本山よろず屋本舗さんのサイトより
http://motoyama.world.coocan.jp/
<転載開始>
 今年の春、東京の飯田橋にあるヒカルランドのオフィスで開かれた、ケイ・ミズモリさんの出版記念講演会に行ってきました。
 その講演会でケイ・ミズモリさんが、そのうちヒカルランドからシャスタ山の地下世界に関する本を訳したものを出版する予定だと言っていました。
 その言葉の記憶があり、本屋で『シャスタ山で出会ったレムリアの聖者たち』(ユージン・E・トーマス著、ケイ・ミズモリ訳、ヒカルランド)を見つけたので、思わず買ってしまいました。
 最初、私はこの本が、地下世界に行った人の体験談か、あるいは行った人の体験を聞いて書かれた本だと思っていました。しかし実際は、地下世界を舞台にした小説でした。
 しかも今から71年も前に出版された本です。
 この本が出版されたのは、1946年というのですから、第二次世界大戦が終わった翌年です。ケイ・ミズモリさんは、それほど前に書かれた本ながら、今でも色褪せていない新鮮さを感じると言っていましたが、それには納得する部分があります。
 著者のユージン・E・トーマスという人物がどんな人物なのか、謎のようです。
 著者自身がシャスタ山の地下世界に行ったのか、それとも実際に行った人の話を聞いて書いたのか。小説仕立てにしたのは、本人が実際に行ったのだけれども、それを発表すると身に危険が及ぶからなのか、いろいろ想像してしまいます。
 ただ言えることは、本に書かれているレムリアの聖者たちの言葉が、現代のスピリチュアルの観点から見ても、(ケイ・ミズモリさんが言うように)新鮮さを失っていないことです。

 まず最初に、本の「訳者まえがき」から抜粋して紹介します。
 実際にシャスタ山の地下世界に行ったという人物は実在したが、不可解な蒸発をしてしまったという記事です。

 ・・・<『シャスタ山で出会ったレムリアの聖者たち』、p9~12pから抜粋開始>・・・

 訳者まえがき

 米カリフォルニア州のシャスタ山は、古くからネイティブ・アメリカンたちによって聖山として崇められてきた。日本の富士山とも似て、頂に白い雪を冠したその姿はとても美しく、多くの人々を魅了している。そして、スピリチュアルな人々はシャスタ山を特別視してきた。というのも、シャスタ山のどこかに聖者たちが暮らす「楽園=秘密コミュニティー」が存在すると噂されてきたからである。
 ミステリアスなシャスタ山の魅力は20世紀に入って高まった。山中のとある場所で大規模な地下トンネルが発見されたとするニュースが広まり、噂が現実味を増したからである。
 1904年、あるロンドンの鉱山会社に雇われた地質学者のJ・C・ブラウンは、金鉱石のような貴金属を求めて、カリフォルニア州にあるシャスタ山を調査していた。ある日、彼は崖の側面に周囲の地形と調和しない岩があることに気付いた。駆け付けて調べてみると、その奇妙な岩は、洞窟と思われる部分の入口を塞いでいた。あまりにも不自然だったため、彼は入口を塞いでいた岩や土砂を取り除いてみると、瓦礫や植物で溢れた洞窟を確認した。さらに掘り進んでみると、それは小さな洞窟ではなく、地中へと下っていくトンネルであることが判明した。採掘に必要な装備とランタンを持って、彼はトンネルの中へ探索に行った。
 「トンネルの入口から3マイル(約4.8キロ)進むと、私は金鉱石を含む場所に着き、さらに進むと、明らかに古代人たちが銅を採掘していたであろう別の場所に辿り着いた」という。そして、山の内部を11マイル(約18キロ)ほど進んだ奥には、たくさんの部屋が存在した。どの部屋も文字が刻まれたプレートで溢れていた。壁は焼き戻された銅で奇麗に覆われ、金でできた覆いや表具が掛けられていた。数枚の金のプレートには、象形文字や絵が刻まれていた。そして、いくつかの部屋は礼拝の場と思われる部屋へと続いていた。
 そこには、銅と金からできた13の彫像があり、金色に尖った光の筋とともに大きな太陽がデザインされていた。ブラウンは物が散乱した状態を見て、地底の村の住人たちがそこをとっさに立ち去ったように感じた。そして、彼は不気味な光景を目にした。一つの部屋の中に、小さいもので6フィート6インチ(約2メートル)、大きいもので10フィート(約3メートル)を超える骸骨が27体あったのだ。うち2体はミイラ化しており、それぞれカラフルで華麗なローブを纏っていた。
 ブラウンは象形文字を研究し、多くの日々を探検に費やしていたが、これは深く心に残る体験であった。彼はこの偉大な考古学的発見に興奮して、そのトンネルや中のものをそのままの状態に残そうと決心した。彼はトンネルを出て、用心深く入口を隠して、その場所を正確に地図上にマークした。
 その後の30年間、ブラウンは姿を隠したが、文学や哲学を学び、有史以前のムーやレムリア文明の研究を行っていた。何年もかけてトンネル内で発見した象形文字や絵文字を精査した後、それらはレムリア人たちが残した記録であると彼は確信した。そして、山の洞窟内でなおもそのまの状態で残されたレムリア人の栄華と輝かしい工芸品は一般に共有されるべきものと考えた。
 1934年、ブラウンは79歳にしてカリフォルニア州のストクトンに姿を現した。彼は興味を抱いた新聞記者、博物館の学芸員、科学者などを含む、地元住民たちを組織して、自費でシャスタ山の古代のトンネルへ再び探索に出ることにした。集まった80人の中には私財を投げうって協力した者もいた。そして、6週間かけて探検の計画を練って、6月19日午後1時に彼らは出発することにした。ところが、肝心のブラウンは姿を現さなかった。
 実のところ、彼はあの考古学的な大発見の後、その情報が表沙汰になるのを嫌った勢力に誘拐されたり、脅迫されたりしてきた過去があり、そのことをグループの仲間たちに話していた。そのため、集まった仲間たちは彼がまた誘拐されたのではないかと考え、不安になった。彼らはブラウンが失踪してしまったことをストクトン警察に報告した。そして、彼らは失意のもとブラウンを待ったが、彼は完全に蒸発してしまっていた。さらに不幸だったことは、そのトンネルの正確な所在をブラウンは明らかにしていなかったことであった。
 結局、ブラウンの発見は今日まで第三者によって確認されていないが、他にもシャスタ山ではドワーフ(小人)や毛むくじゃらの巨人(ビッグフット)の目撃談に加え、1970年代までに地底人と思しき人々との遭遇ケースも複数みられた。地底人は色白の長身と噂されてきたが、ブラウンの発見した人骨もそれを示唆するものだった。そのようなこともあり、シャスタ山のどこかに地下都市への秘密のトンネルがあり、その奥では、高貴な人々が高い文明を築いて暮らしているのではないか? あるいは、山中のどこかに、外部からは覗き見ることができない「特別なエリア=楽園」が存在するのではないかと古くから囁かれてきたのだ。
 人々のそんな好奇心をくすぐり、出版から70年以上も支持されてきたのが本書である。本書は、霊的向上心の高い主人公がその伝説の聖者たちを見つけ出し、彼らから様々な知恵を授かる、驚くべき体験が描かれたスピリチュアル・アドベンチャーである。本書に記された数々のエピソードは極めて深遠で、過去に多くの人々が抱いてきたシャスタ山の聖者像に十分応えるものだったと言えるだろう。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 これから小説の最初の部分を紹介します。
 主人公はクレーンという名の男性で、シャスタ山の地下世界を探検する旅に出ます。
 山の中を歩いていると、一匹のアンテロープに出会います。アンテロープとは牛科の動物ですが、私達日本人がイメージする牛とはだいぶ違うようです。小説では、小鹿を少し大きくしたような可愛らしいイメージで書かれています。
 そのアンテロープが主人公のクレーンを導いて、地下世界に辿り着きます。
 クレーンはそこでレムリアの聖者たちと交流するのですが、その地で過ごすうちに、自分の過去生を思い出す体験をします。
 文中に出てくるノナとは、地下世界の住人で、クレーンの案内役を勤める若い女性です。
 まずクレーンとアンテロープの交流があった過去生の体験を紹介します。


 ・・・<『シャスタ山で出会ったレムリアの聖者たち』、p112~p117から抜粋開始>・・・

 アンテロープへの愛情と絆

 翌朝、クレーンが目覚めると、東の空は赤と黄金色で薄く染まっており、夜明けの到来を告げていた。以前からこの日の朝を知っている。そんな思いが気分を浮き立たせた。彼は、水を浴び、素早く服を着て、朝食のテーブルへと向かった。
 朝食が終わると、ノナは彼に言った。「安息日には、ブラザーフッドのメンバーは一人で過ごし、それぞれが一週間の出来事を回想します。過去六日間の教訓を入念に復習することで、それらが伝えるものすべてを引き出すのです。あなたは好きなように過ごしてかまいません。何をするかは、あなた自身の想念が導いてくれるでしょう。では、ごきげんよう」
 どこに行くともなく、クレーンは外に出た。彼は果樹園と花園を通って、泉や小川の周囲を歩き回り、大きな木の一番低い枝が落とす影の下で立ち止まった。そして、大地に腰を下ろして、しばらく周囲の環境を楽しむことにした。太陽は今、東の空高くにあり、時折聞こえる蜂の羽音や鳥のさえずりを除いて、沈黙が支配している。蜜を求めて姿を現すハチドリと、つぼみからつぼみへとゆっくり舞う華やかな羽を付けた蝶が、その光景に生命の躍動と彩りを加えていた。
 説明しがたい何かに満たされた心浮き立つ春の空気は、花々や緑の草、新しい葉の香りで溢れていた。軽やかなそよ風にそよぐ小枝や葉は、シルクの衣擦(きぬず)れのように優雅で穏やかな音を奏で、上空には、大きな雪の塊のような白い雲が漂っている。時々それは太陽をぼやかし、大地の緑をより生き生きと保とうと雪が過ぎ去る時だけ、つかの間の影を緑の地表に投影させた。
 心地よいリラックス感に任せて、彼は両手を頭の後ろで組んで、目を閉じた。もう一度、彼はブラザーフッドの探索を始めてから自分が体験したことを振り返り始めた。そして、アンテロープが示した不思議な行動のところまでたどり着くと、そのことで頭がいっぱいになった。
 彼が出会った際、あの動物が奇妙な仕草を見せた理由は何だったのか?
 長い間思い出すこともなかった少年時代の出来事が廻ってきた。彼は、父に連れられて行った動物園で、ワイヤーでできた檻から抜け出そうと必死になっている一匹のアンテロープの姿を目にしていたのだ。その熱意は入園者たちにも伝わるほどで、立ち去る人々には明らかに羨望の眼差しを送っていた。その後、彼はその出来事をあまり考えてみることはなかったが、今それを詳細に思い出していた。
 やがて、彼の心の中には別のヴィジョンが浮かんだ。最初、それはあまりにもぼやけており、霧のカーテンを押しのけようとしても、その向こうが見られない。ほとんど諦めかけた時、突然、もやが晴れて、驚くべきシーンが現れた。それはとても原始的な人々が暮らす洞窟で、彼らは胸や腰の周りを動物の皮で覆っていた。
 そこにいるのは二、三人の女性と数人の子供たちで、洞窟の前で寝そべっている者もいれば、まるで何かを待っているかのようにしゃがんでいる者もいた。議論にふけっているかのように、身振り手振りを交えながら、早口で喋っている者たちのそばには十歳ぐらいの少年がいて、一言も発することなく、彼らの話を聞いていた。
 突然、全員が仕事の手を止めて、興奮して飛び跳ねた。何人かの毛むくじゃらの男たちが、捕まえた動物か、動物の体の一部を背負って洞窟に近づいてきたのだ。粗末な住居に残っていた人々は興奮して獲物たちを念入りに調べた。誰もが狩りの成功に踊って騒いだが、その少年だけは相変わらず黙したままであった。
 寡黙な少年は、他の死骸とともに横たわっていた子供のアンテロープに引き付けられた。彼は生き返らせて一緒に遊びたいという願望と哀れみを持ってその小さな体を見た。そして、原始的な子守唄を口ずさみながら、その優美な首と頭を優しく撫でると、驚いたことに、その小さな動物は目を開き、明らかに驚いて少年を見上げたのだった。少年はその小さなアンテロープを抱きかかえ、洞窟の片側に運ぶと、まるで母親が赤ちゃんをあやすかのように揺り動かした。
 徐々に体力を回復して歩けるまでになったアンテロープは、好奇に満ちた目であたりを見回しながら、慎重にこの見知らぬ場所の探索を始めた。それを見た一人の男が、殺そうと棒を持って走ってきた。少年はこの小さな仲間を守ろうと、身振りで懇願した。だが、男は少年を気にかけることなく、その動物を隅に追いやった。アンテロープの命は男の手中にあった。その時だった。少年は大きな棒を拾い上げ、それを力一杯その巨人の頭に振り下ろしたのだ。
 巨体からはカが抜け、男は大地に倒れ込んだ。そして、少年は自分のペットを抱きかかえ次に起きることを震えながら待った。何が起こったのかを理解してやって来た二人の男に向かって、若い保護者(少年)はアンテロープの前に立ちはだかり、棒を振り回して最後まで戦う意思を見せた。その二人の男も彼のペットを殺したがっていると思ったからだ。
 男たちは、困惑して少年を見つめた。打ちのめされた男も今は立ち上がり、自分への攻撃者を見つめていたが、その表情にあるのは怒りではなく、困惑だった。自分が危険から脱したことを感じ取ったのだろう。アンテロープは、保護者の後ろで臆することなく立っていた。かくして男たちは、少年が強い抵抗を示した真意を解することなく、ついに少年の好きなようにするように伝えたのだった。
 それ以来、少年とアンテロープは不変の友となった。彼らは来る日も来る日も丘や谷を歩き回り、一緒にいることを楽しんだ。未知の匂いに興味津々で、食べ物を探そうとしたりするのは動物にはよくあることだが、このアンテロープも例外ではなく、集落のあちこちに鼻先を突っ込んで回った。だが、この小さな動物を嫌う者もいなければ、殺そうとするハンターもいなかった。
 少年は成長すると、ますます森を愛するようになった。彼はこの友人と一緒に巻き上がった木の根元にいると時が経つのを忘れ、夜になっても洞窟に戻らないこともしばしばだった。夜間、不意打ちのように現われる排個動物を警戒して、突き出した木の枝の上で寝ることもあったが、そういう時はアンテロープが高い木によじ登るのを助けた。彼らは片時も離れたくはなかったのだ。
 彼らは何度も他のアンテロープたちが跳ね回るのを目にした。最初、彼らは自分たちの仲間が随伴する奇妙な存在に恐れを示さないわけではなかった。しかし、少年が決して彼らに脅威を与えないことが徐々に理解されて、しばらくすると、彼らは当然のように少年を受け入れるようになっていた。まもなく彼は、鼻を鳴らす音とシーッという音の中間のような、ある特定の音が、危険が近づいていることを示す警告であることを知った。そして、彼もその音を正確に出せるようになって、四本足の友人たちが人間に襲われるのを何度も救った。まもなくして、彼は食用に殺そうとする人々と自分は異なることを彼らに伝えられるまでになっていた。
 ある時、彼は前もって警告することでアンテロープの一頭が大きな獲物を捕える目的で作られた残忍な仕掛けで殺されるのを防ぐことに成功した。また、その罠から逃れようと必死でもがいたために、空中高く放り出され、土手から転げ落ちた動物を救ったこともある。その時、少年は二本の足を骨折したその動物を安全な場所に移動させて、他の捕食動物から守るために囲いを作り、何週間も食糧と水を運んで世話をした。そして、ついに普通の生活に戻れるまで回復すると、彼は自分のことのように喜んだ。
 クレーンはまるで夢を見ていたかのように、このすべてを自分と切り離して認識した。だが、自分がその情景の一部であるかのような奇妙な感覚があり、単なる傍観者だとも思えなかった。そこで、彼はその少年のことをさらに注意深く考え、彼は驚くべき発見をした。彼とその少年は一体で、同じだったのだ。
 その情景が消えると、彼は自分が木の根元の草上にいて、周囲の環境を楽しみ、くつろぐ選択をしていたことに気付いた。彼は夢を見ていたわけではなかった。彼は自分の過去を覗き見ていて、その情景は自分が探究しようとしていた何かであったのだ。自分はその体験で隠された教訓を得たのかもしれない。そう思った彼は、自分が見たすべてのものを分析し始めた。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 まずお断りしたおかなければならないことは、この小説は、主人公クレーンとアンテロープの交流がメインではないということです。
 アンテロープは、主人公を大事な場面に導く案内役のような役です。
 メインのストーリーは、シンデレラスートリーのような華やかなものですが、私自身は、こうしたいかにも小説や映画のようなハッピーエンドの物語が好きではありません。
 実際の人間の過去生は、地味で、もっと悩み苦しみやドロドロしたものあり、むしろそれだからこそ体験する価値があると考えているからです。
 とはいえ、シンデレラスートリーを否定しているわけではありません。
 地球での何百回の転生の中には、シンデレラのような華やかなハッピーエンドの人生も一度くらいはあったでしょうし、こうした物語が人々に教訓だけでなく、夢や希望を与えてきたのは事実だと思うからです。

 私がこの小説で興味を惹かれたのは、レムリアの聖者たちが語る科学的な知識と、主人公とアンテロープの交流でした。
 それでもう一つ、主人公クレーンとアンテロープの交流の記事を抜粋させていただきます。
 やはり、クレーンの過去生の記憶です。


 ・・・<『シャスタ山で出会ったレムリアの聖者たち』、p117~p119から抜粋開始>・・・

 わずかな時間、その点に集中してみると、また別の光景が彼の視界に現れた。それは、山と砂漠の中をおぼつかない足取りで歩く男の姿で、唇は乾燥してひび割れ、舌は腫(は)れ上がり、息を切らしていた。明らかに、彼は脱水状態で死にかけていた。大きな石につまずいた彼は、山の斜面を空に向かってそびえ立つ一つの岩の下まで転げ落ちた。そこまでかなりの距離があったが、怪我はしていなかった。岩の下に緑の草が元気いっぱいに茂っていることから、そこに水気があることに気付いた彼は、喉の渇きを癒そうと、冷たく湿った砂を手ですくい上げ、それに含まれるわずかな水分を貪欲に吸った。
 穴を掘り、そこに水が溜まるのを待っていた彼は、一頭の成熟したアンテロープが近くで横たわっているのを目にした。その動物は明らかに水の匂いを嗅ぎ付け、そこに近づこうとしていたが、水が染み出す場所までは、降りてくることができなかった。明らかにその現実を受け入れて諦めつつあったアンテロープは、注意を引こうとその場を掘り始め、苦悩の表情で黙って見上げた。
 男は同情心に苛(さいな)まれた。彼はゆっくりと形成される水の滴を切なく眺めた後、そばにいた、喉を渇かした動物をじっと見つめた。そして、全心血を注ぎ込んで、お椀を作るように合わせた両手に水を満たし、苦しんでいるその仲間にそっと与えた。哀れな動物は貪欲にそのわずかな水を吸い上げると、そこからさらなる水が湧き出すことを期待するかのように、優しく彼の手をなめた。男は四本足の友だちを水が湧き出す場所まで引き寄せ、水が溜まるとすぐに、それを手ですくって与えた。彼自身の渇きも極限に達していた。だが、ほとんど超人的な意志でその欲求を抑えていたのだ。
 その動物は立ち上がれるまでに体力を回復させた。しばらくして、完全に喉の渇きが満たされると、まるで感謝の気持ちを表すかのように彼に鼻を擦り付け、立ち去った。クレーンは、その動物の動きを追いかけながら、ついにそれが豊かな草地へとたどり着き、仲間たちと合流していくのを見守った。
 その間、男は自分の欲求に意識を向けていた。ついさっきまで行ってきたように、湿った砂を口に含むべく、掘った穴に水が満たされてくるのを待ったのだが、ぞっとしたことに、水は染み出してこない。矢継ぎ早にさらに深く掘ってみたものの、それ以上水が染み出すことはなく、そこの水はすでに汲み干されたことを悟った。彼には何も残されていなかった。彼はあまりにも衰弱しすぎて、別の場所に移動することはできなかった。彼は失望して倒れ込み、かすかに湿った砂にうつ伏せになった。だが、その水分も厳しい暑さですぐに蒸発していった。
 男が今にも息を引き取ろうとしていた時、一人の初老の男が現れて言った。「動物に対する優しさから、あなたは自分の身体を犠牲にしました。あなたの意志の力は極限まで試され、結果的に、あなたは物理的な欲求を克服したのです。ただ、あなたの犠牲は上辺だけのものだったことが分かるでしょう。なぜなら、あなたは現在の身体を失っても、今後学ぶべき偉大なる領域を与えられることになるからです。いらっしゃい。さらに秘密の領域へ渡りましょう……」
 その初老の男は倒れた男の手を取って起き上がらせ、ともに視界から消えていった。ところが、身体は倒れた砂の上になおも横たわっている。クレーンには、その男が死んだことが分かった。彼が肉体的死を迎えた瞬間、それまで一体化していた二つの「ボディ」が分離し、一方が彼方へと旅立ち、もう一方が死体としてその場に残されたのだ。そして、この男が自分自身であることにも、クレーンは気付いた。
 何年も経過して、通りがかりの人が人間の頭蓋骨と骨が散らばっているのを発見するまでは、そこで悲劇が起きたことが知られることはなかった。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 こんな体験をした転生を持つ人物が本当にいたのか、あるいは小説を書いた人が頭で考えたものなのか、これは読者の判断におまかせするしかありません。
 ただ私は、華やかなシンデレラストーリーよりも、こうした話の方に興味が湧いてしまうのです。


(2017年8月1日)


<転載終了>