逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/34a639e7b5c9f0f3b16a91501874e67a<転載開始>
アメリカ軍傭兵組織ISIS(イスラム国)も真っ青、狂気の破壊的カルト宗教
2020年(令和2年)10月14日の防衛省命第九号の第二条によれば、1年も前の2019年11月29日に死んでいる中曽根康弘の遺体を入れた棺桶が存在していて、その棺を警護する自衛隊員の儀仗兵たちが弔銃(捧げ銃 ささげつつ、英語: Present arms)の行うというのですから不気味である。(★注、1年前の中曽根康弘の葬式で火葬された棺桶は、今の政府自民党によれば「空っぽの棺だった」と言いたいのだろうか?)
2020年10月17日 16:47
政府と自民党による中曽根元首相の合同葬が、きょう17日、都内であった。
故人の評価はさておき、血税を投じて営まれるのだから、国民目線で合同葬のもようを伝える必要があると考え、葬儀会場に向かった。
会場の入り口にズラリと並んだ自衛隊員。ざっと数えて200人はいた。タカ派で鳴らした故人は天国で微笑んでいることだろう。=17日、港区内のホテル 撮影:田中龍作=
「押すなよ。絶対、押すなよ!」ダチョウ倶楽部の定番ギャグ
この田中龍作の久々のスクープ写真に対する町山智浩のナチの国葬写真(多分、ロンメル将軍)だけの投稿に対するツイートを紹介すると、
国葬じゃないはずなのに。
《お願い》
ヤベェ、絵がまったく同じだ。
似すぎてて怖い
ところが、肝心のフリージャーナリスト田中龍作のツイート欄の読者諸氏のコメントでは「《お願い》 無断転載は著作権法違反です。お控えください。 写真には田中龍作の生活と記者生命がかかっています。」の言葉を丸々田中龍作の本音だと解釈して、ツイートしていた当該写真の削除に動いているのですから恐ろしい。
客観的な科学論文で最優先されるのは著作権の保護云々ではなく、どれだけ多く他に引用されるかが値打ち
マスコミが主張する新聞記事とか報道写真の著作権ですが、小説家や漫画家などの著作権は「個人の、オリジナルな創造物」(フィクション)だから生じるのですから、諸刃の剣というか藪蛇というか実に不可解な代物。実はマスコミが自分の新聞記事や写真を「これは真実ではなくフィクション(脳内の虚構、妄想)である」と言っているのと五十歩百歩なのである。(★注、自分の実績になるので科学者の論文は「引用」を何よりも喜ぶが、丸ごとコピペの場合には引用元も示すのがマナー)
マスコミではなくネットで活躍するフリージャーナリストを標榜する田中龍作の場合、どれだけ多くの人々にリツイートされるかが命なのですから、「《お願い》 無断転載は著作権法違反です。お控えください。 写真には田中龍作の生活と記者生命がかかっています。」の言葉が丸々田中龍作の本音だとすればの完全に「終わり」。自分自身に対する死刑宣告に等しいのである。
普通の知性や常識がある大人の解釈ならダチョウ俱楽部の定番ギャグ「押すなよ。絶対に押すなよ!」の真似だが、しかし、この場合には田中龍作の本音である可能性が高いと思われる。(★注、この1億円の国費を使った中曽根康弘の不可解な1年遅れ2度目の葬式ですが、テレビも新聞も同じで何故か全員が怖がって入れ実態を報道しなかったのですから恐ろしい。もちろん田中龍作も同じ態度で問題の数百人規模の自衛隊員が整列している写真以外「謎の葬式」の実態を何も書いていない)
田中龍作《お願い》 は、至急「拡散希望」と解釈。大人の常識や知性があれば誰でも例外なく自衛隊の写真をすぐさまリツイートする。
能は鎮魂の芸能。だからこそ中曽根元首相の合同葬には反対。死者を悼む気持ちは大事だが1年近くも前に亡くなった方の葬儀に多額の費用を使い、国立大学に理不尽な命令を出すなどということは言語道断。それは鎮魂ではなくただの見栄に感じる。やるならば悼意を以て静かに、ひそかにすべきであろう。しかも、一水会@issuikai_jpさんがツイートされているように、この日は神嘗祭。師匠の故・鏑木岑男は宮司でもあったので、祭礼の前には葬儀には出なかった。墓の近くを通った日には塩で身を清めた。本当に日本を愛するならば、重要な祭儀と葬儀を同日にするはずがない。<転載終了>