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<転載開始>
8月がやって来ると、決まって広島・長崎への原爆投下についてさまざまな意見が述べられたり、個人的な感慨が表明されたりする。社会的に知名度の高い人たちや巷の庶民までと幅広い。そして、多くの人たちは個人的にそれらに共鳴したり、反応する。あるいは、反論する。広島・長崎への原爆投下はそれだけ衝撃的な体験であったのだと言える。8月のそういった挙動は日本における8月という季節の代名詞となった。歴史を反芻し、悲惨な集団的体験に改めて共感し、新たな歴史的事実を見い出すことも多い。
ここに「80年後、米国人は広島・長崎への原爆投下が正当化されるかどうかについて様々な見解」と題された記事がある(注1)。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有したいと思う。
原爆を投下した側の米国の一般庶民の今の意識ははたしてどんなか?
世論調査については、私は時には懐疑的にならざるを得ないことがある。何故かというと、設問の設定の仕方によっては、意図した方向性に導くことも可能だとさえ言われているからだ。それでもなお、この世論調査は米国社会の少なくとも一側面を示すものではあろう。
8月6日は、第二次世界大戦中に米国が日本の広島に原爆を投下した出来事の80周年を迎える。3日後には長崎にも投下された。今日、大多数の米国人(83%)がこれらの出来事について多くを知っている、あるいは、少ししか知らないと答えている。これは、2025年6月2日から8日にかけて新たに実施されたピュー・リサーチ・センターによる世論調査の結果である。
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米国の行動を振り返ると、今日、米国人の35%が1945年の広島と長崎への原爆の投下は正当化されると答え、31%は正当化されないと答えている。3分の1はどちらとも確信が持てないと言う。
原爆投下による推定死者数は約10万人から20万人以上とされている。これらの死亡者の多くは即死であり、さらに多くの人たちが放射線の影響で数年後に亡くなった。この爆撃は第二次世界大戦の終結を早め、日本は数日後に降伏し、核軍拡競争を加速させた。
われわれはこれをどのように行ったのか:
広島・長崎の爆撃に関する歴史的な世論:
1945年、爆撃直後に実施されたギャラップ調査では、大多数の米国人(85%)が米国の行動を支持していることが分かった。数十年後の1990年には、ギャラップの電話調査で53%の米国人がふたつの日本の都市に原爆を投下したことを支持していることが判明した。1991年から2005年にかけて行われた4回の追加のギャラップ電話調査でも、支持率は53%から59%の間で推移した。
2015年のピュー・リサーチ・センターの調査は電話で行われたものであるが、56%の米国人が広島と長崎における原爆の投下は正当化されると考えている一方、34%はそうではないと答えた。新しい調査とは異なり、2015年の調査の質問には「分からない」という明示的な回答オプションは含まれてはいなかった。
原爆投下に対する見解は人口統計上のグループによってどのように異なるか:
米国の一般市民は広島・長崎への原爆投下については入り混じった見解を持っており、態度は性別、年齢、支持政党、政治的イデオロギーによって異なる。
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性別:
男性は女性よりも原爆投下が正当化されるべきだと考える傾向が強く(51%対20%)、女性は男性よりも原爆投下は正当化されないと考える傾向が強い(36%対25%)。また、女性は男性の約2倍の確率で自分の考えが分からないと答えている(43%対22%)。
年齢:
65歳以上の米国人の48%は原爆投下が正当化されると考える傾向があり、若い年齢層の成人よりも多い。一方、30歳未満の成人は原爆投下が正当化されるとは考えず、正当化されると考える人よりも多い傾向にある(44%対27%)。原爆投下は、今日の最も年長の米国人の間でも直接の記憶を持っている人たちは今やほんの一部であるが、高齢者はこの出来事が身近なものであって、原爆投下に関する集合的記憶により近い状態を保っている。
支持政党とイデオロギー:
共和党員と共和党寄りの独立系の約半数(51%)が爆撃は正当だと考えているが、この見解はイデオロギーによって大きく異なる。保守的な共和党員の約6割(61%)は原爆投下は正当だと言う一方で、そうでないと考える人たちは遥かに少ない(14%)。それに対して、中道派およびリベラルな共和党員は原爆投下は正当だと考える人たちと正当ではないと考える人たちがほぼ同じ割合である(35%対31%)。
民主党員と民主党寄りの人たちは原爆投下が正当化されるとは言わず、正当化されると主張するよりもその確率が高い(42% 対 23%)。リベラルな民主党員は特に原爆投下は正当化されないと見る傾向が強く、50% がそう述べている。
核兵器の開発はわれわれをより安全にしたのか、それとも、不安定さを増したのか?
米国を含む9か国が核兵器を保有していると考えられている。世界の核兵器の備蓄量は今後数年で増加すると予測されており、数年間の減少傾向が逆転する可能性がある。
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今日、ほとんどの米国人(69%)は核兵器の開発が世界をより不安定にしたと考えている。これに対して、より少数(10%)の人たちは世界をより安全にしたと言う。これはこの6月に米国とイスラエルがイランの核施設を攻撃する前に実施された同センターの新しい調査結果である。
民主党員(73%)と共和党員(64%)の大多数は、核兵器の開発は世界をより不安定にしたと考えている。
特に米国の安全性に関して言えば、米国人は核兵器の開発がこの国をより安全にしたというよりも、むしろ危険に曝していると考える傾向がある(47%対26%)。しかし、この質問に関する見解はより混在している。
民主党員は、核兵器の開発は米国の安全性を高めるのではなく、むしろ低下させたと答える可能性が遥かに高い(56%対17%)。共和党員は意見が分かれ、37%が核兵器の開発が米国をより危険にしたと答え、38%は米国をより不安定にしたと答えている。
注:この分析に使用された質問、トピックライン、および調査方法論はこちら。
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これで全文の仮訳が終了した。
世論調査は一般庶民がある状況や出来事についてどのような理解をしているかを定量化する上で貴重な役目を担う。時には時間とともにどのように変化したのかを示してくれる。しかしながら、よく言われているように、質問の仕方によっては世論を一定の方向へ恣意的に誘導することも可能であるという。
ここに引用した米国における世論調査が適切に行われたものなのか、それとも、かなり偏向しているのかは私には何とも言えない。
とは言え、年齢層や性別によって回答の内容が大きく変わるという点は興味深い。また、支持政党による違いも然りだ。
また、世論調査と並んで、研究者らが新たに掘り起こすことももうひとつの非常に重要な領域である。機密文書が一般公開されたり、関係者との対談によって新事実が陽の目を見ることがある。たとえば、「パンデミック条約を取り巻く水面下の攻防戦!国家主権を超えるネットワークは果たして世界を牛耳ってしまうのか?原爆の新たな証言も明らかに」と題されたユーチューブ動画がある。これは2023年11月28日付けの参議院議員の西田昌司氏と衆議院議員の原口一博氏の対談である。(この対談で明らかにされた広島・長崎への原爆投下に関する新情報の部分をここに抜粋しておこう。
(7:45-8:59)
原口一博:米国へ行ったって言ったじゃないですか。それで原爆を落とした人たちの証言をずっと集めた「Why Japan?」ていう本を書いたマキジャニ(Arjun Makhijani)さんていう人に会ったんです。そしたら、彼は、あの、いわゆるマンハッタン計画の計画者たちにインタビューしてるんです。
西田昌司:はい、はい。
原口一博:なんと日本に原爆を落すっていうのが決まってたのは1939年なんです。
西田昌司:ああ。始まる、戦争始まる前か。
原口一博:始まる前なんです。ああ、落とすっていうことがあのマンハッタン計画の計画者の中で・・・
西田昌司:その時にはもうマンハンター計画やってたんですか?
原口一博:やってたんです。
西田昌司:うん。
原口一博:で、Why Japan? なんでドイツじゃなくて、日本なのかと。「じゃ、民族的なあれですか?」って聞いたら、「そうじゃない。」
西田昌司:そうじゃないんですか。
原口一博:つまり、日本はその時原爆の開発が遅れていて、あの、「オッペンハイマー」っていう映画が向こうであれだったけど、結局、その、間違って不発だった時に、ドイツに落としたら即反撃されると。だから、日本なんだ。で、その資料、僕見てきましたけど、あれ、広島・長崎に落とすなんて、あれ、50万人の米兵を助けたって言ってるじゃないですか。それは全くの嘘で。
西田昌司:うん、うん。
原口一博:あれ元々は島嶼部かなんかに落とすつもりだったんです。
西田昌司:ああそうですか。
原口一博:うん。で、それを人体実験。
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上記に抜粋した部分は多くの事柄をわれわれに教えている。マンハッタン計画の研究者らはドイツと日本のどちらを選ぶかに当たって、日本にした。投下した原爆が不発に終わって、たとえ敵の手に渡ったとしても、日本からの反撃のチャンスはより少ないであろうとの判断があったからだという。日本へ原爆を投下する場合、当初の考えはどこかの島への投下であったという。だが、それは都市部への投下に変更された。彼らは武器を作ったのだから、人体への影響を見たかったのだ。政府の指導者や科学者らにとっては当然の論理であったのであろう。
米国内では日本を降伏させ、第二次世界大戦を終わらせるためには原爆の投下が必要であったとする考えが支配的であったが、同時にそれは大きな反論を招いた。原爆の投下は軍事的には必要なかったとの見解があった。つまり、必ずしもすべてを説明す得るものではなかったようだ。これは別途ご紹介したいと思う。
80年前、広島や長崎で自分の体によって石段や石畳上にくっきりと影を残して蒸発して行った人たち。奇しくも、彼らが残した影はその後何十年も原爆がもたらす残虐さや恐ろしさを後世に伝えることとなった。
この8月、事実に向き合い、ひとりの人間としてまっとうな理解をしたいものである。邪悪な心を持った連中との闘いは決して終わってはいない。永遠の闘いである。神によって課された人間に対する試練である言えよう。ウクライナが、そして、ヨーロッパが核の戦場になるかも知れないのである。今、人類の英知が試されようとしている。
参照:
注1:80 years later, Americans have mixed views on whether use of atomic bombs on Hiroshima, Nagasaki was justified: By Emma Kikuchi, Jul/28/2025
<転載終了>





キリスト教徒がキリスト教徒に過去に例の無い大量破壊兵器をブチ込むという畜生行動をやった訳ですから
genkimaru1
が
しました