https://ameblo.jp/knest-kitano/entry-12802480702.html
<転載開始>
『 奇跡の実現 』
~ 欲望を捨てれば、不可能が可能になる ~
プロローグ
幸福になる道、
それは 『 自分が幸福になった 』 と思うことから
【 真理はシンプルなもの 】
われわれの人類社会、あるいは宇宙の構成のすべては単純な形をとっている。
そして質素ではあるが、大きなエネルギーの調和がとれている。
真理は自然に存在するものであって、人間のつくれるものではない。
人間社会に悩みが多いのは、真理を理解していない人間が多いためであろう。
真理とは何か。
人間が生きるための真理、それは幼児に見ることができる。
幼児は自分に必要なもの以外を求めることはない。
しかし、大人は自分の必要な物の一〇倍、一〇〇倍を求めようとする。
そしてそれがかなわぬ時、自分は不幸だ、さびしいと嘆く。
一人の赤ちゃんがこの世に生れ出る時、天はその人が一生に必要なものすべてを与える約束をしている。
この世に生れ出た以上、その人の分相応に必要なものは、一生の間、自分についてまわることになっている。
自分が必要以上に求める時、不満と不平がわいてくるのである。
それは自分に必要のないものを欲しているからである。
宇宙には不満も不平もない。
星が不平を言ったことも聞かないし、風が不満を言うこともない。
川も水も、ただ黙々と流れに従って遠い旅をしている。
木の葉や草に棲む虫も、ただ、せっせと働いている。
一向に不平らしい様子は見せない。
なぜ人間だけが不平、不満を言うのであろうか。
それは他の動物や自然現象にない問題(愛情問題、食糧問題、対人関係等々)を、人間だけにあるとする考え方から生じるのであろうが、それも所詮、個人が必要以上の欲望を持つからである。
生まれた時、人はすべて同じように丸裸であった。
今はそれに衣服をまとっている。
そして食事ができて、生きている。
それ以上の望みを欲してどうなるのだろうか。
年をとれば必ず死んでいく。
その時何を未来へ持っていけるのか。
持っていくものは何一つとしてない。
自分の肉体すら捨てていかねばならないのである。
子供のために財を残したいと思う人もあろう。
しかし、その子供はそれによって本当の幸福が得られるだろうか。
子供にとって余分なものは迷惑となり、不幸となる。
その子供にとっても、必要なものだけでよいのではないだろうか。
今の世には、欲望が特に激しく、そのために他人を不幸にしてまで財を築いた人がいる。
そのような人の子孫はどのようになったであろうか。
自己の欲望のために、他人のものを横取りすることから、周辺に不平、不満が起きてくる。
大会社の社長には、社員および大衆に幸福を分け与えなければならないという重責がある。
地位を利用して、自己満足を得るための社長であってはならない。
世の中は複雑だという人がいる。
しかしそれは、その人自身の心が単純でないからそのように思うだけである。
単純な世の中を、その人達がややこしくしているのである。
会社においては、上司に対して心にもないオベンチャラを言う。
年末、年始や中元のつけとどけ等を義理でしている人が多い。
本当に世話になったお礼であれば、どれほどしてもよい。
ただ、習慣的に、義理にでもしなければ上司に悪くされて困るからと、いやいやながら持ってゆく者もいるだろうし、中には恨みのこもった贈物もあるだろう。
また人間社会には裏があるから、心を殺してそれをやっておかないと、自分が出世できないと思い込んでいる人もいる。
このように、ひねくれた、裏街道ばかりに目標をおいて出世した人々が社会のリーダーとなった時、この世は複雑なものとなる。
そしてまた次代にも伝わっていく。
コンピューターは、0と1の数字しか理解できない。
0と1という、ものが有るか無いかだけの最も単純な考え方によって、人間が一年もかかるような計算を数秒間でやってしまう。
これはコンピューターの構造がシンプルになったためである。
だから、コンピューターは迷うことなく計算を遂行していく。
人間の世界も、有か無かの二種類だけしかない。
明るいところと暗いところの差は、光があるかないかの違いであり、健康と病気、生と死、また会うも別れも、これらのすべてが有か無かだけで説明できるものである。
人間には、有か無しかないと思えば、考え方がシンプルになる。
その中間はあり得ないのだから考えなくてもよい。
望んでも自分のものにすることのできないものは、自分には不必要なものと思えば欲望も消えていく。
また、いくら努力しても思いが達せられないことがあれば、それは自分には無関係なことであると思い切ってしまうようにする。
そして、自分の実行できることだけが自分のすべきことであると思い、それに全力を注入すればよい。
この世は水の流れのように、なるようにしかなっていかないと思えば、悩みも迷いも消え去っていく。
初版発行:1994年11月25日
10版発行:1995年11月20日
著者:政木和三
発行者:松元淳
発行所:産能大学出版部
東京都世田谷区等々力 6-39-15
印刷:倉敷印刷
製本:豊文社
ISBN 4-382-05260-2
© 1994 Printed in Japan
政木先生とのご縁の始まりは、
令和元年七月一日に他界しました昭和五年生まれの私の実父が小学生時代の頃より電気のイロハを教わり、
(実際に、電気ギター制作等々、様々な電気技術のご教授を、家族ぐるみのご近所付き合いの中で個人的に無償で賜ったそうです)
その後、御晩年には、政木先生の素晴らしいご発明品の集大成のひとつとして
“世のため、人々のため”に御余生をかけ陰徳にご尽力なさいました
超強力 神経波磁力線発生器
(改名機器、インパルス磁力線、そして、Mリング。すべての御販売は㈲政木研究所、㈲ケントにて)
の製造に至るまで、数々のお仕事をお世話頂き、
政木先生がお亡くなりになる最後の最後まで、私も含め家族ぐるみのお付き合いを賜わり、
今も尚、心の底よりとても尊敬し、感謝している恩師・師匠です。
政木和三先生の廃刊御著書
『 奇跡の実現 』
~ 欲望を捨てれば、不可能が可能になる ~
を現状のブログデザインに合わせて
掲載させて頂いております。
政木先生の御教えである
『目先の欲望を捨て去り、世のため、人々のために尽力せよ!』
との仰せを引き続き継承するため、
今後も少しずつではありますが、
何度も何度も繰り返す、日々の心の学びの礎として、
政木先生の御教えのすべてをこれからも紹介させて頂きますので、
皆様には引き続きのお付き合いの程、
何卒、宜しくお願い申し上げます。
深謝
m(__)m
<転載終了>
私は人類の一部は宇宙に進出するだろうと思っています。そう思えない人は
この教えはとてもしっくりくると思います。待ってください。少し違います。
私が申し上げたいのは宇宙に進出するだろうと思っている私以外の人はどう
考えているのだろうと。欲望ギラギラの果てに宇宙に行きそこで戦争する?
そんなことは私はありえないと思います。逆にここで述べられている思考が
当たり前な社会常識が広がっているのだろうと思うのです。
理由は単純でそうでなければ宇宙では生き残れません。わがまま勝手が通る
世界ではありませんので。過去の厳しい生活では獣や他者との闘争など様々
な危険を押しのけて生き残りました。結果、我々が居ます。
誰かの言うように地球が牢獄であるならここで滅び繰り返すのかもですが。
宇宙ではこの識者の言われるように自分との戦いに勝ち残れない人は自滅を
します。環境が異なれば意識は変わります。肉体すら変えねばなりません。
(長くなりますので略)
ひょっとするとわがまま勝手が通る時代は、今、この瞬間だけなのかもです。
genkimaru1
が
しました