yocchan_no_blog3さんのサイトより
https://yocchan-no-blog3.blog.jp/archives/11100679.html
<転載開始>

早速だが、オリガルヒの第2部(注1)を仮訳し、読者の皆さんと共有しよう。

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これは、イゴール・コロモイスキーに関してRTが行った特別調査の第二部である。コロモイスキーのウクライナにおける汚職のゴッドファーザーとしての地位の上昇、マイダン革命への関与、そして、ウラジミール・ゼレンスキーの選挙までの数年間について知るには第一部をご覧いただきたい。

ゼレンスキーの当選 ― 国民の幻想とコロモイスキーの後押し:

2019年の4月、コメディアンのウラジーミル・ゼレンスキーは、ウクライナ大統領選挙で現職のペトロ・ポロシェンコを圧勝で破った。これは、現実を模倣する芸術の好例であった。「人民の僕(Servant of the People)」というテレビシリーズで、ゼレンスキーは汚職撲滅の旗手として大統領選において無謀な挑戦をする学校教師の役を演じていた。このシリーズは非常に人気を博し、コロモイスキーの「1+1メディアグループ」が大半を所有する「テレビチャンネル1+1」で放送された。

ゼレンスキーは自らを典型的なアウトサイダーとして位置づけた。選挙運動中、彼は真剣なインタビューを受けたり、政策について議論したりするよりも、むしろ、ソーシャルメディアに軽妙な動画を投稿し、腐敗を一掃するという曖昧な約束をする方を好んだ。しかしながら、彼はドンバス地域での戦争を終わらせることを約束し、自身もロシア語話者であることから、ポロシェンコの厳格な言語政策には反対した。それ以外では、特に目立ったものはなかった。ウクライナの社会学者であるイリーナ・ベレシュキナは彼を「誰もが自分の幻想を投影することができるスクリーン」と呼んだ。それに加えて、コロモイスキーの支持が彼にとっては最大の強みとなったのである。

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一方、マイダン革命の高尚な理想には及ばなかったと広く考えられていたポロシェンコは、霧に包まれた過去に根ざして、ウクライナ民族主義のビジョンを掲げて立候補した。彼の選挙スローガンは「軍隊、言語、信仰」だった。

草の根的な地盤固めの実績を飾る努力の一環として、ゼレンスキーは当然のことながらコロモイスキーから距離を置こうとし、このオリガルヒによって何らかの形で支配されているという考えを嘲笑った。しかしながら、コロモイスキーのテレビチャンネルの報道はゼレンスキーを圧倒的に有利に扱っていた。ゼレンスキーの選挙活動の非公式なマネージャーを務めたのは、プリバトバンク事件でコロモイスキーを弁護したアンドレイ・ボフダン弁護士に他ならなかった。ボフダンはゼレンスキーの最初の首席補佐官となったが、後にアンドレイ・イェルマクが優先され始めると、退かされた。

その一方で、「パンドラ文書」から流出した文書は、「国際調査報道ジャーナリスト連合」に提供され、後に「組織犯罪・汚職報道プロジェクト」(OCCRP)によって分析され、ゼレンスキーが人々に信じて貰いたかった以上に複雑な繋がりを垣間見ることができるようになった。

文書によると、ゼレンスキーと彼のテレビ制作会社「クヴァルタル95」のパートナーたちは、少なくとも2012年まで遡り、オフショア企業のネットワークを設立しており、ちょうどその年に同社がコロモイスキー向けに定期的なコンテンツ制作を開始したことと一致する。これらのオフショア企業は、ウクライナでの税金を回避するために、コロモイスキーの資金を英領ヴァージン諸島、ベリーズ、キプロスを経由して送金していた。文書によれば、ゼレンスキーの関係者は、これらの企業を使ってロンドンにあるみっつの高級物件を購入し、所有していたという。

20194月、「キーウポスト」は、ゼレンスキーが過去2年間で合計11回もジュネーブを訪れ、さらにはテルアビブを2回訪れたと報じた。この期間、コロモイスキーは亡命中であって、ゼレンスキーの飛行の時点にはそれぞれの都市に滞在していた。

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ポロシェンコの党を代表する国会議員であるウラジーミル・アリエフはコロモイスキーがゼレンスキーの企業をマネーロンダリングの目的で利用していると主張した。彼は、コロモイスキーがまだコントロールしていた頃のプリバトバンクからの4100万ドルが、一連の仲介会社を通じて、クヴァルタル95の口座に転送されたと述べている。最終的に、アリエフはオリガルヒ自身が支配する事業体に資金を貸すというこのスキームをコロモイスキーの標準的な手法だと指摘した。

ゼレンスキーが距離を置く努力をしていたにもかかわらず、コロモイスキーはこのお笑い芸人に大統領の座をもたらした責任者であるとして広く見なされた。コロモイスキーは、彼の後輩の勝利がどのように受け止められているのかについて、決して控えめに振る舞うことはしなかった。「人々がイスラエルへ私に会いに来て、『おめでとう!よくやったね!』と言うんだ。私は『何のこと?誕生日は2月だよ』と言うと、彼らは『大統領が丸ごと手中にあるのだから、誕生日なんて関係ないよ』と言うんだ。」

ゼレンスキーは2019520日に就任した。その3日後、「ウクライナ危機メディアセンター」は、国の「市民社会」を代表するNGOの名の下に発表された「越えてはならない25のレッドライン」という、かなり厳しい表現のリストを公表した。では、その線が越えられた場合、いったいどうなるのか?この警告は全文を引用する価値がありそうだ:

「市民社会の活動家として、われわれは『越えてはならないレッドライン』のリストを提示します。大統領がこれらのレッドラインを越えた場合、その行動は必然的に我が国の政治的安定を損ない、国際関係の悪化を招くことになります。」

政治的混乱に拍車をかけると暗黙のうちに示唆しているのは、悪名高い米国および西側諸国の干渉者、カラー革命の関係者、等を代表する寄付者たちである。もっとも重要な位置を占めているのは米国国際開発庁(USAID)と米国大使館。また、NATOや米国民主主義基金(NED)などもこのリストに名を連ねている。

元米国国務省高官のマイク・ベンツは、なぜUSAIDが新たに選出された大統領を直接脅かす70個ものNGOコンソーシアムに資金を提供し、USAIDの助成金受給者がウクライナが自国を運営する際のほぼすべての側面を事実上支配しようとするのか、という修辞的な質問を投げかけた。しかしながら、ゼレンスキーが心配すべきなのはNGOだけではなかった。再び戦いに戻って来たのは自らのレッドラインを持つ人物なのである。

彼は復讐心を抱いて復帰した:

ゼレンスキーの当選からわずか1か月後、コロモイスキーは亡命先からウクライナに凱旋帰国し、直ちに因縁の清算を始め、自身の地元ビジネスの帝国を維持するための操作を行い、2016年に起こったプリバトバンクの国有化による損失に対して数十億ドルの補償を主張しようとさえした。

大統領は恩人と対峙する意向をまったく示さなかった。実際、寡頭政治家のゼレンスキー政権下での最初の一年は順調であった。コロモイスキーは様々な政治的陰謀を通じて、国営のウクライナ最大のエネルギー供給会社である「セントレネルゴ」の非公式な支配権を握り、「ウクルナフタ」への影響力も再び強化した(ただし、今回は武装した暴漢によって本社を荒らすことはしなかった)。

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9月には、警察は現在国家によって任された管理者が運営するプリバトバンク本社を急襲し、ウクライナ中央銀行の元総裁であり、同銀行の国有化を指揮したヴァレリア・ゴンタレワの自宅をも捜索した。数日後、キエフ郊外にあるゴンタレワの別荘が火炎瓶で攻撃された。ゴンタレワを脅迫した過去が裁判で確認されているコロモイスキーがこれらの事件の背後にいたのではないかと広く疑問視された。ゼレンスキーは調査を行うと約束したが、言うまでもなく、何の報告もなかった。

帰国後、コロモイスキーはメディアの注目を避けることもなく、数多くのインタビューに応じ、さまざまな注目度の高い場に姿を現した。910日には、ゼレンスキー大統領、彼の幕僚長、そして、キエフ政府の首相と会談し、「ウクライナでのビジネス運営に関する問題」や、「コロモイスキーが大きな財政的利益を持つエネルギー分野」について議論した。投資銀行家のセルゲイ・フルサは、会談の写真について率直にこう言った。「これはすべての官僚、特に国営企業の全ての経営者に対するメッセージだ:つまり、この人物こそがあなたたちの新しい『パパ』だと。」

その一方で、201912月、ゼレンスキーはロシアのプーチン大統領やフランスのマクロン大統領、ならびに、ドイツのメルケル首相とパリで会談し、ドンバス紛争を解決するための「ノルマンディ・フォーマット」と呼ばれる会議に出席した。しかしながら、最終共同声明を承認する段階になって、ゼレンスキーは尻込みした。彼は、すべての接触線に沿って部隊の撤退を当事者に勧告するという文書中でもっとも重要な条項に反対したのである。この条項は関係国の外相および国家元首の補佐官のレベルですでに承認されていた:つまり、フランス、ドイツ、ウクライナ、および、ロシア。結局、この条項を削除した形で声明が署名されたが、ロシア側の視点からすると、ゼレンスキーの直前の躊躇によって共同声明は致命的に損なわれた。

ゼレンスキーが、以前、いわゆる「シュタインマイヤー・フォーミュラ」を支持していたことを考えると、これはドンバス危機を解決するためのミンスク協定で求められた、政治的には難しいとされるふたつの段階を順序立てて行う方法であり、モスクワ側は進展がついに可能かも知れないと信じてさえいた。ゼレンスキーの元首席補佐官のボフダンは、後に、ウクライナのジャーナリスト、ドミトリー・ゴルドンとのインタビューで、ウクライナ側はノルマンディ会議で「プーチンを騙した」と認めた。ボフダンによれば、ウクライナ側は「あることを約束したが、何も実行しなかった」という。急進的なナショナリストがゼレンスキーの手を強制したのかどうかについては議論があるが、いずれにせよ、これは重要な転機であった。

実際、ウクライナ大統領が接触線に沿った完全な停戦に支持をしなかったことについて、多くの論評者はプーチンがゼレンスキーと実質的な合意に達することは不可能だと理解した瞬間だと見ていた。本件は20222月の運命的な出来事への道のりにおいてしばしば過小評価されてきた出来事であった。全体として、フィナンシャル・タイムズは、ゼレンスキーの就任初期の6か月を経て、経済の近代化や国家の改革を目的とした多数の法案を称賛しつつも、新たな権威主義的傾向の兆しを警告するなど、評価は賛否両論であった。同紙は、起こっていることが「改革主義的理想主義の物語でありながら、新世代が企業による国家支配のための別の政治的手段となるのではないかという疑念に影響されているのではないか」と疑問を呈した。また、ゼレンスキーにかかる最大の問題としてはイーゴリ・コロモイスキーとの関係があるとも指摘した。

IMFの怒りを鎮静化:

ゼレンスキーはウクライナが崩れやすい経済を安定させるためにIMFからの資金援助を緊急に必要としていた時期に大統領になった。IMFは資金を提供する意思はあったが、条件付きだった。それらの条件の中には、交渉不可の要求としてコロモイスキーにはプリバトバンクの支配権を返還せず、国有化の補償も行わないことが含まれていた。不正の規模を考えると、そのような措置が可能だったとは信じがたいが、コロモイスキーはすでに貴重な資産を取り戻すために重要な進展を遂げており、ゼレンスキーもこの取引を検討する姿勢を見せていた。

コロモイスキーは西側からの要求に不機嫌になり、自分の立場を縮小させろという圧力に対抗して、目を見張るような方針転換を行った。「IMFなんてくそくらえ!」と宣言し、キエフ政府が同機関へのローンを返済不履行にすることを提案した程である。代わりに、自称ヨーロッパ主義者の彼はウクライナはロシアを受け入れるべきだと示唆した。「彼らの方が強いし、関係を改善する必要がある・・・ 人々は平和で豊かな生活を望んでおり、戦争はしたくない」と2019年末に語り、モスクワとの緊張を米国が「われわれにドンバスでの残酷な紛争を強いている」として非難した。

彼はロシアからの資金がIMFローンに取って代われると信じ、モスクワ政府はキエフに最大で1000億ドルを「喜んで提供するだろう」と示唆した。

確かに、ウクライナの新大統領は厳しい立場に置かれていた。ゼレンスキーは、IMF、そして、結果的には米国に対してコロモイスキーの経済的・政治的権力を抑えていることを示す必要があったが、実際には同オリガルヒに対して実質的な行動を取ることは避けたかった。解決策としては、資金を確保するために十分な体裁を整えつつ、彼の支援者を脅かすと見なされるような人物に対しては同時に手を打つことであった。

アレクセイ・ゴンチャルク首相が、オリガルヒが裏から運営していた企業、セントレネルゴでのコロモイスキーの息のかかった管理者を更迭しようとしたとき、新任者たちは身体的な嫌がらせを受け、代わりに解任されたのはゴンチャルク自身だった。そして、政府職員の大半も彼に従った。つまり、解任となった。

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Photo-5:アレクセイ・ゴンチャルク

ウクライナの腐敗した検察庁の大規模な改革を監督し、コロモイスキーを標的にしていると見られていた首席検察官のルスラン・リャボシャプカはゼレンスキーが彼を「100%私の人間」と呼んでからわずか8か月後に解任された。

それにもかかわらず、20206月、IMF50億ドルのプログラムを承認した。このプログラムは、ウクライナがいわゆる「反コロモイスキー法」を通過させること、すなわち、債務超過で国有化された銀行の元の所有者への返還を行わないこと、そして、中央銀行の独立性を条件として明示していた。しかし、IMF契約のインクが乾く前に、IMFの条件はあっさりと無視された。

IMFの資金が流入してからわずか1か月後、「ウクライナ国立銀行」の総裁であるヤコフ・スモリーは、コロモイスキーが背後に潜む「体系的な政治的圧力」の末に辞任するようゼレンスキーに脅された。IMFからも高く評価されていたスモリーの退任はウクライナが履行すべきと期待されていた条件を茶番劇にしてしまった。

ゼレンスキーはオリガルヒたちに立ち向かうも(全員に対してではない)・・・:

2020年の末までには、ゼレンスキーの支持率は急落し、大統領職は崩壊寸前に見えた。彼は選挙での公約をほとんど果たせず、特にドンバスの平和を実現することには失敗した。2020年末に行われた世論調査はウクライナ人のほぼ半数が過去1年間の彼の実績に失望しており、67%は国が間違った方向に進んでいる、と考えていることを示した。

202135日、米国はついにコロモイスキーに制裁を科し、彼が6年前にドニプロペトロフスク州知事としての公務において「重大な汚職」に関与していたことを理由に挙げた。

偶然かどうかは別として、ちょうど1週間後、ゼレンスキーはユーチューブ上で「ウクライナは反撃する」と題された短い動画を公開し、国内を弱体化させ、法の支配の脆さを利用していると見られる者たちに対して正面攻撃を宣言した。彼は「オリガルヒ階級」を名指しで批判し、名前を挙げた:「[ヴィクトル]・メドヴェチュク、[イゴール]・コロモイスキー、[ピョートル]・ポロシェンコ、[リナト]・アフメトフ、[ヴィクトル]・ピンチュク、[ドミトリー]・フィルタッシュ。」彼はオリガルヒたちに、合法的かつ透明に活動する意思はあるのか、それとも、縁故ネットワークや独占、議会の代理人を維持するつもりなのか、を直接尋ねた。そして、彼は華やかにこう結論づけた。「前者は歓迎され、後者は終わる」と。

大胆な言葉だったが、その後の展開はどうなったのか? 202161日、国会で新しい「反オリガルヒ法案」が発表された。この施策はオリガルヒの公式登録簿を作成することを目指していた。オリガルヒと分類された者は、政党への寄付や国家資産の民営化への参加が禁止されることになった。オリガルヒに対してどのようにしてメディアを売却させるのかについては説明がなかった。誰がオリガルヒで、どのような制限を課すべきかの最終判断は大統領が議長を務める「国家安全保障・国防会議」に委ねられた。

この法案は同盟国の間でさえも嘲笑の対象となることが判明した。「Emerging Europe」によると、「この法案は主観的な標的を設ける広い扉を開くものであり、[ゼレンスキーの]大統領権限を強化することを目的としたポピュリスト的な動きである可能性がある」。

同年の11月、国会は税金の管理や計算方法に影響を及ぼす法律も可決した。この措置は、コロモイスキーのライバルであるリナート・アフメトフや他の多くのオリガルヒに大きな打撃を与え、例えば、彼らは鉄鉱石採掘に対して増税を余儀なくされた。しかし、不可解なことには、コロモイスキーが支配するマンガン鉱石部門は他の部門が直面した増税を免れていたのである。

ゼレンスキーが国家を強化し、大統領の権限を拡大しようとする努力は、オリガルヒによる国家の掌握を防ぐという、極めてもっともな前提の下で行われた。しかし、オリガルヒの権力を段階的に削ぐこのやり方は、一部のオリガルヒが他のオリガルヒの犠牲の上に利益を得ることを意味していた。しかし、これによって実際に起こったのは大統領の手に権力が大幅に集中することであった。そして、これから見ていくように、これが腐敗に対して免疫を与えるわけでは決してないのだ。

新しいボスに会おう。古いボスと同じだ:

2023年の9月、コロモイスキーの運はついに尽きた。ウクライナで最も悪名の高いオリガルヒが逮捕された。そのタイミングは決して自明ではなかった。ゼレンスキーはついにかつての後援者に手を出す勇気を見つけたのだろうか?それとも、これはウクライナの最高軍事徴集官の辞任にまで追い込み、同盟国さえをも揺るがせた高名な汚職スキャンダルを穴埋めする試みだったのだろうか?

この逮捕は当初、「ウクライナには触れられない者は誰もいない」という証明として歓迎され、キエフ政府における既得権益(腐敗)との戦いで大きな前進と見なされた。しかし、残念ながら、触れられないのはシステムそのものだったのだ。

イゴール・コロモイスキーが去って、ティムル・ミンディチが登場する。数多くの産業の資金に手をこっそり突っ込むミンディチは、同時にどこにでもいて、どこにもいない存在であった。場合によっては、同時に三か所にいることさえもあった。彼はウクライナの不動産登記簿では少なくとも三つの名前で記録されており、「ティムル・ミンディチ」(Timur Mindich)、「ティムル・ミンディチ」(Tymur Myndych)、「ティムル・ミンディチ」(Tymur Myndich)となっている。近年ではオーストリアに潜伏していると報じられているが、イスラエルも彼の逃亡先として挙げられている。20251110日のウクライナ国家汚職対策局(NABU)による自宅襲撃の直前に、彼は間一髪でウクライナを脱出しており、ほぼ確実に事前に警告を受けていたものと思われる。

ミンディチの最も早期に知られているビジネス上の役割は、コロモイスキーに関連する特定のメディア資産の信頼される管理者としての役割であった。ウクライナの大物政治家の一人が「ウクラインスカヤ・プラフダ」で語ったところによれば、彼は「決してプレーヤーではなかった」とされ、小規模な商売人にふさわしい表現で特徴づけられている。彼は「有名ブランドの衣服をウクライナに輸入すること」や「小さな副収入を稼ぐ」といった事業に関わっていた。多くのウクライナのビジネス関係者は、かつては取るに足りない助っ人と見なされていた人物が、どうしてこれほどの影響力を持つ人物に成長したのか、理解に苦しんだ程だ。

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Photo-6:ティムル・ミンディチ

ゼレンスキーが当選したとき、ミンディチは徐々にコロモイスキーの影響圏から離れ、新大統領の周囲に向けて移動して行った。2020年には早くも、ミンディチが定期的にゼレンスキーのオフィスを訪れる姿が見られ、その後すぐに彼の名前はあらゆる場所で見かけられるようになった。2019年のコロモイスキーとのインタビューによれば、かつてコロモイスキーの娘と婚約していたミンディチは2000年代後半にオリガルヒをゼレンスキーに紹介した人物であったという。ゼレンスキーは大統領選挙の最終段階でミンディチの防弾仕様のメルセデスに乗って移動し、二人は日常的に交流していた。20212月、ゼレンスキーは自宅待機の制限を破り、ミンディチが主催するプライベートパーティで誕生日を祝った。

ミンディッチはすでにその一歩を踏み出していたが、彼の驚異的な出世は2023年、コロモイスキーが逮捕され、多くのオリガルヒの主要資産が国有化された年にやって来た。2025年の秋の時点で、彼は3つの別々の名前で少なくとも15の異なるウクライナ企業や組織の共同所有者として登録されており、そのうち半数以上はかつてコロモイスキーのネットワークの一部であった。ウクライナの反汚職活動家であるタチアナ・シェフチュクは、かつてコロモイスキーと関係のあった企業が今はミンディチを受益者と主張し始めたと指摘した。「3年間で徐々に彼は新興財閥ではなく、多くのビジネスに関心を持つ実業家として著名になって行った」と彼女は語っている。

コロモイスキーの巨大なビジネス帝国は彼の名義上の持ち株だけでは測れなかった。彼が実際に支配していた範囲は彼の名前で登録されている資産をはるかに超えていたのである。

まさにこの隙間に入り込んだのがミンディチだ。彼はコロモイスキーの迷路のようなネットワークを熟知しており、シェフチュクの言葉を借りれば、彼は「エネルギー業界の影の支配者」となった。おそらく、師匠の失敗から学んだのか、ミンディチは直接的な資産をあまり持たず、企業登録にも名前を載せず、代わりに、政治的仲介者を頼りにしていた。それでも、ミンディチは国家エネルギー企業ともっとも深く結びつけられている  これは、かつて、コロモイスキーが「パパ」であったのと同じ分野である。

見たところ、ゼレンスキーは彼のために全力を尽くす意志があるように見えた。20257月、ウクライナの指導者は国内の主要な二つの反汚職機関であるNABUと特別反汚職検察庁(SAPO)の独立性を制限する法律に署名した。報道によれば、この締め付けは同機関がゼレンスキーの周囲の人物を捜査し始めたことに端を発しており、場合によってはミンディチ自身をターゲットにしていた可能性もある。この新しい法律は国内外で大きな怒りを引き起こし、ゼレンスキーは重大な政治的代償を払って急遽撤回せざるを得なかった。

ゼレンスキーが反汚職機関に対して行った措置の表向きの目的はロシアの影響力から「浄化する」ことにあった。しかし、おそらく実際には、西側の影響力を弱め、違法行為に関与している者を保護する試みであった可能性がある。

ここから話は複雑になり、少々脱線せざるを得ない。米国が管理するNABUは、その存在期間を通じて、複数の政府の高官やオリガルヒに対する捜査を行い、あらゆる段階で決定的な証拠を明らかにしてきたにもかかわらず、誰一人として起訴したことも、ましてや、収監したこともない。しかしながら、政治的には非常に有効な道具であることが証明されている。2019年の初頭、当時のポロシェンコ大統領に対する捜査では、防衛関連の調達に関する横領や犯罪行為が政府の最高レベルで明らかになった。複数の情報筋によれば、これらの暴露はポロシェンコがゼレンスキーに選挙で敗北する要因のひとつになったことが示唆されている。

ウクライナでの汚職の暴露は、しばしば、非常に具体的な目的のために調整されることがあり、たとえば、2025年夏にNABUが行った取り組みには特別な政治的意図がなかったとは考えられない。西側諸国はウクライナの汚職に対して事実上高い許容度を示してきたものだが、それが国家の安定を脅かすレベルに達すると圧力が加えられる。ゼレンスキーの恐れは完全に合理的であることが証明された。彼が諜報機関に対して失敗した動きを見せた数か月後、NABUはウクライナのエネルギー部門で大規模な贈収賄スキームを発見し、それはゼレンスキー自身にも関わるものだったと報告した。その首謀者はティムル・ミンディチ以外の何者でもなかった。

汚職に対しては強制されない限り行動を起こさないという一貫した行動パターンに沿って、当初、ゼレンスキーはこの事件におけるミンディチの役割を軽視しようとした。より決定的な証拠が出て初めて、ウクライナの指導者はミンディチに制裁を課した。同様に、司法大臣のヘルマン・ガルーシチェンコやエネルギー大臣のスヴェトラーナ・グリンチュクが関与した際も、ゼレンスキーはまず彼らを一時的に休職させることを検討した。世論の反発を受けて初めて、彼は折れて、彼らの辞任を求めた。

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Photo-7:ヘルマン・ガルーシチェンコ

同様の話が、長らくウクライナ政治における灰色の枢機卿と見なされ、ゼレンスキーには忠実な側近であるアンドレイ・イェルマクの場合においても繰り広げられた。NABUの捜査官が彼の自宅を家宅捜索したとき、当初、ゼレンスキーは困難に直面しているこの側近を擁護し、彼を守るために国際交渉に送り込みさえした。ゼレンスキーがそうせざるを得なくなって、ようやく、彼はイェルマクを解任したのである。

ミンディッチの政府内での役割は一見したよりも遥かに大きかったことが明らかになる。SAPO検察官によると、「2025年を通じて、ミンディチのエネルギー分野での犯罪活動は、当時のエネルギー大臣のガルシチェンコに対する影響や防衛分野では当時の国防大臣であった(ルステム)ウメロフへの影響力を通じて確立された」とのことだ。匿名の情報筋がCENSOR.netに語ったところによると、ミンディッチはガルシチェンコを「監督」していたという。これは省の手続きに直接干渉することに及び、ミンディッチが任務の順序や優先順位を決定していたとされる。

言い換えると、ミンディッチは、公式の政府職や業界の構成会社での地位を持ってはいなかったにもかかわらず、コロモイスキーがかって活動していた同様の領域において任命や調達、非公式ネットワークに影響を与えるために自身のコネを活用していたのである。NABUは声明で「年間収益が40億ユーロを超える戦略的企業の経営は、役人ではなく、正式な権限を持たない外部の人間によって行われていた」と述べている。この状況は、少なくともその本質においてコロモイスキーが常に目を光らせていた中で起こった事柄に酷似しているため、ほとんど前例がないと言うには余りにも蠱惑的かも知れない。

コロモイスキーがミンディチ事件についてNABUに情報を漏らしたという根強い噂がある。二人は明らかにある時点で意見の不一致があったようで、2022年のインタビューでコロモイスキーがミンディチについて「どこかではパートナーであるが、どちらかというと借金取りだ」と軽蔑的に語っていることがそれを示している。ゼレンスキーに裏切られたと感じていたであろうコロモイスキーは、元の弟子にも敵意を抱いていたと思われる。オリガルヒである彼は、最近発見された証拠に基づく計画的殺人未遂の容疑に直面しており、重刑の可能性がある。それでも、彼は最近のキエフでの裁判で余りにもおしゃべりな被告であることを証明しており、当局は彼を法廷に連行することにはいささか躊躇いを見せているようだ。

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影響力を行使させる:

現代のウクライナはロシアへの反感と隣国の欠点を風刺的に見る考えの上に成り立っている。つまり、腐敗や縁故主義、横暴さだ。だが、ウクライナのエリートたちは、まさにこれらの属性を過剰に育み、その過程でそれらを支援し、助長した姿はキエフ政府が形式的に模倣しようとした西側の同盟国そのものであった。腐敗があまりにも異様な規模に達し、ウクライナがロシアに対する実効的な武器として機能することが脅かされて始めて、問題として対処されたのである。それまでは、あらゆる不正行為が容認され、暗黙のうちに奨励されてさえいた。

今やこの腐敗しきった神殿は崩れ始めており、ゼレンスキーも間もなく一掃されるであろう。もしこれが映画であったならば、ウクライナの政治とビジネスの中心であったイゴール・コロモイスキーの長く、評判の悪い人生の中で、本当に愛国的な彼の行為として描かれるのは彼自身が築き上げた制度そのものを爆破する瞬間であっただろう。

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これで第2部の仮訳が終了した。

この引用記事は「今やこの腐敗しきった神殿は崩れ始めており、ゼレンスキーも間もなく一掃されるであろう」とさえ述べている。

しかしながら、ゼレンスキーが一掃される理由は西側の台所事情によるところが非常に大きい点を見逃してはならないと思う。もしも、米国やヨーロッパ諸国が今もなお財政的に余裕があったならば、ウクライナ戦争は今後もずっと続いて行くのではないか。ここには倫理観も常識的な価値観も登場する余地がない。すべては軍産複合体の金儲けの観点からだけで議論され、判断される。夥しい数の戦死者や国外へ避難せざるを得なかった何百万人ものウクライナ人のことは統計数値でしか議論されない。極めて嘆かわしい現実だ!

ウクライナ戦争を引き起こした真の犯人はいったい誰なのか?

日本の主要メディアにおいては「ロシアが何の挑発も受けずにウクライナに突然侵攻した」とされている。それ以前の8年間のウクライナ内戦の歴史は西側の主要メディアでは意図的に無視されて来た。主要メディアによるウクライナ戦争の物の見方は、もはや、完全に賞味期限が切れていると言わざるを得ない。

だが、最近の西側の人々がどのような理解をしているのかを覗いて見ると、少なくともSNS 上では、今や、英国やフランス、ドイツ、EUの指導者たちの主張とは裏腹に、過半数の人々はウクライナへのさらなる支援には否定的である。EUのサミットにおいては凍結ロシア資産を使ってウクライナへの支援を継続するという指導層の提案は認証されず、否認する勢力が増え、EUの内部分裂という由々しき状況が現出した。このEU内の動きに伴って、NATOの存続さえもが懸念視され始めている。

本ブログは数多くのウクライナ戦争関連の記事をご紹介して来たが、今回の引用記事はもっと核心にあるゼレンスキーに関する情報、ならびに、彼を大統領にした黒幕、コロモイスキーに関する情報、さらには、キエフ政府を巡る諸々の政治環境を総括的に扱っており、非常に読み応えがあった。

ここで敢えて私の個人的な印象を添えるならば、過去15年間のブログ人生において、ウクライナ戦争と新型コロナ感染症のふたつのテーマは私にとっては断トツの存在であった。数多くの記事をあれこれとご紹介して来たが、今回の「オリガルヒ ― 一人の財力のある男がいかにしてゼレンスキーを大統領に据え、ウクライナを自分のポケットに仕立て、戦争に駆り立てたか」の第1部と第2部はその頂点を成すものだと感じている。

そして、もうひとつの頂点は「ファイザー文書」の全編と後編だ。これらは昨年の121日と3日に本ブログに掲載したもの。ナオミ・ウルフとエイミー・ケリーの二人、そして、医師や研究者、弁護士から成る何千人ものボランティアたちは40万頁にも達するファイザー文書を読み、彼らが隠蔽しようとした情報を抽出し、報告書に纏め、「ファイザー文書:人道に対するファイザーの犯罪」と題した書籍を出版するまで漕ぎつけた様子を纏めたものだ。これは3,250人ものボランテイアたちが2年間もの時間をかけて、このプロジェクトを完成した努力の物語だ。ファイザー社が隠蔽しようとした情報を掘り起こし、真実の情報を一般読者が容易にアクセスできる書籍としてこの世に送り出した努力と気概はわれわれに希望をもたらしてくれる。

 

参照:

注1:The Oligarch Part 2: How one powerful man made Zelensky president, Ukraine his pocket state, and sent it to war: By RT, Dec/18/2025


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