14法で数万年前と出た。

 これに限らず、他の恐竜であっても、その化石を炭素一四法によって測った結果は、後述するように古いものであっても、じつは"数万年前"としかでないのです。
 しかも"数万年前"というこの炭素一四法の数字でさえ、真の年代よりも古く出てしまっていると考えるべき理由があります。後述するように、炭素一四法による測定結果は、とくに大洪水以前のものを測ったような場合は、真の年代よりも古く出てしまうからなのです。
 (一般に進化論者が主張している恐竜の年代「六五〇〇万年前」は、カリウム・アルゴン法によるものです。しかしカリウム・アルゴン法は決して正確ではなく、むしろ真の年代とは何の関係もない年代を出すことが知られています。これについても後述します。)
 恐竜は、進化論者の主張しているように大昔に絶滅したのではなく、比較的最近まで生きていたのです。


マンモスの姿も、古代の人間が
描いた岩絵に記されている。



恐竜を見た人々

 さらに、ある種の恐竜は大洪水の頃までではなく、さらにもっと最近まで生きていたと思える証拠もあります。
 人類の古い記録の中に、しばしば、恐竜としか思えない動物の目撃記録が数多く記されているのです。『恐竜のなぞ』(SAVE新日本視聴覚伝道刊)というビデオに、次のようなことが紹介されています。
 紀元前四世紀に、ギリシャのアレクサンドロス大王がインドのある町を征服したとき、大王は、その町の人々が、洞窟に棲んでいるある巨大な爬虫類を神として拝んでいるということを聞いて、その動物を調べにいきました。
 すると、それは三〇メートルもある巨大な動物で、鼻息が荒く、その姿の恐ろしさに兵隊たちも驚き、おののいたと記されています。三〇メートルもある動物といえば、ウルトラサウルスのような恐竜を思い起こさせます。


アレクサンドロス大王の見たのは、
ウルトラサウルス?

 また、一〇世紀のアイルランド人は、珍しい大きな動物に出会ったときのことを記録に記しています。その動物には、堅固なつめを持った太く恐ろしい足があって、しっぽには後ろを向いたとげがあり、また頭は馬のようであったと記されています。この姿は、ステゴザウルスにそっくりです。


そのアイルランド人の見たのは、
ステゴザウルス?

 また、フランスのナールークという町の名は、昔、人々が「竜」を退治したことを記念してつけられたものです。「竜」と呼ばれたこの動物は、刀のような鋭い大きな角を持ち、牛よりも大きな体で川に棲んでいたとされており、これはトリケラトプスの特徴と一致します。


ナールークのその「竜」とは、
トリケラトプス?

 さらに、一五〇〇年代に書かれた有名な科学の本の中にも、現実に今生きている珍しい動物として、「(dragon)が紹介されています。
 同じ頃に、博物学者ユリシーズ・アルドロバンダスの記した文献にも、こんな記録が載っています。
 一五七二年五月一三日に、あるイタリヤ農民が、道で珍しい動物に出会いました。その動物は、その頃にはすでに数も少なくなっており、絶滅寸前にありました。
 首の長いその動物は、シューシューと音を立てていましたが、農民はその頭を打って、殺してしまいました。この動物は、小型恐竜の一種タニストロフェウスによく似ています。


そのイタリヤ農民が殺したのは、
タニストロフェウス?

 一方、空を飛ぶ恐竜も人々に目撃されています。
 古代ギリシャの歴史家で探検家でもあるテオドトスは、エジプトで空を飛ぶ爬虫類を見た、と書物に記しています。「へびのような体で、コウモリのような羽を持っていた」とはっきり記しているのです。これは、タンフォリンクスによく似ています。


テオドトスの見た空飛ぶ
爬虫類とは、タンフォリンクス?

 アメリカ・インディアンのスー族の先祖も、空飛ぶ恐竜を見たことがあるようです。スー族の先祖たちは、雷のなりわたるある日、空中で雷にうたれて空から落下するある巨大な鳥を見ました。
 数日後、そこへ行ってみると、その巨大な鳥の遺骸が横たわっていました。その鳥は、足と翼の両方に大きなつめがあり、長く尖ったくちばしを持ち、頭には長いとさかのような骨がありました。そして翼を伸ばした全長は、約六メートルもあったのです。
 この特徴は、まさにプテラノドンと完全に一致します。以後スー族の人々は、その鳥をサンダーバード(雷の鳥)と呼び、その話はインディアンの伝説として語り継がれるものとなったのです。


「サンダーバード」と呼ばれた
その鳥は、プテラノドン?

 そのほか、ヨーロッパのアングロサクソン年代誌にも、空飛ぶ爬虫類の目撃記録があります。一六四九年のスイスの山でも、空飛ぶ爬虫類の発見が報告されています。
 このように、恐竜は大洪水後もしばらくのあいだ生存し、ある種のものはつい最近まで生きていた、と思われます。
 中国や、スカンジナビア、また他のヨーロッパ諸国等には、「竜」伝説が数多くあります。その「竜」として描かれた動物には、様々の形がありますが、その多くは、恐竜の姿に非常によく似ているのです。
 世界の「竜」伝説の多くは、人類の恐竜の記憶をもとに、後世の人々の脚色が加わって出来上がった、と思われます。

                                  久保有政(レムナント1997年4月号より)



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