https://news.livedoor.com/article/detail/25271767/
<転載開始>
〈爆撃の音が響く中、居場所のない多くの人たちが、道路で過ごしています。道端で横になったり、歩き回るほかなく、多くの人が泣いています。道を歩いていると、水が欲しい、お金が欲しいと訴えられますが、何もできません〉

そう語ったのは、ガザで避難生活を送るパレスチナ人男性だ。
数日前までは、人々は何とかして生きたい、生き延びたいと考えていた。しかし今は違うようだ。
〈人々は手のひらに名前を書いています。遺体確認の際に身元がわかるように。ここでは誰もがいつも死を覚悟しています〉
この声は、日本のNGO「パレスチナ子どものキャンペーン」の元に、ガザの現地スタッフであるハリール氏から届いたものだ。
“死ぬのを待っている”
「ハリールのメッセージからうかがえるのは聞いていられないくらいの窮状。現地の状況は“極限”なのだと思います」
と語気を強めるのは、同団体のエルサレム事務所代表・手島正之氏だ。
「ラファ検問所から人道支援物資が入ってきていますが、そんなの欲しくないよと人々は言っているそうです。もちろん物資は必要ですが、それより空爆をやめてくれと。日を追うごとに爆撃は激しくなり、恐怖で何もできないとのメッセージがありました」
その3日ほど前までは、「これはひどいね」「どうやってここを立て直していこう」――互いにこんなやり取りをしていたという人たちが、
「今は誰もしゃべらなくなったそうです。死が迫っているのを皆が感じていて、“明日は俺かもしれない”“次はお前だよね”。そういうことしか言わなくなった。生きる希望が失われ、彼自身も“死ぬのを待っている”と言っています」
ハリール氏は数日前、給水に行くとき、昔の友人に会ったという。
「お互い生きているとは思わなかったそうで、“久しぶり”と感動の再会をした。その後、別れて水をくんで帰ろうとしたら、先ほどの場所に爆撃があった。その友人は亡くなったそうです」
ガザは今、本当に死と隣り合わせの街となっている。
ホロコースト以来の…
パレスチナ自治区・ガザを実効支配しているイスラム組織・ハマスが突如、イスラエルをロケット弾で攻撃。殺りくと拉致に手を染めたのは10月7日のことだった。
「攻撃の背景には、ガザ地区の住民にたまってきていた自分たちへの不満を外に向けたいという狙いがあったと思います」
とは、現代イスラム研究センターの宮田律理事長である。
「ハマスがガザを支配して16年たちますが、住民の暮らしは一向に改善されない。不満が高まる中、求心力を高めたいという意図があった。また、アラブの盟主であるサウジアラビアがイスラエルとの国交正常化に動いていた。それを阻止したいという意向も大きかったのでしょう」
このテロで出た死者は1400名以上。これはイスラエルにとって、半世紀前の第4次中東戦争以来最も多い犠牲者数だ。ナチスによるホロコースト以来の衝撃に遭遇して即座に反撃。ここまで空爆によるガザ地区での死者が5千人を超えているのは先に述べたとおりだ。
「19日のメッセージを最後に…」
ガザは福岡市ほどの広さに220万人が暮らす、世界有数の人口密集地。周りはイスラエルによって高さ8メートルの壁に囲まれ、移動や物流が制限されている。常に監視下に置かれ、「天井のない監獄」と言われているが、その封鎖された空間に爆弾を浴びせているのだから、阿鼻叫喚の事態を招いているのは当然なのである。
「現地パートナー団体のスタッフ、ウィサムさんからは折に触れ、安否を知らせる連絡が来ていました」
と言うのは、NGO「日本国際ボランティアセンター(JVC)」のパレスチナ事業現地調整員・大澤みずほ氏である。
直近の内容は以下のものだったという。
〈空爆による恐怖が子どもたちに襲いかかるたびに、私たちは死を感じています。近くで空爆があり、外の通りから大勢の人々の「次はうちが空爆される!!」という叫び声が聞こえ、恐怖に泣き叫ぶ子どもたちを抱きしめて建物の下の階に降りました〉
〈8時間も通りに座り込み、その間もずっと子どもたちは叫んでいました。その後、上の階に戻りましたが、恐怖はおさまりません。私たちはどうしたらいいのかわかりません。通りにいた方がいいのか、上の階に戻ることが正しいのかもわかりません。私たちはただ毎日、翌朝生きて目覚めることだけを願っています〉
しかし、
「この10月19日のメッセージを最後に彼女からの連絡は途絶えてしまっています」(大澤氏)
「寝るときも足の震えが止まらない」
やはりパレスチナで活動するNGO「パルシック」。この東京本部にも、ガザ現地駐在員たちから悲痛なメッセージが届いている。
その中の一人である女性スタッフはこう述べている。
〈家にはもうパンはありません。かろうじて残っているツナ、卵、豆の缶詰、キュウリで食いつないでいます〉
〈大学生の次女は恐怖で寝るときも足の震えが止まらず、コントロールできない状態です。中学生の長男も常に恐怖でおびえ、寝るときにも飛びついてきます〉
〈家族みんなで誰か死んだらどうするかを話し合っていた。家はどうするか、家財はどうするか〉
「助けられるはずの命が…」
現代ニッポンと比して、ガザでは想像を絶する世界が広がるが、実は9千キロも離れた地でのこの戦争は「対岸の火事」とは言い切れない。少数ながら、壁の中には日本人も滞在し、ガザの住民と同じ光景を目の当たりにしている。
「避難所はまさに地獄のような状態になっています」
そうガザからの国際電話で訴えるのは、「国境なき医師団」のスタッフ・白根麻衣子さんである。白根さんがガザでの医療支援プロジェクトに従事したのはこの5月から。彼女が言う。
「水も電気も燃料もすべての供給が止まり、飲み水を探すのにも手一杯。もちろんお風呂もシャワーも入れません。避難民のキャンプでは何千人に1基のトイレしかなく、そのトイレも水不足で流れなくなり、衛生状態の悪化が深刻です。空爆は無秩序で、24時間どこでも落としてくる。医療機関も機能しなくなり、また機能したとしても、人手不足のために助けられるはずの命が次々と失われていきます」
「安全な場所などひとつもない」
現在、白根さんはガザ南部に避難しているという。
「空爆が始まった7日は、夜中に爆撃音で目が覚めました。慌てて窓の外を見ると無数のミサイルが飛んでいた。地下室に避難し、そこで3日間を過ごしました」
イスラエルによって南部への退避勧告が出た後は、
「日本人を含む他のスタッフと一緒に、最低限のものを入れたリュックひとつだけを持って、着の身着のまま車で避難しました。避難場所も転々とし、今は南部のある施設の敷地内で野宿をしています。コンクリートの上で、マットレスや毛布を敷いて寝、食料はパンや缶詰ですが、それも現地のスタッフが外を探し回って買ってきてくださったものです。避難している方々からは会う度に“診てくれ”と懇願されるのですが、医療器具を持ってきていないのでそれもできず、本当に心苦しい思いをしています」
逃げろと言われても逃げる場所がない――これがガザの現状で、
「どこも避難民で溢れてしまい、しかも空爆が続く。安全な場所などひとつもありません。逼迫(ひっぱく)した状況です。それは子どもであろうと妊婦さんであろうとお年寄りであろうと一緒。守られるべき人すら守られていないのが今のガザなのです」
保育器の中の新生児も命の危機に
現地に残る日本人の中には、日本赤十字社のスタッフもいる。同社は医療支援でガザの病院に日本人職員を派遣している。現在、職員は病院とは別の場所に避難しているというが、同社に聞くと、安全は確認されているとした上で、
「“どこにも逃げ場がない”“停戦合意はされたのか。戦争はいつ終わるのか”との声が届きます。停戦を手伝ってほしいとも切実に訴えられます」
派遣先の病院の環境も厳しい。
「安全な場所を求めてきた人々が押し掛け、一時、院内に8千名の避難民がいる状況でした。電力の供給が停止しており、現在は発電機に頼っていますが、保育器の中の新生児や酸素吸入の高齢患者、透析患者も命の危機に陥っています。下水処理場5カ所のうち4カ所が停止中で、排水処理も機能せず感染症まん延のリスクも出始めています」
一言で言えば、すべてが“限界”に達しているのだ。
「地上戦が始まれば…」
イスラエルはハマスの殲滅(せんめつ)を狙い、今後、ガザへ地上戦を仕掛けることを検討している。
軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏によれば、
「地上戦では、イスラエル軍は戦車を中心に歩兵が侵入。建物の中や地下トンネルに潜むハマスのメンバーを隈なく探し、潰していくことになる。一方のハマスもロケットランチャーなどの武器で徹底的に抵抗するはずです。そもそも、ハマス軍事部門の戦闘員は家族を空爆で殺された者が多い。反イスラエルの意識は非常に強いのです」
となれば、その帰結は、
「地上戦が始まれば、凄惨な市街戦となり、死者の数は桁がひとつ上がっていく」
「監獄」から「地獄」となったガザの悲劇は、まだまだ終わりを見せそうにないのである。
「週刊新潮」2023年11月2日号 掲載
<転載終了>

ハマスやパレスチナも同様です。悪いのは一部の人間です。
イスラエル人でもガザの虐殺に反対している人が多いです。
しかし「イスラエル」と表現してしまうと国家全体まで含まれてしまいます。
これは、分断対立工作の手法の一つです。
細かい事件を起こしてわざと主語を大きくし報道するのです。
そうすると対象が拡大され、小さい火種が一気に大炎上します。
genkimaru1
が
しました