東海アマのブログさんのサイトより
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6228135.html
<転載開始>
 人間が生きてゆくために本当に必要なもの。それは安全な食事と水だ。温かい寝床だ。子供たちが生まれ、健全に育つ環境だ。
 これを破壊して、最先端の原発・核融合エネルギーやAI・IT・EVを並べ立てても、誰も生き抜いてゆくことはできない。
 人々を被曝させたり、疲れさせることしかできない。
 
 放射能もコンピュータも食べられない。飲料水にならない。寝かしてもくれない。子供も産んでくれない。人々を癒やしてもくれない。
 何が本当に必要なのか? 子供たちの未来のために、何を守らなければならないのか、理解できずに最先端と「てっぺんの優越感」に踊らされてるアカデミーも政治家も、未来を生み出すことはできない。人々を死に誘うだけだ。
 https://www.youtube.com/watch?v=R-SoqRh6sWM

 本当に必要なことは、畑を耕し、家を作り出すことのできる、健全な肉体と精神なのだ。原始的な生物としての能力なのだ。筋肉と汗と感動の世界だ。
 「3DプリンターやAIに食料や家を作らせればよい」
 「子供を移植用臓器で合成すればよい」と考えているあなた。本当にそれが実現すると信じているのか?

 仮にそんな世界が実現するとしても、そこには生物学的人間はもういない。街を歩いている人、仕事をしている人は全員ロボットだろう。
 あなたは、そこにいることはできない。
 それは「人類を火星に移住させる」と同じくらいの、SF映画的妄想にすぎない。それは、人類を滅亡させることしかできない陳腐ビジョンである。

 AIやIT、EV、核エネルギーの夢を追った国がある。それは中国だ。だが、そうして「てっぺんを目指して」突っ走った中国で何が起きているのか?
経済崩壊を来している中国では、人々は職を追われ、街はホームレスだらけだ。今、寒波により、毎日物凄い数のホームレスが凍死している。
 https://www.youtube.com/watch?v=m7rlIXxFW1c

 毎朝、警察官が凍死体を回収にくる。死者たちは、どこに向かうのか?
 https://www.youtube.com/shorts/rydiwUcXkrY
 鰻の養殖用飼料として死体が使われている。そして、人の住まない鬼城マンション群には、火葬場が処理しきれない遺体が、多数置かれて風化しているのだという。
 (これは友人が直接、中国で聞いた話だ)
 中国社会の残酷を放置すれば、それは、いずれ我々の運命となる。
 今回は、清冽な水と食料を守るために何をしたらよいのかについて紹介する。
 我々が主食としているコメがどうなっているのか?

 「胃袋からの属国化」がもたらした令和の米騒動――飢えない未来のため私たちは何をすべきか 東京大学大学院特任教授・鈴木宣弘 長周新聞 2026年1月12日
 https://www.chosyu-journal.jp/shakai/36866
 (長文なので分割しました)

 「令和の米騒動」がなぜ起き、なぜ収まらないのか。その理由を考えると、米国による戦後の占領政策に遡る。
 戦後の日本は、米国の余剰農産物を消費させるため、コメ以外の農産物関税が一気に撤廃させられた。
 それにより日本の麦やトウモロコシは一度壊滅したが、それでもまだ「日本人がコメを食べていると米国の小麦が胃袋に入れられない」と問題視し、慶應大医学部教授に「コメを食べるとバカになる」という本まで書かせてベストセラーにした。

 日本人の食生活を改善するという名目で、その実、日本の農業を弱体化させ、米国の農作物に依存しなければ生きていけないようにする。「胃袋からの属国化」――これは東京大学名誉教授で経済学者の故・宇沢弘文先生がシカゴ大学におられたさい、知人から直接聞いた話だという。

 この占領政策によって、日本ではコメの消費が減っていく流れがつくられた。その後、徐々に農業生産が回復し、増産できるようになると当然コメが余る。生産調整せざるを得なくなり、それをやり過ぎたために今回ついにコメが足りないという事態に及んだ。

 もう一つの流れは、米国の思惑を利用した経産省中心の経済政策である。米国を喜ばせるために食料・農業を生け贄として差し出し、その代わりに自動車輸出でもうけて、食料は安く輸入すればいい――それが日本の食料安全保障であり、経済発展だと考えた。ところが今回の米騒動とトランプ関税で、この経済政策も最終局面を迎えてしまった。

 日本の差し出すリストに残っているのは、コメぐらいしかないという状態になり、米国が突きつけてきた自動車関税25%の脅しに屈してコメ輸入枠を拡大。
 まさに「盗人に追い銭」交渉である。コメは日本人の生命の要。切ってはならない最後のカードを最初から出して土下座するなら交渉にはならない。これによって、これから毎年60万㌧のコメを米国一国から必ず買わなければならなくなった。日本最大のコメ産地である新潟県の年間生産量(59万㌧)よりも多い量だ。

 では、その見返りとして自動車は利益を得たのか? さも頑張ったかのように演出した報道とは裏腹に、現実は25%関税で脅されたものを15%に下げてもらっただけだ。これまでの自動車関税が2・5%だったことを考えると全部とられたに等しい。
 泥棒にお金を出して許しを請うたのだから当然の結末だ。これに米国は味をしめ、「日本はいつでも自動車で脅せばいくらでもむしり取れる」という構図になってしまった。

 今回の米騒動は、この米国の思惑と完全に一致した。「コメが足りないから輸入するしかない」ということで、輸入米を増やすストーリーができてしまった。
 さらに米騒動を解決できない大きな要因が、財務省の予算配分だ。米国からいわれたものは何でも買う。ミサイルやオスプレイなど、まともに飛ばない武器の在庫処分のために100兆円規模を出す。トランプ関税で日本が買うことを決めたボーイング社の航空機100機も在庫処分だ。

 そのくせ緊縮財政だから、米国への支払いのためにどこかの予算を切らなければいけない。その対象として一番切りやすいのが農水省予算だ。
 財務省で一番出世するのは主計局で、なかでも最も出世しやすいのは農林担当だという。農水省が一番いうことを聞かせやすく、予算をたくさん削減できるから実績が上がるのだ。最も国民の命にかかわる予算をそのような対象にしか見ていない。

 農水予算の推移をみても、1970年代は防衛予算のほぼ倍の約1兆円(総予算に占める割合12%)あったものが、50年以上たった現在(2023年)、総予算は14倍になったにもかかわらず、農水予算はわずか2・3兆円(1・8%)。防衛予算は10兆円規模にも膨れ上がっている。

 どう考えても、命を守るのは武器ではない。食料とそれを生み出す農業だ。その予算だけが歪に減らされている。こんなことをしていたら農業は持続できなくなり、食料自給率は下がる。そういう中で私たちは世界情勢の悪化に直面した。

 いわゆる「クワトロ(4つの)ショック」――コロナ禍の物流停止、中国の爆買い(小麦、大豆、トウモロコシ、牧草、魚粉、肉、魚)と日本の買い負け、異常気象の通常化、ウクライナなど大規模戦争の長期化である。
 これで日本の農業は深刻な事態に陥った。まず穀物が十分買えない。酪農・畜産はエサの値段が高騰し、倒産が止まらない。さらに日本は化学肥料の原料をほぼ100%輸入に頼っているため、主な調達先である中国、ロシア、ベラルーシが売ってくれなくなるとこちらもお手上げだ。肥料の値段も高止まりしている。

 日本の農業の99・4%は化学肥料を普通に使う慣行農業であるため、そういう農業自体が持続できるのかということさえ考えなければならない事態になった。今、減化学肥料、減化学農薬、有機、自然栽培の方向性が強まっているが、それらを視野に入れなければ国際情勢に対応できない。

 さらに中国は、米国との戦争勃発に備えて人口14億人が1年半食べられるだけの食料を備蓄するため、世界中の穀物を買い占めている。
 こうなってくると事態改善の見込みは非常に薄い。日本の備蓄は仮に91万㌧あったとしても国内消費量の1・5カ月分だけ。中国とは桁が違いすぎて勝負にならない。しかもコメ以外は全部輸入なのだ。この状態で海外からの物流が止まったら、子どもたちの命をどれだけの期間守れるのだろうか。

 農家の皆さんは長年の減反要請に協力して、本来1300万㌧できるコメの生産を700万㌧にまで減らしてきたが、今こそ増産に転換し、備蓄も増すときだ。こんなことをいえば、財務省から「バカたれ。そんなカネがどこにある」といわれて終わりになるが、バカたれはどちらだろうか?
 在庫処分品を100兆円規模で買うのなら、いざというときに命を守る安全保障の「1丁目1番地」である食料、そのための農業を支えるために仮に3兆円使ってもその方がよっぽど有効である。

 日本ではいまだに「食料は輸入に頼ればよい」という議論が主流だが、お金を出せばいくらでも買える時代は終わった。
 コスト高のなかで歯を食いしばって頑張っている農家を放置して、外からの物が止まったときのことを考えれば、国産がいくら割高に見えても今頑張っている農家を支えることが一番の国防ではないか。

 野菜の自給率は80%といわれるが、その種(たね)の9割が海外からの輸入であることを考えると実質8%である。だからこそ地元の種をしっかり循環させる仕組みを強化しなければならないのに日本の動きは逆だ。グローバル種子・農薬企業が世界中の種会社を買収し、種の権利を独占しようとしたが、世界中の農家や市民の猛反発を受けたため「最後の頼りは日本」ということで、種子法を廃止して公共の種事業をやめさせ、公で守られてきた優良な種を民間企業に譲渡させ(農業競争力強化支援法8条4項)、さらに農家の自家採種を禁止(種苗法改定)して、日本の種を外資に売り渡す流れを作った。福岡県が開発した「あまおう」の知見も、あるところから「よこせ」といわれ、県議会は抵抗したが、法律で決まっているために出さざるを得なくなった。そのようなものがすでに400品種を超える数出てきている。

 これらを考えれば、日本の食料自給率は38%といわれているが、肥料や種の自給率、さらに種の権利を海外に握られることを考慮すれば最悪9・2%だ。「日本が世界で最初に飢える」といわれる由縁だ。もはや日本は、いざというときに国民の命を守れる独立国といえるのかということが厳しく問われている。

 令和の米騒動の本質も、猛暑の影響やインバウンド需要といった「不可抗力」ではない。米価が値上がりして農家にとっては「やっと一息」という状況だが、米価の推移を見ると30年前の価格に戻っただけである。
 米価は30年間で半分以下にまで下がり続け、コストは上がって大赤字となり、「これ以上は作れないからやめる」という農家が続出した。そのことが今回の米騒動に大きく影響した。

 2023年から猛暑の影響で生産量が減る一方、需要が逆に増えて米騒動が大きくなったわけだが、実はその10年くらい前からすでにコメの生産量が消費量に届かない年が増えていた。2020年以来、単年で見ると生産量は需要量に達していない【グラフ参照】。

 生産量が減った要因の一つは、生産調整(減反)のやりすぎだ。「毎年10万㌧ずつ消費は減っている」という単純な予測に基づき機械的に毎年10万㌧ずつ減産し続けた。そのため猛暑などの事情が加わると余力がないためすぐに不足に陥る。
 さらに、コメは余っているのだから田を永久に潰せという財務省からの圧力を受けて、水田を畑地化すれば生産者に一時金を支払うという「手切れ金」制度を導入した。

 稲作農家は、種苗費、肥料代、農薬代、光熱費などの生産コストが高騰し、2022年には国からの補助金を含めても所得はわずか1万円となった。時給に換算すれば約10円だ。これほどひどい状況に追い込まれ、いくら赤字が出ても国が補填してくれないためコメ生産から撤退する農家があいついだ。急速に作り手が減っているのが日本のコメ作りの現状である。

 一方、消費が増えたのはインバウンド需要が理由といわれるが、外国人の来訪で増えたのはわずかだ。実は日本の消費者が貧しくなり、値上がりした他の食材を減らして相対的に安いコメだけでしのごうとする人が増えたことが大きい。

 これら政策の結果としてコメが足りない状況が悪化していることを政府は認めず、「コメは余っている」「足りている」と最近までいい続けた。そして政策の失敗を認めるかわりに「流通業者や農協がコメを隠して値段をつり上げている」などといい始めた。
 嘘はいけない。農協はコメが集まらずに困っているのだから、隠してつり上げることは絶対にできない。流通業者もコメがないからこそ大騒ぎして現場に高い値段で買いに走ったのであり、「農協悪玉論」も「流通悪玉論」も本末転倒な主張だ。コメが足りなくなった政策の失敗を認めないから事態はどんどん悪くなる。

 そこで登場した小泉進次郎前農水大臣は、「5㌔2000円」のコメを演出するために、備蓄米を従来の入札制度から随意契約によって特定の大手小売業者に直接売り渡す方法へ超法規的に変更した。
 あれほどカネを出し渋る財務省が輸送費まで全部出すことを決め、国費で5㌔2000円のコメを一部だけ演出して、その手腕を印象づけた。コメの値段をなんとかしたい意欲はわかるが、「コメで市場をジャブジャブにする」といい、さらに増産するというから生産現場はたいへんだ。北海道の大規模農家も「そんな価格破壊をして誰がコメを作れるのか」と怒っておられた。

 さらに政府は、国内でコメの供給が滞り、主食米の増産に支援が必要なときに、輸出を8倍に伸ばすという。そして、輸出米の生産には10㌃当り4万円(生産量に換算すると60㌔当り5000円)の補助金を出すとした。それができるなら、なぜ国内用のコメ生産に補助を出さないのか? である。

 国内で消費する主食米が足りないのだから増産しなければならず、増産によって米価が5㌔2500円くらいまで下がれば消費者は助かる。そして、60㌔当り5000円の補助金によって農家は5㌔3000~3500円で売ったのと同じになる。農家の生産コストに見合った米価と、消費者が買える米価のギャップを政府が埋めればいいだけの話なのだが、それだけは絶対にやらない。

 「それには6000億円もかかる」と財務省に猛反対されることが頭をよぎっただけで「ザイム真理教」の信者たちは押し黙り、口では「積極財政」といっても政策は出てこない。輸入を増やすというが、今ただでさえ国産米の値段が高いために国内市場では輸入米が増えており、いくら価格を維持しようとしても輸入米に市場をとられてしまえば国内農家はジリ貧にならざる得ない。

 石破前総理はもともと減反見直し派だった。2009年に農水大臣だった彼は、私の著書に赤線を引いて3回も読んで感銘を受けたといい、何度も会って話をした。私のシミュレーションをベースにして、コメを増産して価格をある程度下げ、生産者には所得保障の直接支払いをする仕組みを「石破ビジョン」として発表した。総理になる直前にも同じことを宣言したが、総理になった途端まったく消えてしまった。

 結局、増産の方向性は出たものの、価格が下がったときの所得補償政策はなく、そのかわりに出てくるのがスマート農業と輸出拡大だ。たとえば40万㌧のコメを増産して、それをそのまま輸出できるかといえば、おにぎり事業がいくら増えたといっても、単粒種米市場は世界ではわずかであり、まったく現実的でない。だから農家は「増産というが農家は経営が続けられるのか」という話になる。

 肝心の稲作ビジョンが出ないまま政権が変わり、鈴木農水大臣は「朝令暮改」で減反に逆戻りし、生産量を減らして価格を上げる方向性を示した。元の木阿弥だ。
 生産調整(減反)が限界に来て米騒動になったのに、また生産調整を強化したら米騒動は終わらなくなってしまう。国産の高い米価を維持しても、それにかわって増える輸入米で国内市場が圧迫されると、農家は苦しくなり、コメが作れる人がどんどんいなくなる方向へ行かざるを得ない。

 さらに問題なのは、政府は「生産を減らして米価を維持しよう」と生産者にシグナルを送りつつ、米価が高くて困る消費者を一時的にごまかせということで「おこめ券」を配るという。これに4000億円支出するなら同額を農家補填に振り向けた方が間違いなく根本的解決になる。もっとしっかりコメをみんなに作ってもらい、需給も価格も安定させ、生産者が続けられる仕組みを作れば、消費者も生産者もウィンウィンになるのに、そのような政策が出てこない。危機的な状況がまったく改善されないという恐るべき状況だ。

 小泉前農相の備蓄米放出は「参議院選対策米」とも「郵政の二の米(二の舞)」とも揶揄された。小泉純一郎元首相と進次郎氏は親子二代で米国の要求を日本で実現する使命を負っているかのようだ。350兆円のゆうちょマネーを握る郵政は完全に乗っ取られた。

 次に米国が喉から手が出るほどほしいのが、農林中金に集まっている100兆円とJA全共連の共済55兆円、あわせて155兆円のJAマネーだ。さらに、日本の農産物流通の元締め組織である「全農」を米国の巨大穀物メジャーのカーギルが買収したいが、全農は協同組合だから難しい。
 だから早く株式会社化させるよう圧力をかけ、進次郎氏が10年前の自民党農林部長時代に「共同販売をやめろ」(独禁法適用)という形で道を開こうとしたが途中で頓挫した経緯がある。

 だから彼は農水大臣になったとき「米騒動の元凶は農協だ」と徹底的に攻撃してリベンジマッチをくり広げた。しかし、ゆうちょマネーもJAマネーも地域から貯金や保険や共済に入って集めた大事な国民の資金だ。これを外資に売り飛ばし、全農という日本の食を守る組織まで外資に売り飛ばせばたいへんなことになる。
 実際にオーストラリアで小麦の輸出を担っていた協同組合的組織が悪者に仕立て上げられ、株式会社化されたあげくカーギルに売り飛ばされた実例もあり、農協叩きの裏には郵政と同じような危険な思惑があることには注意が必要である。

 日本はすでに国連FAOの飢餓マップでも、アフリカ諸国と同じ飢餓国の仲間入りを果たし、世界で最も栄養不足人口が多い国になった。先進国でこんな国はない。つまり日本は先進国ではなくなったのだ。
 昨年、5㌔2000円の備蓄米が売り出されると、東京では何百人もの人々が徹夜で並んだ。この30年間で国民所得(中央値)は150万円も減った。非正規雇用拡大などの政策で低所得者が増えていることも、今回の米騒動を生んだ大きな要因だ。生産者も消費者も両方苦しくなっているのだから双方を救う政策が必要なのだ。

 米国からの在庫処分には大盤振る舞いするのに「命の要」である農業予算を削り続ける財務当局中心の状況をいかに改善するかも大事だが、私たちの地域の食料と農業、暮らし、子どもたちの未来を、私たち自身の仕組み作りの強化で守っていく覚悟を持たざるを得ない状況になっている。

 農家は高騰する生産コストを農産物価格に転嫁できない構造に置かれているが、それで農家が潰れ、本当に海外から物が止まれば子どもたちをどうやって守るのか。農業問題は生産者の問題をはるかにこえて消費者自身の問題である。「農家はたいへんですね…」と他人事のようにいっている場合ではない。

 世界で最初に飢えるのは日本といわれるが、日本で最初に飢えるのは食料自給率ゼロ%の東京だ。都市部の皆さんの命は、誰のおかげで繋がっているのかをよく考えなければいけない。それなのに地方の人口減少や消滅を既成事実化し、それを先取りして農業も居住地域も集約化することこそが効率的な社会であるかのような議論が大手を振っている。
 だが将来推計は、今の間違った政策の延長線上に起きることであり、そうならないように政策を転換して未来を明るいものにするのが政治の役割だ。議論の出発点が間違っている。

 海外では農家の怒りは爆発している。燃料価格高騰に直面したスペインの農家は、トラクターで高速道路を封鎖して中心部への食料供給を止め、「No Farmers,No Food(農家なくして食料なし)」だと訴えた。ドイツでは家畜の糞を国会議事堂にぶちまけて抗議しているが、国民や市民もそれに拍手を送り、「ともにやるんだ」という国民運動になっている。この動きを日本でも強める必要がある。

 一方、ダボス会議では、地球温暖化の主犯が水田のメタンガスと牛のゲップであるかのような馬鹿げた論が公然と主張され、代替食料としてコオロギなどの昆虫食や人工培養肉を推奨する機運が醸成されている。水田は何千年も昔からあるし、牛もずっと前からゲップをしている。地球温暖化は過度な工業化が原因であるにもかかわらず、その責任を農業に転嫁して、新たなビジネスを展開しようとする思惑でしかない。

 そして日本では、安全保障をめぐって、食料やエネルギー自給率の向上のための抜本的な議論よりも、経済制裁の強化、敵基地攻撃能力強化の議論がおこなわれている。ロシア・中国・アジア・アフリカvs.西欧ブロックの対立構造の中、食料・資源・エネルギー自給率が極端に低い日本が米国に追随して経済制裁を強化したら、それらの自給率が相当に高い欧米諸国と違って、日本はみずからを「兵糧攻め」にさらすことになる。戦ってはいけないが、戦う前に飢え死にして終わりだ。欧米も自国優先で日本を助けてはくれない。そんなことさえも考えられないのかということだ。

 いくら在庫処分の兵器を買い増しても、食料と農業をないがしろにすれば、不測の事態に私たちはトマホークとオスプレイとコオロギをかじって一体何日生き延びることができるだろうか?

<転載終了>