https://ameblo.jp/drminori/entry-12919084941.html
<転載開始>
医師サイトに掲載されていた記事をご紹介。
医師であり作家の朝日奈秋氏の寄稿文です。
朝比奈秋氏のプロフィールはこちら↓
1981年京都府生まれ。
医師として勤務しながら小説を執筆し、2021年、『塩の道』で第7回林芙美子文学賞を受賞しデビュー。
2023年、『植物少女』で第36回三島由紀夫賞を受賞。
同年、『あなたの燃える左手で』で第51回泉鏡花文学賞と第45回野間文芸新人賞を受賞。
2024年、『サンショウウオの四十九日』で第171回芥川龍之介賞を受賞。
他の作品に『私の盲端』など。
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受診者たちには、これから苦難の時代が始まる
〈特別寄稿〉NHKの「”断らない病院”のリアル」を見て、かつての当事者が思ったこと(2)
2025年7月26日 (土)
朝比奈秋(作家/医師)
自身の過酷な勤務体験から生まれた小説『受け手のいない祈り』(新潮社)が話題となっている医師で小説家の朝比奈秋氏。2025年5月末にNHKで放送されたETV特集「“断らない病院”のリアル」を見て、かつての当事者として思ったことを特別にご寄稿いただきました。
数十年ほど前に、日本の国民皆保険を調査するために、米国のサリバン厚生長官が日本の医療現場を視察したことがあるらしい。サリバン氏は日本の勤務医たちが黙々と過重労働を行っている状況を見て「医師の犠牲と我慢の上に成り立っている制度はいつか崩壊の危険をはらんでいる」と評したとか。今でさえ現場の医療従事者は大変だというのに、数十年前の医療現場となるとさぞ凄まじかったのだろう。同時にその崩壊というのは、今各地で起こっているものなのかもしれない、そんな風に思ってしまった。
私の知るかぎり、この何十年かの間、日本人は最高の医療を受け続けてきた。「すぐに」「安く」「ハイクオリティ」の医療を受けられるのは、先進国でも日本だけだ。
アメリカは患者が破産するほど医療費が高いし、カナダやヨーロッパの多くは受診まで数週間くらい平気でかかり、だいたい予約を取ろうにも受付が電話を愛想なくすぐ切るらしい。待っている間にたいていの風邪は治るので、風邪で受診することなどほとんどないという。
かつてワイドショーで日本の医療は、「3時間待って診察3分」と揶揄された時代があったが、3時間待つだけで診てもらえるのは、世界から見れば最高のアクセシビリティだ。
世界では、医療は「最も受けるのが難しいサービス」だが、日本人にとって医療は「誰でも受けられるべきインフラ」という認識だ。だから、医療費が何百万とかかったり、受診まで何日もかかるのはあり得ない。水道のように、どんな医療でも誰もがすぐに受けられ、かつ、払える金額でないと駄目だというのが、日本人の一般的な感覚ではないだろうか。
石油が湧く国ならともかく、もうとっくに豊かな国でなくなっていて、特に医療的な資源が乏しい(医療従事者の人数が少なく、診療報酬も安い)日本で、そういった最高の医療を提供し続けられているのは、膨れ上がった国の医療費と、ひとえに医療従事者の犠牲によってだ。日本の市中病院の医師は一人で数十人の入院患者を受け持っているし、大学病院の医師は臨床、研究、教育に明け暮れている。海外の医師の倍以上働いているのではないか。
過労死のニュースがあると、時おり「辞めればいいのに」といったコメントを見かける。日本の医療現場は本当に特殊で、他の国とも他の業界とも事情が少なからず異なっている。
小説『受け手のいない祈り』では次のような一節がある。
〈売り上げのために企業が労働者を過労死させるのは無視できない社会問題だが、医者の過労死はそれにはあたらない。医者不足の地域で医者が死ぬまで働いて、多数の住民の命が救われるのだから、社会にとってはコスパがいい。ドキュメンタリー番組で、医者の場合だけ眠らずに働くことが美徳として取り上げられるのは、社会が、つまり国民が無意識的にそれを望んでいるからだ〉
日本は国民皆保険で医療報酬が固定されているせいか、だいたいの医療現場は資本主義的ではない。医者は経済性にのっとって働く、というよりは奉仕的に働いている。受診者にとっては恵まれたことだが、医療従事者側にとっては辛い。
特に医者不足の現場では本当に代わりがいないので、自分一人の存在に他人の命が常に天秤にかけられるので、医療従事者は大病にでもかからないかぎり大手を振って辞められない。医者不足の現場では、そういった空気が残念ながら生まれてしまう。
私も血尿が出たり、後頭部がぎゅっと締めつけられる、動悸が止まらない、そんな症状があって過労死するかもしれない。そう思った過去があったが、でもまだ生きているし、目の前にはもうすぐ死にそうな人間がいるから、瀕死の救急患者を淡々と治療した。
小説では終盤、人を救いながら死ぬことを選んだ医師たちに人間崩壊が起こる。
〈祈れ祈れぇ、患者ども。おまえらのために、これから寝ずに働いていて死んでいく医者に祈れぇ!〉
こういったシーンを書いている時に、過労死というのは社会が生みだした、労働における究極の人間圧迫だなと痛感した。過労死まで追いこまれない職場だとしても、寝ずに働くのが当たり前とされるのは健全な労働環境とは言えない。
本作で主人公が〈太陽が地球の周りを24時間で一周するかぎり、24時間に一度眠るようにすべての生物は設計されている〉と言っているが、しかし、医療従事者が充分な睡眠をとって健康であるために、夜中の患者を断ろう、とも言えないのが辛い。そこが医療従事者のジレンマだ。
毎年、過労死が出ているにもかかわらず、医者に対する労働基準法の適用ぐあいを鑑みると(残業の上限や宿日直許可、自己研鑽など)、実質は過労死ラインを越えても働かせられる仕組みになっている。そして、そこまで働かせても病院は赤字だという。病院が医者を酷使して大儲けしているわけではない。
NHKのETV「”断らない病院”のリアル」では、院長がこの病院は課題をいくつも抱えていると言っていたが、実際は日本の医療制度のゆがみが、救急患者を真摯に受け入れる病院にしわ寄せとなって浮かび上がっているだけに思えた。つまり、今の医療制度が限界を迎えていて、変革の時期を迎えているのだろう。
若い世代は医者に限らず、できるだけ出世したくなくて、また古い慣習や理不尽さを嫌っている。忙しい科になかなか人が集まらなくなったのは、やりがいが伝わってないから、というより、やりがい以上の忙しさや不毛さに嫌気がさしているからか。“直美”が増えているのはモラルの低下なのだろうか、それとも保険診療の現場に希望を感じとれなかったからなのだろうか。
つい先日、かかりつけの病院で内科の医師がいつのまにか退職されていた。気さくでいい先生だったので、追いかけようと名前をネット検索したら、今は美容クリニックを開業されていた。
救急車がすぐに受け入れてもらえないことが増えてきているようだし、SNSでは日毎に医療従事者の不満と悲鳴が大きく聞こえている。あそこの病院は経営破綻して違う業界に買われたとか、あそこの病院は受け入れが悪くなった、とかいった話もここ最近よく耳にする。
そういったなかで、NHKで「”断らない病院”のリアル」が放送されたので、近ごろ肌身で感じていたことは私の地域だけのことではなく、おそらく今、日本にあちらこちらで起こっていることなのだなとわかった。
ただの勤務医しか経験したことのない私には、どうすればよりよい方向に変わっていけるのかわからない。今の日本という国の、身の丈にあった医療がどんなものかもわからない。医療制度をどのように設定するかによるのだろうか。
とりあえず今までのように気軽に医療は受けられなくなるだろうが、それは医療従事者の怠慢によるものではない。文化的で人間らしい生活を営む権利が医療従事者にもある。
かつて病院に勤務していた頃と違って、私は今や受診者側の人間だ。夢から醒めて現実を知ることになるのはわたしたち受診者側なのかもしれない。3時間待たされるだけで不満を感じてしまうようになった受診者たちには、これから苦難の時代が始まる。
今までは両親が急病になった場合の心配などしたことがなかった。何かあった時は救急車を呼べば問題なかったからだ。しかし、これからは、そうはいかないことも覚悟しておかなくてはならない。今まで本当に恵まれていたのだなと思う。
次回からは純文学の作家らしく、医療と芸術、労働における芸術性、あるいはインスピレーションについて書いていきたい。
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勤務医の過酷な労働環境については一般の人にはあまり知られていません。
研修医のハードな生活も同様でしょう。
外科系や救急の現場では医師たちはまさしく命を削って働いています。
息子が消化器外科なのですが「一生、これやれって言われたらキツいわ」と漏らしていました。
X(旧Twitter)で話題になっていた医師のポスト↓
このポストに対するリプライも現場の医師の声が垣間見えます↓
看護師の場合は交代制で夜勤の場合は夕方からの出勤となりますが、医師の場合は普通に朝から夕方まで働いて、そのあと病院に泊まるんです。
そして当直明けも普通に朝から仕事なんですよ。
そうではない病院もあるかもしれませんが、私たちの時代はそうでしたし、交代制にすると人員不足になるので出来ないのが現状でしょう。
また、最近は救急外来なのに救急じゃない疾患の人がコンビニ受診することも増えていると子供たちから聞きました。
こういう病院が増えると医師の労働環境も改善されるでしょうね↓
また救急外来に来る患者さんの態度が悪いことも多いようです。
もう国民皆保険制度も医師の働き方も限界にきているのだと思います。
<転載終了>

今まで医療従事者たちは自分らの職場環境について何らかの議論や討論や政策提案や…あれやこれ
ややって来たのか、というと、そういう話は聞いた事がない、と思うのですがどうでしょうか?
通常、夜勤勤務が終われば次の昼間は休みにしないと人間の心身はもたない。 ケアマネジャーである私
が知る限りの介護事業所の勤務はそうなっている。 では、なぜ医師の世界はそうなっていないのか?
それは一体どういう「理由」によるのだろうか?ちょっと考えても不合理である。
末端の医師・看護師などは恐らく考えた事もないのだろうが、医療は世界の支配体制の最大の「バックボ
ーン」である。 コロナワクチン禍は、だから起こったのだ。支配側は自分らで「病気」を創作しその「治療」と称し
て大金を搾取する。その手先・末端の「使いっ走り」が医師である。 彼ら「医師」の健全な労務環境に支
配側が気を遣うはずなどない。 また、医師側も自分らが「何に利用されているのか」の認識がない。 要
するに「勉強バカ」だから「人としての思考」が出来ないのである。ケアマネジャーの私は断言するがほぼ99%
の医師は人が「生活する事」は「医療」よりも下の概念だと考えている。 だから、看護師よりもヘルパーを下
に見ている。わかりますか? この問題の重大性が。
もちろん「医師」たちも被害者である。がしかし、 財政破綻した北海道の町の病院が閉院したとたん、病
人が減った事実がある。 病院が病気を作るのである。つまり「病院」とは支配側の「需要」作製装置であ
る。 そして「医師」という職業いには高い保険をかけている。 良い学校、良い会社、良い給料、良い年
金…これら設定された「ステイタス」が応募して来る奴隷に対するゴホウビである。 このような洗脳から解き
放たれないう限り「問題」は決して解決されません。
genkimaru1
が
しました