ポニョさんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/cc474b1eea54e93838338b2c57440922
<転載開始>
Sai's Messages for The Golden Age」という本をリリースしました。(全658頁)
サイババさんの御言葉をいろんな本から十年以上かけて集めて来た珠玉のお言葉集です。いろんな項目ごとにまとめてありコンピューターでの検索にも利用出来ます。
付録にヴィヤーサ仙の書かれたガルーダプラーナの抜粋もありますよ。
この本は、期間限定公開です。ありがとうございました。http://bccks.jp/bcck/121362/info
また「サイババが帰って来るよ。」シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。本の画像をクリックして下さいね。
http://bccks.jp/store/114521
このブログの記事で削除した@世界が水に浸かり朝が来るシリーズ@最高の日本人帰依者シリーズ@ヴェーダが癒す認知症シリーズなどはPart1に掲載されています。
ヨシオ:昨日の記事を自分で訳してて心がめちゃババの方に行ってしまったわ。特に、最後のババの手紙は、グサーッと来たな。俺、この手紙を十年ほど前に初めて読んだ時にも、三日間ぐらい普通の生活に戻れなかったのを訳してて思い出したんや。またそんなふうになったら困るなぁーて。

ポニョ:ババの方に行くってどういう意味や。

ヨシオ:もう、ババ以外のことには関心が無くなってしまい、他のことは何もしたくない、聞きたくない、話したくない、見たくないという気分になるねん。
一番ひどい時は、ババの写真も見れなくなるんやで。
ポニョ:ババ以外のことを知りたくない。見たくないって言ってるのになんで、ババの写真が見れなくなるんや。

ヨシオ:見たら、またあっちに行ってしまうんや。普通の生活に戻れなくなるやんか。
もう、インドに行くのは最後にしようて決めた時がそうやったんや。ホワイトフィールドでババがダルシャンを終えてゲートの中へ入って行かれたので、ババの後をついて行ってゲートの近くに座ってババを見ていたんや。
そして、ババがゲートの内側で長い列を作って待っているサイババ大学の学生たちに、ダルシャンを与えておられるのを見ていたんや。
一般人へのダルシャンは終わったので、ほとんどの人はもう帰り始めていて、周りに人は余りいなかったんや。
俺も、その日の朝にインタヴューに呼んでもらったし、インドから離れる前にあいさつだけしようと思ってゲートの中のサイババさんを見ていたんや。それで、サイババさんが遠くの方へ歩きながらダルシャンをされている後ろ姿を見ながら、今回も色々祝福してくれてありがとうございます。今日はこれから飛行場へ向かいます。さようなら。スワミ。と心の中で言ったんや。

すると、向こうの方へ歩かれていたサイババさんが突然止まり、首を回されて俺の方を見られたんや。
そのあと、早足で俺の方に歩いて戻って来られたんや。そしてゲートの近くで止まられて俺を見てくれたんで、俺にさようならを言いに来てくれたんやって分かってたから、右手を振りながらさよならって言ったんや。するとサイババさんは、左手を振ってくれた。俺は嬉しくなって両手を振ったんや。
すると、サイババさんも両手を振ってさよならをしてくれた。まるで、自分が映っている鏡みたいやったんや。もう夢中で手を振っていたのを覚えてたんやけど、あとは何にも覚えてない。
どうやって、そのあと飛行場に行って家に帰って来たのかも。
記憶から抜けてる。でも家には無事着いたんや。そのあと、どこへ行く時もサングラスをかけないといけないんや。というのも、ちょっとでもあの時のことを思い出すと涙が出て来て止まらなくなるんや。


だから、サイババさんの写真なんて絶対見れなかった。見たらおしまい。あっちに行ってしまってボーッとして何も出来なくなるんや。その頃、次男が生まれたばかりでボーッと出来ない時やろ。普通の生活が出来なかったら困るから、出来るだけババの写真も見ず、ババの事とかも考えないようにしていた。元に戻るのに三ヶ月ほどかかったな。

ポニョ:家の人は、何か言えへんかったんか。

ヨシオ:俺は気付かれないように出来るだけ、普通に振舞っていたけどな。今回も、少しそんなふうになりかけたな。この手紙は、神さんの愛がどんだけすごいかよく分かる。神さんに引きつけられる磁石みたいやったな。

ポニョ:ほんまに、神さんって子供の心を持ってはるんやな。

ヨシオ:この後、サイババさんは、ラオさんの家に数カ月も滞在されたんやで。
ラオさんの一家と記念写真
ポニョ:よっぽどラオさんは気に入られてたんや。そのラオさんって二回も手術してもらった人やろ。
ラオさんと庭で談笑

ヨシオ:そう。手術した時は、まだ三十二歳やったんや。五十すぎで亡くなられたようやね。お子さんも二人いて、息子さんは俺の親父と同じ片足が短かったので、歩くことが出なかったんやけど、ババが癒されて歩けるようになったんや。
ラオさんの子供と一緒に


その時にババが癒すために物質化したお守りを今も大事に持ってられる。ラオさんはバンガロールで一番の造園家として有名で、正直者として知られてるんや。自分でもあちこちバンガロールに土地などを持ってられる。
よっぽど、神さんに気に入られるほどきれいな子供の心を持っておられたんやろうな。ババがラオさんの子供と一緒に遊んでいる写真が何枚かあるけどとても楽しそうや。
子供と庭を散歩

サイババさんは、信者がどれぐらい神を愛してるかによって、神もその信者を愛します。と言ってるから、すごい信仰心を持っておられるんやろうな。
ある時なんか、ラオさんの家族がプッタパルティにいる時に、ガネーシャのお祭りを祝うために家に戻らないといけないと言ったんやけど、ババはアシュラムから去らないで欲しい。ここにいて欲しいと何度も頼んでいたんや。それでも、毎年、そのお祭りに行ってるから行きますというと、ババはガネーシャならここにいるやんか。と言ってガネーシャの神像を物質化してラオさんにプレゼントされ、行かないで欲しいと頼まれていた。
ババが物質化されたガネーシャ像


ポニョ:それぐらい神様に愛されていたんや。そういやサイババさんは、君たちが神を愛していると言ってもそれは余り問題ではない。神が君たちをどれぐらい愛しているかの方が大切だ。と言われたことがある。どうしたら、そんなに神に愛される人になれるんやろうか。

ヨシオ:それは一人ひとりの神の信者に突きつけられた大きな課題やね。子供のようなきれいな心を持った人になるにはどうしたらええんやろうか。大人になるに連れて、心で思っていることと、話していること、やっていることがバラバラになって行く。この三つのことが子供のうちは一つやったのに。だんだん心が世俗的なことで汚れて行くんやろうな。エゴとかプライド、嫉妬や妬みなどで人生を満たして行くのが大人になって行く、という意味やったら寂しいね。大人になるって、神様から見たら後ろ向きに歩いているようなものなんやろうね。

ポニョ:神の方へ行くんではなくて、神様から離れて行ってるんか。それって神様から見たら悲しいよな。でも、流石にこのラオさんっていうおじさん、写真見てもくせのないええ顔してるやないの。頭もおいらみたいにそこそこ禿げてるし、ハゲ頭の人は神様に近いってことやろな。そういや、このブログの記事をいつも転載してくれてる方も、神に近くなってきたようやね。いつもありがとうございます。
http://blog.goo.ne.jp/utyuujigennsi/e/094e378959d47f30ff99a2890291ef5c
それと比べたら、どっかの組長というあだ名を持ってる柄の悪いおっさんは人相が悪いわ。

ヨシオ:そうやな。俺も自分でそう思う。ラオさんって穏やかな顔をしてはるもんな。

ポニョ:あれ~どうしたんや組長。反応がいつもと違うやないか。ちょっと身体の調子が悪いんか。あんたらしくないで。さあ元気だしてバンバン訳してや。

ヨシオ:スペースが無くなってきたけどな。ほな、頑張るわ。

ポニョ:なんや、気合が入ってないで。気合いだ!気合いだ!斬魄~だ!

ヨシオ:最初の気合いだ。気合いだ。はレスリングのお父さんやろ。後のバンカイは黒崎一護か?ポニョの漫画博物館には何でも入ってるんやな。

サイババさんは、動物たちをとても大事にされていました。信者たちの数が増えてくるに連れて、何人かの信者たちがサイババさんに犬をプレゼントしました。
最初の犬は、サイババさんの神聖な日である木曜日になると、どういうわけか食事を取らず、水も飲みませんでした。
そして、新しい信者たちがアシュラムに着くと、彼らを沐浴が出来る川の場所に案内したり、洗濯をし終えるまで待って一緒に帰って来るのでした。

また、モティという名の犬は、他のもう一匹の犬と一緒にバジャンの時に現れて、2頭で一つずつ頭をサイババさんの膝の上に乗せて、静かにバジャンが終わるまでじっとして聞いていました。
ギータデヴィという王室の女性がマイソールから来た時に、その車を見張るためにそのうちの一匹が車の下で一晩中見張っていましたが、運転手が車を動かした時にその犬を誤って轢いていまいました。
でも背中の骨が折れ、半死の状態でなんとかサイババさんの元にたどり着き、サイババさんの御足に触れて死にました。
サイババさんは、犬を礼拝堂のすぐ近くに埋葬し、トゥルシの木をその上に植えました。

その当時、プッタパルティへの道は易しくはありませんでした。
まず、ペヌコンダの駅から牛車を雇うか、歩くかしてペヌコンダのバス停まで行かなければなりませんでした。
プラットフォームの無いペヌコンダ駅


ペヌコンダのバス停から、不定期にやって来る蒸気バスに乗らなければなりませんでした。

このバスにはサスペンションは付いていませんでした。それに、後ろの方に乗るとむき出しの蒸気エンジンの横に座らねばならなかったのです。
バスの運転手も、サイババさんの信者だと分かると、とても無礼に扱いました。
ブッカパトナム付近の道

バスは、ブッカパトナムまで行き、そのあとは牛車を雇ってデコボコ道を行き、ようやく、アシュラムのあるプッタパルティに着くのですが、そこへ行くのにチットラヴァティ川を歩いて渡らなければならなかったのです。
最後の道程やっとプッタパルティが見えた

普段でも大変な道程なのに、雨期になれば道がぬかるんで乾期の三倍もの時間がかかりました。
チットラヴァティ川を渡りましょう

でも、そんな苦しい旅も、ババの暖かい歓迎の言葉を聞いてすぐに忘れることが出来たのです。

サイババさんの手紙

最愛の信者であるマドジラオよ
私はお前にこうして書くことによって祝福を与える。
息子よ。
私は、お前がかって書かなかったようなことを書いてきたので驚いているよ。
お前は、手紙の中で私が貧しい人々への親切な心を失った。と書いてきているけれど、息子よ。そんな憶測や思いつきで私の事を簡単に結論づけないで欲しい。
何千人もの人たちがやって来るし、私がベッドに横になれるのは朝の4時半で、6時には朝ごはんの時間だ。それゆえ、私たちの間に会話をする時間は無いので(それが原因で工事が)遅れているのだ。
私は、金持ちにえこひいきするような事は絶対ない。お前がそう書いてきたので私は驚いているよ。
~お前が望んだ台所と浴室は、部屋の後ろに完成したよ。ナラシムハルがお前に連絡してくるはずだよ。
ストレスをためないようにね。私が見たところ、お前はとても些細なことで悩んでいるよ。
私は28日の月曜日にチルパティに行く予定です。
この手紙はとり急いで書きました。お前の事を祝福します。

ポニョ:ちょっと聞くけど、あの背中を車で轢かれて死んだ犬ってサイババさんの小学生の時の同級生で、一緒に三人で一つの机に座っていた子供と違うのん。

ヨシオ:そうや。サイババさんが学校を離れた時、一人はサイババさんを慕って頭がおかしくなって井戸に飛び込み、もう一人も頭がおかしくなってサイババさんの名前を唱えながら食事や水を一滴も取らず亡くなったんや。

ポニョ:次の生では、サイババさんに仕える犬になって短い生を終えたんか。

ヨシオ:もう一頭もすぐに後を追うようにして死んだんやで。

ポニョ:霊的に見たらどう解釈するのか分からんけど、世の中不思議なことだらけやな。

写真と記事提供は以下のリンクです。
http://saitowers.com/limf/
<転載終了>