ななし子さんより情報を頂きました。
https://ameblo.jp/kenjiatsumi/entry-12321040438.html?frm_id=v.mypage-commented-article--article--blog--1--kenjiatsumi 

geneumiのブログさんの弟さんと思われる方のブログです。 

geneumiさんの御冥福を心からお祈りいたします。


アツミケンジのブログさんのサイトより
<転載開始>
2017-10-19 22:00:43 
テーマ:

現在私は56歳ですが私には同居する59歳の兄がおりました。

 

若い頃からどれだけ一緒に飲んだかわかりません。

 

仲がすごく良い時期とすごく悪い時期とどっちでもない時期の3種類がありましたが、現在はどっちでもない時期でした。

 

同居しているので6時になると居間に降りてきて兄は焼酎の水割り、私は瓶ビールを1本飲むのですが、私はビールを飲み終わるとYouTubeを見ながらワインを飲むのが好きなので2階に上がってしまいます。

 

亡くなる1週間くらい前ですが、突然「ワインもここで飲んでくれないかなぁ」と言いました。

 

私が上に上がると一人飲みになるので寂しかったのかもしれません。

 

でも私は自分には自分の楽しみがあるし、これまで散々一緒に飲んだし、一緒に飲んでももう話す話題もないしということで無視してしまいました。

 

それから次の日は兄の長男と焼肉をして、その時は色々な過去の話がでて私はワインまではそこにいました。

 

ワインの次は日本酒なのですが、それは2階で飲みました。

 

兄は次の日から旅行に行きました。

 

長崎の対馬でレンタカーを借りて神社巡りをしたそうです。

 

4日目になると随分調子が悪そうでしょっちゅうトイレに行くし、行くとしばらく出てこない状態だったそうです。

 

10月16日の夜10時頃帰ってきた兄はトイレに行く私とすれ違い「おう」とだけ言いいました。

 

その後私は寝てしまいましたが11時頃は長女(やはり同居)と少し話はしたようです。

 

翌日85歳の母親が2階に上がってきて兄が大変だから見に来て欲しいと言いに来ました。

 

私はしぶしぶ降りていくと、廊下で倒れている兄がいます。

 

憑依を疑った私はとっさに塩を振りかけました。

 

それから救急車呼ぼうか?と尋ねると呼ばないで欲しいという反応、でも声は出ない状態。

 

私は水を飲んで再び兄のところへ行くともう意識がありませんでした。

 

慌てて119番通報。

 

5分以内に近くの消防署から4人くらい人が来て、すぐに蘇生処置を行いました。

 

臨死体験の本を沢山読んでますので、まだこのくらいなら戻れるはずです。

 

天井付近を見て「戻れ」と命令しました。

 

でもなかなか心臓は動きません。

 

そのうちに救急車が来て昭和病院に搬送。

 

その感も蘇生圧迫は続きます。

 

私は救急車の上の方を見ながら(見えたらいいのにと思いながら)「戻ってくれ」と懇願してました。

 

結局病院で強い薬を打ったようですがそれでも戻らず逝ってしまいました。

 

享年59歳、呆気ない死に方でした。

 

病院ではなく家で亡くなったということで警察が事件性の有無を調査します。

 

死因がなんなのかわからなければ死亡届が出せないからです。

 

結局体のあちこちを切り裂きまくり、盲腸の穴を発見しました。それから腹膜炎も併発していたようです。

 

警察は事件性がないということで引き上げ、今度は葬儀社との打ち合わせ。

 

このあたりは全部長女が行い私は横で見ている係。

 

女性はいざという時に本当にしっかりしていますね。

 

もっとも息子を失った母は大変な落ち込みようですが。

 

葬儀は行わず火葬だけにすることにしましたが、単純に遺体を運ぶだけでボッたくる業者は5万6万請求してくるそうです。

 

後は金次第の世界。

 

ドライアイスが1万2千円とか、葬儀社の上乗せがあるに違いない料金を黙って支払うしかありません。

 

でもこんな仕事をしているのですから喜んで払ってあげましょう。

 

幸い家の近くに良心的な葬儀社を見つけることができ良心的な価格で進めることができました。

 

明日は納棺と火葬です。

 

昔柔道をやっていたくらいの丈夫な体を持った兄なので本当に信じられません。

 

死相もわかりませんでした。

 

寿命がくればどんなに健康でもあっという間に死ぬし、臨死体験者のように寿命が来てなければ体がバラバラになっても生き返る。

 

そんな事を感じてしまいました。

 

いろんな仕事を楽しそうにこなす私と、無職で引きこもりだった兄はある意味対象的でした。

 

最初はタバコの煙(喫煙者)が嫌いで本当に嫌だったのですが、半年くらい前から私の意識が変わり、存在してくれているだけでありがたいとなりました。

 

なのでじゃけんにしたり、毛嫌いしたつもりは毛頭ないのですが、向こうは感じていたかもしれません。

 

とにかく激しい劣等感を秘めていたと思います。

 

私はすでに死生観はほぼ出来上がっていると思っているのでこの死を過剰に捉える事はありません。

 

ああ、彼はステージを変えて楽になったのだなと思うのみです。

 

しかし家族の悲しみに触れるたびにエンパスとしてもらい泣きをしてしまいます。

 

今も泣いています。

 

買い物をしていると突然店内BGMにこの曲が流れてきました。

 

https://youtu.be/q5TMoiqf_W8

 

買い物しながら泣いている人を見た事ないでしょう。ww

 

このロングバージョンでは命の乗り物とか、少しの別れとか、沢山のありがとうとか、魂は壊れないとかスピ系ですか?という詩がバンバンでてきます。

 

やっぱりある程度極めた人は同じ世界観なのですね。

 

これを聞くたびやっぱり泣けてきます。

 

借金を踏み倒されたり、騙されたり、ネガティブな対応に苦しんだ時期もありましたが、それもすべては計画された事。自分で決めてきた事。

 

改めて「56年間私の兄でいてくれてありがとう」と言いたいと思います。

<転載終了>