【地球丸ごと救いたい】ゆたかブログさんのサイトより
https://yutakasakurazawa.blog.fc2.com/blog-entry-2149.html
<転載開始>
「コロナ脳批判は分断工作だ!」

最近ツイッターでよく見かける言葉です。

そうではなくて、ただ悔しさを吐き出しているだけだと私は思います。

リアルで理解者が1人もいない人の気持ちが分かりますか?

家でも職場でも、コロナ脳しかいない人のツラさが分かりますか?

「リアルでは周囲のみんながコロナ脳ばかりで、話せる人がいないんです…」

「マスクもワクチンも拒否してる自分は、周囲から孤立しています…」

こんなメールが結構来ます。

家にも職場にも居場所が無いそうです。

コロナ脳からバカにされている人も結構多いのです。

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↑コロナ脳は多数派が正しいと思っているからね。

そういう悔しい思いをしている人たちが唯一話せる場がSNS。

それを「分断工作だ!」などと言われたら、彼らの吐き出せる場が無くなってしまいます…

リアルで必死に我慢しているのに、SNSでも我慢させてしまったら、心が壊れてしまいます。

中には心が病んでしまう人もいるでしょう。

そもそも悪いのはコロナ脳の方でしょ。

何も考えずに、調べもせずに、テレビを鵜呑みにしているだけなのだから。

批判されて当然の人たちなのだから。

そんなコロナ脳への配慮よりも、リアルで虐げられている目覚めてる側の人の配慮の方が大切だと私は思います。




3回目のワクチンを打ってヒドイ副作用が出たコロナ脳の人が、初めてワクチンに疑問を持ったそうです。

「2回目の接種の副作用もヒドかったが、3回目はもっとヒドい… コロナワクチンはおかしい… これは本当にワクチンなのだろうか…」と。

そう思って反ワクの人のツイートを読んで、目覚めたそうです。

「そうだったのか!」と。

「テレビに騙されていたのか!」と。

テレビだけを観ていた人が、目覚めるキッカケになったのが反ワクのツイートなんです。

このようにプラス面もあるのです。

批判の全てが悪いわけではないのです。




私はこれまでにスピやデマ屋のウソをたくさん暴いてきました。

そのせいでたくさんの仲間を失いましたが、中には「目覚めました! ありがとう!」と言ってくる人も結構います。

私は分断ではなくて啓蒙をしているだけです。

分断を恐れていたら、間違いを正す人がいなくなってしまいます。

これは危険なことなんです。

全てはバランスです。

コロナ脳への配慮も必要かも知れませんが、コロナ脳への批判も『適量』あっていいと私は思います。

マイナス面だけに意識を向けるから、プラス面が見えなくなってしまうのです。

陰陽一体の法則☯に気付いてない人が善悪二元論レベルなんです。

SNSだけではありませんが、何かが良くて、何かが悪いという善悪二元論が画一的になる根源なんです。

これも同調圧力や思想統一の一種です。

日本は今共産主義へと向かっています。

世界は全体主義へと向かっています。

つまり言論の自由の無い世界へ向かっているのです。

工作員なのはむしろSNSで言論の自由を奪う人なのではないかとさえ感じます。

「コロナ脳批判は分断だ!」という、一見正論を言う人は怪しいと感じます…

プロの工作員は誤誘導が巧いからね。

でも所詮はただの善悪二元論なので、自分の頭でよく考える人には通じないけどね(笑)




宇宙の真理を1つ書いておきましょう。

宇宙は1つの大きな意識体なんです。

その宇宙も成長しているのです。

成長に必要なのが分離。

分離して、成長して、統合をする法則があるのです。

こうやって大きくなっていくのです。

つまり、成長のためには分離が必要なのです。

分離をして学び、また統合をして大きくなっていくのです。

この繰り返しなんです。

だから分離を恐れていたら成長が止まってしまうのです。

地球レベルで考えないで下さい。

現在レベルだけで考えないで下さい。

普遍的、永続的、俯瞰的な意識レベルで考えないと、ただの善悪二元論になってしまうのです。

まとめると

●成長には分離が必要

●分離をして統合をすることで、より大きく成長することが出来る

これが宇宙の真理です。

だから分離を恐れる必要は無いのです。

分離は統合と成長のために必要な過程なのだから。




別れてから気付くこともあるでしょ?

たとえば、恋人や夫婦や友だちなど。

別れてから相手の大切さやありがたみに気付くことも多いはずです。

一緒にいる時には見えなかったものが見えてくるからです。

別れてみないと、分からないことはたくさんあるのです。

親もそうですよね。

親元を離れて独立してから、親のありがたみに気付きます。

一緒にいる時には不満ばかりに目が行ってしまいがちですが、離れてから見えてくるものも多いはずです。

一緒にいる時=近視眼

離れる=俯瞰的視点

こういう事なんです。

相手のありがたみは、近すぎると見えないものなんです。

離れてからでないと見えないことは、たくさんあるのです。

実際、ずっと親と暮らしている人は親の悪口ばかり言ってる人が多いです。

でも親から離れて暮らしている人は、親を大切にしている人が多いです。

離れたことで、心の距離が近付いたからです。

つまり物理的に離れると、心の距離が近付くことも多いのです。

だから分断=悪というのは、ただの善悪二元論なんです。

そんな大雑把な話ではないのです。

分断=気付きと成長のための学びとして見ることも大切なのです。

その後に、より深く心が統合出来るのだから。

そろそろ善悪二元論から卒業しましょう。

その善悪二元論が真の分断なのだから。

たしかに分断目的の分断工作はただの悪意ですが、そうでないのなら多少の寛容さがあっていいと私は思います。

善悪二元論のままでは、成長も統合も出来ないのだから。

<転載終了>