インターネット正法さんのサイトより
http://sunheart.web.fc2.com/sisikunokouenn2.html
<転載開始>
<転載終了>
http://sunheart.web.fc2.com/sisikunokouenn2.html
<転載開始>
| 高橋信次師の最後の講演 6 八起正法先生編 |
| これはインドの言葉だから通用するんです。「南無阿弥陀仏」ちゅうのは、これはインドの言葉が中国に渡り日本へ来たから丁度うまくいっているんです。 これを直訳したら「阿弥陀様の法に帰依する」っていうことです。 「ナム・アミ・ダボ」っていうんです。阿弥陀という悟られた方に帰依する。それを仏壇やお墓やお寺に行って「ナムアミダブ・ナムアミダブ…」そりゃ語呂はいいやね、確かに。 ところが日本語に直訳したら「阿弥陀様に帰依します。阿弥陀様に帰依します。…」って何百回ゆってもやらないんだね。 そしたら阿弥陀様は皆さん何んて言いますか。「お前、帰依すんならやってくれよ」って言いますよ。そのように仏教も化石化したんです。 最近は、又はやりでね「南無妙法蓮華経」。「妙法蓮華経」に「南無」をつけたらもっと良いんじゃないかと日蓮さん考えちゃってね。 一千万人近くの人間が「南無妙法蓮華経…」をまあ、二時間も三時間もやっていますね。あれも馬鹿げた話ですよ。 あれで救われた人はいないんです。「南無妙法蓮華経」というものも、本来ゴーダマ・シッタルター、釈迦牟尼仏がインドの地に於いて、ガンガーの流れを通し、無学文盲の人々に対して方便として説いたものです。 「諸々の衆生よ、比丘、比丘尼たちよ、あの汚いドブ沼の中でも美しい蓮の花が咲くであろう。 ときに、そなたたち、比丘、比丘尼たちよ。 サロモン、サマナーたちよ、そなたたちの身体を見てみなさい。 目が疲れれば、目糞が出て来るだろう。 汗、大小便、あのドブ沼より汚いそなたたちの肉体である。 しかれども、そなたたちの心が、宇宙の真理を知って生活をしたならば、 あの蓮の花と同じように、調和された境地に、安らぎを得ることができるのだ。」 と説いたのが法華経なのです。 それをわからないで、「法華経に帰依します、法華経に帰依します、…」「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、…」最近はもっと速くやればいいと、「ナミョホレンゲキョ、ナミョホレンゲキョ…」馬鹿げた話です。 気違いです。いわんや汝、偶像を祭って祈ることなかれです。 人間の印刷物をいくら拝んだところで、救われる道はないのです。 我々は旧来の陋習を破らなければいけません。もし、神が必要ならば皆さんがこの地上界に生まれて来た時に持たしてよこしたはずです。 曼陀羅をみんなブラ下げてよこしたはずです。男性のブラ下げて来ているのは違うじゃないですか。このように仏教ですらわからなくなってしまったのです。 |
| 高橋信次師の最後の講演 7 八起正法先生編 |
| こうして太陽系霊団というのは、光の直系として、エル・ランティーを中心に、エル・ランティーは、その時代その時代によって、ある時はヤーベを名乗り、ある時はエホバを名乗り、ある時はまた梵天を名乗り、また、さらにマホメットの時にはアラーを名乗りました。 人類は皆兄弟であり、同じ一つの太陽の下に生活しているのです。 宗教は一つなのです。ガンガーの流れも、ヨルダン川の流れも、いまだかつて方向は変えていないのです。時代の新旧によって道は変わらないのです。 今、私たちは、モーゼやイエスやマホメットや、ゴーダマの説いたものを一つにするために、私達は肉体を持っているのです。皆様は、その選ばれた民なのです。 そして、自らの心を開いた時に、あらゆる国々の転生を体験し、その心の中に、その神理が皆記録されているのです。それを甦らせた時に、今、私のゆっていることがわかるようになるのです。 神は己の心の中にあり。己の嘘のつけない善我なる心こそ「神」なのです。神は形づくった中にあるのではないのです。皆さんの心の中にあるのです。次元の違った世界なのです。 そこから皆さんは今、肉体を持って、今、生きているのです。 その肉体を持ってしまうと、私達は目や耳や口や、心の中に思ういろいろな想念、こういうようなものによって、本当のものが見られなくなってしまったのです。 皆さんは、真の自分の姿を見ることは出来ないのです。ただ、肉の姿しか皆さんは鏡で見ることは出来ないのです。 しかし、皆さんは誰しもが本当の自分があるのです。本当の自分を見るように私は教えているのです。それは心です。魂です。皆さんの今、思っている思う根源です。 それは不変なものなのです。 皆さんの肉体は、今、自分のものだと思っておっても、それはただの錯覚なのです。何時の日か朽ち果て、我々はこの地球上の塵に変わってしまうのです。 肉体を支配している皆さんの魂は、永遠なのです。ただそれを形づくられて、私達は生きていくに最低必要なものとして、五官が与えられているだけなのです。 しかし、真の五官は、皆さんの心の中にあるのです。心の眼です。心の耳です。そしてまた、心のすべての機能は、皆さんはすべて所有しているのです。それを自分が開発した時に、真に永遠の自分自身を知ることができるのです。 私達は、今、この地上界がすべてだと思っておってはいけません。 |
| 高橋信次師の最後の講演 8 八起正法先生編 |
| 皆さんの、この、人生の五十年や百年は、幻の如く、線香花火のような、ほんの一瞬にしかすぎないのです。 そして、我々の眼前に現われてるところの物質や諸現象は幻です。 永遠のものではないのです。朽ち果ててゆくのです。形を変えていくのです。しかし、皆さんの心の中に体験された偉大なる智慧は不変です。 この地上界を去る時に、皆様は何一つ持って帰ることはできないのです。また、生まれて来た時に何一つ持って来た人は誰もいないのです。 我々は、こうして五官に惑わされ、物質的光景の中で、物に溺れ、苦悩を自らしてつくり出しているのです。その盲目の中から、人間というものの価値観を知っていくのです。 手探りの中から、そして、自らして心の安らぎを得、正しい普遍的な神理を、己の心と行ないの物差しとして生活をしていった時に、真の己を知ることができるのです。 これが悟りです。悟りというのは、己自身の心を知ることです。 己の心を知った時に初めて、人生の目的と使命を知ることができるのです。それは他力ではありません。自力です。 神はすべての物を皆さんのために用意し、与えてあるのです。太陽をはじめとして、生活できる一切の動物、植物、鉱物すべて、神は皆様に与えてあるのです。 それを取らないだけなのです。取り方がわからないだけなのです。 何を欲するというのでしょうか。物質や経済は無常なものです。しかし、現代のように高度化した社会生活の中において、真の人生の幸せを得ようとするならば、まず、最も大事なことは、健全なる精神、心です。その次に肉体です。 その次に生きる為の経済です。経済は衣・食・住です。この五つの大調和があって初めてユートピアが出来るのです。 ところが、いつか人間は、その道を外し、エゴに変わり、すべて皆兄弟だという道を外して、エゴの方に走り、自己保存に走ってしまったのです。 皆さんは、同じ太陽の下で、すべてが皆平等なのです。今皆様から、自分の地位と名誉と財産を差っ引いたものを想像して下さい。 何が残りますか? それが今の皆さん自分自身なのです。地位や名誉や財産は永遠のものではありません。真の皆さんは、それを差っ引っいたものです。この世を去るときの真の姿なのです。 |
| 高橋信次師の最後の講演 9 八起正法先生編 |
| こうして私達は過日、天上の世界に於きまして会議をやりました。 私の隣りにはインマネール・イエス・キリストがおりまして司会をやり、その隣りにはゴーダマ・ブッタ、カンターレがおります。 その隣りにはガブリエル、サリエル、ウリエル、こちらがわにはモーゼ、さらに又光の天使約十人ばかり、そして地球上の状況を次々と報告して来ます。 心を失い権力の座について、人間の自由を剥奪しているところのソビエトは、モスクワを中心として食糧危機は彼等が自覚するまで続きます。 北朝鮮も又、同じです。中華人民共和国の北部も同じです。アフリカの西部海岸も同じです。一方に於いて中南米のパラグアイも同じです。サタンの跳梁を許しているのです。 そのような心の人達のくもりは、神の光をさえぎり、自からして、天変地異を造り出しているのです。更にイタリーの北部からベイルート(レバノン)にかけても同じです。 宗教の同じヤーベーの教えであるその神理を曲解して、それぞれの道を歩んで、又同じ現象が起って参ります。 日本の食糧危機は、心ある人が出て来ているためにありません。こうして天変地変は次々と起ってまいります。 それは天上の世界の神の光の届かない所に起るのだということを知って欲しいのです。 やがて北朝鮮は破産をします。日本は戦後わずか三十年で世界のトップに成ったというのも、それだけ偉大なる魂達だからなのです。一つ間違えたら又、逆の方向へ進んでいきます。 それは危険なことです。皆さん自身の進むべき道は真の道、普遍的な己自身の心に嘘のつけない善我なる心を芯として生活を知ったとき道は開かれていくのです。 それが神理です。今後大きな現象が起って来ます。 間違った宗教家達は、私によってつぶされていきます。どのような宗教家であろうとも、間違った宗教家達は私達の霊的な力によって現象化されてまいります。 信じようと、信じまいとそれは事実です。皆さん、見ておって下さい。地震も雷も自由自在です。 それだけに、今、私達はその受け入れ体制をしておかなければなりません。日本ばかりではありません。 |
| 高橋信次師の最後の講演 10 八起正法先生編 |
| やがて私は中近東へ行きます。そして真の道を彼等は知るでしょう。 それは地球の最終ユートピアの為に、私達は今、肉体を持っているのです。その為に自分の生活の場は自分の生活として今度の光の天使は全部事業をやりながら出てきております。 宗教でなど飯は喰いません。それが本当です。神は一銭の、人間から金などいらないのです。太陽はただです。 神の心です。これが神理です。私は実業家として、その面に於ても、世界でも、知らない人がなくなるでしょう。当然なことです。 それが道です。イエスの時代や或いはゴーダマの時代なら良かったのです。現代の時代はそれではだめなのです。 教祖や、その取り巻きが優雅な生活をする為に宗教があるのではないのです。真の宗教とは宇宙の真の人間としての生きる道を教えているのです。 そして、人間に生きる喜びを与える道なのです。これが神理なのです。神は人間の造ったものを欲しません。 大事なのは美しい一人の人間の心が欲しいのです。 道はやがて開かれていきます。我々の前途は光明に満たされます。そして、その人達は救われていきます。 やがて、地上界の人々の一人一人の心が調和されてきた時に、我々の肉体先祖はその姿を見て、「俺達の時代とは違う。なぜ俺達は、この厳しい環境にいるのだ。」難しいお経ではなく、皆さん自身の日常生活一つ一つの想念と行為の光がやがて地獄の世界を救っていくのです。 最終ユートピアは地獄のなくなる時です。サタンは私が今、一生懸命に〃新復活〃という本を書いております。 モーゼの十戒をはじめとして、間違った宗教を修正しているために、やっきになって私の為に攻撃をしてきます。 しかし、例えルシフェル・サタンなりといえども私のかつての弟子です。彼はやがて私の軍門にくだるでしょう。知らないから地獄に落ちているのです。彼等も救われるでしょう。私は命がけです。 それは皆さん一人一人が自覚された時に、皆さんの周辺の肉体を持っているところの先祖達も救われていくのです。坊主の難しいお経によって救われるのではないのです。 お経の意味がわかって生活しているような人なら天上界へ行きます。 ゴーダマ・ブッタは決して死んだ人間を成仏させるために坊さんをつくったのではないのです。生きている人間をどのように導き、人間の心を指導するためにこの地上界へ出てきたのです。 地獄に落ちるというのは、他人のせいではなく、自分の思念と行為の間違いそのものが、自分の行動によって地獄に落ちたのです。 |