本山よろず屋本舗さんのサイトより
http://motoyama.world.coocan.jp/
<転載開始>
 私は最近、本がスムーズに読めなくなった気がします。
 読み始めると、すぐにあくびが出て眠くなってしまうのです。それでもこらえて読み続けると、我慢の限界が来て、うとうとと居眠りを始めてしまいます。
 以前は、少々分厚い本でも1日で読みきっていたのですが、最近は数日かけても読み終わらない感じです。
 やっぱり歳をとって集中力がなくなったのかなあ・・・、と思ったりしていました。

 ところが、『天を味方につける生き方』(山納銀之輔著、ヒカルランド)を読んだときは、全然違いました。
 話が面白くて、夢中になってあっという間に読んでしまいました。
 普通の本に比べて文字数が少ないという点もありますが、とにかく話が面白くて夢中になってしまったのです。
 本を読んでいる最中に、「あれっ、あと半分しかない、もっと読みたいのに・・・」という感覚におそわれました。こんなことは今までなかったことです。
 たしかに歳をとって集中力が落ちたこともありますが、結局のところ腹の底から面白いと感じる本に出会っていなかったということだと思います。

 今回は、そんな私が夢中で読んだ山納銀之輔(さんのうぎんのすけ)さんの本から抜粋して紹介させていただこうと思います。
 いろいろと気づく点があったのですが、まず「食」に関する話題から取り上げたいと思います。

 銀之輔さんがアメリカのサンタフェで現地の先住民のお宅にホームステイしたときの話です。
 夕食に出てきたのが、なんとトウモロコシ6粒だったといいます。もちろん何の調理もしていない、自然に自生しているトウコロコシから採ったばかりの粒です。
 銀之輔さんはエコビレッジ・ビルダーという体力勝負のガテン系の仕事をしているだけあって、たくましい体つきの人です。そんな成人男性に、夕食として6粒のトウコロコシを出して、「夕食だ、食え!」という神経は(日本に住んでいる限り)ちょっと信じがたいものがあります。
 銀之輔さんも、これが本当に夕食だったら脱走だ! と思ったそうです。

 では、衝撃的なトウモロコシ6粒の夕食の話です。


 ・・・<『天を味方につける生き方』、p122~p126から抜粋開始>・・・
 6粒のトウモロコシ

 ここで衝撃的な出来事がありました。
 ホームステイするところが、何とアメリカ先住民の村だったんです。
 さっきの写真のように草がちょっとだけ生えている砂漠地帯に、トウモロコシが2本だけ生えていました。そのドライフラワー売り場で売っているような小さなかたいトウモロコシをむしって、6粒俺に見せるんです。「きれいだね」と言ったら「食え」と言う。「生で?」と思うよね。カチカチです。「いいから食え」と言われて、まさかこれがきょうの晩飯じゃないよね(笑)。着いた日にこれだったら、すぐに脱走だよと思ったら、まさかの晩飯だった。味つけも何もない。「いいから食ってみろ」というんです。
 それを1粒口に入れた瞬間に、栄養ドリンクを10本飲んだぐらいグワーッとなった。
 「何これ?」
 胃で消化して、腸から吸収されてないですよ。口に入れた瞬間です。
 これが生命エネルギーなんだなと思いました。
 結局、ビタミンとか栄養学とか関係なくて、枯れた大地ですごいエネルギーを吸い取って生き延びた2本のトウモロコシ、それが本当の真実のエネルギーなんです。このアメリカ先住民の村の人たちは、みんなすごくタフで元気で健康です。だってこれを食べているんだもんね。すご過ぎて、結局は6粒も食えなかったです。
 そこの村で2週間暮らしました。病院も薬局もないのに、寝たきり老人は1人もいない。怪我もすぐに治るし、誰も病気にならない。俺が日本で今までやってきたことは、一体何だったんだろう。
 俺はその頃、マクロビオティックというのをやっていたんです。きっとこうあるべきだ、こうじゃなくちゃいけないの塊だったんでしょうね。体が喜ぶのではなくて、こうやっているから俺は幸せでいられるんだという安心を脳で食べていました。
 でもこの村に行って、それが完全にままごとだったと気づくんです。だってみんな、すごく元気で幸せそうなんだもん。
 結局、この人たちが食べていたのは、今、世界でスーパーフードと呼ばれている、セレブが食べているやつだったんです。彼らは知っていたんだよね。

 聖地で起きた全自動の奇跡

 アメリカ先住民の人は働いてないんですよ。たまにサンタフェで、日曜日にゴザを広げてアクセサリーを売っている人はいますが、俺が行ったところはその必要がなかったんです。なんで毎日、食べ物が手に入るのか。聖地があるんです。
 砂漠の中にちょっとした丘みたいなところがあって、同じ気候なのになぜかそこだけ緑がある。森になっていて、そこに入ったら、見えない線があって「あっ、聖地だ」とわかる場所がある。そこに行くと、その日食べる分が絶対に手に入る。ウサギとか、シカが捕れるときもある。いろいろなものが絶対に手に入るんです。神様がいるからとか、魔法使いの長老がいるからとかじゃなくて、当た前のように普通にそうなっている。
 ある日、出産があって、出血多量でお母さんが死にそうになったんですね。病院はないし、助産婦さんもいないから、ヤバいぞとなった。そのときに、「行くぞ」と男たちが言うので、俺もついていったら、聖域に入ったところの小道に鹿があらわれて、頭をうなだれるんです。捷毛が長くて二重瞼で可愛いなと俺は思ったけど、「授かった」と言って平気で狩るんです。お礼を言って、感謝をして、そのお母さんは生き延びるんです。
 これはスゲエなと思いました。でも、アメリカ先住民だけがそんな特殊能力を持っているはずがない。ほかにもそういう人がいるんじゃないかと後からいろいろ考えたら、アボリジニもそうだし、ミャンマーのシャン族とか、ピグミー族とか、パプアニューギニアにもいるし、そういう少数民族はいっぱいいます。いつからどの境目でその能力がなくなるのか。もっと調べたいという欲求から、いまだに世界中を回っていますけど、本当にすごいのは「全自動」なんです。

 なんのためにいっぱい貯め込むのか

 アルバカーキでは最高の2週間を過ごしました。
 アメリカ先住民の人たちにお世話になったから、「お礼にいいことを教えるよ。トウモロコシ、小さいじゃない。俺は自然農というのを日本で教えているから、どうやったらいっぱい大きいのが育つか教えたいんだよね」と通訳の人に言ったら、「本当にそれを言うの」と言われた。
 「教えたいよ、お礼だから」と言うと、「じゃ、一応、言っておくよ」
 通訳の人が「こういうふうに畑を耕したら、野菜がいっぱいできるとあの日本人が言っているよ」と言うと、「そんなこと、とっくに知っているよ。耕したら、空気が入ってバクテリアがふえて野菜がデカくなるんだろ?」
 学校も本もないところで、よく知っているなとびっくりして、
 「じゃ、何でやらないの」
 「じゃ、逆に聞くけど、何で日本人は必要以上のものを取ろうとするんだい。おまえは俺たちと2週間暮らして、一回も食べ物に困らなかったろう。ちゃんとおいしいものを毎日食えたのに、何でそれ以上のものを欲しがるんだい」
 何にも言えなくなったね。そういえば、何でだっけと思った。この人たちが、何ででっかくする必要があるのと俺も思った。全然お礼にもなってないよね。それを7世代前から習っているから、7世代後までそれを伝えなきゃならない。
 「もし耕したら、でっかくなる。でも、今年はそうだとしても、来年は大地のエネルギーがなくなって採れなくなるんだよ。そのときどうするんだよ」と言われたんです。
 日本人はそこで、多分お金を使うでしょうね。それをやらなかったから、この人たちはお金が必要ないんです。
 何のためにいっぱいため込むのか、何のために余計なものを手に入れる必要があるのか、大きな間違いがあることをここで俺は学びました。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 すごいです!
 大の男が、夕食にトウモロコシ6粒が量が多すぎて食べきれなかったというのですから!
 トウモロコシ1粒を口に入れた瞬間、「栄養ドリンクを10本飲んだぐらいグワーッとなった」というのですから、消化器系を通してエネルギーを身体に摂り入れたわけではないことは確かです。
 トウモロコシの粒に含まれた何か、大地のエネルギーのようなものが銀之輔さんの身体を満たしたということでしょう。
 不食の人は空気中のプラーナを体内に摂り入れているという話を聞いたことがありますが、これはプラーナなのでしょうか。それとも私の知らない大地のエネルギーのようなものでしょうか。
 私はぜひ、このトウモロコシの粒を食べてみたいと思いました。

 銀之輔さんによると、このトウモロコシの粒よりもっとエネルギーに満ちた食べ物があったそうです。
 銀之輔さんがホームレスとなり、森の中で寝泊りしていたときの話です。


 ・・・<『天を味方につける生き方』、p176~p177から抜粋開始>・・・

 乙事主(おつことぬし)の魂を授かる

 狩猟採集生活の中で、イノシシもさばけるようになりました。
 もののけ姫の「乙事主」みたいな、とてつもなくでっかいイノシシが山にいるんですよ。何を食べているのというぐらい衝撃的に大きいのがいる。食うものがないから、そういうでっかいイノシシを一度さばく羽目になりました。
 ものすごい恐怖です。生と死の向き合い。怖いもののない俺だからいけたけど、向こうも命がけなので、やられる人もいる。新聞に年に1回ぐらい、イノシシに殺された人のことが載っているけど、「多分、こいつだな、犯人」と思うぐらいデカかった。
 俺は銃とかは使わないから、槍で心臓を刺す。普通は10分ぐらいで出血多量で死にます。
 だけど乙事主は、しばらくしたら、キョトンと治っちゃった。「こいつ、生き延びたんだ」と思った。だけどここまで怪我をさせたから、やっぱり責任をとって向き合おうと思って、一回抜いて、もう一回刺しました。そうしたら今度は、全く暴れずにジーッと俺の目を見る。そこから15分間見詰め合った。絶対に目を離せない。「この野郎、俺を殺しやがって」という目で見ると思うでしょう。恨みとか恐れはありません。死ぬのが怖いとも思ってない。
 ジーッと俺の目を見て何を訴えるかというと、「俺の命をおまえに託したぞ。あとは頼んだぞ」という目をするんです。15分間、死ぬまでずっと、1秒も目を離さない。そして、死んだなとわかるんです。
 死んだ後、まだ温かいうちにさばくんですね。そうしたら見たことのないゼリー状の泡がありました。何だろうと思ったら、これが1回目の心臓の穴を塞いでいた。生命力が強いんです。野生に帰ったら病気にならないのがわかる。人間も相当強くなります。
 そのときのイノシシは、アメリカ先住民の村のトウモロコシよりももっとすごいエネルギーだった。一口、口に入れた瞬間に、まだ飲み込んでないのにブワーッとなる。魂があるとしたら、この人間のボディの形を完全に超えています。そのときに完全にイノシシの魂を授かったと思いました。それから元気に生きて、今あれから9年たっていますが、ピンピンしています。すごいでしょう。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 そうでしょう、そうでしょう!
 そんなトウモロコシやイノシシを食べている銀之輔さんは、超健康体に違いありません。

 今でこそ健康そうな銀之輔さんですが、日本で青年実業家として名を馳せていた頃、3年間で8回も十二指腸潰瘍になったことがあったそうです。
 日本人は世界でもトップクラスの長寿国と言われていますが、欧米と比べて健康に動ける寿命と言われる健康寿命は短いといいます。日本では施設に入居している寝たきり老人が300万人いると聞いて驚いてしまいました。自宅で寝たきりになっている人を含めれば、さらにその数は増えるそうです。
 それは、ちょっと具合が悪いと市販の薬を飲み、もうちょっと悪くなると病院に行くという日本人の典型的な生活スタイルも関係していると私は思うのです。
 その辺を銀之輔さんは指摘しています。


 ・・・<『天を味方につける生き方』、p195~p196から抜粋開始>・・・

 病院と薬局が病気をつくっている!?

 「じゃ病院はどうするのよ」とみんな言いますが、代替医療です。インドの奥地の人は5000年前からアーユルヴェーダ、中国は4000年の歴史の鍼灸、そういうのがいっぱいある。
 ギリシャのサントリーニ島は午後3時で仕事が終わりなんです。そこのじいちゃんは家に帰って、わざわざカッコいいスーツにピシッと着がえて、杖をついてパスタを食べに行く。ワインを飲みながらパスタを食べるのが日課なんです。その島は病院も薬局もありません。だけど10人にひとりが100歳を超えていて、寝たきり老人はいません。毎日パスタとワインなんですよ。
 日本人は、どこか間違っていませんか。毎日おしゃれして、好きなものを食って、ワインを飲んで、ばあちゃんをナンパしている人だらけの島が、元気な長寿の地です。日本は「これを食ったらいい」、「こうしなきゃダメだ」、「こうあるべきだ」が多過ぎます。
 この後、俺は中国の巴馬(バーマ)というところに行きました。でっかい川がある村で、ガソリンも何もないところで、馬で農耕している民族です。そこは世界5大長寿村のひとつで、元気な高齢者が世界一多いといわれている村です。100歳超えても山や畑や手仕事など現役で働いている。巴馬では120歳を超えている人もいますが、寝たきり老人はいません。病院も薬局もない。
 ということは、病院と薬局が病気をつくっているんじゃないの。アメリカ先住民の村にもなかったもの。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 銀之輔さん、あんたは正しい!
 そうです、病院と薬局が病気をつくっているに違いありません!
 だから日本人は、薬漬け、病院漬けで不健康になり、欧米より寝たきり老人が多いのでしょう。

 最後に、銀之輔さんの食に関する総括を見てみましょう。
 銀之輔さんがアフリカのタンザニアで、45日間のエコビレッジ作りに従事していたときの話です。


 ・・・<『天を味方につける生き方』、p82~p88から抜粋開始>・・・

 3月20日 食べ物の話 Part 1

 村から街に戻ってきて、日本からのお土産のカップラーメンをみんなで食べた。うんまくて懐かしくて嬉しかった。これ考えた人って天才!
 そして同時に、俺たちがどれだけ研ぎ澄まされていたかが良くわかった。
 食べた後、突然ぼんやりして体がだるくなり、全員が眠くなった。
 たぶん化学調味料のせい。原材料名に書いてある(アミノ酸等)。
 俺たちは自然界にある恵みだけを食べて45日間暮らしてきた。マサイ族ほどでは無いけど、身体が研ぎ澄まされて、五感だけじゃなく第六感までキレキレだった。
 化学調味料がこんなにぼんやりするとは思わなかった。
 日本人は、慣れすぎて、ほとんどの人がぼんやりしている。朝から晩まで化学調味料を食べてるから、ぼんやりしてることにすら気づかない。じゃなかったら、こんなに洗脳されるはずがない。外食だけじゃなく、コンビニやスーパーに食べ物を買いに行っても、化学調味料がほとんど入っている。化学調味料がなくても、食材がよかったらとても美味しいものがたくさんあるのに、アミノ酸等が入っていないものを探す方が大変な国だ。世界的にも珍しい国。
 もし俺が総理大臣だったら一気に廃止するけどな。
 俺んちでは、母ちゃんが昔から健康を気にしていた。マクロビなんて言葉が日本に無い頃から、自然食を主食にしてたから、子どもの頃から化学調味料がない家庭で育った。そのおかげで絶対味覚を持てていて、料理研究家になれたから今は感謝しかない。
 化学調味料は、舌で感じるうま味がぼんやりするだけじゃなく、身体も脳もぼんやりする。
 本当にうまいものは、身体が喜ぶ。身体が喜ぶと、心が喜ぶ。

 人間が幸せになるために必要なもの。
 ≪食欲≫ ≪性欲≫ ≪睡眠欲≫
 それを満たすために必要なもの。
 ≪衣≫ ≪食≫ ≪住≫

 どっちにも≪食≫が入っている。食が満たされたら人は幸せの3分の1が満たされる。
 とっても大切なことだ。俺はこれからもずっと、人々に本当の豊かさを伝えるために、世界中の食材と料理文化を研究し続ける。
 タンザニアの田舎には添加物がない。一体どう添加したらいいかわかんない。そもそも添加物って、長持ちさせるため?
 タンザニアのように、その日その日に食べられるものを食べてる人たちは、いつでも食べたい時に新鮮なものが食べられる。
 日本も本来ならいつでも新鮮なものが食べたい時に食べられる。だって四季がある。山も川も海もある。だから本当は、旬のものを食べるだけで生きていける。旬のものとは、その季節に一番美味しいものだ。だから美味しいものしか食べない。美味しいと感じるものを食べることが、健康に生きるということ。
 日本では夏でも冬野菜を食べる。冬でも夏野菜を食べる。本来なら夏に夏野菜や夏の果物を食べると体を冷やして、冬に冬野菜を食べると体を温める。そして身体を休めることができる。それはDNAに深く刻み込まれているから、人類は長生きになっていった。今は一年中なんでも食べられるようになったけど、そのせいで体内温度計が壊れてるからみんな疲れてるし、病気にもなる。

 マサイ族は1日に何キロも歩く。3キロ離れた水汲み場から20リットルの水を持ち帰る。
 なのに疲れてない。そして、病院も薬局もないのに、みんな元気だ。
 マサイの食生活は、見方によれば日本人よりも質素な食生活かも知れない。でも、その日に採れた旬のものを一度も冷蔵庫に入れずに食べるから、大地の生命エネルギーが瞬時に入る。
 結局何が言いたいかというと、日本で習うビタミンとかミネラルとかの栄養学は、必要ない知識とまでは言わないが、ままごとレベルだっていうこと。そんな知識よりも大事なことは、食べたもののエネルギーが、体を動かして、体の部品を作っているということだ。
 だから本当の意味で、≪良い食べ物≫を食べたら、病気にもかからないし、怪我をしてもすぐ治る。
 タンザニアの大地で、自然の中にあるものだけを食べる生活を2週間したら、目も耳も鼻も良くなる。五感が優れる。暗闇でも見えるし、遠くの動物の足音が聞こえる。遠くの匂いを嗅ぎ分ける。それは一緒に行った全員が体験した。
 1ヶ月続けると、第六感も研ぎ澄まされる。そして、その第六感は日本に戻っても維持できるだろう。
 身体が進化したわけではなく、本来の身体能力を取り戻せたってことだ。
 日本の食生活は、食べ物を選べる。だからこそ、選び方を間違ってはいけない。
 本当の意味で≪良い食べ物≫を選んだら、この国はもっと健康になると思う。病院に行く人も9割くらい減るだろう。
 そして、身体の余裕ができたら、心の余裕もできて、ずっと豊かに暮らせるだろう。死ぬ日まで。

 3月24日 食べ物の話 Part 2

 45日間の滞在中に、俺とトッシィ以外はみんな一度は街に出た。
 みんないろんなものを食べてきたけど、具合が悪くなって帰ってきた。頭と体がバラバラになってることに気づいて帰って来る。頭で考えてることと、体が感じてることがこんなにも違うんだってことに。
 村の食材は、食べるものこんだけしかないの? って思うけど、ここにあるものがこの場所に一番あってる。
 街に出たみんなは、頭では食べたいと思っていたけど、食べたら別に思ったほど美味しく感じなかった。それは食べられない恐怖から出た欲望だった。頭では足りない足りない、食べたい食べたいって思ってるけど、結局はここにいつもあるもので身体は十分満足してしまう。それは行った人にしかわからない。

 日本は、食べものが溢(あふ)れていて、世界各国の美味しいものが楽しめて、世界の料理を作ることができる幸せな国だ。
 でも、子どものうちから糖尿病になる人もいる。本当に満たされる食べものは、舌ではなくて身体の声を素直に聞くと、わかる。

 45日間タンザニアでは、みんな怪我や病気に悩まされた。でもここにあるものが、治してくれる。
 その気候の、その旬なものを、朝採れたそのまんま、冷蔵庫に一度も入れないで食べられることが本当の豊かな食だと思う。一度でも冷蔵庫に入れてしまった物は、どういうわけか生命エネルギーが無くなる。
 例えば、野生のイノシシや鹿の肉は、めまいがして三切れぐらいしか食べられない。でも冷蔵庫に入れたらいくらでも食べられる。鶏の卵は、一旦冷蔵庫に入れるとすぐ腐る。入れないと半年くらいもつ。捕れたばかりの魚は少ししか食べないでも元気になる。冷蔵庫に入れるとただの魚。発泡スチロールに氷を入れて保存した場合は元気になれる。野菜も野草もおんなじ。
 タンザニアではほとんどの人が冷蔵庫を持っていない。
 旬なものを旬な時にすぐに食べられる環境こそが、豊かな食生活。
 狩猟採集しなくても、土に種が落ちたら芽が出て野菜が出来る。
 日本では誰でもそれが出来る。四季があるから。
 日本は本当にいい国だ。

 ・・・<抜粋終了>・・・


 銀之輔さんの言葉に刺激を受け、私は食に関して新たに追及してみたいテーマが出てきました。
 野生のイノシシや鹿の肉は、めまいがして三切れぐらいしか食べられないが、冷蔵庫に入れると、いくらでも食べられるといいます。
 その理由を知りたいと思ったのです。
 採取したてを口に入れると「ブワーッ」となる凄い生命エネルギーを感じるのに、それが冷蔵庫に入れると無くなるといいます。
 鶏の卵も、冷蔵庫に入れるとすぐに腐るが、入れないと半年持つといいます。
 単純に冷やすということでエネルギーが無くなるということではないようです。発泡スチロールに氷を入れて保存した場合は、そうならないからです。
 これは冷蔵庫が電気を動力源にしているからでしょうか。電気によって自然が本来的に持つプラーナのような生命エネルギーが霧散してしまうということでしょうか。
 こうしたことに、私はこれまで全く気づきませんでした。
 日本に住んでいてスーパーなどで手に入る食材は、最初から「ブワーッ」となる生命エネルギーが無くなったものしかないから、気づかなかったのかもしれません。
 肉類や魚介類は、スーパーに並ぶ前に必ず電気による冷凍をします(これはジビエも同じです)。
 穀類や野菜類は、アメリカ先住民のトウモロコシのような自然のままに自生するものではありません。人間の手で、まるで工場で製品を作るように、農薬や肥料を与えて管理された土地で大量に生産したものです。そうしてしまうと、「ブワーッ」となる生命エネルギーが無くなってしまうようです。
 いやはや、とても興味深いテーマが出てきました。


 (2024年2月17日)

<転載終了>