https://yocchan-no-blog3.blog.jp/archives/10834539.html
<転載開始>
ここに「日本:西側の強国の中で最初に倒れるドミノ」と題されたジョン・ミアシャイマー教授の動画がある(注1)。
その前書きは下記のように述べている:
ジョン・ミアシャイマーによる本作は日本が西洋秩序の衰退を示す早期警告信号となっている状況を深く分析している。この動画では、日本が単に経済的困難に直面している国ではなく、米国とヨーロッパの未来を映す鏡である理由を解説する。米国と中国の間で激化する権力競争の時代において、ジョン・ミアシャイマーは人口減少や金融の不安定、安保依存、サプライチェーンの混乱、中国の地経済的影響力の台頭といった重要な要因を分析する。これは地政学や地経済学、権力の衰退、そして21世紀におけるリベラリズムの限界についての説得力のある議論である。米国の権力衰退、日本の戦略的役割、国際秩序の未来、あるいはジョン・ミアシャイマーの現実主義理論に関心がある方々にとってこの動画は必見である。
注:この動画は日本語の音声でも聴くことができる。だが、私が入手したいのは文字化された記録だ。文字起こしは英語でのみ入手可能であるので、ここに和文での仮訳をしてみた。それを読者の皆さんと共有したいと思う。さらには、この動画の編集にはAIも使用されたという。そのせいかどうか、文字起こしした英文はなぜか読みやすいという印象があった。
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今日の日本を見ると、単なる経済の減速ではなく、それ以上のものが見えてくる。私はまさに冷戦後の秩序全体に関して生体解剖を見ているかのようだ。世界が永遠だと思っていたものが、あたかも有効期限を迎えたことを静かにリアルタイムで警告しているかのようである。かつて安定した先進的なハイテク社会の教科書的な存在であった日本は、今や、人口減少による崩壊、戦略的依存の息苦しさ、そして、容赦のない地政経済的圧力という危険極まりない交差点に立たされている。そこで起きていることは単なる地域的な関心事ではない。終わりのないグローバリゼーション、米国による安全保障の保証、無限の金融トリック、等が現実を永遠に凌駕できると信じていたすべての国々に訪れる状況の予告編なのである。
ソ連邦が崩壊した後、ワシントンは自分たち自身と同盟国に歴史は制御されたものだと信じ込ませた。同盟国は高付加価値のニッチ市場に特化し、汚れた作業や労働集約的な仕事はすべてアウトソースし、防衛予算を最小限に抑え、米国に海上航路の警備や悪者の抑止を任せればよいと考えた。日本はそのようなビジョンを完全に受け入れた。産業部門全体を空洞化させ、サプライチェーンをアジア、主に中国へと送って、自らを米国やヨーロッパの消費者向けの巨大な輸出プラットフォームに変え、軍事費を数十年間にわたりGDPの1%未満に抑え続けた。貿易が摩擦なく行われ、米国の第7艦隊が挑戦も受けずに航行する限り、このモデルは素晴らしいものに見えた。
しかし、過剰な拡張の上に築かれた帝国や秩序は必ず自らの矛盾の下で崩壊する。そして、列強間の対立は、今、再び激しさを増して、戻ってきた。今日東京で見られる亀裂はリベラルな国際秩序全体において目にすることができる最初の亀裂である。日本の状況が非常に示唆的であると思えるのは、かつて東京が頼っていた従来のあらゆるショック吸収装置が、外部世界の圧力によっていかに速く圧倒されてしまうかという点だ。中国の貿易、観光、技術、そして、何より重要な鉱物資源における圧力は、戦略的ライバルの供給網に深く組み込まれた先進国がいかに無防備になり得るかを顕わにしている。同時に、日本は典型的な中堅国の罠に捉えられており、軍事的には遠くの保護者である米国に依存しつつ、経済的には隣国の巨人である中国に人質として囚われているのである。たとえ東京が台湾に関して口先だけの行動を取った瞬間でさえも、北京は対日観光を制限し、レアアースの輸出を脅かし、あるいは、静かに消費者のボイコット運動を促すことができる。そして、日本ではその痛みが即座に現れる。それが21世紀における新しい権力の顔なのだ。これは、軍事的対応が組織されるよりも遥かに迅速に、戦略的に計算された経済的打撃を与えるのである。
金融面においては、日本は過去30年間、最も純粋で極端な形の西洋式実験を行ってきた。数兆円規模の景気刺激策、ゼロ金利もしくはマイナス金利、日本銀行は他のどの中央銀行も敢えて行ったことのないような規模で株式および国債を購入。それでも経済成長は乏しく、賃金は停滞している。そして、今や、国債市場でさえ反発の兆しを見せ始めている。日本国債の利回りがわずか0.5%上昇しただけで、総債務額がすでにGDPの230%を超えているため、国家財政の仕組み全体を揺るがすのである。市場はいかなる金融の妙技も算術や人口動態を永遠に覆し通すことはできないというメッセージを送っている。労働力は文字通り減少し、生産性の伸びが鈍化している中、この国は自国の生産性以上に消費し続けることはできない。とは言え、日本だけが孤立しているわけではない。同じ力、すなわち、人口の高齢化、分断されたサプライチェーン、地政学的リスクプレミアム、そして、金融手段の限界がヨーロッパ諸国や米国にも嵐の雲のように迫っている。日本は、単に、これらすべての重荷を最も早く経験した先進国であるに過ぎないのだ。西洋諸国がまだ「すべては順調だ」と自分たちに言い聞かせている間に、日本は歌うのを止めたカナリアのような存在だ。
もしもあなたがこのチャンネルをしばらく見ているならば、私が何年も前からこうした構造的変化について話してきたことを知っていることであろう。もしも今回がが初めてならば、ようこそ。ぜひチャンネル登録して、ベルを鳴らしていただきたい。毎週行っている深掘り動画を見逃さないためにも、チャンネルの成長にも本当に役立つし、この物語がリアルタイムで展開する中で情報を逃さずに済むことであろう。
日本を引きずり下ろすであろう最大の要因は人口動態である。そして、地球上のどの中央銀行にもこれを解決するほどの威力のある印刷機を持ち合わせてはいない。労働力の減少、増え続ける高齢者人口、そして、数十年にわたるほぼゼロの生産性の成長は金利政策では治せないスローモーションの災害を生み出す。東京はあらゆる手段を試した。マイナス金利、ステロイド的な量的・質的緩和、イールドカーブ・コントロール、上場投資信託の直接購入。これらは名前がつけられるすべての非伝統的な手法を示す。日本はこれを発明したか、あるいは、長い間磨き上げてきた。投資家たちは日本の制度的な規律と社会的な結束を信頼していたため、それに付き合ってきた。しかし、信頼には消費期限がある。最近何度もそうであったように、日本国債の利回りが急上昇する時、それは単なるテクニカルな調整ではない。市場は「もうその話を信じていない」と言っているのだ。信頼が崩れれば、借入コストは上昇し、日本のような負債を抱える国は高金利に長くは耐えられない。10年物国債の利回りが1%から2%に上がるだけでも、年間数十兆円もの利息費用が増加する。その資金はどこかから絞り出さなければならない。まさにこの瞬間、人口動態の現実と金融の幻想とが正面衝突するのである。現在の世代よりも数が少ない次世代から借りることはできないし、その次世代はさらに減り続けている。生産の割合が縮小しているにもかかわらず、消費のGDP比率を高く保つことはできない。日本は、今や、人口ピラミッドが人口の墓石に変わろうとしている状況から財政的に逃れる方法はないことを最も厳しい形で証明しているのである。たとえ地政学的環境が穏やかであったとしても、人口動態問題だけでも十分に難しい課題となるであろう。日本はもはやそのような余裕を持ってはいない。予測可能なエネルギー輸入、安定した大国関係、ほとんど何も要求しない米国の安全保障の傘という快適な世界環境はもはや存在しないのだ。
今日、東京は毎日のように中国との経済的な絡みとワシントンとの軍事的な連携の間で選択を迫られている。その選択は戦略的には不可能だ。なぜならば、両方を同時に必要とし、どちらも完全には信頼できないからだ。日本は過去10年間、オートメーションとロボット工学で人口減少の影響を相殺できるとしてそれに賭けてきた。国内では労働者一人当たりの産業用ロボットの数で世界をリードしている。しかし、最も高度なロボットであってさえも地中から希少金属を掘り出すことも、精製することも、日本の工場へ運搬する海路を守ることもできない。技術は人的資本を拡張することはできるが、鉱物資源やエネルギーを空中から生み出すことはできない。そして、もしもこれらの資源が戦略的競争相手によって管理され、電話一本で供給を止められる可能性がある場合、技術的な卓越性は解決策では在り得ず、非常に高価な装飾品に過ぎなくなる。その結果、30年間にわたって困難な選択を先送りしてきた国は、今や、それらすべてについて一度に直面せざるを得なくなっている。かつて全能に見えた金融政策の手段は、今ではまるで万能テープのように見える。かつて勇敢に思えた財政刺激策は、今ではパニックのように見える。そして、かつては移民政策の改革や女性の労働力増加で対処可能に思えた人口動態の傾向は、今では生存の可否を問う課題のように見える。
日本は、すべての西洋型経済モデルに関する包括的なリアルタイム・ストレステストの場となっている。日本が今日経験していることを米国やヨーロッパ諸国も明日経験することになるであろう。ただし、その規模ははるかに大きく、失敗の余地はさらに少なくなる。私が日本と中国のますます不安定な関係を見つめるとき、もっとも強く感じるのは東京が新しいパワーの分布を完全に読み違えているという点だ。日本は巧妙な外交やささやかな経済的圧力で抑え込める地域的なライバルと交渉しているわけではない。日本が相手にしているのは世界最大の製造大国であり、ほぼすべてのグローバルサプライチェーンの不可欠な中核であり、現代技術を可能にする材料のほぼすべてを独占している国である。簡単に言えば、中国は工場そのものだ。日本はその工場の上に築かれた高級ブティックであり、米国はそのブティックを守ることを約束する遠い地に存在する家主であるが、自分自身の支払いすらままならなくなってきている。しかし、近年、東京はある部分では米国の促しから、他の部分では本物の恐怖から、特に台湾に関してより対立的な姿勢を取ることを選択してきた。これは歴史的な誤算だ。現在、北京は日本の経済に対して複数の切り札を握っており、その事実を東京に突きつけることを躊躇することはない。希土類元素や黒鉛、ガリウム、ゲルマニウムといった中国が市場シェアの70〜95%を占める戦略的重要資源のリストは長く、日本の計画者には恐ろしいものだ。北京が輸出規制を示唆するだけで、日本の工場は在庫を月単位ではなく日単位で数え始める。観光分野もまた圧力点のひとつだ。中国からの訪問者は、もはや、あれば嬉しいという程度ではなく、日本のサービス経済の大部分にとって欠かせない存在となっている。北京政府が発するたった一通の旅行警告によって大阪から北海道に至るまでのホテルが一晩で空になることがある。これは理論上の話ではない。2012年の尖閣諸島を巡る出来事でも実際に起こった。日本が台湾についてより公然と話し始めた際にも再び見られた。そして、東京が今後北京の引いた線を越える時にも再び観察されるであろう。
その一方で、日本は米国との同盟をより重視する方向に傾き、ワシントンが中国の強気な行動を抑止してくれることを期待している。しかし、米国が台湾に対して戦略的曖昧さを維持するのには理由がある。米国はこれまで正式に防衛を約束したことのない島を巡って戦争に巻き込まれることなんて望んではいない。日本は保護者である米国よりも大きな声で、より明確に発言することによって、極めて危険な溝を生み出してしまった。報復に曝される一方で、その報復を北京にとってあまりにもコスト高にするだけの独自の軍事力も有せず、確実な米国の支援も期待できない。日本は保持する力も持たずに、最前線の位置に身を置くことになったのである。どんな重大な危機においても、それは決定的なパートナーではなく、単なる障害物となるリスクさえもある。これは国の外交政策がその物的基盤から逸脱した時に起こることだ。1980年代の日本は一時的に世界第2位の経済大国であり、技術的リーダーであり、世界の債権国であったため、大国のように振る舞う余裕があった。しかし、あの日本はもはや存在しない。今日の日本は縮小し、高齢化が進んだ国であり、防衛予算は中国の何分の一かに過ぎず、産業基盤は中国の供給なしには機能しない。不思議なことに、最近の外交的な発言はまるで1989年の頃のままであるかのように聞こえる。北京はこのギャップに気付いており、それを冷静に利用している。
もしこのような率直な地政学的分析が役に立つと思ったならば、ぜひいいねとチャンネル登録をしていただきたい。それだけで、思っている以上に大きな違いが生まれ、このチャンネルが独立性を保ちながら主流メディアが見逃しがちな深い話をあなた方にお届けし続けることが可能となる。
さらには、米国の関税ショックを重ねると、日本の痛みはほとんど現実離れしたものとなる。米国が鉄鋼やアルミニウム、半導体、そして、基本的には動くものすべてに広範な関税を課すことを決定した時、ワシントン政府は自国の製造業を復活し、戦略的脆弱性を減少させると自分たちに言い聞かせていた。だが、実際には、逆の結果をもたらしたのである。関税は依存関係をなくすことはできない。ただそれをより高価にするだけだ。米国のメーカーは、現在、多くの基本的な資材に対して世界で最も高い価格を支払っている。これは、米国市場に輸出する日本の輸出業者、たとえば、自動車や機械、電子機器などにとって、コスト構造が突然大幅に高騰し、顧客はそれに直面することを意味する。注文はキャンセルされ、生産ラインは遅延し、利益は蒸発する。と同時に、米国の鉄鋼やアルミニウムを使用する日本企業は関税で押し上げられた価格を支払わざるを得ず、自社の利益率が大きく侵食される。結果として、日本は二重に打撃を受ける。その一度目はより保護主義的になった米国市場への輸出者として、そして二度目は価格が上昇した米国産商品を購入する消費者として。そして、ドルが依然として基軸通貨であるため、為替レートの影響がその痛みをさらに増幅する。おそらく最も大きな皮肉は米国の保護主義は実際に日本を経済的にますます中国に近づけてしまう。米国市場が予測不能になり、コストが急騰すると、日本のCEOたちは合理的な行動を取る。依然としてコスト競争力があって、政治的に安定している唯一の製造エコシステムである中国との結びつきを深めるのである。ワシントン政府は「切り離せ」と叫び、その後、北京に結びつきをより深く、より強固にする経済的インセンティブを与える。もしもこれが悲劇的ではないとするならば、これは実に滑稽だ。
米国自身も、今や、コストが高く、保護主義的で、分断された世界での再工業化は正しい戦略ではないことを実感しつつある。それは請求書が付いてまわる幻想に過ぎない。あえてすべての原料を高くする中で、21世紀の産業を再構築することなんてできない。自国の金融市場が株式買戻しを工場への投資よりも優遇する中で、忍耐強い資本を引きつけることなんて不可能だ。70年前の港や熱波で停電するような電力網を使って現代のサプライチェーンを運営することはできない。そして、毎年何兆ドルもの赤字を出しながらも市場に向かって「大丈夫、われわれは米国だから」と言いながら運営することも、もちろん、不可能だ。米国の産業的な罠は今や明らかになっている。海外へ出た工場を呼び戻すにしても、ワシントンはすべてを補助しなければならない。半導体チップやバッテリー、鉄鋼、船舶に至るまで、国内生産は政府の支援なしでは競争力がないからだ。しかし、補助金には支払いが必要である。それはさらなる借入、つまり、利払いの増加やさらなる通貨供給を意味し、それがまたインフレを引き起こし、コストはさらに上昇し、次の日にはさらに大きな補助金が必要になるのである。これは愛国心を装った破滅のループだ。日本はそのパターンを認識しているため、同情と恐怖が入り混じった気持ちでこれを見る。日本自身も何十年もの間これと同じループの中で生きてきたが、人口動態は悪化し、落下を緩衝する準備通貨も持ってはいない。そして、これはパズルの最後における最も暗い部分に繋がっていくのである。
米国自身のインフレスパイラルと米ドルのシステムに対する信用のスローモーション的な危機。長年、米国は世界がドルを必要とし、米国の制度を信頼していたため、巨額の赤字を出すことができた。しかし、その信頼は、今や、綻びつつある。崩壊はしていないが、綻び始めているのだ。そして、今まさにその影響が感じられ始めた。新しい景気刺激策、関税緩和のためにばら撒かれる新たな小切手、新しい産業補助金のすべてが赤字を拡大させ、経済がもっとも対応できない瞬間にインフレという怪物を増幅させる。連邦準備制度(FRB)は不可能な三重苦に陥っている。金利を低く保てば、インフレが再び猛威を振るうのである。金利を上げてみたまえ。10年間の安価な資金に支えられてきたすべてのバブルが弾ける。たとえうまく針の穴を通すような政策を行ったとしても、議会が権利給付を削減したり、重要な増税を行う積りはないことから、構造的な財政ギャップは解消できない。その結果、国の債務は増え続け、利払いはさらに急速に増加し、予算の債務返済が占める割合は10年以内に防衛費と社会保障費の合計に匹敵するまでに達するだろう。いずれ、国債市場は収支バランスを考えずに国債を発行し続ける国家に対してリスクプレミアムを要求するようになろう。
その日が来れば、金融における米国の特異性の時代は終わり、東京からベルリンに至るまでの同盟国はすべてがその衝撃波を受けることになる。日本の危機は単に日本だけの問題ではない。それは、債務、アウトソーシング、魔法のような思考で効率を買うことには代償が伴うという事実を西側秩序の全体が一挙に突きつけられるというより大きなドラマの第一幕だ。
もしもこの分析に共感していただけたならば、ぜひチャンネル登録とこの動画の共有をご検討していただきたい。アルゴリズムは積極的な関与を重視するため、多くの人に見てもらえばもらう程、耳障りのいい物語が生き残るのはより難しくなるであろう。
今後の数年間、われわれは目を見開いた冷静な対話を必要とするであろう。なぜならば、日本が現在直面していること、つまり、人口の減少や金融の疲弊、地政学的圧力、そして、旧来の同盟がかつてのようにあなたを守ってはくれないというゆっくりとした認識、等、は決してアジア特有の例外的な状況ではなく、単に未来が一足早くやって来ただけの話なのである。そして、最も恐ろしいのは、東京は実際には非常に強力な立場から始まったにもかかわらずこうなったという点だ。結束のある社会、世界水準の技術、莫大な貯蓄額、そして、深刻な国内の反乱はなく、多くの国々が夢に見るような規律のある文化。そのような利点がすべて揃っていてさえも、日本は、支配された、あるいは、完全には制御し切れない危機に向かって足を取られつつあるのだ。
これと同じ力学がすでに分断され、債務を抱え、インフラが老朽化し、政治的に麻痺している社会に襲いかかったらいったいどうなるかを想像してみて欲しい。それを考えると、われわれは全員が夜眠れなくなるに違いない。なぜならば、1991年(訳注:ソ連邦が崩壊し、東西冷戦が終った年)以降、西側が築いてきた世界は決して自らを改革したわけではなく、糸一本ずつ、関税一つずつ、利回りの急上昇が起こる度に、空っぽのゆりかごがひとつずつ解けているからである。日本はアジアの病人ではない。それはまさに健康だった人が初めて医者に行き、われわれが何年ものあいだ無症状で抱えていた病気を発見したみたいなものだ。そして、もしもわれわれが過去30年間、自分たちには不要だと言い聞かせてきたような根本的な手術を受け入れる積りがないならば、診断結果は末期だと言う。しかし、それはまさに手術のような対応だ。実際に機能する産業政策、実際に欠けている労働者を補う移民改革、実際に帳簿を均衡させる財政規律、限界を尊重する金融政策、そして、何よりも空想ではなく、現実に基づいた外交政策には西側の民主主義がここ何世代もの間見せたことのない規模の政治的勇気が必要なのである。ところが、これまでの反応はまさにその真逆だった。さらなる景気刺激策、さらなる関税、さらなる債務、民主主義対独裁に関するさらなるレトリック(訳注:ロシアを敵視する政治的発言やプロパガンダ)。工場、鉱物資源、人口動態のボーナスがすべて逆方向に動く中、日本が他の国々に伝えているメッセージは明確である。私たちがやっていることを続ければ、日本が直面している状況を私たちも直面することになる。ただし、より迅速に、より激しく、そして落下を緩めるクッションもより少ない中で。
あの冷戦後の過渡期は終わった。競争、分裂、そして、ハードパワーの時代が到来している。そして、新しい時代の重みを最初に感じる先進国にとっては否定はもはや選択肢ではないことをもっとも明確な言葉でわれわれに伝えている。警告を無視すれば、それは自らの危険を招くことになる。なぜならば、今日日本で起きていることは例外ではなく、リハーサルであるからだ。そして、いよいよ本番が始まる時、リハーサル中に代名詞や文化戦争、誰が最大の景気刺激策を受け取るかについて議論していた国々は脚本がすでに人口動態や地理、そして、産業力の鉄則によって書かれていることに気付くであろう。われわれは誰もが即興でその状況を切り抜けることはできない。悲劇は警告の兆候を見ようとする人には誰にでもそれが見えていたという点にある。日本ではこの20年間ネオンのように鮮明な警告を発して来た。そして、患者を研究する代わりに、西洋の他の国々は自分たちを殺しつつある薬をより膨大な投与量で処方し続けて来た。もっと多くの借金、もっと多くの金融実験、より多くのアウトソーシング、技術に対して甘い期待を抱き、すべては魔法のように解決できると思い込もうとして来た。
われわれは、今や、副作用を一時的だとして無視することはできない段階に来ている。現在の米国が実際にどこに立っているのかを考えてみよう。株式市場の高騰やAIの熱狂は一旦忘れよう。実体経済を見てみよう。製造業のGDPに占める割合は、関税や「アメリカ第一」のスローガンにもかかわらず、トランプが初めて大統領に就任した時よりも低くなっている。財貨の貿易赤字はかつてないほど大きい。経常収支の赤字は再工業化を進めているとされる経済で再びGDPの5%に近づきつつある。連邦債務の利払いはすでに国防費を上回っており、数年以内には社会保障以外のすべてを上回る見込みである。主要年齢層の男性の労働力参加率は依然として2008年前の水準を下回っている。非高齢者の教育を受けた労働者の実質賃金の中央値は数十年にわたってほとんど変わっていない。そして、どんな真剣な工業国にも必要なインフラも不足している。現代のコンテナ船に対応できる十分に深い港、信頼できる電力網、ミームではない高速鉄道、崩れかけの橋梁、修復するよりも速く劣化していくインフラ。これらは再生の姿ではない。これは、資本(金融資本、物的資本、人口資本、地政学的資本)に依存して生きる文明の姿であり、その資本を所得だと自分に言い聞かせ、パーティーは永遠に続くと信じているという状況なのである。
中国は、実際に非常に大きな問題を抱えているとしても、少なくとも物作りは行っている。港湾、鉄道、工場、鉱山、製油所、太陽光発電所、グリッド規模のバッテリー、そして、新しい都市全体を西側が1950年代以降見たこともないようなペースで建設している。毎年、米国の4倍も多くのエンジニアを輩出している。希土類元素は10倍もの量を生産し、精錬能力の85%を掌握しており、今では、我々が支配したいと主張しているほぼすべてのグリーンエネルギー供給チェーンの分野で世界のリーダーとなっている。北京が債務や住宅バブル、高齢化問題を危機もなしに管理できるかどうかは未解決の課題だ。しかし、西側が一世代にわたって匹敵することができないような産業基盤をすでに築いているのかどうかについては疑問の余地がない。そう、それこそが新たな世界的な不均衡の核心だ。一方は、依然として大規模に実物を生産する能力を持っている。他方は、金融市場、文化的ソフトパワー、過去から続く準備通貨、どこにでも展開できる軍事力を持っているが、その軍を維持するため、あるいは、戦時に自国で弾薬を生産するために必要な産業基盤にはますます欠けているのが現状である。
日本はこの地殻変動のど真ん中に位置し、これらのプレートの間に挟まれ、圧迫される。米国の安全保障は必要であるが、米国の保護主義を受け入れる余裕はない。中国の市場や鉱物資源は必要であるが、中国の圧力を政治的に受け入れることはできない。若い労働者も必要であるが、文化的理由から大規模な移民は拒否している。財政規律を必要とするが、政治的には赤字支出に依存している。前進するどの道筋も何十年にもわたって日本の政策を定義してきたタブーを破ることが求められ、必要な変化の大きさを前にして政治システムは麻痺し、動けない。その結果、慎重さを装った政策は漂流し、名案として売り込まれる対策は中途半端で、誰もが目にするのだが誰にも止められない緩慢な沈降が生じる。
ここまで読んでいただき、どうもありがとう。こうした動画を作るには数日をかけて調査し、文章を書く必要がある。そして、あなたがまだここにいてくれるということ自体に非常に大きな意味がある。次回を絶対に見逃したくはない場合、信じていただきたいのだが、この物語の次章はすぐにやって来ると思う。購読とベルのクリックをお願いしたい。これこそが容赦なく独立した分析を支援していただく際の最善の方法なのだ。なぜならば、この物語の一撃はこれからさらに厳しくなるからだ。
ヨーロッパを少し見てみよう。ここでも同じ人口構造の崩壊、同じ金融緩和への依存、同じく安全保障で米国に依存し、エネルギーや工業原料で競合に依存する状況があるが、結束はさらに弱く、日本のような貯蓄の余力もない。この大陸の産業の中心であるドイツでは自動車産業が中国のEVに圧倒され、化学大手は安価なロシア産天然ガスの喪失によって打撃を受け、工作機械産業は米国の保護主義と中国の規模に市場シェアを奪われているのを見てきた。フランスは戦略的自立を語りつつも、ワシントンに液化天然ガスの出荷を頼んでいる。EU全体としては、物品の貿易赤字が巨額で、それを逆転させるような現実的な計画は持っていない。西側全体が一度に気付きつつあるのは、製造業のアウトソーシング、デフレの輸入、そして、未来からの借り入れに基づいた生活水準には賞味期限があるということだ。その期限はすでに過ぎており、グローバル・サウスが注視している。かつて西側を唯一の選択肢と見なしていた国々はひそかに一帯一路の契約を結び、BRICSサミットに参加し、人民元やルピーで取引を行い、米国が印刷したお金で消費をまかなったり、輸出品に関税をかけたりする中で、なぜ自国の資金で米国の赤字を支え続けなければならないのかという厳しい疑問を投げかける。
これは道徳のドラマではない。これは物的なドラマだ。権力は生産に従う。昔も今も、そして、これからも。より安く、より早く、大規模に物を作れる側が勝つ。できない側は民主主義について説教をしたとしても、やがて誰も聞いてはいないことに気付く。日本の悲劇はこれを理性的にすべて理解していながら、それに基づいた行動ができないことにある。それは、喫煙に関するあらゆる研究を読破したにもかかわらず、喫煙をやめられない患者のようなものだ。社会はあまりにも高齢で、あまりにも快適で、リスクを避け過ぎ、永続的な成長と米国の覇権のために設計された制度に縛られ過ぎている。だから同じ薬をもう一度投与し、収益がわずかに上がるのを見て、またひとつ工場が閉鎖されたり、ベトナムやメキシコに生産が移って行くのを見ても、「まだ時間はある」と言い聞かせる。しかし、実際にはもう時間はない。西洋全体についてもまったく同じことが言えるのである。
新しく出現しつつある世界は古い冷戦的な意味における二極化した世界ではない。それは多極化し、断片化し、残酷なものになるであろう。影響圏は硬直化し、サプライチェーンは武器化され、技術標準は分岐する。資本は金融工学に優れた国へではなく、依然として物作りができる国へと流れる。そして、通貨よりも製油所や鉱山、製造業の支配が重要になる。そのような世界において、日本のような中堅国はもっとも厳しい選択に直面する。容赦なく適応するか、適応させられるかのどちらかであろう。米国は真に再建を行うかどうかという選択を迫られる。それは数十年にわたり政治的な痛みを伴う。第二次世界大戦以降、政治家が国民に要求したことのないような犠牲を伴うか、それとも、ますます大量の金融緩和と愛国的な言い回しによって覆い隠された管理された衰退となるかのどちらかであろう。ヨーロッパにはほとんど選択肢がない。政治的には不可能な大陸規模な再工業化をするか、あるいは、優れた美食と重要性についての消えゆく記憶だけが陳列されている大規模な屋外博物館になるのかの二択を強いられることになる。どちらの結果であっても避けられないわけではないが、必要な手術を先延ばしにすると、年ごとに患者からの出血は少しずつ増して行く。日本がその証拠だ。
人々が私に西洋経済に関して弱気か、それとも、強気かと尋ねる時、私の答えは簡単だ。変化を拒む西側に対しては私は弱気であって、現時点で西側に対する他の助言は存在しない。自身の幻想に向き合い、産業基盤を再建し、収入の範囲内で生活し、単極的な祝祭の日々が終わったことを受け入れるだけの意欲のある西側。そういう国こそがなおも誇り高く、繁栄する未来を実現することができる西側である。しかしながら、それを実現するには、われわれに欠けていたリーダーシップ、われわれが示してはこなかった勇気、そして過去30年間意図的に避けてきた正直さこそが必要なのである。
日本は深淵を覗き込み、目を閉じた。われわれ残りの連中はその深淵はまだ存在しないふりをしているが、実際に存在するのである。そして、今、その深淵に日本は直面している。明日はわれわれが直面することになる。
もしもこの動画があなたに何かを考えさせ、いくつかの心地よい前提を揺るがすものであったならば、ぜひシェアしていただきたい。関税が生産工場を国内に戻すとまだ信じている人たちや、人口減少を景気刺激で乗り切れると考えている人たち、あるいは、中国が善意だけでわれわれの財政赤字をずっと支援し続けると思っている人たちとシェアしていただきたい。
より多くの人たちが現状をはっきりと理解すればする程、わずかではあろうが、われわれが集団として別の道を選ぶ可能性は高くなるであろう。なぜならば、われわれが進んでいる道を辿ると、日本が今日直面しているのとまったく同じ結末に辿り着くであろうからだ。技術的には高度で、文化的には豊かで、制度的には礼儀正しい。しかし、構造的には絶望的である。われわれが経済学を権力から切り離して考えられる時代は終わった。消費が生産を永遠に上回り続けられると見せかける時代もまた終わったのである。米国の覇権がみんなの支払いを無限に肩代わりしてくれると信じる時代は終わった。日本は例外ではない。それは雛形であり、もしもわれわれが日本が大きな代償を払いながら自らに教えようとしている教訓を学ばなければ、われわれはまったく同じ坂を同じように転がり落ちることになる。だが、出発条件は日本の場合よりも悪く、残存する強みもより少なくなるであろう。
世界は終わってはいない。バランスを取り直しているだけだ。そして、このバランスの取り直しは豊かな時代に善意や巧妙な金融工学が物作りや子育ての代わりになると信じて過ごしてきた者たちには決して優しくはない。日本は今そのことを知っている。もうすぐわれわれもそれを知ることになるだろう。
ここまでつき合ってくれた方々にありがとうと言いたい。この物語の展開を追い続けたいならば、そして、今後の5年間の展開は過去30年よりもずっと速くなるので、チャンネル登録と通知オン、そして、下のコメント欄での会話にも参加していただきたい。このチャンネルがどんなに不快であったとしても、誰かがやらなければならないので、できる限り正直に真実をお伝えしたいと思う。それでは、次回またお会いしましょう。
***
これで全文の仮訳が終了した。
世界はルネッサンス期を経て、西欧の人々は目覚め、封建時代に別れを告げた。大航海時代や植民地開拓、産業革命、市民国家の成立を経験し、資本主義時代に突入し、競争社会が現出し、幾多の戦争をもたらした。200~300年にわたる資本主義、自由主義、民主主義、社会主義といった文明思想上の試行錯誤を経て、今、それは終焉を迎えつつあるという。
競争は過剰をもたらし、過剰な拡張の上に築かれた帝国や秩序は必ず自らの矛盾の下で崩壊する。無限に続くと思われていた世界秩序にも賞味期限があって、その期限はすでに過ぎてしまった。
そして、その終焉のプロセスに関して、今、日本が予行演習を行っており、全世界に警告を与えようとしている、とジョン・ミアシャイマー教授は述べている。
好むと好まざるとにかかわらず、われわれ日本人は、今、その大舞台において主演者の役割を演じさせられているのである。
その後は、いったいどのような新しい世界がわれわれを待っているのであろうか?
必ずしも悲観的になる必要はないのかも知れないが、著者の論理の展開を追っていくと、私自身にはそれに反論する知識や情報、あるいは、思想を持ち合わせてはいないことから、まったく無防備の自分を発見せざるを得ない。少なくとも、あれこれと考えさせられる示唆に富んだ内容であることに間違いはない。
読者の皆さんはどうお思いであろうか?
私の頭の中には、今、切実な願望がある。ウクライナ戦争を通じて露呈した西側世界の指導者たちや主流メディアの間にはロシア恐怖論が蔓延している。ロシア人は悪魔だという。この精神構造にメスを入れて、深堀りをして欲しいと思う。なぜならば、ロシア恐怖論こそが旧ソ連邦の崩壊以降に西側がとった対ロ戦略の間違いのど真ん中に位置していると思えるからだ。その結果、ウクライナにおける対ロ代理戦争では無数のウクライナ兵の戦死や国外脱出・移住によって2000万人もの人口減少が起こったという。ウクライナの人口はほぼ半減した。
このロシア恐怖論、あるいは、ロシア人は悪魔だという西側の精神構造をジョン・ミアシャイマー教授の次回の講義のテーマに採用していただけないだろうか?
参照:
注1:Japan: The First Domino in the Fall of Western Power | John Mearsheimer: By FOX NEWS, https://youtu.be/_3lnQrZ0V4A?si=VkSqtsTBticuoqf8, Nov/30/2025
<転載終了>

この論考では中国を岩盤のような盤石な経済的・軍事的国家として描いているが事実は逆であり、中国こそ日本以上に急速に発展成長し、そして急速に崩壊しつつある国家なのである。 事実をきちんと直視すればこれが結論だ。
genkimaru1
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