へネラルうみもとさんのサイトより
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<転載開始>
2011311から丸五年。
当ブログ管理者の従姉は、医療事務の職を得て宮城県石巻から東京へ。
かれこれ27年前の話だが、その後精神を病み職を辞し、ふるさとへ帰った。

勤務先の病院では日常的に診療報酬詐欺が横行。
従姉は不正が許せず、院長とやり合ったらしい。
当然、陰湿ないじめ、身の置き所がない日々に苛まれた。

ひとつ年上の従姉は、子どもの頃一番仲良く遊んだ思い出深い人である。
仕事先の不正が原因で心を病み生涯独身。
五年前の今日、彼女は津波に飲まれた。

インチキ医者がその後どうなったか知らない。
この世の利益(世間福)は私的金融グループによって限定条件を付けられている。
企業も国家も自治体も傘下である。
そうとも知らずに違法な手段も辞さず、私腹を肥やすバカが後を絶たない。

今時の世間福(三次元ご利益)など、いくら溜め込んでも没収されるか盗まれるか知らぬうちに横領されてオシマイ。
893、保険、証券、銀行、自治体や国が合法の名の下に集金。
背後には仕組みを統括する私的金融グループが手ぐすねを引いている。
傘下の組織も個人も、最後は指をくわえてよだれを垂らしてブラックボックスに吸い込まれるお金のシッポを見送るのである。
いずことなく消えていく資産は二度と巡ってこない。

三次元物理世界のお宝は、一定期間、所有したかに思わせて、その実全然巡らない代物。
地球人類はそんなモノに個人も組織も莫大な資産を預けている。

少なくともこれからは、余程頭の〇〇な人以外、そんな仕組みは利用しなくなる。

では、財産はどこに預ければいいのか?

その前に、財産所有の程度問題を考え直す必要がある。
普通の家の敷地面積は今の3倍から5倍がベーシック。
早い話、100坪以下の土地に家を建てる人は居なくなる。
だが、土地自体を所有する必要はないのである。

必要十分な資産がどれほどかは人それぞれ。
しかし、多ければ良いという訳ではない。
出来るだけ身軽にしても何ら問題がない仕組みが構築される。

それは、これから始まる訳ではない。
既に何千億年前から巡っているのである。

仕組みを地上的に組み直すとしても、そこに恣意的な余地の入り込む可能性はゼロである。
もし、恣意的な要素が入った途端、巡りは止まる。
巡りが止まれば恩恵も止まる。

巡りを止める行為は宇宙レベルの重犯罪。
然るに、現在は巡りを止める連中ほど金持ちである。

農地汚染、海洋汚染、人殺し、薬害産業、ぜ〜んぶ巡りを止めて利益をかすめ取る。
その頂点に詐欺金融。
そんなモノが一流企業か?
そんなガラクタの寄せ集め国家が人々の幸せを保証できると本気でお思いか?

当ブログ管理者のメインバンクは、バンク オブ ユニヴァース(BOU)である。

利息もなければ口座もない。
残念ながら地上世界の支店もない。

では、どうやって口座を開くのか?

「空に向かって、よろしくね!」

これだけである。

預金限度額?
そんなものない、青天井。

頭取?
人間ごときのトップに務まるわけがない。

通帳?
???
生き方によって最後通牒は在るかも知れないが・・・。

とりあえず、残り少ない余生、精々利用させてもらおうと思っているが、BOUは地上世界限定ではない。

BOUは巡りの中の金融部門?
いやいや、そうではない。
事業でもなければ、ボランティアでもない。
もちろん組織でもなければ、虚空でもない。

ずっと前から在るし、この先も在る。
時間も超越しているのでホンモノの永久。

一人の人間が人間らしく生きて、出来るだけ世の中のために役立とうと足りない知恵を絞り、額に汗して身体を動かせば、応分の巡りの恩恵(ご褒美)がある。

地上世界では中性原理だが、BOUの世界でのバランスは多様性に富む。
三次元世界だけが酷く一方に偏るなら、宇宙全体に悪影響を及ぼす。
しかし、神様が人類を叱り飛ばしに来ることはない。
宇宙は何もしない。
何もしないが、BOUは自動的に作用する。
BOUは、全宇宙の次元レイヤーを横断的に制御するコンピュータでもある。
従って、目に見えないATAの払い出しは瞬時である。

5年前、地上世界のご利益しか見ない阿呆な雇い主に虐げられても妥協せず、自らの意志を貫いた清廉潔白な魂が、無惨な災害に遭遇し命を落とした。
だが、彼女の魂が、診療報酬詐欺医者よりも下な訳がない。
ユニヴァースのバランス(動的平衡)は絶対である。

巡りの振り幅の範囲で懐を肥やせる地上世界。
実に分かりやすい構図だが、そんなチッポケな範囲で私腹を肥やしして何になる?
オノレの身体すら借り物なのに。
誰もが豪邸に住み、自家用ジェットを持っても仕方在るまい。

お釈迦様の時代には、出世間福(BOU)利用者は限られた人々だった。
しかし、今は誰でも利用可能である。

今まで通りの詐欺金融傘下人類とBOU人類。

二つの渦が見え隠れしているが、呆気なく一方が消える。

それはずっと先のことではない。
既に始まっているし、ある意味、終わった話とも言える。

なぜなら、始めから勝負にならないからである。


<転載終了>