東海アマのブログさんのサイトより
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6242921.html
<転載開始>
何かがおかしい:時間がものすごい速さで過ぎていく メモ独り言ブログより 2026年05月18日
以下引用
時間がものすごい速さで過ぎていき、人生もあっという間に過ぎ去っていく。何かがおかしい……
※ここ数年、私も物凄く1日の時間の経過が早いと感じます...
この女性が言うことに全く同感ですが、その理由は、日々の生活に行動の変化が少ないと『脳がその間の記憶をショートカットしてしまうから』と思うようにしています...
時代は変わってゆく 今もやがて古くなる...
私もあなたもいつかこの世から消えてしまいます...
あの世へ持っていけるモノは何もありません...したがってモノを集める事はずっと前にやめました...もしかしたらそう長くは生きられないかもしれない激動の厳しい時代です。何かのために、誰かのために理由がある限りお互い頑張って生き延びましょう....
************************************************************
引用以上
これを見て、「ドキュン」と胸を撃たれた。
そうなんだ、そうなんだ…。てっきり脳の老化現象による感受性の遅滞と決めつけていたんだが…確かにおかしいぞ。時間が早すぎるんだ。
昔は、一日がはるかに長かった。今の数倍はあった。
新生児、乳児の体感時間は、我々老人の数十倍長いという事実は知っていた。8~15週齢胎児は、数万倍だという。だから、被曝のような毒性効果も数万倍になる。
加齢という現象は、体感時間をどんどん縮めてゆくものだと納得していたのだが、「何かおかしい!」と思った人がいて「そういえば…」と思い当たることがある。
一日が早すぎる! 「これって、本当に加齢だけなの?」
70歳をすぎたころから、まず臭いが少なくなった。色彩が感じられなくなった。若い女性にエッチを感じなくなった。歩いていても、あっというまに目的に着くが、時計を見れば、どんどん所要時間が長くなっているのだ。
若い頃、一度だけ大麻を吸引したことがある。昔、昭島市の米軍ハウスに住んでいた頃、アメリカの友人につてがあれば立川基地のPXで自由に大麻タバコを購入できた。1970年ころのことだ。奥多摩の山奥の農家では、普通に麻を栽培していたし。
大麻を吸うと、ふわふわした気分になって、時間がゆっくりと流れるような気がした。周囲の色彩がサイケデリックになって、きらめきながら自分を取り囲んでいるようで、そのクセ、落ち着いた気分になった。
「薬物性遅滞」という表現になるのかな? もしも死んだら、こんな世界に行けるのだろかとも思った。
だが、今は薬物でなくとも、時間が早く流れる。あっというまに今日が終わる。
ネットでニュースを見ていても素早く理解できない。意味を掴むまでずいぶん時間がかかる。あらゆる動作が鈍く、ゆっくりになった分、時間が早く過ぎてゆくのだ。
だいいち、目がよく見えない。何か二重になったような視界で、視力減退が著しい。
https://hirukawamura.livedoor.blog/archives/6242921.html
<転載開始>
何かがおかしい:時間がものすごい速さで過ぎていく メモ独り言ブログより 2026年05月18日
以下引用
時間がものすごい速さで過ぎていき、人生もあっという間に過ぎ去っていく。何かがおかしい……
※ここ数年、私も物凄く1日の時間の経過が早いと感じます...
この女性が言うことに全く同感ですが、その理由は、日々の生活に行動の変化が少ないと『脳がその間の記憶をショートカットしてしまうから』と思うようにしています...
時代は変わってゆく 今もやがて古くなる...
私もあなたもいつかこの世から消えてしまいます...
あの世へ持っていけるモノは何もありません...したがってモノを集める事はずっと前にやめました...もしかしたらそう長くは生きられないかもしれない激動の厳しい時代です。何かのために、誰かのために理由がある限りお互い頑張って生き延びましょう....
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引用以上
これを見て、「ドキュン」と胸を撃たれた。
そうなんだ、そうなんだ…。てっきり脳の老化現象による感受性の遅滞と決めつけていたんだが…確かにおかしいぞ。時間が早すぎるんだ。
昔は、一日がはるかに長かった。今の数倍はあった。
新生児、乳児の体感時間は、我々老人の数十倍長いという事実は知っていた。8~15週齢胎児は、数万倍だという。だから、被曝のような毒性効果も数万倍になる。
加齢という現象は、体感時間をどんどん縮めてゆくものだと納得していたのだが、「何かおかしい!」と思った人がいて「そういえば…」と思い当たることがある。
一日が早すぎる! 「これって、本当に加齢だけなの?」
70歳をすぎたころから、まず臭いが少なくなった。色彩が感じられなくなった。若い女性にエッチを感じなくなった。歩いていても、あっというまに目的に着くが、時計を見れば、どんどん所要時間が長くなっているのだ。
若い頃、一度だけ大麻を吸引したことがある。昔、昭島市の米軍ハウスに住んでいた頃、アメリカの友人につてがあれば立川基地のPXで自由に大麻タバコを購入できた。1970年ころのことだ。奥多摩の山奥の農家では、普通に麻を栽培していたし。
大麻を吸うと、ふわふわした気分になって、時間がゆっくりと流れるような気がした。周囲の色彩がサイケデリックになって、きらめきながら自分を取り囲んでいるようで、そのクセ、落ち着いた気分になった。
「薬物性遅滞」という表現になるのかな? もしも死んだら、こんな世界に行けるのだろかとも思った。
だが、今は薬物でなくとも、時間が早く流れる。あっというまに今日が終わる。
ネットでニュースを見ていても素早く理解できない。意味を掴むまでずいぶん時間がかかる。あらゆる動作が鈍く、ゆっくりになった分、時間が早く過ぎてゆくのだ。
だいいち、目がよく見えない。何か二重になったような視界で、視力減退が著しい。
これは海馬が老化しているのだとはわかっている。臭いが消えたのは認知症の前駆症状だ。時間が早いのも、認知機能が早く反応してくれないせいだ。
わかってはいるが、それでも時間が早すぎる。何かおかしい。
もしかしたら、私のような老人だけでなく、若い人たちにとっても時間が早く流れているのではないだろうか?
今、熊の出る山の過疎村に住んでいるので、世間を直視できる機会も少ないし、テレビは何年も前からまったく映らなくなっている。だから世間に疎い。
だが、漏れてくる情報を見る限り、私の若い頃のような激しさが見えない。
若いということは、激しいことを意味していた。政府体制の利益誘導、悪意ある政策に憤り、激しく反応した。デモに出て暴れた。
今は、若者たちが暴れたというニュースを聞かない。ブラックサイトからの闇バイトで、強盗殺人を犯したというニュースばかりが増えただけだ。
我々の曽祖父あたりの先祖も激しかった。90年前、226事件があった。徴兵制があり国家の統制は今よりも何十倍も苛酷だったが、それでも若者たちは、理想を求めて純粋に反応した。大逆事件で、表向きだけで12名が死刑になり、隠された背後では数百名が権力に処刑殺害されていた。
1995年のオウム真理教サリン事件では、13名の被害死者が出て、13名の加害死刑執行死者が出た。世界全体が激しかった。
このころ、一日の時間はひどく長く感じた。
資本主義バブル経済による社会崩壊と、新自由主義の蔓延による、企業利益と株主利益の最優先思想が、日本人の生活を利益最優先の牢獄に追いやった時代だった。
私は苦悩し、自暴自棄になり、社会変革の志も失われて、肉体的欲望ばかり考えるようになった。
ネットで地震予知などの情報発信を始めていたが、反応は、嘲笑と見下しばかりだった。ネット界全体では、エログロの全盛期だった。
それから世紀を跨ぐ頃になって、ユダヤ教、キリスト教、福音派などがネット情報に干渉するようになり、文鮮明の統一教会が密かに日本を乗っ取りはじめていた。
倫理の名の下に、社会から自由な性愛、エログロが追放され、一見、穏やかな社会風潮に支配されたかに見えたのだが、肉体的欲望のお花畑だった社会に、それに代わって登場したのが、金融、投資、金儲けの、ある意味ではエログロの何百倍も悪質な人間疎外だった。
心あるものたちは、金儲けにしか興味のない若者たちの大増殖にうんざりして、もう社会に目を向ける意欲を失っていった。
人々の心に、ただ虚しい時間の経過だけが記録されるようになった。このとき、我々の心の時間は、まちがいなく勝手に早く進み、何も残らない現実の虚しさだけが社会に漂った。
今世紀に入って、胸をときめかせる、心を癒してくれる暖かい何かが見えなくなってしまった。私の若い頃、確かに、その何かを追い求めて必死に走った。それは充実した時間であり、このとき時間は長かった。
だが、今、時間は短い。この数年はとりわけ短い。見渡す限りの砂漠のなかを風に吹かれて彷徨っている木の葉のような人生の時間だった。
若者たちにとっても、もしかしたら同じように虚しい時間が過ぎているのではないだろうか? と私は思い始めた。限りなく虚しい、ときめきのない時間。
いったい何を目標に歩いていったらよいのかわからない。どこを向いて歩けばいいのかさえわからない。ただ時間がすぎてゆくだけ…。
過ぎ去ってゆく時間が、あまりにも早すぎるのだ。
ホンモノが見たい。真実が見たい。何かを正したい。連帯したい。
恐怖で支配される社会ではなく、愛で正される社会に行きたい。
そんな社会はどこにある? それが見えない。だから虚しさと焦りと、絶望だけが人生の大切な時間を奪い、我々の人生を押しつぶしてゆくのだ。
「時間が、ものすごい速さで過ぎてゆく…何かがおかしい…」
その最大の理由が、我々が今や体制の支配による「客体的人生」しか許されなくなっているからだ。まるで川に流されて翻弄される木の葉にすぎないような。
もしも、魚のように自由自在に大河を海を泳げるなら。つまり、「主体的人生」を送れるなら、もっと充実した、長い時間を楽しみながら、ゆっくりと老いに向かえるはずなのだ。
社畜人生ではない。金儲けだけを人生価値とするのでもない。何か、もっと大切な原理のなかで、全身全霊で感情を爆発させられるような、過ぎ去って何一つ後悔のない時間を送れるはずなのだ。
時間は、もっとゆっくりしたもののはずだ。もっと凄まじい喜怒哀楽の爆発に満ちているはずだ。もっと大声で笑えるはずだ。爽やかな後味を楽しめる時間のはずだ。
人生が終わる時、なにひとつ後悔がなく、やりきったと満足できる人生。密やかに、みんなに感謝を告げて別れられる人生。暖かい微笑みのなかで終われる人生。
長い長い時間を歩ききったと実感できる人生。
それは、今、我々に与えられている人生ではない。それは、我々が人生を自分で掴む主体性を許されていないからだ。
世界の資産の95%を掌握するユダヤ金融資本は、我々に、スーパーシティを与えようとしている。そこでは、15分歩行圏内に、すべてが揃っている。旧約聖書の倫理が許す限りだが…。それ以上のことは望むことさえ許されない社会だ。
彼らは我々をゴイム(家畜)と位置づけている。だから、まさに人間畜産施設だ。
豚や牛たちのように、生まれて飼育場の外に出ることさえ許されず、最期は命を奪われ利用される。彼らの時間も短い。見聞きする情報は、飼育場内の壁と鉄柵と餌しかない。
17世紀、スペイン・ポルトガル人たちは、世界に出向き、片っ端から先住民を奴隷化しはじめた。南アメリカ大陸に向かった彼らは、先住民の9割を殺戮した。
欧州のキリスト者たちは、北米大陸に向かい、彼らも先住民の9割を殺戮した。
今、自称ユダヤ人、金融ユダヤ帝国は、再び世界人類を植民地化することに成功し、その9割を殺戮しようとしている。
彼らのオピニオンリーダーだったキッシンジャーは、1974年当時、40億人だった地球人口を5億人以下に減らす必要があると定めた。
キッシンジャーの遺志を、ダボス会議が引き継ぎ、その司令官はビル・ゲイツとアル・ゴアだ。彼らが目指しているのは、原発電気一元化社会であり、人々を家畜として飼育して生存数をコントロールするスーパーシティである。
人類は、畜産シティに押し込められ、豚や牛と同じように、飼育場のなかで限りなく短い時間の人生を送ることを強いられるようになる。
ビル・ゲイツは、常々、地球人口の激増により生存環境が失われ、人口を減らさない限り人類は生き残れない。それを指導し、支配するのがユダヤ人特権階級だと密かに語ってきた。
だから、人類を減らす目的で、戦争を行わせ、疫病パンデミックを引き起こし、ワクチン接種で密かに寿命を奪って人口統制する仕組みを作った。
今や、WHOを乗っ取り、新型コロナ、エボラやハンタウイルス禍を意図的に作り出し、パンデミック条約によって、加盟国国民にワクチン接種を強制する仕組みを設定し、ワクチン接種された人々は免疫を失って、癌にかかりやすくなり寿命を縮めることになる。
ビル・ゲイツら金融ユダヤ人の野望は、着実に実現している。日本を支配している高市早苗統一教会政権も、金融ユダヤ人のための道具にすぎない。統一教会は金融ユダヤ人→CIAの下部機関なのだから。
我々は、豚と同じように、飼育場の壁と餌しか知らない人間家畜にされ、限りなく体感時間の短い人生の柵に放り込まれようとしているのだ。
<転載終了>
わかってはいるが、それでも時間が早すぎる。何かおかしい。
もしかしたら、私のような老人だけでなく、若い人たちにとっても時間が早く流れているのではないだろうか?
今、熊の出る山の過疎村に住んでいるので、世間を直視できる機会も少ないし、テレビは何年も前からまったく映らなくなっている。だから世間に疎い。
だが、漏れてくる情報を見る限り、私の若い頃のような激しさが見えない。
若いということは、激しいことを意味していた。政府体制の利益誘導、悪意ある政策に憤り、激しく反応した。デモに出て暴れた。
今は、若者たちが暴れたというニュースを聞かない。ブラックサイトからの闇バイトで、強盗殺人を犯したというニュースばかりが増えただけだ。
我々の曽祖父あたりの先祖も激しかった。90年前、226事件があった。徴兵制があり国家の統制は今よりも何十倍も苛酷だったが、それでも若者たちは、理想を求めて純粋に反応した。大逆事件で、表向きだけで12名が死刑になり、隠された背後では数百名が権力に処刑殺害されていた。
1995年のオウム真理教サリン事件では、13名の被害死者が出て、13名の加害死刑執行死者が出た。世界全体が激しかった。
このころ、一日の時間はひどく長く感じた。
資本主義バブル経済による社会崩壊と、新自由主義の蔓延による、企業利益と株主利益の最優先思想が、日本人の生活を利益最優先の牢獄に追いやった時代だった。
私は苦悩し、自暴自棄になり、社会変革の志も失われて、肉体的欲望ばかり考えるようになった。
ネットで地震予知などの情報発信を始めていたが、反応は、嘲笑と見下しばかりだった。ネット界全体では、エログロの全盛期だった。
それから世紀を跨ぐ頃になって、ユダヤ教、キリスト教、福音派などがネット情報に干渉するようになり、文鮮明の統一教会が密かに日本を乗っ取りはじめていた。
倫理の名の下に、社会から自由な性愛、エログロが追放され、一見、穏やかな社会風潮に支配されたかに見えたのだが、肉体的欲望のお花畑だった社会に、それに代わって登場したのが、金融、投資、金儲けの、ある意味ではエログロの何百倍も悪質な人間疎外だった。
心あるものたちは、金儲けにしか興味のない若者たちの大増殖にうんざりして、もう社会に目を向ける意欲を失っていった。
人々の心に、ただ虚しい時間の経過だけが記録されるようになった。このとき、我々の心の時間は、まちがいなく勝手に早く進み、何も残らない現実の虚しさだけが社会に漂った。
今世紀に入って、胸をときめかせる、心を癒してくれる暖かい何かが見えなくなってしまった。私の若い頃、確かに、その何かを追い求めて必死に走った。それは充実した時間であり、このとき時間は長かった。
だが、今、時間は短い。この数年はとりわけ短い。見渡す限りの砂漠のなかを風に吹かれて彷徨っている木の葉のような人生の時間だった。
若者たちにとっても、もしかしたら同じように虚しい時間が過ぎているのではないだろうか? と私は思い始めた。限りなく虚しい、ときめきのない時間。
いったい何を目標に歩いていったらよいのかわからない。どこを向いて歩けばいいのかさえわからない。ただ時間がすぎてゆくだけ…。
過ぎ去ってゆく時間が、あまりにも早すぎるのだ。
ホンモノが見たい。真実が見たい。何かを正したい。連帯したい。
恐怖で支配される社会ではなく、愛で正される社会に行きたい。
そんな社会はどこにある? それが見えない。だから虚しさと焦りと、絶望だけが人生の大切な時間を奪い、我々の人生を押しつぶしてゆくのだ。
「時間が、ものすごい速さで過ぎてゆく…何かがおかしい…」
その最大の理由が、我々が今や体制の支配による「客体的人生」しか許されなくなっているからだ。まるで川に流されて翻弄される木の葉にすぎないような。
もしも、魚のように自由自在に大河を海を泳げるなら。つまり、「主体的人生」を送れるなら、もっと充実した、長い時間を楽しみながら、ゆっくりと老いに向かえるはずなのだ。
社畜人生ではない。金儲けだけを人生価値とするのでもない。何か、もっと大切な原理のなかで、全身全霊で感情を爆発させられるような、過ぎ去って何一つ後悔のない時間を送れるはずなのだ。
時間は、もっとゆっくりしたもののはずだ。もっと凄まじい喜怒哀楽の爆発に満ちているはずだ。もっと大声で笑えるはずだ。爽やかな後味を楽しめる時間のはずだ。
人生が終わる時、なにひとつ後悔がなく、やりきったと満足できる人生。密やかに、みんなに感謝を告げて別れられる人生。暖かい微笑みのなかで終われる人生。
長い長い時間を歩ききったと実感できる人生。
それは、今、我々に与えられている人生ではない。それは、我々が人生を自分で掴む主体性を許されていないからだ。
世界の資産の95%を掌握するユダヤ金融資本は、我々に、スーパーシティを与えようとしている。そこでは、15分歩行圏内に、すべてが揃っている。旧約聖書の倫理が許す限りだが…。それ以上のことは望むことさえ許されない社会だ。
彼らは我々をゴイム(家畜)と位置づけている。だから、まさに人間畜産施設だ。
豚や牛たちのように、生まれて飼育場の外に出ることさえ許されず、最期は命を奪われ利用される。彼らの時間も短い。見聞きする情報は、飼育場内の壁と鉄柵と餌しかない。
17世紀、スペイン・ポルトガル人たちは、世界に出向き、片っ端から先住民を奴隷化しはじめた。南アメリカ大陸に向かった彼らは、先住民の9割を殺戮した。
欧州のキリスト者たちは、北米大陸に向かい、彼らも先住民の9割を殺戮した。
今、自称ユダヤ人、金融ユダヤ帝国は、再び世界人類を植民地化することに成功し、その9割を殺戮しようとしている。
彼らのオピニオンリーダーだったキッシンジャーは、1974年当時、40億人だった地球人口を5億人以下に減らす必要があると定めた。
キッシンジャーの遺志を、ダボス会議が引き継ぎ、その司令官はビル・ゲイツとアル・ゴアだ。彼らが目指しているのは、原発電気一元化社会であり、人々を家畜として飼育して生存数をコントロールするスーパーシティである。
人類は、畜産シティに押し込められ、豚や牛と同じように、飼育場のなかで限りなく短い時間の人生を送ることを強いられるようになる。
ビル・ゲイツは、常々、地球人口の激増により生存環境が失われ、人口を減らさない限り人類は生き残れない。それを指導し、支配するのがユダヤ人特権階級だと密かに語ってきた。
だから、人類を減らす目的で、戦争を行わせ、疫病パンデミックを引き起こし、ワクチン接種で密かに寿命を奪って人口統制する仕組みを作った。
今や、WHOを乗っ取り、新型コロナ、エボラやハンタウイルス禍を意図的に作り出し、パンデミック条約によって、加盟国国民にワクチン接種を強制する仕組みを設定し、ワクチン接種された人々は免疫を失って、癌にかかりやすくなり寿命を縮めることになる。
ビル・ゲイツら金融ユダヤ人の野望は、着実に実現している。日本を支配している高市早苗統一教会政権も、金融ユダヤ人のための道具にすぎない。統一教会は金融ユダヤ人→CIAの下部機関なのだから。
我々は、豚と同じように、飼育場の壁と餌しか知らない人間家畜にされ、限りなく体感時間の短い人生の柵に放り込まれようとしているのだ。
<転載終了>
速かろうと遅かろうと
一人一人、時間は異なるのだから
genkimaru1
が
しました