eternalturquoiseblue(旧kamakuraboy)さんのサイトより
https://ameblo.jp/ymhkobayasis/entry-12920832413.html
<転載開始>
香港民主化デモ「雨傘運動」(2014年9月26日〜12月)
 
 

英国が1842年以来植民地にしていた香港を中国に返還したのは1997年7月1日で、この返還に伴い、香港は中国の特別行政区となり、50年間不変の「一国二制度」という香港の「高度な自治」は返還後25年を待たずに踏みにじられた。

 

一国二制度または「一国両制」とは、中華人民共和国の政治制度において、本土領域から分離した領域を設置し、主権国家の枠組みの中において一定の自治や国際参加を可能とする構想で、返還から50年有効とされていた。

 

しかし、行政長官選挙で香港住民が投票できるのは中央政府の審査で認められた候補者だけとする北京の決定に反発して、若者を中心に香港市民、抗議者たちは自分たちの指導者を選ぶ権利という真の民主主義を求めて、香港中心部の主な大通りを占拠してデモを行った。

 

市内を席巻した大規模な抗議行動は、広範囲にわたる被害と大量の逮捕者や負傷者をもたらした。結果、1万人以上が逮捕され、数百人が投獄された。

 

それは2014年9月28日、警察が金鐘のハーコートロードに集まったデモ隊に催涙ガスを発射したことから始まった。

 

1967年の六七暴動以来、香港市民に対してガス弾が使用されたのはこれが初めてだったが、翌日にはデモ隊は市内の主要な場所を占拠し、そこに数週間留まった。

 

雨傘運動は、道路閉鎖の影響を受けた公共交通機関が裁判所から得たバリケード撤去の命令により、同年12月に鎮められた。

 

市民的不服従運動が行われた期間中に多くの抗議活動の指導者が現れ、その中には香港内外で有名になった人もいる。

その後の数年間に、2件の注目を集めた裁判で起訴された12人の活動家のうち、2人は数年間に渡って拘留されている。

 

79日間にわたる市民不服従運動は、香港の主要な大通りを占拠したものの、抗議は概ね平和的に行われ、運動の指導者たちも2014年の時点では比較的軽い刑で済んだ。

 

しかし、彼らの政治的要求は通ることはなく、大規模な抗議デモに関連して、違法な集会への参加をあおった罪で「雨傘運動の女神・周庭」は実刑判決を受け、2021年6月に刑務所から漸く出所。

 

■2019年~2020年の香港民主化デモ

2019年3月から2021年8月まで香港で行われていた一連のデモの総称である。このデモは「逃亡犯条例改正案の完全撤回」や「普通選挙の実現」などを含む五つの目標「五大要求」の達成を目的としている。この「五大要求」の一つである「逃亡犯条例改正案の完全撤回」は既に達成された。

 

2019年6月16日のデモでは、警察発表で最大約33.8万人がデモに参加。主催者発表では最大約200万で、1997年の香港返還以降最大であった。(主催者発表の数字では、香港市民の4人に1人以上がデモに参加した計算となる)2020年1月16日までに、このデモに関連して少なくとも12人が死亡し、2020年4月15日までに8001人が逮捕された。

2019年-2020年香港民主化デモ - Wikipedia

 

 

これとは別に、2020年8月、外国の勢力と結託して国家の安全に危害を加えたなどとして香港国家安全維持法に違反した疑いでも逮捕され、その後、保釈されたが、今も当局による捜査が続いているらしい。

 

周庭さんは現在、自身がカナダに滞在していることを明かした。

 

一方で香港を離れて台湾や米国などに移った人、政治から完全に身を退いたとみられる人たちもいる。

 

香港民主化運動の女神、周庭(アグネス・チョウ)

 

香港で無許可集会を扇動した罪で約7カ月にわたり収監され、2021年6月に出所した、著名な民主活動家の周庭(アグネス・チョウ、27)氏は3日、カナダに事実上亡命することを明らかにした。

周氏はカナダへの留学許可を得て既に香港を離れているという。周氏は現在、「国家安全保障を危険にさらす外国勢力と結託」した疑いで取り調べを受けている。

 

「私はおそらく今後一生、香港に戻らない」と、周氏はソーシャルメディアに投稿した。

 

「香港の状況や私の身の安全、私の心身の健康」を考慮した上での決断だとしている。

 

 

 

■平野雨龍さんの「鍋底の約束」

 

 

ご自身が香港の「雨傘運動」に2019年6月から参加しておられたことをはっきり語っておられたこの方は、現在香港には入境拒否されておられるようです。

 

望郷の思いを以下のように呟いておられ…帰りたい場所に帰れないとはお気の毒に。

 

 
香港の雨傘運動を日本で続けるため、都内の中国大使館で抗議のために
 
「てめえ、中国共産党、なに毎日尖閣諸島に入って来てんだ、このヤローふざけんなー!あと、1国2制度の約束はどうしたんだよ、2047年までじゃねぇのかよ、23年で破ってんじゃねぇよ、このヤロー!あと、31年前の天安門もなー!一生忘れねぇし、一生言い続けてやるからなー!」
 
などと「国会のスケバン」で野次専の蓮舫も真っ青なべらんめえで叫んでいた彼女が思いついたのは、やはり日本の国会議員になることだった。

 

 

 
都政にも、区政にも一切関心などなく、真っ直ぐ国会議員を目指すのは、日本の国会の場で香港の窮状を訴えるなど、外交で何らかの影響を持つことが目的だったのではないでしょうか。
 
本来、中国共産党が想定している「一国二制度」は、中華民国台湾を取り込むことを目指すためのものであり、台湾の方々が香港の様に中国共産党の非民主主義体制に吸収されない様、もっと日本と仲良くしたい、日本に助けて欲しいという思いを抱くのと同じ思考パターンなのです。
 
最初はこの方は自民党にアプロ―チして断られ、次には石丸新党から出馬しようとして断られ、それでも、日本人向けに愛国者着物コスプレで、「共通の敵」中国に対す抗議、帰化議員は誰それと叫び、見事に共感を得ることに成功。

 

 

 広東語→日本語訳

選挙まで残り2カ月となりました。現在、注目度がかなり高く、インスタグラムの投稿も主に日本人に向けたものに切り替えるかもしれません。しかし、私の心は変わりません。私は常に香港の人々と共に立ちます私の過去の行動や発言を忘れないで下さい。鍋の底で会いましょう。これが私達の約束です。

 

 

「煲底之約(鍋底の約束)」

 

だから、日本のためというご主張、ちょっと、違う気がするんですよ。

 

彼女の原点としての、中国大使館前の罵声抗議の大半が香港人の立場での内容だったわけですが、対中強硬姿勢の主張や、帰化人国会議員への批判が日本の保守の有権の心に刺さったわけでしょう。

 


対象的に、中国大好き蓮舫議員などは。露骨なほどの「中華思想的な確信犯」だし、日本国民なんてちょろいと完璧になめられてますが、それ故に保守層からは嫌悪の対象になってますね。
 

 

■愛国心は中国と台湾においてある蓮舫さん

週刊誌のインタビューでは「今、日本人でいるのはそれが都合がいいからです日本のパスポートは、あくまで外国に行きやすいというだけのもの。私にはそれ以上の意味はありません。

 

いつのことになるかはわかりませんが、いずれ台湾籍に戻そうと思っています。」と語り、国会議員になってからも、北京語で、ご自身の中国の公式SNS微博で、35万人の中国人フォロワーに向けて

 

「東京に帰ってきました。もっと中国にいたいのに(泣)」とツイート。

 

 

 

是非国会議員になってもらいたい候補者の方々が大勢おられたのに、蓮舫のような人物が座る議席などもったいない・・

 

 

■雨龍さんの背景とは

日本の有権者向けには「しがらみが無い無所属として、中国の脅威と闘います。組織や政党の支援が無い平野雨龍を、皆様の力で国会へ送って下さい!」としながらも、応援対象としてのパーソナルデータとなる、ご自身が卒業した高校や大学などの学歴も、これまでの職歴など非開示で、「政治団体代表/着物モデル」というあっさりし過ぎの自己紹介。

 

日本保守党の方が指摘してましたが、あれだけの選挙活動が出来るということは、かなりお金がかかっているはずであると。(つまり、後ろに潤沢な資金を提供している組織がついている?)

 

(だからこそ)有権者である日本人向けでなく、広東語でスポンサー向けにいちいち「ご報告」しておられるのでしょうか。

 

現在、この裏アカは制限がかかっており、このアカウントの「80人のフォロワー=雨流会の支援者組織?」以外は見ることができませんが。

 

「立法府」という場所にいる国会議員は外国人からの政治献金は禁止されてます。内政干渉のリスクがあるからです。国会議員になろうとして立候補なさる方も当然ながら、外国の個人や団体からの支援を受けての立候補や政治活動はマズイでしょう?


<転載終了>