ナカムラクリニックさんのサイトより
https://note.com/nakamuraclinic/n/n16b8e64bbe09
<転載開始>

以前、續池さん主催のオフ会に参加したことを書いた。
参加者は7人だけ。しかしその7人は、皆、ツイッターで数千人のフォロワーを持つインフルエンサーだ。
日本で今どういう問題が起こっていて、どうヤバいのか。皆、問題意識を共有しているから、話が早い。打てば響くような反応の早さが、実に心地よかった。
オフ会はこれぐらいの少人数が一番いい。十人以上とか変に多すぎると、場が割れて、一体感が薄れてしまうと思う。

参加者のひとりに、張雲さんがいた。張雲さんは整体師である。某県に自分の整体院を開業し、かれこれ二十年になる。
僕は常々、整体師とか鍼灸師という職業に対して、深い敬意を抱いている。医者が治せない患者の「ケツ持ち」を担っているのは、彼らだと思うから。だいたい医者は薬の作用だとか病気の分類だとか、つまらない知識で頭でっかちなだけで、実際の患者にはほとんど触れたことがない。病人の体の何たるかを一番よく知っているのは、医者よりも彼らのほうである。体調不良を訴える人の筋肉がどのように固いのか、まら、どういうふうにすると固さがやわらぐのか。細かい流儀の違いはあるだろうが、それぞれの理論があり、西洋医学よりも結果を出している。たとえ改善がいまいちだったとしても、少なくとも、彼らは病人に害を与えることがない。この点、西洋医学が薬害をまき散らしているのと対照的で、「まず害をなすなかれ」を実践している治療家という意味で、彼らこそ、むしろ「医者」と呼ばれるにふさわしい。
だから、ああいうオフ会の場に参加すると、医者ということで皆さん変に僕を立ててくれるんだけど、いや、そういうの要らないから(^^;医者なんて全然偉いもんじゃないです。

食事がひと段落し、あれこれの雑談をしているときに、ふと續池さんが「張雲さん、行氣法やってよ」とリクエストした。張雲さん、これに応えて「やりましょうか。では皆さん、姿勢を正して、目を閉じて」と、急にプロの顔になる。
「皆さん、左右の手をこのように、ボールをやわらかく包むように構えます。そして、手が呼吸しているイメージをしてください。手が息を吸って、息を吐きます。息は手首を超えません。手の中にとどまります」
そんな具合に、僕も張雲さんの指示に従って、実際にやってみた。残念ながら、僕の手からは何も出なかった。氣とかイメージの力とか、あまり信じてないせいかもしれない。
しかし驚いたことがある。張雲さんは僕の左隣に座っていたのだが、僕が目を閉じて、出ない氣をうんうん出そうとしていたときに、左肩を強く押される感覚があった。あまりにも強く押されるものだから、「目を閉じて」という禁を破って、目を開けて左を見ると、不思議なことに、肩には何も触れていない。ただ、左側にいる張雲さんが行氣法をしているだけだった。

張雲さん「どうぞ、私の手に、手を近づけてみてください」近づけると、ジンジンとしびれるような、不思議な感覚がある。明らかに、体温ではない。他人の手の温かさを感じる距離ではないから。温度でも湿度でも風でもなく、恐らく物理的に計測できない何かが、確かにある。これが氣か、と思った。
「行氣法やってるとき、左肩をどんと押されるような感覚がありましたけど、あれ、何ですか?」「氣は手からだけではなく、体からも出ています。パーソナルスペースって言葉がありますけど、あれは視覚的な距離だけではなくて、氣とか見えない要素も含めて成り立つものです。たとえば私が施術をしているとき、同じ部屋に犬や猫がいれば、ほぼ確実に寝ます。場の波動に共振して、穏やかになるんですね」

目には見えない。でも、確かに、ある。
僕は興味を持った。世に整体師と名乗る人は数多くいるだろうが、このように、氣を施術に活用している人はそれほどいないのではないか。機会があれば、一度張雲さんの施術を受けてみたい。そう思っていた。そして、今日、ついにその機会を得た。

ベッドに仰向けになった。張雲さん、僕の足に触れ、開口一番に言ったのが、
「あ、この足は肩ですね。足だけど、肩です。どんどん大きくなっている肩ですね。日本の将来が乗るくらいの肩です。負荷に耐えるために、今、こうして大きくなっているんですね。
今後、否応なくいろいろなことに巻き込まれていくと思います。その実感はありますか?」
普段の僕なら謙遜して「いやいや、滅相もない」なんて言うところ、不思議と素直に「はい、あります」と答えた。この人には全部お見通しなんだから、卑屈も謙遜もいらないや、と思って。

最初に足裏をほぐしてもらっているうちに、すぐに眠くなってきた。ときどき「足を上げてください」とか「横になってください」と姿勢の転換を促され、そのせいで目が覚める。でも施術中、ずっと眠くて、うつ伏せになって背中を触れてもらっているとき、ついに完全に寝落ちした。その後のことは覚えていない(笑)

施術後、「疲れてないつもりかもしれませんが、かなり疲労がたまっていますね。毎日よく眠れていると思っているかもしれませんが、実はあまり眠れていません。それで氣が巡ると眠くなるんですね」と言われた。
そう、施術後の眠気がずっと続いていて、何なら今も猛烈に眠いです(笑)
もともと「特にこの持病に困ってる」というのがないので、それに対して効いたかどうかは言えないけど、ただ、氣は、とにかく心地よかった。ストレスとか疲労回復にはすごく効くんじゃないかな。

氣を活用する整体として、ざっと二大流派がある。野口整体と井本整体である。両者には似通ったところもあれば、違うところもあるようだ。ちなみに張雲さんが修めたのは井本整体だ。
「じゃ、井本整体を勉強した人はみんな、張雲さんぐらい氣を使いこなせるんですか?」
「いえ、そういうわけではありません。なかにはそもそも氣の存在を信じていない人さえいます。形だけの整体。それでもまぁ、効くことは効くんですが」
「こんな氣の施術を受けたこと自体が初めてで、というか氣を出せる人を見ることさえ初めてなんですけど、なんというか、張雲さんって、どれくらいすごいんですか?いや、おかしな質問してるな。つまり、こういう経験が初めてなので、張雲さんを相対的に位置づけることができないんですね。張雲さんよりもっとすごい、氣の達人みたいな人っているんですか?」
「整体師の訓練生だったときに、同じ訓練仲間の女性にすごい人がいた。仲間同士で施術をやりあうんですが、後にも先にもあの人ほどうまい人を見たことがない」
「その人、どうしてるんですか?そんな技術があれば、今頃大繁盛してたりして」
「いや、そういううまい人ほど、店とかやらずに、家庭で主婦をしてたりします。手作りな感じの施術で、大量生産って感じじゃないんです。数をこなすには不向きなんですね。それに本人は、身近な人だけを救えればそれで充分、と思ってたりします」

すごい才能があるのに、もったいない話だね。でも、張雲さんにもそういうところがあって、たとえば張雲さんの整体院は、ネットで一切宣伝していない。開業して20年、すでに多くのお客さんがいて、そういう人たちを大事にしたいと思っている。
単なるマッサージではない、この氣を活用した張雲さんの施術が広く知られるところになれば、客が殺到することは間違いない。でも「大儲けできるぞ」とはならない。「そんなことになればやばい。大事なものを失ってしまう」と張雲さんは思っている。
こんな具合に、本物はなかなか表に出て来ないのよ。



<転載終了>