井口博士のサイトより
https://quasimoto5.exblog.jp/30607920/
<転載開始>
みなさん、こんにちは。

2025年7月5日の日本沈没まで あと何日?

135日

いよいよ、140日を切った!



今回の日本沈没は地殻変動ではなく、隕石衝突による大津波によるものである。

(A) 竜樹諒さんの夢予言
(B) りんごの木村秋則さんによるエイリアンからのメッセージ
(C) NASA筋からの天体計算予測
(D) 胎内記憶のある児童たちからの警告

できれば、その時期だけでも住むことができる山村の古民家、そんなものが欲しいところだ。


さて、今日は天皇誕生日の休日だ。明日はその振替休日。そんなわけで、今回は天皇に纏わる話をメモしておきたい。そう、これこそ明治以来の空前の秘密と言われるものである。すなわち、

明治天皇のすり替え説

である。
我が国における陰謀論、あるいは陰謀暴露論からすれば、もっとも衝撃的なものは、この明治天皇のすり替え説であろう。

簡単に結論から言えば、
(あ)明治天皇の父、孝明天皇は暗殺された
(い)北朝の京都御所の天皇家から山口県田布施にいた南朝系の天皇家の大室寅之祐に明治維新の時に入れ替わった

という説である。

言うまでもなく、これを指揮したのが海外組だった。つまり英米組。

イギリス組
・大英帝国のロスチャイルド家
・大英帝国公司ラザフォード・オールコック
・ハリー・スミス・パークス卿
・その家臣であったアヘン商売の元締めマセソン商会のヒュー・マセソン
・ロスチャイルド系の武器商人トーマス・ブレーク・グラバー
・通訳のアーネスト・サトウ
など

アメリカ組

・米海軍マシュー・ペリー
・アメリカのクリスチャンのグイド・フルベッキ
・外交官タウンゼント・ハリス
など

むろん、フランス組もある

フランス組
・仏ロスチャイルド家

彼らに共通項は全員フリーメーソンであったということらしい。

そして我が国はフリーメーソンの大きな目標の実現のための一手段として開国要求されたのである。
それは当面のロシア王政潰し。そのために東西からロシアを攻め込むために日本を近代国家にして軍国化させることだった。

それを実現する彼らの大義のために

アヘン戦争 → 南北戦争 → 戊辰戦争
1840〜1842 → 1861〜1865 → 1868〜1869

が計画されたのである。

マセソン商会はアヘン戦争で大儲けし、その金で武器を調達し、南北戦争で南北軍の両方へ武器を提供し、終結後はその武器を買い占め今度は戊辰戦争で使った。
とまあ、実に効果的な世界戦争計画であった。

さらにこの後我が国は

日清戦争 →日露戦争→第一次世界大戦→ロシア革命
1894〜1895 → 1904〜1905 → 1914〜1918 1917

へ続く、というより、引きずり込まれたわけである。
太平の世の江戸時代から戦争の世紀へ引きずりこまれて今日まで続くわけだ。

この大きな戦争の世紀の流れの中で、我が国は幕末に大騒乱期を迎えた。
そこで長州(山口)と薩摩(鹿児島)と土佐(高知)の大連合が生まれた。
これを指揮したのが長州ファイブを大英帝国に招いたヒュー・マセソンであった。
彼ら日本人はアメリカへ渡航しようがギリスへ渡航しようが、そこでそれぞれのフリーメーソンロッジで入会式を受けたというのである。
そして生粋のフリーメーソンになって日本へ戻ってきた。
こういう事業を経済的にもシステム的にもバックアップしたのがオランダ系ユダヤ人のフルベッキ神父であったという。

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そしてこのときに攘夷派の最大の難敵が、北朝の孝明天皇であった。
それで、無名だった最低身分の百姓上がりの伊藤俊輔(後の伊藤博文)が孝明天皇を暗殺したというのである。
それを指南したのが長州の吉田松陰であった。

当時は世界的に青年組という活動が惹起された時期で、欧州、米国、日本などで青年たちが革命運動に身を転じた。
ちょうど学園紛争の時代と似たような空気感のあった時代だったらしい。
あるいは、アラブの春の時代の中東のような空気感である。
こうしたことを精神的にも経済的にも支援したのが金融マフィアの王様ロスチャイルドだった。

こういう事情は以下の本に非常にわかりやすくまとめられている。
【天皇チェンジ】明治天皇すり替え説には2つある。孝明天皇入れ替え説vs大室寅之祐入れ替え説_d0407307_09345710.jpg


さて、そこで問題の明治天皇すり替え説の真偽はどうか?
これについては、最大の理由がこれである。

・睦仁天皇の身長は160cm台の虚弱体質。しかし大室寅之祐の身長は180cm弱で大柄だった。
・睦仁天皇の利き腕が右利き。大室寅之祐は左利き。
・睦仁天皇は馬が乗れない。大室寅之祐は乗馬が得意だった。
・睦仁天皇は色白できれいな顔。大室寅之祐は顔に疱瘡のあばたがあった。

この他に以下の理由もあるようだ。

・東京へ遷都      → 京都御所では人違いが暴露される
・奥の院から出なかった → 引きこもり人目に素顔を見せなかった
・御簾(みす)     → 人と直に話さなかった
・白化粧        → 人前で素顔を見せなかった

というような事情で、このての陰謀暴露論者の間では、

明治天皇=大室寅之祐

だというわけである。
そしてこの明治天皇は引きこもって女遊びに励み、たくさんの子孫を作った。
それで、明治天皇の玄孫という人物がたくさんいるわけだ。
その中には、竹田恒泰さんや中丸薫さんらがいるわけである。
したがって、この明治天皇大室寅之祐説の中では、例のフルベッキの集合写真は本物であり、その中央に位置する大室寅之祐は本物だということになっている。

その明治天皇が偽物だったらどうなるのか?
大亀コケたら皆コケるわけである。


さて、これに完全に異論をオブジェクションを唱える人がいた。
それが理論物理学者の保江邦夫先生である。それがこれである。





これは佐賀藩の蒲島家から伝達されたというのである。

保江先生の説はこうだ。

高浜清七郎という人物がいて、この人物が蒲島藩から命を受けて幼少の孝明天皇を匿った。
そして岡山で時を過ごし、しかるべき時期が来たら、孝明天皇を成り代わるはずの大室寅之祐と入れ替える。
したがって、大室寅之祐に成り代わった孝明天皇はその後の明治維新の結果、難なく大室寅之祐として明治天皇になったというのである。

だから、保江邦夫さんは天皇家を救った高浜清七郎の白金にあるお墓の横に自分の墓を建てるというのである。

孝明天皇入れ替え説vs大室寅之祐入れ替え説

果たしてどっちが正しいのだろうか?

いまならDNA鑑定すれば分かるのではなかろうか?


そこで、俺自身の印象をいうと、フルベッキ写真の大室寅之祐は周りの人間と比較してあまり大男に見えない。
勝海舟の身長は154cm。坂本龍馬は169cm程度。フルベッキ写真の大室寅之祐はそれよりも華奢に見える。
顔の色は日に当たれば黒くなるから若い頃色白でも岡山で太陽の下で過ごせば黒くなる。

というわけで、写真が本物だとすれば、当然、この中の大室寅之祐は小粒である。
したがって、どうやら保江邦夫説に軍配がありそうである。


まあ、俺にはどうでもいいけどナ。


いやはや、世も末ですナ!


弥栄!

<転載終了>