逝きし世の面影さんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/5c92cc076be8b7a2e712f4fecf876005
<転載開始>



Simon_Sin @Simon_Sin
宇宙戦艦ヤマトの艦首には菊の紋が付くはずだった。
しかし「軍国主義臭えのは大嫌いだ」と松本零士監督が反対し「戦艦には菊の紋が必要」という西崎Pと対立。メカデザイナーの宮武一貴氏が「ちょっと下に移動させて、内側に引き込んだらどうすか」と波動砲にした #実は最初はそうじゃなかったこと
★注、
あのアニメ『戦艦ヤマト』のプロデューサーの西崎 義展は、石原慎太郎と共に尖閣諸島の上陸を企てた右翼として有名だったが、1997年に覚醒剤やヘロインを所持して逮捕され懲役2年8月の実刑判決を受ける。1999年には擲弾発射器や自動小銃、大量の実弾の所持や密輸で逮捕されるなど裏世界の住人(ヤクザ人脈)としても有名だった。
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/5c92cc076be8b7a2e712f4fecf876005
<転載開始>



Simon_Sin @Simon_Sin
宇宙戦艦ヤマトの艦首には菊の紋が付くはずだった。
しかし「軍国主義臭えのは大嫌いだ」と松本零士監督が反対し「戦艦には菊の紋が必要」という西崎Pと対立。メカデザイナーの宮武一貴氏が「ちょっと下に移動させて、内側に引き込んだらどうすか」と波動砲にした #実は最初はそうじゃなかったこと
★注、
あのアニメ『戦艦ヤマト』のプロデューサーの西崎 義展は、石原慎太郎と共に尖閣諸島の上陸を企てた右翼として有名だったが、1997年に覚醒剤やヘロインを所持して逮捕され懲役2年8月の実刑判決を受ける。1999年には擲弾発射器や自動小銃、大量の実弾の所持や密輸で逮捕されるなど裏世界の住人(ヤクザ人脈)としても有名だった。
『シン・ゴジラ』に対してなぜ園子温監督は「クズ」といったのか? 本質を隠す描写がリアルと評価される時代 2017.11.12. LITERA(リテラ)
昨年大ヒットを記録した映画『シン・ゴジラ』が地上波で初めて放送される。
庵野秀明や樋口真嗣が脚本、監督で80億円を超える興収を記録。商業的成功だけではなく「第90回キネマ旬報ベスト・テン」の第2位や脚本賞など評論家からも高い評価を得た。
昨年に大ヒットを記録した『君の名は。』と『シン・ゴジラ』の二作品は3.11という共通点がある。
物語自体が東日本大震災に対するリアクションとなっている。
『シン・ゴジラ』と『君の名は。』について評論家が語る際には、当然それらの描写に対する言及が多くなされ、ほとんどは肯定的な意見が語られたのだが、そういった傾向に対して異議を突きつけた映画監督がいた。
映画『ヒミズ』や『希望の国』で、真っ正面から震災や原発事故を描こうとした園子温監督はツイッターに〈二度と怪獣映画のリメイクごときで現代の311を語るな、クズども〉といった文章を連続で投稿し、安易なエンタメで東日本大震災を消化しようとする日本社会の傾向に警鐘を鳴らし、「イデオロギーに凝り固まったいちゃもん」「中二病の発症」と総攻撃を受ける。
しかし、園の言葉は、イデオロギーとか自意識とかを超えた、いまの映画、いやすべての文化状況の本質をつく。
あなたは『シン・ゴジラ』をどう見るだろうか?
園子温監督が『シン・ゴジラ』と『君の名は。』に共通する東日本大震災の描き方に我慢ならなかったのは当然ともいえるのだ。
『シン・ゴジラ』では、ゴジラは遺棄された原発の放射性廃棄物に順応して生まれた怪獣という設定、第二形態のゴジラが陸上してきたときに東日本大震災を想起させる大津波が日本に押し寄せる。
しかし、それらはあくまで観客のリアルな記憶を喚起するための仕掛けにすぎず、東日本大震災と原発について何かを語っているように見えて、実は何も語ってはいない。
『君の名は。』も同様で、観客に震災や福島原発を思い起こさせるディテールがあちこちに散りばめられているが、それはファンタジー的な予定調和の結末に回収されてしまう。
園監督は震災や原発を「安易な暗喩」にしたてることなく、『ヒミズ』(2012年1月公開)、『希望の国』(同年10月公開)で真っ正面から向き合った。
「被災地への冒涜」?薄まってるものばかりが評価される日本
妊娠中に原発事故でノイローゼになって防護服で街を歩き周囲から白い目で見られる家族。行方不明の両親を探すため瓦礫の街へ入っていくカップル。認知症の妻と牛たちを抱え避難区域からの強制退去を命じられ妻や牛とともに心中する酪農家など、実際に起きた過酷な現実が生々しく描く園から見たら、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の原発や東日本大震災に対する描き方は薄っぺらで、ユルすぎる。我慢ならなかったのだろう。
園だけでなく、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の震災や原発への描き方について批判するのは、生物学者の福岡伸一は、3.11を下敷きにしている『君の名は。』の展開について、「ならば、なおさらタイムスリップによって過去を変え“みんな助かった”ことにすることが、3・11へのオマージュになるんだろうか?」と疑問を呈している。
まさに正論だと思うが、いまの日本社会では、何かを見せているようでいて、むしろ、本当に見なければならないものを隠している描写こそが「押し付けがましくないリアルな描写」として評価され、それに異を唱える意見はそれこそ、今回の園子温のように「イデオロギーに凝り固まったいちゃもん」「中二病の発症」として排除されてしまう。
11.12. LITERA(抜粋)

『根本的な勘違い』過去の終わった悲劇ではなく、いよいよ、これから本格化するフクシマの核事故
タイムスリップによって過去の致命的悲劇を変える『君の名は。』の展開は論外で、到底3・11へのオマージュどころか『安易な暗喩』にさえなっていない。(なぜ3.11から5年目に大ヒットしたかの謎ですが、たぶん無意識の逃避行動か『精神的な退行』であろうと思われる)
ところが、放射能の暴走を全面凍結して止めようとする『シン・ゴジラ』の方は今の東京電力や経産省(エネルギー庁)が福島第一原発1~4号基で行っているのですから、『比喩』(たとえ話)どころか、まさに『現在進行中』の『生々し過ぎる』現実ですよ。
しかも一応は原子力科学者(専門家)の集団である原子力規制委員会の『安全が担保されていない』との強硬な反対意見を押し切って、強引に進めているのですから怖ろしい。
今後、『何が、起きるか』の予想が、今の日本ではまったく誰にも分からないのである。
リテラ編集部は根本的な勘違いをしているが、6年前の2011年の3・11(フクシマの核事故)は第二次世界大戦のヒロシマのような過去の『終わった悲劇』ではなく6年が経過して、いよいよ、これから本格化するのである。(映画『シン・ゴジラ』では早々に首相とか有力者が姿を消して、到底最高責任者の器ではない超小物が日本政府を任されるが、今の日本の現実とそっくり『瓜二つ』なので私たちとしては笑うしかない)

『日本国の政府と二人三脚のシン・ゴジラ』
映画『シン・ゴジラ』の最終場面近くでは、3・11(フクシマの核事故)当時のテレビニュースで取り上げらた4号基燃料プールへの冷却水抽入に使ったコンクリート搬送機(通称『キリン』)が多数登場していたが、当時の管直人首相などの日本政府や原子力安全員会、アメリカの核規制委員会(NRC)のグレゴリー・ヤツコ委員長が一番心配していたのは(一番危険だと思われていた)のは定期点検中で核燃料の全量が青天井の燃料プールに保管していた4号基だった。
4号基の燃料プールがメルトダウンすると日本国の面積では3分の1、人口では2分の1が放射能で汚染される危険性があったらしい。
映画『シン・ゴジラ』では350万人の避難とあるが、現実には一桁以上大きい人数の避難が必要だったのである。(9月15日の北朝鮮のミサイルが津軽海峡の上空の宇宙空間を飛んだ時に日本政府が出した北海道から長野県までの12道県のJアラートの意味なく異様に広すぎる範囲とぴったり一致している)
『もう、目の前に『非常事態宣言』(準戒厳令)が迫っているのか、・・・』
この映画『シン・ゴジラ』の撮影では自衛隊(日本政府)の全面的な協力で撮影されたと言われているが、確かに戦車とか戦闘ヘリがCGでは無くて実写映像が使われていて、迫力満点。興行の成功にも一役買っている。
(何と安倍総理の懐刀の羽生田官房副長官自身が、映画の宣伝を行っていたと前川元文科省事務次官が証言しているので、それが本当なら政府と二人三脚でのプロモーションでの成功なので、モリ加計以上のベッタリ状態だった。)
映画のエンディング場面ですが、凍っているだけでゴジラは決して死んでいないので映画会社は何時でも『シン・ゴジラ』の続編が作れるような終わり方で、この部分とは、正に今の東京電力の福島第一原発の現状とピッタリ一致すると考えても少しも飛躍ではないであろう。
★注、
東電ですがメルトダウンして大爆発した6年前と同じで、メルトスルーでほぼ空っぽだと分かってる原子炉圧力容器内に今でも大量の冷却水を抽入し続けて、その結果として大量の汚染水をタンクに貯めている。(マスコミが喧伝する地下水云々は、間違った結論に誘導する赤いニシン)
ところが、何とも困った話だが『崩壊熱』では、原子炉の冷却水は説明がまったく付かないのである。(6年前は『崩壊熱だ』と説明していた)
それなら、福島第一原発の地下の大量の核燃デブリが今も臨界し続けているか、それとも臨界して大爆発することを東電や政府が恐れて冷却していると考えないと辻褄がまったく合わないが、何れが正解でも日本が『終わっている』(目の前に『非常事態宣言』(準戒厳令)が迫っていて、もう避けれない)事実には変わりがない。
<転載終了>
昨年大ヒットを記録した映画『シン・ゴジラ』が地上波で初めて放送される。
庵野秀明や樋口真嗣が脚本、監督で80億円を超える興収を記録。商業的成功だけではなく「第90回キネマ旬報ベスト・テン」の第2位や脚本賞など評論家からも高い評価を得た。
昨年に大ヒットを記録した『君の名は。』と『シン・ゴジラ』の二作品は3.11という共通点がある。
物語自体が東日本大震災に対するリアクションとなっている。
『シン・ゴジラ』と『君の名は。』について評論家が語る際には、当然それらの描写に対する言及が多くなされ、ほとんどは肯定的な意見が語られたのだが、そういった傾向に対して異議を突きつけた映画監督がいた。
映画『ヒミズ』や『希望の国』で、真っ正面から震災や原発事故を描こうとした園子温監督はツイッターに〈二度と怪獣映画のリメイクごときで現代の311を語るな、クズども〉といった文章を連続で投稿し、安易なエンタメで東日本大震災を消化しようとする日本社会の傾向に警鐘を鳴らし、「イデオロギーに凝り固まったいちゃもん」「中二病の発症」と総攻撃を受ける。
しかし、園の言葉は、イデオロギーとか自意識とかを超えた、いまの映画、いやすべての文化状況の本質をつく。
あなたは『シン・ゴジラ』をどう見るだろうか?
園子温監督が『シン・ゴジラ』と『君の名は。』に共通する東日本大震災の描き方に我慢ならなかったのは当然ともいえるのだ。
『シン・ゴジラ』では、ゴジラは遺棄された原発の放射性廃棄物に順応して生まれた怪獣という設定、第二形態のゴジラが陸上してきたときに東日本大震災を想起させる大津波が日本に押し寄せる。
しかし、それらはあくまで観客のリアルな記憶を喚起するための仕掛けにすぎず、東日本大震災と原発について何かを語っているように見えて、実は何も語ってはいない。
『君の名は。』も同様で、観客に震災や福島原発を思い起こさせるディテールがあちこちに散りばめられているが、それはファンタジー的な予定調和の結末に回収されてしまう。
園監督は震災や原発を「安易な暗喩」にしたてることなく、『ヒミズ』(2012年1月公開)、『希望の国』(同年10月公開)で真っ正面から向き合った。
「被災地への冒涜」?薄まってるものばかりが評価される日本
妊娠中に原発事故でノイローゼになって防護服で街を歩き周囲から白い目で見られる家族。行方不明の両親を探すため瓦礫の街へ入っていくカップル。認知症の妻と牛たちを抱え避難区域からの強制退去を命じられ妻や牛とともに心中する酪農家など、実際に起きた過酷な現実が生々しく描く園から見たら、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の原発や東日本大震災に対する描き方は薄っぺらで、ユルすぎる。我慢ならなかったのだろう。
園だけでなく、『シン・ゴジラ』や『君の名は。』の震災や原発への描き方について批判するのは、生物学者の福岡伸一は、3.11を下敷きにしている『君の名は。』の展開について、「ならば、なおさらタイムスリップによって過去を変え“みんな助かった”ことにすることが、3・11へのオマージュになるんだろうか?」と疑問を呈している。
まさに正論だと思うが、いまの日本社会では、何かを見せているようでいて、むしろ、本当に見なければならないものを隠している描写こそが「押し付けがましくないリアルな描写」として評価され、それに異を唱える意見はそれこそ、今回の園子温のように「イデオロギーに凝り固まったいちゃもん」「中二病の発症」として排除されてしまう。
11.12. LITERA(抜粋)

『根本的な勘違い』過去の終わった悲劇ではなく、いよいよ、これから本格化するフクシマの核事故
タイムスリップによって過去の致命的悲劇を変える『君の名は。』の展開は論外で、到底3・11へのオマージュどころか『安易な暗喩』にさえなっていない。(なぜ3.11から5年目に大ヒットしたかの謎ですが、たぶん無意識の逃避行動か『精神的な退行』であろうと思われる)
ところが、放射能の暴走を全面凍結して止めようとする『シン・ゴジラ』の方は今の東京電力や経産省(エネルギー庁)が福島第一原発1~4号基で行っているのですから、『比喩』(たとえ話)どころか、まさに『現在進行中』の『生々し過ぎる』現実ですよ。
しかも一応は原子力科学者(専門家)の集団である原子力規制委員会の『安全が担保されていない』との強硬な反対意見を押し切って、強引に進めているのですから怖ろしい。
今後、『何が、起きるか』の予想が、今の日本ではまったく誰にも分からないのである。
リテラ編集部は根本的な勘違いをしているが、6年前の2011年の3・11(フクシマの核事故)は第二次世界大戦のヒロシマのような過去の『終わった悲劇』ではなく6年が経過して、いよいよ、これから本格化するのである。(映画『シン・ゴジラ』では早々に首相とか有力者が姿を消して、到底最高責任者の器ではない超小物が日本政府を任されるが、今の日本の現実とそっくり『瓜二つ』なので私たちとしては笑うしかない)

『日本国の政府と二人三脚のシン・ゴジラ』
映画『シン・ゴジラ』の最終場面近くでは、3・11(フクシマの核事故)当時のテレビニュースで取り上げらた4号基燃料プールへの冷却水抽入に使ったコンクリート搬送機(通称『キリン』)が多数登場していたが、当時の管直人首相などの日本政府や原子力安全員会、アメリカの核規制委員会(NRC)のグレゴリー・ヤツコ委員長が一番心配していたのは(一番危険だと思われていた)のは定期点検中で核燃料の全量が青天井の燃料プールに保管していた4号基だった。
4号基の燃料プールがメルトダウンすると日本国の面積では3分の1、人口では2分の1が放射能で汚染される危険性があったらしい。
映画『シン・ゴジラ』では350万人の避難とあるが、現実には一桁以上大きい人数の避難が必要だったのである。(9月15日の北朝鮮のミサイルが津軽海峡の上空の宇宙空間を飛んだ時に日本政府が出した北海道から長野県までの12道県のJアラートの意味なく異様に広すぎる範囲とぴったり一致している)
『もう、目の前に『非常事態宣言』(準戒厳令)が迫っているのか、・・・』
この映画『シン・ゴジラ』の撮影では自衛隊(日本政府)の全面的な協力で撮影されたと言われているが、確かに戦車とか戦闘ヘリがCGでは無くて実写映像が使われていて、迫力満点。興行の成功にも一役買っている。
(何と安倍総理の懐刀の羽生田官房副長官自身が、映画の宣伝を行っていたと前川元文科省事務次官が証言しているので、それが本当なら政府と二人三脚でのプロモーションでの成功なので、モリ加計以上のベッタリ状態だった。)
映画のエンディング場面ですが、凍っているだけでゴジラは決して死んでいないので映画会社は何時でも『シン・ゴジラ』の続編が作れるような終わり方で、この部分とは、正に今の東京電力の福島第一原発の現状とピッタリ一致すると考えても少しも飛躍ではないであろう。
★注、
東電ですがメルトダウンして大爆発した6年前と同じで、メルトスルーでほぼ空っぽだと分かってる原子炉圧力容器内に今でも大量の冷却水を抽入し続けて、その結果として大量の汚染水をタンクに貯めている。(マスコミが喧伝する地下水云々は、間違った結論に誘導する赤いニシン)
ところが、何とも困った話だが『崩壊熱』では、原子炉の冷却水は説明がまったく付かないのである。(6年前は『崩壊熱だ』と説明していた)
それなら、福島第一原発の地下の大量の核燃デブリが今も臨界し続けているか、それとも臨界して大爆発することを東電や政府が恐れて冷却していると考えないと辻褄がまったく合わないが、何れが正解でも日本が『終わっている』(目の前に『非常事態宣言』(準戒厳令)が迫っていて、もう避けれない)事実には変わりがない。
<転載終了>
294の封印された起訴状が連邦裁判所から出された。それらはワシントンDCとハリウッドで作動する高レベルの小児愛者達に対してである。これはアメリカ史上前例のない、最大の不愉快なオペレーションである。