https://note.com/hiroshi_arakawa/n/n9d50348df7b7
<転載開始>
コロナ騒動の中で何度か耳にしたのは「そもそもウイルスなど存在しない」という主張です。少し前に新型コロナ人工ウイルス説について詳しく触れた事もあり、この機会に私自身の見解を改めて記しておきたいと思います。
細胞内寄生体
ウイルスは細胞内寄生体であり細胞内でのみ増殖可能ですが、単独では増殖できません。細胞内寄生体にはウイルス以外にもリケッチア、クラミジアなどがあります。
ウイルスなどの細胞内寄生体の中には、寄生して病気を起こすものもありますが、宿主に対して必ずしも有害であるとは限りません。例えばバクテリオファージやプラスミドなど細菌への感染性遺伝因子には抗生物質耐性遺伝子を持つものもあり、むしろ宿主である細菌の生存を有利にする場合すらあります。ミトコンドリアの祖先は呼吸によるエネルギー産生能を持っているリケッチアです。また葉緑体の祖先は光合成を行う藍藻ではないかと考えられており、それらは細胞内寄生から共生へと進化してきました。それ以外にもハテナ (Hatena arenicola) のように葉緑体との共生への途上にある微生物も知られています。事実上、害をなさずに宿主と共存しているウイルスや遺伝因子も少なくないのです。
ウイルスは人にだけ感染するわけではない
そもそもウイルスは人にだけ感染するわけではありません。また哺乳類だけのものでもありません。実際、最初の癌ウイルスは鶏から見つかりました。そしてその癌ウイルスの研究から癌が遺伝子の病気だという事が分かってきました。鳥類や多くの哺乳類では癌はウイルスによって媒介される伝染病でもあるのです。そして植物や細菌に感染するウイルスも多種多様です。
一般的にウイルスのゲノムは小さく、ウイルスの生存や増殖に必要な遺伝子がコンパクトなゲノムの中に収まっています。そのため分子生物学の手法が限られていた時代にはウイルスの研究を通して多くの遺伝子やその酵素機能が明らかにされてきたという経緯があります。
癌ウイルス
最初の癌ウイルスは1911年にペイトン・ラウスによってニワトリに肉腫を生じさせる濾過性病原体として発見され、後にラウス肉腫ウイルス と名付けられました。ラウスはこの業績により1966年のノーベル生理学・医学賞を受賞しています。このウイルスは1本鎖RNAゲノムを持つレトロウイルスです。このウイルスから同定された癌の原因となる遺伝子は、肉腫 (sarcoma) からsrcと命名されました。srcはウイルスだけでなく宿主のゲノムにも存在しており、後の研究により癌が遺伝子の病気だという事が分かってきました。ちなみにヒトはレトロウイルスタイプの癌感染症をほぼ克服した稀有な動物です。
p53は腫瘍ウイルスSV40の大型T抗原と結合するタンパク質として発見されたものであり、後にp53遺伝子は重要な癌抑制遺伝子である事が判明しました。
ファージ
分子生物学黎明期によく研究されたのは細菌に感染するウイルスです。細菌や古細菌に感染して複製するウイルスはファージ (正式にはバクテリオファージ) と呼ばれます。ファージは生物圏で最も一般的で主要なバイオマスの構成要素であり、ファージは極めて多様です。
市販のウイルス
例えばラムダファージのDNAは市販されているものです。ラムダファージを大腸菌に感染させる事でファージウイルス粒子を量産する事が可能です。
材料を業者に注文するよりも自前で作った方が安くつきますので、私の学生時代の研究室では自分達でラムダファージの単離やウイルスの大量産生やDNAの調整を行っていました。制限酵素で切断されたラムダファージDNAは電気泳動のサイズマーカーとして現在でもよく使われています。
ウイルスとエクソソーム
ウイルスもエクソソームも細胞よりはるかに小さいもので、ウイルスの直径は20~300 nm (ナノメートル) 程度です。エンベロープウイルスはエクソソームと同様、脂質二重膜で遺伝物質とタンパク質を包んでいます。ウイルスもエクソソームも細胞間でタンパク質、脂質、核酸を伝達します。
では、ウイルスとエクソソームは同じものでしょうか?つまり、ウイルスはエクソソームを誤認したものなのでしょうか?
エクソソームとは似ても似つかないウイルスもある
タバコモザイクウイルスは、タバコモザイク病を引き起こす病原体となる1本鎖プラス鎖型RNAウイルスであり、初めて可視化に成功したウイルスです。ウイルス粒子は棒状の外観を示し、長さは約300 nm、直径は約18 nmです。外側のカプシドは莫大な数の同一タンパク質分子からなり、らせん状に結合して棒状構造を形成しています。
図はT4ファージです。このようにT4ファージはまるでSFに出てくる「宇宙船」のような外見と構造をしており、エクソソームとは似ても似つかないものです。T4ファージ由来のT4 DNAリガーゼは遺伝子クローニングなどにもよく使われます。
またT7ファージも独特な形状をしています。コロナワクチンのRNA製造に使われたT7プロモーターやT7 RNAポリメラーゼはT7ファージに由来するものです。
植物や細菌をターゲットとするウイルスに単純な丸い形状ではないものがいる理由は、植物や細菌細胞は細胞壁を持つものが多いためです。細胞壁を越えて細胞に感染するために、ウイルスは対象とする宿主次第でそれぞれ異なった感染戦略を取っています。
ウイルス由来の酵素や遺伝子配列
上記のT7 RNAポリメラーゼやT4 DNAリガーゼのように、研究の現場で使われるウイルス由来の酵素は数多くあります。例えばP1ファージ由来のCreリコンビナーゼやレトロウイルス由来の逆転写酵素などです。またSV40ウイルスやラウス肉腫ウイルス由来のプロモーターやエンハンサーなどの遺伝子配列もしばしば利用されます。2A自己切断ペプチド (2Aペプチド) は口蹄疫ウイルス (foot-and-mouth disease virus) に、IRES (internal ribosome entry site) はポリオウイルスに由来します。こうした酵素や遺伝子配列は分子生物学、細胞生物学、分子遺伝学の現場で汎用されており、その機能もよく知られています。
抗ウイルス免疫機構
制限酵素はファージの感染を「制限」する酵素として発見されたものであり、現在でも当時の発見の経緯がそのまま名称として残されています。また、ゲノム編集に汎用されているCRISPRの機能もファージに対する獲得免疫として判明したものです。制限酵素は細菌にとっての自然免疫であり、CRISPRは獲得免疫です。これらはプラスミドやファージに対する細菌の防衛システムです。
抗体やT細胞は細胞外の物質やウイルス感染細胞に対する免疫を担当しますが、細胞内に侵入したウイルスに対する免疫の仕組みも存在します。RNA干渉、cGAS–STING経路、Toll様受容体TLR3、TLR7、TLR9などです。ヒトでは他の霊長類と比べてもAPOBEC遺伝子ファミリーが拡張しているのですが、ヒトが癌ウイルスを含むレトロウイルスに耐性が高いのはAPOBEC遺伝子群のためではないかと私は考察しています。
ウイルスベクター
ウイルスとエクソソームの違いの一つは「目的」です。ウイルスは感染した細胞内でゲノムを効率的に輸送するために、特殊な分子メカニズムを進化させてきました。一方、エクソソームは多目的輸送小胞であり、内容物は多様です。
分子生物学研究において、細胞に遺伝子を導入するための遺伝子の運び屋は「ベクター」と呼ばれます。ウイルス由来のベクターがウイルスベクターであり、これはウイルスゲノムを改変して毒性や病原性を取り除き、遺伝子の安定性を高め、広範囲な細胞種に導入できるようにしたものです。ウイルスベクターの感染効率は高く、レトロウイルスベクターやレンチウイルスベクターは「細胞と混ぜるだけ」で標的細胞によってはほぼ100%の効率で細胞のゲノムにDNAを導入可能です。
ウイルスベクターにはアデノウイルスベクターのように染色体外で複製するものやレトロウイルスベクターのようにゲノムに取り込まれるものなどがあります。こうしたウイルスベクターはその元となったウイルスから、外来遺伝子の導入には不要な領域を取り除き、場合によっては抗生物質耐性遺伝子や薬剤耐性遺伝子などの有用な遺伝子を組み込む事によって作成されてきました。どのウイルスベクターにもその元となったウイルスが存在します。
ウイルスは人工的に合成可能である
ウイルスベクターは遺伝子クローニングや遺伝子の細胞への導入のためにデザインされたものであり、目的に応じてウイルスを簡略化したものです。そうしたウイルスベクターをリバースエンジニアリングすれば、その元となったウイルスを再現する事ができます。
実際、作成したいウイルスの配列が既知の場合、安全管理や倫理的な問題を別にすれば人工的にウイルスを作る事自体は技術的には難しくありません。以下に述べるのは理論上の人工ウイルス作成法です。人工ウイルスを作成するために必要な基礎技術はウイルス学以外に分子生物学、細胞生物学、合成生物学などですが、ウイルスのゲノムサイズや配列により難易度は異なります。
既存のウイルスゲノム改変には一般的な分子生物学やゲノム編集の技術を利用します。新規にウイルスゲノムを合成する事も可能であり、例えば、マイクロアレイ上でたくさんのオリゴDNA (数十万種類まで可能) を合成し、それらをアセンブリークローニングやPCRで連結する事により長鎖のDNAを合成する事もできます。このようにして合成したDNAを鋳型として転写して、RNAウイルスのゲノムを作成できます。細胞内に合成ウイルスゲノムを導入すると、本来ウイルスは細胞内寄生体ですので、ウイルスの材料が細胞内に揃っていれば細胞は自律的にウイルス粒子を産生します。ウイルス粒子を細胞に再感染させて、ウイルス粒子を量産する事も可能です。倫理的な問題を抜きにすれば、過去に存在して現在には存在しないはずのウイルスを再現する事も、新型ウイルスを合成する事も難しくありません。
まとめ
そもそもエクソソームと類似の大きさの小胞をなんとなくウイルスと呼んでいるわけではありません。ウイルスの研究には長い歴史があり、ウイルス由来の遺伝子や酵素、制御領域、ベクターなどは研究の現場で汎用されています。またデータベースに登録されているウイルスの配列も多様であり、配列の中には機能を同定されて応用されているものも多々あります。もし「ウイルスが存在しない」ならば、そうしたものの由来を否定する根拠が必要となり、少なくとも「辻褄の合う説明」が求められます。
現時点では手元に存在しないウイルスでもその配列が既知であれば、分子生物学の技術でウイルスを作成する事も可能です。また、ウイルスが存在しないという仮説に基づくならば、ウイルスを悪用したバイオテロの想定もできません。「ウイルスは存在しないのでウイルスを用いたテロなど起こるわけがない」と考えるなら、強毒性のウイルスを用いたテロに対しても対策の取りようがなくなってしまうのです。
実際、コロナパンデミックには多くの嘘がありました。コロナ騒動におけるPCR検査や抗原検査の適用方法は信頼に値しないものですし、コロナ感染者と判断された人の症状の全てがコロナウイルス感染によるものとも限らないのが実情です。けれども特定のウイルスが特定の病気の原因である事の証明とそのウイルスが存在するしないはまた別の問題です。ウイルス研究には歴史があり、また自分自身の研究現場での経験からも「ウイルスが存在しない」という極論には私は賛同できかねます。
空気感染する感染症は昔からあり、多くの人が人生の中で実際に経験してきたはずです。例えば家族の誰かが風邪を引いて別の家族の誰かがさらに感染し、熱、鼻水、咳の症状を伴う病状を共有する事態は私自身も何度も経験してきました。そして私が研究経験で学んできたウイルス感染症と免疫系に関する知識ではこうしたものに関しても説明できるのです。
いずれにせよ何事も頭から否定するだけなら簡単ですが、「ウイルスが存在しない」という主張をされる方は、これらの事象に対して一体どのように整合性を取って説明されているのか私自身は興味があります。もしウイルスが存在しないという前提でこれらの事象を矛盾無く説明できる理論があるのならば、是非私もその説明をお聞きしたいのです。
#コロナワクチン
#ワクチン
#コロナ
*記事は個人の見解であり、所属組織を代表するものではありません。
<転載終了>
エクソソームとは似ても似つかない形状のウイルスがあるからと言って何なのでしょうか。その感染性を証明したのでしょうか?
genkimaru1
がしました