geneumiのブログさんのサイトより
http://ameblo.jp/geneumi/entry-12103980229.html
<転載開始>
百万通りある選択肢を二托にすり替える話法はカルト。
質問者は予め自分の回答を用意している。
それを知らないのは余程無知であるかのような上から目線。

まず、最初にそのような絞り込みの矛盾を突くのが有効。
 「それ以外の回答が無効なんておかしいでしょ?」
手慣れたカルトは即座に応対するが、出ばなを挫くくらいの効果はある。

そもそも、仏法なんて言われてもね。
質問者が仏法を理解しているなら、カルトなんかに騙されないでしょうが・・・。

それ以外に人間の正しい道はないとまで言い切るからには、それなりに理解してるの?
教祖が生きているとも死んでいるとも分らない薮の中のヘビ。
一丁前に、人様に二托なんぞ振りかざすんじゃねえよ、というのが本音。

日本人の精神は仏法より遥か昔、紀元前7~8世紀から面々と在る。
世界最古はどうでもいいが現存する人類の中では古い方である。
チベットの去る高僧は瞑想中に日本人の祖霊を遡ったところ、二万年前まで辿り着けたらしい。
それだけ祖先が古ければ、今を生きる日本人を守護する意識体(霊)の数は世界最大。


たった700年前の日蓮上人がどれほど偉大だろうと、モノの数ではない。
もっとも、日蓮さんは関係ない。
勝手に南無妙法蓮華経を担ぎだしたカルトが悪い。
日蓮上人もさぞかしお嘆きの事と推察する。

一般の善良な信者がどれほど居るのか知らないが、その影に隠れて悪さのし放題を許す東京都知事。
宗教法人認可の管轄は知事、そんなもの取り消してしまえばいいだけの事。
それができないなら一蓮托生と言われても仕方がない。

司法や官僚組織に蔓延るカルトは、組織内組織を形成している。
同僚の誰がソウカ、トウイツ、キリスト教原理主義くらい分ろうというもの。
カルトなんか止めれば、と言ってあげるのが人の道。
いつまでもしがみつけば,そのうち誰も相手にしなくなる。

かくゆう、当ブログ管理者の周りにもカルトはいる。
ソウカより厄介なのはキリスト教原理主義者。
もし、面と向かって話をする機会があれば、できるだけイチヌケをおすすめする。
だが、キリスト教原理主義者はいちいち、それは聖書の何項の何がしに記述されています、なんて切り返してくる。
ホトホト呆れる。

付き合う付き合わないは人物本位。
あなたが嫌いなのではない、カルトが嫌いとハッキリ言う。
中には、弁の立つ何とかさんと会ってみませんか、などと言い出す向きもあるが、そんな時は滅相もないとぶった切るに限る。

フィリピンの凄腕SGIリクルーターと夜を徹して話した事がある。
後で知ったが、彼はフィリピンでも一二を争うリクルターらしい。
鉄板信者である事などおくびにも出さず、人当たりもそつがない。

こちらは霊感は皆無でも、カルトではなく「オカルト」にはちょっと煩い。
彼らの論理の底の浅さが透けて見えるのである。
屁理屈でだめなら持久戦。

その時はヒマだったし、ムシの居所も少々悪かったので逆襲してやろうなどと不埒な事を考えてしまった。

凄腕リクルーターほど百万通りある選択肢を絞り込む話法がお上手。
(これは、営業話法の基本と言えば基本なので何もカルトに限らないのだが・・・)

ま、それで付き合いがオワリになるならそれは仕方のない事。
基本、こちらからアプローチする謂れはない。

来るものは拒まずだが、カルトはお呼びじゃないのである。


<転載終了>