https://yocchan-no-blog3.blog.jp/archives/14117949.html
<転載開始>
ウクライナ戦争が長期化し、消耗戦争の実態が誰の目にも明らかになり、ウクライナ側を支援し、ロシアを戦略的な敗北に導こうとしてきた西側の戦略が地上では大失敗に終わりそうなことがほぼ確実視され、その戦場はウクライナ国内だけではなく、ヨーロッパへ、そして、最悪の場合、通常兵器から核兵器へと一気に拡大する危険性が増大するに連れて、この戦争の本質に迫り、何としてでも核戦争を回避しようとする真面目な論評が多くなってきた。そんな昨今である。
と同時に、戦争推進派と和平派の分断はさらに進んでいる。
もちろん、巷における議論の焦点は多様を極める。
ここに「ロシア恐怖症、大ヨーロッパの三角関係、ウクライナ戦争」と題された最近の記事がある(注1)。
本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。
***
副題:ロシア恐怖症の解釈、そして、リチャード・サクワやパスカル・ロタスとのインタビュー
ロシア恐怖症が再びその奇怪、かつ、醜い頭をもたげている。NATOは「ヨーロッパ・大西洋の安全と安定にもたらすロシアによる長期的な脅威」に対して宣戦布告した。戦争の嵐が迫っている。今週、リチャード・サクワが私に語ったように、ウクライナ戦争はヨーロッパとロシアの戦争に発展し、やがては核戦争の領域に踏み込む危険性がある。この世界的な大惨事から世界を救うために、私たちは西洋の心と歴史を見つめ直さなければならない。ロシア恐怖症の感情的な歴史と、ヨーロッパ、北米、ロシアという三角関係の世界史を理解する必要がある。
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ジェフ
ロシア恐怖症には怖さを感じる。それは、最近の10年余り、ウクライナやロシアと西側諸国の間の紛争のより深い根源を探るきっかけになった。プロパガンダや人種差別、古くからの憎しみとは異なる症状なんだよね。だが、似たような深い根っこ持っている。人間は恐怖を感じたり、排除したり、復讐を想像したり、切り離せないつながりがある他人に対して暴力を煽る能力を持っていることを示している。
さらに先に進みたい場合は、以下の見出しをフォローしていただきたい:
• NATO 3.0と反ロシア戦争
• ロシア恐怖症の新しい解釈
• 大ヨーロッパの三角関係の再考
• リチャード・サクワへのインタビュー「ロシア・ウクライナ戦争:帝国の愚行」
• パスカル・ロタスへのインタビュー
また、今週のエッセイや解説はこちらで確認可能:
• リチャード・サクワ教授「ロシア・ウクライナ戦争は欧州での破滅の瀬戸際にある」 [YouTube]
• ゾンビー軍団 [YouTube]
• 1750-1830年、大ヨーロッパが世界の支配者となった80年 [YouTube]
• サラ・ファーガソンのインタビューに関するマランディ教授のノート
• コンラッド「闇の心」#5:この事件の本質は私の干渉の力を超えている [スローリード]
• ソ連国家と文明の謎の崩壊 [エッセイ]
ご支援ありがとうございます。ぜひ有料会員へのアップグレードをご検討いただきたい。
ジェフ。
NATO 3.0と反ロシア戦争:
NATOの指導者たちは、NATO同盟に再度焦点を当て、「NATO 3.0」を宣言した。これは三つの特徴によって他と区別される。まずは、NATOはヨーロッパを軍事化し、ヨーロッパ諸国がウクライナ戦争に関して主な財政的責任を負う形で防衛費を増大させた。第二に、ヨーロッパNATOはその要塞をヨーロッパの門であるウクライナで守ることに固執している。「ウクライナは大西洋の横断的な安全保障に貢献している」とアンカラでのNATO首脳サミットで宣言した。「そして、同盟諸国はウクライナがその自由、主権、領土の一体性を守ることに対して揺るぎない支援で団結している。」ヨーロッパはトランプの気まぐれな離反と海賊的襲撃を阻止した。あの悪名高いトランプとゼレンスキーの対決での希少資源についてのやり取りをご記憶だろうか?第三に、「グローバルNATO」は、一旦インド太平洋から撤退し、ロシアを再び「ヨーロッパ・大西洋の安全保障」における永遠の敵であるとして宣言した。
ロシア国際問題評議会のドミトリー・トレーニン会長は、NATOの第3形態を戦争宣言と解釈した。「NATO 3.0は戦争を意味する。もし実際に戦争になれば、NATOはもう存在しない。」今週、リチャード・サクワが私に話してくれたところによれば、彼がなどでロシア高官やアナリストたちと最近行った会談を報告したところ、トレーニンの介入は、戦争を拡大すべきかどうか、拡大する場合はどうやって誰を標的にするべきか、等に関してモスクワでハト派とタカ派の間で活発に行われている議論の一部なのである。
サクワによれば、タカ派のトレーニンの見解はモスクワのセミナーで批判されたそうだが、代替メディアの一部では広く拡散されている。トレーニンは、NATOにおける米国の77年間の支配を忘れ、戦争の激化をヨーロッパの歴史やロシア恐怖症のせいにしている。
ヨーロッパのNATO指導者たちの現代的な戦略文化のすさまじいまでの欠如は、米国に安全保障を委ねてきた過去80年を経て、当然の帰結だ。そして、彼らの盲目的なロシア恐怖症は、深く根付いた古典的なヨーロッパの人種差別や過去5世紀にわたるロシアに対する実際の、または、認知された恨みによるものである。このふたつがヨーロッパをロシアとの直接的な衝突のコースに追い込んでいる。
トレーニン:「」から
トレーニンは旧ソ連邦時代の軍事情報部の大佐で、ソ連崩壊後に米国の戦略文化に惚れ込み、米国系シンクタンクで親西側的な見解を主張するキャリアを築いた。まさに1990年代のロシアにおける米国による革命の正統な後継者であるかのように、彼は米帝国・西側の過ちをヨーロッパのせいにするのを好む。同様に、野蛮な西部的な地政学文化に浸ったポッドキャスターが余りにもたくさんいて、彼らは皆同じことをしている。
残念ながら、ヨーロッパ・ロシアの歴史とロシア恐怖症に関するこの遍在する見解は、間違っているだけではなく、危険でさえある。世界はこの憎しみのサイクルを断ち切る必要がある。平和を確立するには、ロシア恐怖症に対する共感的な歴史が必要であり、ヨーロッパ、北米、ロシアという有害な三角関係から脱却する必要がある。
ロシア恐怖症の新しい解釈:
プロパガンダとは、理性に訴えることなく、聴衆を納得させることである・・・。つまり、人々の信念や意見は集団心理の非合理性によって形成される。
グレン・ディーセン:「ロシア恐怖症について」から
心には理性が知らない理由がある。
ブレーズ・パスカル:「パンセ」から
ロシア恐怖症に影響力を及ぼしかねないグレン・ディーセンの解釈は、ロシアに対する恐怖と嫌悪という現象をプロパガンダの産物として捉えている。彼の理論自体が地政学的リアリズムの産物であり、国際関係におけるこの支配的パラダイムの限界を明らかにしている。ディーセンの理論では、大国は人間心理の非合理性、特に「自分たち対彼ら」という思考への偏りを地政学的な利点のために活用するが、その結果、競合国への認識を歪曲し、自国の意思決定における文化的条件を歪めてしまう。こうして、彼らは自らのプロパガンダの犠牲者となるのである。外交政策は理性ではなく、感情によって動かされる。
でも、どうして、そして、いったいどうやってあらゆる立場の人々がこのプロパガンダを熱心に受け入れ、チャイコフスキーを否定したり、まるでゾンビー軍団のように世界を終わらせる戦争へと行進しようとするのか、とあなたは疑問に思うかも知れない。
私はブレーズ・パスカルの「心には、理性が知らない理由がある」という金言を適用したくなる。
歴史には、現実主義が知らない現実がある。
私たちは、心の理由を受け入れ、人間の「信念や意見」を非理性的だと病理化することなく、なぜ人々がロシアに対してそのような反感(恐れ、憎しみ、恨み、嫌悪、軽蔑、嫌気)を抱くのか、そして、時にはそれらの感情が差別や偏見、敵意、暴力を引き起こすのかを説明し得るロシア恐怖症の新しい解釈が必要だ。
ロシア恐怖症が時には差別、偏見、敵意、あるいは暴力(」で挙げられている要素)という厳しい社会的現実につながることに疑いの余地はない。私自身もオーストラリアでそうした影響を目の当たりにしてきた。2022~2023年の「ロシアをキャンセル」というキャンペーンの恐ろしい程の戦争への熱狂は、世界中のロシア人や他のコミュニティにも大きな損害を与えた。その最も暴力的な形態は現在ウクライナで見られ、「脱ロシア化」によって、ロシア人を「海の怪物」として社会的に暴力、差別、非人間化することが国家的に許されているのである。」

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ロシア人を怪物として非人間化するイメージは、トールキンの「」から引用した(ウクライナ危機メディアセンター、2022年4月)。
だが、ロシア恐怖症のプロパガンダ理論では、日常的な差別や「マイクロアグレッション」への広範かつ感情的な参加を十分に説明することはできない。実際、このプロパガンダ理論は、ロシア恐怖症という考え自体が単なるロシア国家のプロパガンダの産物であるという反論を招くだけである。ロシア人を怪物として描くような非人間化のイメージや、ウクライナの反ロシア差別的な立法、行動、そして、人種差別的な言説が無視されている。確かに、西側の批評家たちは、ロシア恐怖症を主張する人々を、「プーチンの操り人形」だとして中傷し、反西洋主義、反米主義、反ユダヤ主義といった許しがたい偏見を抱いているとしてレッテルを貼るのである。
反ユダヤ主義はロシア恐怖症と比較する上でおおいに参考になるものであり、ロシア恐怖症が一種の人種差別ではないかという疑問を投げかける。現在、このテーマについて活発な議論が行われているが、その一部はパスカル・ロタスがリチャード・サクワやその他の評論家と共に出席したプスコフでの「ロシア恐怖症会議」についての考察によって促進されている。「ロシア恐怖症について:ヨーロッパの対ロ戦争の執着の中心にある人種差別についての考察」の中で、彼はプスコフ会議での洞察を次のようにまとめている:
ロシア恐怖症はまず第一に政治的現象であり、人種差別の一形態であり、意図的に助長され、反ユダヤ主義と非常によく似ている(ヤコフ・ラブキンが指摘した通りである)。これは、他者化が必要な集団の空虚だが弁証法的なステレオタイプを生み出す。
パスカル・ロタス:「」から
モントリオール大学の名誉教授であるヤコフ・ラブキンは、脱近代化が現代の自由主義的規範を弱体化させ、反ユダヤ主義へのガードレールを取り除き、偏見やロシア恐怖症の正常化を助長していると主張していた。
宗教や民族の多様性を維持することは、現在脅かされている近代性の重要な側面である。かつて比較的安定していた多文化・多民族社会が存在した場所では、民族ナショナリズム、部族主義、宗教を旗印とした武闘主義、経済的・社会的・その他の排除が正当性を得る。これらは脱近代化の兆候、つまり、近代性の尺度の後退を示している。
ヤコフ・ラブキン:「」から
ラブキン教授は、今週、この動画「」の中で、パスカル・ロタスと自分の考えを話し合った。彼らの会話は、ロシア嫌悪が一種の人種差別であるのかどうかという問題に触れている。パスカルは、プスコフ会議でのアレクサンダー・メルクーリスの論文(このを参照)に基づき、次のように主張している:
ロシア恐怖症が「うまく機能する」のは、このステレオタイプの人種差別的な性質が、同じようなことを他の民族に対して行ってきたヨーロッパや米国の征服者たちによって一度も直面されることはなかったからだ。西側(南北アメリカ大陸)やオーストラリア、ニュージーランドでは、植民地化した土地で虐殺を繰り返しながら侵略してきた。東洋や南洋においても、彼らは狂気じみた破壊行為を行った(ほんの一例だが、コンゴ、アルジェリア、パレスチナ、ベトナム、等)が、最終的には行き止まりに遭い、阻まれた。根底にある人種差別のいくつかは必要に迫られて、直面せざるを得なかった。つまり、黒人に対して、ユダヤ人に対して、アジア人に対して。しかし、他のものは今でもかなりそのまま残っている。ロシア恐怖症はそのひとつだ。
パスカル・ロタス:「」から
トレーニンの「古くて価値があるとされるヨーロッパの根深い人種差別やロシアに対する実際の、あるいは、想定された恨み」に対する挑戦的な主張もまさに同じような考えに基づいている。
ロシア嫌悪にはステレオタイプの考えや外部集団への反感があることには同意するが、それをヨーロッパの植民地主義的人種差別の忘れられた顔として分析し、ユーラシアの草原で「排除の論理」を繰り返しているという解釈には賛成できない。私の異なる見解の歴史的な基盤については、以前のに関する記事や、「」について書いた記事の中である程度論じており、次の章で簡単に触れる。そして、実際に、この記事の最後で言及するインタビューでパスカルとこの問題について話している。
現代のロシア恐怖症は、人種差別のように集団の外部に対する嫌悪として現れることもあるが、東欧の極右やそのディアスポラの例外を除けば、主に人種という概念や議論もなしに起こる。ラブキンが主張するように、本質主義的なのかも知れないが、それは人種に基づく本質主義なのであろうか?
それは常にそうだったというわけではない。1880年代から1945年までのゲルマン系ヨーロッパ全体では、反ロシア的な議論はしばしば明確に人種的・非人間的な言葉で表現されていた。この反ロシア・反スラヴ感情の波は反ユダヤ主義の台頭と同じような力や状況のもとで生まれていた。を受賞した唯一の本物の歴史家であるテオドール・モムゼンを含む何人かの主要な知識人たちは、別の歴史家トライチケが示したようなドイツの反ユダヤ主義を退けたが、東のライバルには毒を吐き、スラブ人に対する暴力を支持した。、反ユダヤ主義が世界的な力になったとき、ドイツの指導者たちはこのロシア恐怖症を人種差別として公然と表現した。
「東方では、スラブ人はまだ自分たちの国家意識に目覚めてはいない民族であり、究極的には強者の目的のために利用されるだけの人間的な素材に過ぎない。」
ヒトラー:「わが闘争」から
トレーニンは、フリードリヒ・メルツやウルズラ・フォン・デア・ライエンのようなヨーロッパの苦々しい指導者たちがそういった感情を閣僚会議の中に押し込めているのかも知れないと暗に示しているかも。だが、私はそうは思わない。マーク・マザワーが「反ユダヤ主義:歴史の中の言葉」で示したように、「反ユダヤ主義」や「ロシア恐怖症」のような言葉の意味は変わって行く。
さらに重大なのは、この現象が歴史の流れに応じて形を変えていることだ。ユダヤ人の解放後に現れた反ユダヤ主義は第一次世界大戦後の制度化された暴力とは異なり、最終的にはホロコーストでその頂点に達した。その後1945年以降のヨーロッパや米国での周縁化された反ユダヤ主義、1967年から1973年のアラブ・イスラエル戦争後の「新たな反ユダヤ主義」への反発、そして、ジェノサイドや人種差別の批判からイスラエルを守る「国際ホロコースト記念同盟」(IHRA)の定義によって新たに武器化された反ユダヤ主義の定義ともまた違うのである。
同様の原則を歴史的現象としてのロシア恐怖症の解釈にも適用すべきである。それは地政学的、社会的、政治的、文化的など、さまざまな歴史的出来事に応じて形を変える。それは「根深い古典的なヨーロッパの人種差別」ではない。北米、オーストラリア、そして、私に言わせてもらうならば、中国にもいくつかの変異株がある。それは「古代からの憎悪」ではない。実際、マザワーの反ユダヤ主義に関する本は歴史や迫害に関する宗教的な考え方に対しておおいに価値のある是正策となっている。多くのイスラエル人やユダヤ人、そして、北米の福音派キリスト教徒の間では、反ユダヤ主義は「最も長く続いた憎悪」であると信じられていることがガザにおける大量虐殺の文化的燃料となった。このような終末的な言説や文明の黙示録がロシアや北米の多くの知識人をヨーロッパへの復讐の戦争に自らを投じさせていることに私は深く心を痛めている。
ロシア恐怖症の新しい解釈に適用すべきだと思うもうひとつの原則は、この現象を感情の歴史の中に位置づけて考えるべきだという点である。私たちはその現象そのものを見なければならない。そのことに関する宣伝だけではなく、そのことに結びついた文学的な手法や視覚的なイメージだけではなく、ギー・メッタンが主張しているように、その現象とゆるく、曖昧に結びついている歴史的事件だけではなく、カトリック教会と正教会の分裂にまで遡るのである。でも、より重要なのは現象そのものだ。恐怖症だ。排除や暴力に人々を駆り立てる恐怖や嫌悪感だ。感情こそが大事なのである。
感情の歴史は、過去30年以上にわたる歴史研究の中で発展してきた、奥深い分野である。この分野の三つの核心的な考え方は、ロシア恐怖症の解釈に応用されるべきだ。まず、感情には社会的に体現された歴史がある。人間の心理が基本的な感情のカテゴリーを生み出している可能性はあるのだが、感情の表現や行動は時代や社会によって根本的に変化する。ロシア恐怖症や反ロシア主義の波は上がったり下がったりする。特に戦争が平和に勝るとき、その形は瞬時に変わる。二番目に、感情は「感情体制」によって社会的に管理される。フランス革命以前は、感傷的な感情を公然と熱心に表現することが非常に流行していた。2010年代の数年間、「マイクロアグレッション」は日常的に禁止されていた。2022年以降、ロシアへの反感は熱狂的に奨励されるようになっている。このような感情体制の形成は感情の熱量を上げたり下げたりすることができる。三番目に、感情は歴史や出来事の進行を変える。考えだけではなく、物質的条件だけでもなく、群衆の間だけではなく、政治指導者たちの舞台裏においてさえもだ。1914年7月にヨーロッパを覆った反感の波は世界的な大惨事を引き起こした。2013年以降、増大する強度で西側世界を消費してきたロシアへの反感に類似した熱狂は、今や、世界を壊滅的なヨーロッパ・北米・ロシア戦争の瀬戸際に追い込んでいる。
感情の歴史やロシア恐怖症(または反ロシア主義)については、別の機会に詳しく述べることになるかも知れない。しかしながら、前にもこの記事で感情の歴史が反ユダヤ主義の歴史にどのように関連するかについて触れてみた。
身体は反ユダヤ主義を記憶する:歴史における言葉、思想、感情
ジェフ・リッチ、May/09/2026から
書くかどうかにかかわらず、この文章が読者の皆さんに「現実主義者」的な解釈では排除されがちな、人生や歴史の本質である感情的で非合理的な混乱を含むロシア恐怖症という現象に関してよりよく理解する助けになればいいなと思う。
歴史には現実主義には知られていない現実がある。
大ヨーロッパの三角関係を再考:
ロシア恐怖症、もしくは、反ロシア主義の歴史はロシア・ヨーロッパ・北米という三角関係の長く、そして複雑な歴史を背景に形作られている。
これら三つの地域は、18世紀の後半から共通の文明的な世界を形成した。ジョン・ダーウィンが「アフター・タメルラン」で指摘したように、これらは西洋となり、西洋は世界を支配し、植民地化するために進出し、いわゆる「グローバルノース」となったのである。そして、そう、ロシア帝国も植民地主義で人種差別的な強国となった。しかし、私が、昨年、世界史の旅で説明したように、この西洋のコミュニティ、三角関係の中には深い緊張が存在していた。
大ヨーロッパが持つ西側のフロンティア
ジェフ・リッチ、Feb/26/2025から
この三角関係の歴史は反ロシア主義の流れに影響を与えた。三角関係の仲における愛と憎しみの葛藤が、その強さや感情の変化に影響を与えたのである。それは帰属と排除、相互依存と疎外をめぐる闘いであった。この話についての考えはまた別の機会に詳しく話しをしたいが、1814年、1917年、1991年、そして、2014年の四つの年がこの複雑なロシアと西洋、西洋と世界との関係について過去の250年間にわたる大きなパターンを示している。
1814年に、ロシアはナポレオンの革命的で権威主義的な帝国からヨーロッパを解放した。ウィーン会議はヨーロッパにおける安定した平和の基盤、ヨーロッパ協調体制、米国のモンロー主義宣言、ロシアの中央アジア進出、そして、蒸気機関によるグローバル化を通じた自由で開かれた貿易の拡大を築いた。これがダーウィンの考える「大ヨーロッパ」であり、西洋の再発明でもあった。
1917年は決定的な分岐点を示し、その後、ソビエト連邦、そして、ロシアに対して長く、時には熱く、時には冷たい戦争が続いたとマイケル・ジャバラ・カーリーが論じ、最近では。1917年以降、ロシアはもはや西側への反感なしには属することができなかったが、共産主義であるにもかかわらず、リスボンからウラジオストクまでの「共通のヨーロッパの家」に復帰したいと望んでいた。
1991年、ロシアは北米がヨーロッパと同盟しているにもかかわらず、この[愛憎三角関係]の中でついに「普通の国」として受け入れられると信じていた。だが、ソ連文明が崩壊したかどうかにはかかわらず、共産主義から解き放たれたソ連市民の希望は悲劇的な失望に終わった。
2014年までに、ロシアは米国に再び裏切られたことに気づいた。今日のモスクワでの議論、つまり、「アンカレッジ精神」を信じるべきか、それとも、嫉妬に駆られてヨーロッパに復讐すべきかはロシアがこの有害な三角関係から完全に抜け出せていないことを示している。
そして、「NATO 3.0」が示すように、ヨーロッパもまったく同様だ。
私の希望は、手遅れになる前に、ロシアもヨーロッパも虐待的な米国人たちから離れ、長い間世界の政治と文化を支配してきたこの有害な三角関係を捨てることだ。
リチャード・サクワとのインタビュー、「ロシア・ウクライナ戦争:帝国の愚行」:
私はリチャード・サクワとのインタビューの中で、その希望を表明した。このインタビューでは、彼の新しい本「ロシア・ウクライナ戦争:帝国の愚行」(2026年)について話した。
私たちは以下のことを話し合った:
· ロシア・ウクライナ戦争の4つの転換点
- 暴力による危機の解決 - 2022年2月
- ウクライナの脱植民地化・脱ロシア化の戦争 - 2023年7月
- 戦いをロシア領内に持ち込む、クルスク攻勢 - 2024年8月
- 帝国的な平和大統領の愚行、2025-2026年
· 「帝国の愚行」はバーバラ・タックマンの著書「愚行の行進」に触発されている
· ヨーロッパとロシアの戦争の見通し、そして、モスクワの多くの人々がヨーロッパとの永続的な平和をまだ諦めてはいないこと

Photo-3:パスカル・ロタスとのインタビュー
ついに、今週、「ニュートラリティ・スタディーズ」の素晴らしいにインタビューしていただき、上記に挙げた多くの問題点や現代世界政治を分析する上で「文明」という考え方がどれほど有用であるかについて話をした。
[金曜日にリンクを挿入]
私は2026年の最初の「Long Read」で詳しく掘り下げた文明や文明国家、国家文明の考え方についても簡単に触れた。
ダボスの破裂と文明国家の崩壊
ジェフ・リッチ、Jan/18/2026
Photo-4:ダボスで野蛮さの破裂を目撃
彼のチャンネルで動画をチェックするか、土曜日までに公開されていればこちらで視聴していただきたい。
視聴してくれてありがとう。
ジェフ
P.S. 有料会員になると、ボーナス動画、スロウリード、月刊ロングリード、私の「Burning Archive」全体、「歴史ガイド」へのフルアクセスが貰えます。
参加すると、ありがとうメールで2つの無料ガイドがもらえます。
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これで全文の仮訳が終了した。
ロシア・ウクライナ戦争の背後には合理性だけでは割り切れない「ロシア嫌い」とか「ロシア恐怖症」といった感情の世界が大きく、そして、奥深く広がっている。そして、4年半が経った今でさえも戦闘が続いている。
ロシア恐怖症を歴史的に考察すると、その源流はキリスト教会が東西に分離した1000年も前にまで遡るという指摘は私を驚かせるに十分であった。その指摘を読み、有難いことに、断片的な情報で混乱を極めていた私自身の理解を整理することができた。
そして、この複雑なロシアと西洋、西洋と世界との関係を論じるために1814年、1917年、1991年、そして、2014年の四つの年を挙げている。特に、次のような秀逸な説明、つまり、「1991年、ロシアは北米がヨーロッパと同盟しているにもかかわらず、この愛憎三角関係の中でついに普通の国として受け入れられると信じていた。だが、ソ連文明が崩壊したかどうかにはかかわらず、共産主義から解き放たれたソ連市民の希望は悲劇的な失望に終わった。2014年までに、ロシアは米国に再び裏切られたことに気づいた・・・」という現代史の組み立ては簡潔で、実に分かり易い。この考えはウクライナ戦争を論じる際に脇へ押しやることがけっして許されはしない基本的な要素であると思う。
このロシア恐怖症という西側の現象はその背景に非常に長い歴史を背負っている。したがって、歴史的な文脈を抜きにしたままでロシア・ウクライナ戦争を論じることはあからさまな茶番であり、低次元なプロパガンダに留まるものであると言わざるを得ない。
参照:
注1:Russophobia, the Greater Europe Triangle, and the Ukraine War: By Jeff Rich, Jul/18/2026
<転載終了>

「ウクライナからの攻撃によって燃料不足に陥ったロシアでは、遂に、不足する上、低質の物しか手に入らなくなったガソリンのオクタン比をいじる為、魔術に頼るのが流行」
なる、日本であれば、オカルト雑誌に載る名の通った霊能者個人による霊感商法を、あたかもロシア全土の末期的窮状と紹介する記事がありました。
そして、それに続くコメント欄も、国はもとより、住民からして救いようの無いバカ。と言い切る、ロシアへの際限の無い罵倒と、このバカどもに永遠の絶縁を叩き付けたウクライナへの絶讃と励ましの嵐。
余りの気持ち悪さに、私はロシアの知的レベルについて、多少の弁護の書き込みをしたのですが、そうしたら、まさに、逆鱗に触れてしまったのか、文章からして、明らかに5人以上からの痛罵と、私が書き込んだ文章に対する評価で、+、−、共に一人一回しか許されない仕様のサイト上で、2ダースもの「−」を受けました。
まぁ、十二年前に90目前で亡くなった父や、父方、母方の親戚からして皆、筋金入りと言える程の反ソ連、反ロシアで、ベルリンの壁が崩壊した時や、ゴルバチョフがノーベル賞を受賞した時など、
「(北方領土を取り返す)戦争を仕掛け損なった!」
と愚痴る程でした。
本当に、この偏執的、条件反射の域にさえ達した
「日本人の世代を越えたロシアへの憎悪、軽蔑」
は、どこから来たのでしょう?
genkimaru1
が
しました