逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/a8437584e3fd5676cd67c43750fea9c6
【靖国神社考】靖国神社の由来と歴史について
<転載開始>

https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/a8437584e3fd5676cd67c43750fea9c6
【靖国神社考】靖国神社の由来と歴史について
<転載開始>

【iRONNA発】『靖国神社 「天皇御親拝ゼロ」の衝撃 島田裕巳氏』2019.3.25 産経デジタル
靖国神社が揺れている。
天皇代替わり後の今年6月に創建150年を迎えるが、平成の時代は陛下の御親拝が一度もないまま幕を閉じる可能性が高い。これは靖国の存立にかかわる危機である。なぜこうなったのか。
◇
天皇自らが神社に参拝することは「親拝(しんぱい)」と呼ばれるが、平成の時代には、一度も親拝が行われなかった。平成が終わる4月の末までに親拝が行われる可能性はゼロに等しい。
戦没者の慰霊のための天皇親拝が、靖国神社にとって最も重要な事柄である。
それが果たされなくなったことは、二代続けて宮司が任期途中で交代した事態とは比較にならないほど重大事である。
首相の靖国参拝もずっと問題になってきたが、親拝に比較すれば本来それほど重要なことではない。
平成の時代に宗教をめぐって起こった重大な、そして深刻な事態は、その著しい衰退である。
各宗教団体の信者数は、文化庁が毎年刊行している『宗教年鑑』に掲載される。信者数は、あくまでそれぞれの団体が申告した数で「自称」ということになるが、それだけを追っても、宗教の衰退ぶりは激しい。
靖国神社が揺れている。
天皇代替わり後の今年6月に創建150年を迎えるが、平成の時代は陛下の御親拝が一度もないまま幕を閉じる可能性が高い。これは靖国の存立にかかわる危機である。なぜこうなったのか。
◇
天皇自らが神社に参拝することは「親拝(しんぱい)」と呼ばれるが、平成の時代には、一度も親拝が行われなかった。平成が終わる4月の末までに親拝が行われる可能性はゼロに等しい。
戦没者の慰霊のための天皇親拝が、靖国神社にとって最も重要な事柄である。
それが果たされなくなったことは、二代続けて宮司が任期途中で交代した事態とは比較にならないほど重大事である。
首相の靖国参拝もずっと問題になってきたが、親拝に比較すれば本来それほど重要なことではない。
平成の時代に宗教をめぐって起こった重大な、そして深刻な事態は、その著しい衰退である。
各宗教団体の信者数は、文化庁が毎年刊行している『宗教年鑑』に掲載される。信者数は、あくまでそれぞれの団体が申告した数で「自称」ということになるが、それだけを追っても、宗教の衰退ぶりは激しい。
宗教の衰退
神道系と仏教系を足せば、平成の間に3千万人が減少した。
もっとも、氏子として神道系に数えられると同時に檀家(だんか)として仏教系に数えられる人間も少なくないので、実際の減少数はもっと少ない。
だが、2千万人以上減少していることは間違いないことであり、日本人全体の5分の1程度が信仰から離れたことを意味する。これは、あまりに急激な変化である。
靖国神社の場合、その影響を受けるだけではなく、固有の事情もある。
靖国では、戦没者を英霊として祀(まつ)っているが、先の大戦が終わってから、74年が過ぎようとしている。参拝者の中には、戦没者の遺族が膨大な数に含まれたわけだが、今や遺族の多くは他界している。
戦没者の遺族が亡くなるということは、靖国神社に肉親が祀られているために参拝する人の数が大幅に減少することを意味する。
それは、靖国神社の存在意義を曖昧なものにすることに結びつく。
「陛下は靖国を潰そうとしている」などと発言して宮司の職を退くことになった小堀邦夫氏は、『靖国神社宮司、退任始末』という小冊子を出している。
そこには靖国の神職たちが、創建150年のための派手な事業には熱心でも、肝心な戦没者を祀るという行為には必ずしも誠実ではない実態がつづられている。
小堀氏は、伊勢神宮に禰宜(ねぎ)として奉職していた経験があり、伊勢神宮についての著作もある人物である。
伊勢神宮では、その性格上、神を祀るということに厳しい態度で臨む。
そうした立場からすれば、単立の宗教法人としての靖国神社の運営や、そこに奉職する神職のあり方は、相当に弛緩(しかん)したものに映ったのだろう。
もちろん、『退任始末』につづられたことは小堀氏の個人的な見解であり、新しい宮司をはじめ、神職からは反論もあるに違いない。だが、現状をかんがみるに靖国の存在意義が薄れ、将来に対して大きな不安を抱えていることは間違いないだろう。
靖国の「非宗教化」
戦前の靖国神社は、内務省や、陸軍海軍両省が共同で管理する国の機関だった。
その点で、靖国のあり方は国が決定した。
しかし、戦後は民間の一宗教法人となった。しかも、その特殊な性格から、神社本庁には包括されなかった。それは、靖国のあり方は、神社側が決められるということを意味する。
国の機関であった靖国神社が民間の機関になったことに最大の問題があり、また矛盾がある。
靖国の国家護持の運動が盛り上がりを見せたとき、それを実現するには「非宗教化」が必要だとされた。内閣法制局も、非宗教化には何が必要か、具体的な指針も示した。
靖国神社のことを国民全体で考え、その上で将来の方向性を定めるには、改めて非宗教化によって国の機関に戻す道を模索する必要もあるのではないだろうか。
◇
島田裕巳しまだ・ひろみ 宗教学者、作家。昭和28年、東京都生まれ。東大大学院人文科学研究科博士課程修了(宗教学専攻)。日本女子大教授などを経て、文筆業に入る。著書に『葬式は、要らない』(幻冬舎)など多数。近著に『教養としての宗教学』(日本評論社)。
3月25日 産経新聞
◇オピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」とは
「iRONNA(いろんな)」(ironna.jp)は、オンライン、オフラインの世界に散らばるさまざまな意見、解説などをまとめ、ユーザーに寄稿や議論の場を提供する総合オピニオンサイトです。
「iRONNA」では、国内の各出版社等と提携することによって可能になった豊富な雑誌記事や論文を掲載、著名ブロガーのブログ、産経新聞論説委員やユーザー等による寄稿など、「オピニオン・解説」に絞った多彩なコンテンツを掲載します。
これまで雑誌のみに掲載され、オンライン上では読むことができなかった記事・論文をはじめ、「ここでしか見ることができない」コンテンツも多数掲載。政治・経済・国際情勢から生活、スポーツ、文化に至るまで、多角的な視野から日本・日本人にとって関心が高い問題に関する複数の分析、解説、意見を提供していきます。
また、著名雑誌の編集者らが交代で務める「当番編集長」や、iRONNA編集部が選んだ議論の焦点を毎日、「今日のテーマ」としてピックアップ。それぞれのテーマを多面的に理解するのに十分なコンテンツや背景の情報などをわかりやすくまとめ、視点を提供するとともにより深く考える素材を提供します。
産経デジタル
本当は恐ろしい、『神殺しの日本』の隠された歴史
日本の古代史や宗教に造詣が深いに「知の巨人」 梅原猛さんが2019年1月14日に93歳で死去したが、元々日本にあった古来からの神々は王政復古(明治維新)の廃仏毀釈で殺され、明治時代に新しく創られた『国家神道』の神は第二次世界大戦の敗戦後アメリカ(GHQ)によって殺される。その結果、日本は無道徳無節操な国家が出来上がったと、『神殺しの日本』で喝破した。
(グローバルスタンダード「世界基準」では、そもそも『道徳』とは哲学や宗教と一体不可分。一つのコインの裏表の関係にあるので、アメリカなど欧米先進国でも『宗教心が無い』とは自動的に世間からは『道徳心も無い』と見做される)
ニーチェの『神は死んだ』の言葉は有名だが、ドスエフスキーの『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』などは宗教小説である事実が、一神教(宗教と道徳の一体性)が多くの日本人では出来ないのである。(老婆を殺害したラスコリニコフの心理が理解出来ない)
近代日本において神殺しは二度にわたって行われた。近代日本が最初にとった宗教政策(廃仏毀釈 はいぶつきしやく)が一度目の神殺しであった。
伝統的な神仏をすべて殺した後に天皇(現人神 あらひとがみ)の先祖神としてのアマテラスオオミカミ(伊勢神宮)を頂点とする新しい神々のヒエラルキーを確立する。
明治以前の伊勢神宮には歴代天皇は誰も参拝していない。(なぜか宮中には伊勢神宮のアマテラスを祀っていないし、日本書紀の記述でも伊勢ではなく出雲の方が天皇家と親和性がある)
その意味では靖国神社(軍事神社)だけでは無く、『大日本帝国』の天皇の先祖神としての伊勢神宮(国家神道の最高権威)もまた明治以降に新しく作られた新興宗教だったのである。
★注、
世界基準では宗教と道徳は一体不可分、同じものだが、明治以前の日本では伊勢神宮のお参りの『聖』と古市遊郭の女郎買いの『俗』とが一体構造だったのですから150年前の王政復古(明治維新)の前と後では名前は同じ『伊勢神宮』でも中身は別物だった。
『松永宮司のA級戦犯合祀後、昭和天皇が一度も参拝しない靖国神社』
大日本帝国を滅亡させた戦犯の合祀は1945年の敗戦終結後、1978年まで行われていなかった。
ところが、『東京裁判の歴史観を否定しない限り日本の精神復興はない』との信念で 当時、絶大な権限を持っていた靖国神社宮司の松永永芳によって秘密裏に行われたが、翌年にマスコミのスクープ記事として露見し、それ以後昭和天皇の靖国参拝が中止されて。今上天皇も一度も参拝していない。
松永宮司がA級戦犯を合祀した結果、それ以後日本政府関係者の靖国詣は、『東京裁判を否定する』として内外からの反発を招いている。(1978年までは天皇も靖国に度々参拝していたし、中国韓国など外国も何も文句を言わなかった)
★注、
今回の産経新聞の【iRONNA発】『靖国神社 「天皇御親拝ゼロ」の衝撃 島田裕巳氏』(2019.3.25)の意味ですが、『お前はもう死んでいる』の決め台詞で有名な(大ヒットした)漫画『北斗の拳』のケンシロウの一撃必殺の『経絡秘孔』とほぼ同じだった。天皇参拝こそが意味があり、首相の公式参拝などは、タコ抜きのたこ焼とか餡子の無いどら焼きと同じ紛い物。矢張り、今回頭が空っぽで目が節穴の低能ネットウヨの機関紙的な産経新聞が報道したことの意味は限りなく大きいと思われる。
<転載終了>
神道系と仏教系を足せば、平成の間に3千万人が減少した。
もっとも、氏子として神道系に数えられると同時に檀家(だんか)として仏教系に数えられる人間も少なくないので、実際の減少数はもっと少ない。
だが、2千万人以上減少していることは間違いないことであり、日本人全体の5分の1程度が信仰から離れたことを意味する。これは、あまりに急激な変化である。
靖国神社の場合、その影響を受けるだけではなく、固有の事情もある。
靖国では、戦没者を英霊として祀(まつ)っているが、先の大戦が終わってから、74年が過ぎようとしている。参拝者の中には、戦没者の遺族が膨大な数に含まれたわけだが、今や遺族の多くは他界している。
戦没者の遺族が亡くなるということは、靖国神社に肉親が祀られているために参拝する人の数が大幅に減少することを意味する。
それは、靖国神社の存在意義を曖昧なものにすることに結びつく。
「陛下は靖国を潰そうとしている」などと発言して宮司の職を退くことになった小堀邦夫氏は、『靖国神社宮司、退任始末』という小冊子を出している。
そこには靖国の神職たちが、創建150年のための派手な事業には熱心でも、肝心な戦没者を祀るという行為には必ずしも誠実ではない実態がつづられている。
小堀氏は、伊勢神宮に禰宜(ねぎ)として奉職していた経験があり、伊勢神宮についての著作もある人物である。
伊勢神宮では、その性格上、神を祀るということに厳しい態度で臨む。
そうした立場からすれば、単立の宗教法人としての靖国神社の運営や、そこに奉職する神職のあり方は、相当に弛緩(しかん)したものに映ったのだろう。
もちろん、『退任始末』につづられたことは小堀氏の個人的な見解であり、新しい宮司をはじめ、神職からは反論もあるに違いない。だが、現状をかんがみるに靖国の存在意義が薄れ、将来に対して大きな不安を抱えていることは間違いないだろう。
靖国の「非宗教化」
戦前の靖国神社は、内務省や、陸軍海軍両省が共同で管理する国の機関だった。
その点で、靖国のあり方は国が決定した。
しかし、戦後は民間の一宗教法人となった。しかも、その特殊な性格から、神社本庁には包括されなかった。それは、靖国のあり方は、神社側が決められるということを意味する。
国の機関であった靖国神社が民間の機関になったことに最大の問題があり、また矛盾がある。
靖国の国家護持の運動が盛り上がりを見せたとき、それを実現するには「非宗教化」が必要だとされた。内閣法制局も、非宗教化には何が必要か、具体的な指針も示した。
靖国神社のことを国民全体で考え、その上で将来の方向性を定めるには、改めて非宗教化によって国の機関に戻す道を模索する必要もあるのではないだろうか。
◇
島田裕巳しまだ・ひろみ 宗教学者、作家。昭和28年、東京都生まれ。東大大学院人文科学研究科博士課程修了(宗教学専攻)。日本女子大教授などを経て、文筆業に入る。著書に『葬式は、要らない』(幻冬舎)など多数。近著に『教養としての宗教学』(日本評論社)。
3月25日 産経新聞
◇オピニオンサイト「iRONNA(いろんな)」とは
「iRONNA(いろんな)」(ironna.jp)は、オンライン、オフラインの世界に散らばるさまざまな意見、解説などをまとめ、ユーザーに寄稿や議論の場を提供する総合オピニオンサイトです。
「iRONNA」では、国内の各出版社等と提携することによって可能になった豊富な雑誌記事や論文を掲載、著名ブロガーのブログ、産経新聞論説委員やユーザー等による寄稿など、「オピニオン・解説」に絞った多彩なコンテンツを掲載します。
これまで雑誌のみに掲載され、オンライン上では読むことができなかった記事・論文をはじめ、「ここでしか見ることができない」コンテンツも多数掲載。政治・経済・国際情勢から生活、スポーツ、文化に至るまで、多角的な視野から日本・日本人にとって関心が高い問題に関する複数の分析、解説、意見を提供していきます。
また、著名雑誌の編集者らが交代で務める「当番編集長」や、iRONNA編集部が選んだ議論の焦点を毎日、「今日のテーマ」としてピックアップ。それぞれのテーマを多面的に理解するのに十分なコンテンツや背景の情報などをわかりやすくまとめ、視点を提供するとともにより深く考える素材を提供します。
産経デジタル
本当は恐ろしい、『神殺しの日本』の隠された歴史
日本の古代史や宗教に造詣が深いに「知の巨人」 梅原猛さんが2019年1月14日に93歳で死去したが、元々日本にあった古来からの神々は王政復古(明治維新)の廃仏毀釈で殺され、明治時代に新しく創られた『国家神道』の神は第二次世界大戦の敗戦後アメリカ(GHQ)によって殺される。その結果、日本は無道徳無節操な国家が出来上がったと、『神殺しの日本』で喝破した。
(グローバルスタンダード「世界基準」では、そもそも『道徳』とは哲学や宗教と一体不可分。一つのコインの裏表の関係にあるので、アメリカなど欧米先進国でも『宗教心が無い』とは自動的に世間からは『道徳心も無い』と見做される)
ニーチェの『神は死んだ』の言葉は有名だが、ドスエフスキーの『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』などは宗教小説である事実が、一神教(宗教と道徳の一体性)が多くの日本人では出来ないのである。(老婆を殺害したラスコリニコフの心理が理解出来ない)
近代日本において神殺しは二度にわたって行われた。近代日本が最初にとった宗教政策(廃仏毀釈 はいぶつきしやく)が一度目の神殺しであった。
伝統的な神仏をすべて殺した後に天皇(現人神 あらひとがみ)の先祖神としてのアマテラスオオミカミ(伊勢神宮)を頂点とする新しい神々のヒエラルキーを確立する。
明治以前の伊勢神宮には歴代天皇は誰も参拝していない。(なぜか宮中には伊勢神宮のアマテラスを祀っていないし、日本書紀の記述でも伊勢ではなく出雲の方が天皇家と親和性がある)
その意味では靖国神社(軍事神社)だけでは無く、『大日本帝国』の天皇の先祖神としての伊勢神宮(国家神道の最高権威)もまた明治以降に新しく作られた新興宗教だったのである。
★注、
世界基準では宗教と道徳は一体不可分、同じものだが、明治以前の日本では伊勢神宮のお参りの『聖』と古市遊郭の女郎買いの『俗』とが一体構造だったのですから150年前の王政復古(明治維新)の前と後では名前は同じ『伊勢神宮』でも中身は別物だった。
『松永宮司のA級戦犯合祀後、昭和天皇が一度も参拝しない靖国神社』
大日本帝国を滅亡させた戦犯の合祀は1945年の敗戦終結後、1978年まで行われていなかった。
ところが、『東京裁判の歴史観を否定しない限り日本の精神復興はない』との信念で 当時、絶大な権限を持っていた靖国神社宮司の松永永芳によって秘密裏に行われたが、翌年にマスコミのスクープ記事として露見し、それ以後昭和天皇の靖国参拝が中止されて。今上天皇も一度も参拝していない。
松永宮司がA級戦犯を合祀した結果、それ以後日本政府関係者の靖国詣は、『東京裁判を否定する』として内外からの反発を招いている。(1978年までは天皇も靖国に度々参拝していたし、中国韓国など外国も何も文句を言わなかった)
★注、
今回の産経新聞の【iRONNA発】『靖国神社 「天皇御親拝ゼロ」の衝撃 島田裕巳氏』(2019.3.25)の意味ですが、『お前はもう死んでいる』の決め台詞で有名な(大ヒットした)漫画『北斗の拳』のケンシロウの一撃必殺の『経絡秘孔』とほぼ同じだった。天皇参拝こそが意味があり、首相の公式参拝などは、タコ抜きのたこ焼とか餡子の無いどら焼きと同じ紛い物。矢張り、今回頭が空っぽで目が節穴の低能ネットウヨの機関紙的な産経新聞が報道したことの意味は限りなく大きいと思われる。
<転載終了>
genkimaru1
が
しました