まさか、右翼と呼ばないでさんのサイトより
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-entry-2668.html
<転載開始>
いつまでたっても このブログを始めたのが三年前だと錯覚していることに昨夜気づいた。
左の帯の開始日を見て 驚いてしまった。2009年て、もう四年五か月も前?
最近 つとに中川さんの事が思い出せれる。
いつも泣けてしまう。

中川 昭一さんが亡くなられたのが 2009年(平成21年)10月3日で、このブログを立ち上げたのがその二日後です。
言うまでもなく、私はショックが大き過ぎて 余りに悲し過ぎて 海外で一人中川さんの死を悼むのが苦し過ぎたのです。
あの酩酊会見の執拗さから 絶対におかしいと気づいていました。
日本では叩きまくり、私の母まで厳しくなじっていました。

母は多くの日本人と同様に小泉時代には小泉を支持し、田中真紀子を好み、麻生を馬鹿にし、民主党に入れて、中川さんを恥じました。カルデロンを気の毒がってもいました。
笑えて来るくらいに全部私と真逆でした。
私が始末に困ると思う国民の代表側にいつもいました。テレビに洗脳されていた七十代です。

かく言う私も、安倍さんこそが中川さんの遺志を継いでくれるのだと信じていたし、麻生は今思えば中川人気を最大限に利用して政権に返り咲いた。ニコニコの重役が甥だし、息子はTBSの大株主?買収しようとしている? 麻生グループはマスコミを配下に従えることの重要性に目覚めてもいるし、財力もある。ネットでの宣伝も早くからやった政治家ですよね。


WIKIより抜粋
法名は「青邦院釋昭尊」。郁子夫人と長女が「清い政治を貫いた」との意味を込めて命名、鎌倉の高僧の承諾を受けた。 通夜と告別式は2009年(平成21年)10月8日・9日に東京都港区元麻布の麻布山善福寺にて自民党と中川家の合同葬として執り行われ、元首相・安倍晋三、前首相・麻生太郎、当時の首相・鳩山由紀夫等多くの政界関係者も参列した。

「天皇陛下より勅使が午前九時半に訪れ、“祭粢料(さいしりょう)”が届きました」と、アナウンスがあり祭壇中央に、飾られていた。

告別式では、自民党総裁・谷垣禎一[24]が弔辞を述べた[25]。続いて中川が所属していた志帥会(伊吹派)会長・伊吹文明の弔辞

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日本、自民党にとって大きな損失。保守主義は、人間の作り上げた良き伝統的規範や自己抑制、矜持(きょうじ)に期待する政治思想。あなたの政治的無念を晴らすためにも、自民党は正しい保守のあり方を体系的に理解し、保守政党として国民の信頼を取り戻す努力を誓う。

— 伊吹文明


昭一さんは常にリーダーだった。自虐的な歴史観を正し、子供たちが日本に生まれたことに誇りを持てる教育に変えたい一心で教科書問題にも取り組んだ。困難な問題に立ち向かい、世の中を変えていく戦う政治家の姿を学んだ。
最愛の奥様と夢だったエジプト旅行に来週出発すると聞いていた。
郁子さんは昭一さんと の幸せな日々を胸に、中川家を守っていくと思う[26]。

— 安倍晋三


昭ちゃん。まさかあなたの弔辞を13歳も年上の私が読むことになろうとは。(中略)「政治家我が身無念と思えども、国の為なら本懐なり」。貴方にこの言葉を贈りたい。(中略)我々は、中川先生の遺志を継ぐ義務と責任がある。「死せる中川生ける保守を走らす」。これが貴方が最も望んでいることだろう。残された我々は、歯を食いしばって頑張る。

— 麻生太郎
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はいーーーーー、歯を食いしばって全力で日本を売りとばしてるよね!!御三方


G7における「朦朧会見」の直後、中川らはバチカン美術館を約2時間観光したが、その際にも中川は美術品に触れる、柵を越えて警報を鳴らす、彫像・ラオコーン像の台座に座るなどの不適切な行動をとっていたことが報じられた。

これを受けて中川の事務所は、「体調が悪く、入ってはいけない区域に入ってしまい、警報が鳴ったのは事実」と発表した[110]一方、中川自身は 「非常に事実と違う」「(博物館を)案内してもらい、つつがなく終わったと思っていたらあの報道。(バチカン側も)全く警報していた神父の和田誠は中川の最も近くにいたが、報道にあったような非常識な行為を見た記憶はないという。和田によると、中川から酒のにおいはせず(和田は酒が苦手なため、匂いには敏感であると述べている)、中川の言葉は非常にはっきりとしており、中川が立ち入り禁止エリアに足を踏み入れることは無く、中川が触ってはいけない展示品を素手で触る場面も無く、中川は博物館の説明に非常に熱心に耳を傾けており、ラオコーン像の周囲には柵は設置されていなかったとした。 和田は、日本のマスコミに対して「中川の行動に非常識な点は無かった。あれは間違いであると繰り返し抗議したが徹底的に無視された」と抗議した機も鳴っていないし、私に注意もしていないとお怒りになっている」と報道内容を否定した[111]。通訳として中川に同行[112]。

ここに 詳細を書き残しているブログがあります。↓
http://ameblo.jp/don1110/entry-11383991093.html

私も中川さんの死や 報道の偏向、単純な人達の誹謗に何度も記事を書いていますが、篠原と玉木は昇進しているんです。
こいつらの事は 何年たとうが忘れないし 絶対に見張りを怠らないです。
アメリカでほとぼりが冷めるのを 待っている越前谷の事もね。


過去記事
IMFの篠原尚之副専務理事とは中川大臣失脚の左隣に居たあの男だ!!
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-entry-1960.html

ああ、中川昭一さん暗殺から三年目のIMF
http://politiceconomy.blog28.fc2.com/blog-entry-1958.html



<転載終了>