みのり先生の診察室さんのサイトより
https://ameblo.jp/drminori/entry-12974633227.html
<転載開始>

皆さんに、ぜひ考えていただきたい裁判があります。

もし、あなたがSNS上で、

「日本の恥」
「狂信的なカルト信者」
「頭、大丈夫ですか?」
「SNSのデマだけで飲んでしまうレベルの知能指数」
「薬物乱用者」
「中毒患者」


などと繰り返し書かれたら、どう感じるでしょうか。

これは単なる反論でしょうか。

それとも、議論の相手を傷つけ、社会的な信用を落とすための人格攻撃でしょうか。

私は、どう考えても後者だと思います。

 

 

イベルメクチンに関する論文を紹介したことで浴びせられた言葉

 


北里大学大村智記念研究所の講座研究員である宗宮誠祐氏は、これまでイベルメクチンと新型コロナウイルス感染症に関する論文やデータを紹介してこられました。

ところが、その発信に対して匿名アカウントから、次のような投稿がなされたそうです。

「イベルメクチン中毒者は平気で嘘をつきますね」
「日本の恥」
「イベルメクチン真理教の狂信的なカルト信者」
「頭大丈夫ですか?」
「SNSのデマだけで飲んでしまうレベルの知能指数」
「イベルメクチン飲み過ぎておかしな妄想抱いてる」
「イベルメクチン中毒患者さん」


 

宗宮氏は、これらの投稿について発信者情報の開示を求めました。

しかし、東京地裁では開示申立てが退けられ、その後の異議の訴えでも原決定が維持されたといいます。

宗宮氏が公開されている判決文の説明によると、裁判所は一部の表現について、名誉感情を侵害する可能性を否定できないとしながらも、イベルメクチンの有効性をめぐる議論に対する「批判的な意見論評」であり、「議論の主題を離れた人身攻撃とはいえない」などとして、社会通念上許される限度を超えた侮辱ではないと判断したそうです。

※裁判の経緯や判決内容については、宗宮先生ご本人が公開されたnoteをもとに記載しています。

 

 

 

薬の有効性を議論することと、人を侮辱することは別問題です

イベルメクチンが新型コロナに有効かどうか。

これは科学的なデータや論文をもとに議論すべき問題です。

「この研究にはこういう限界がある」
「この解析方法には問題がある」
「現時点では有効性を確定できない」

こうした批判であれば、科学的な議論として当然あってよいでしょう。

しかし、

「日本の恥」
「頭大丈夫ですか?」
「知能指数が低い」
「中毒患者」
「狂信的カルト信者」


という言葉のどこが、論文に対する科学的な批判なのでしょうか。

研究内容への批判と、発信した人への侮辱は、明確に分けなければなりません。

どの薬を支持しているかによって、許される侮辱と許されない侮辱が決まる社会になってはいけないと思うのです。
 

 

 

「主題を離れていないから人身攻撃ではない」という判断への疑問

 


今回、私が特に強い疑問を感じるのは、

「イベルメクチンの有効性という議論の主題を離れていないから、人身攻撃とはいえない」

という判断です。

仮に、この考え方が一般化したらどうなるでしょう。

ある政策について発信した人に対して、

「頭がおかしい」
「日本の恥」
「知能が低い」
「カルト信者だ」

と書いても、その政策をめぐる議論から生じた言葉であれば、「主題を離れていない」として許されるのでしょうか。

ワクチンについて発信した人なら何を言われてもいい。

薬について少数意見を述べた人なら侮辱されても仕方がない。

政府や専門家と異なる見解を紹介した人なら人格攻撃を受けても耐えるべきだ。

そんな基準ができてしまったら、自由な議論そのものが萎縮してしまいます。

裁判例では一般に、名誉感情を損なう行為が違法になるかどうかについて、表現が「社会通念上許される限度を超える侮辱行為」であるかが問題になります。

 

実際に裁判所が公開している別の発信者情報開示事件では、この判断枠組みに基づき、「痛々しいババアに天罰を」という投稿を人身攻撃と認定し、発信者情報の開示を命じています。

もちろん、個々の裁判は前後の文脈や同定可能性など、さまざまな事情によって結論が変わります。

それでも、「日本の恥」「知能指数」「中毒患者」といった言葉が、すべて許容される範囲だという結論には、私は大きな違和感を覚えます。

 

 

これは宗宮氏一人だけの問題ではありません

 

今回の裁判は、イベルメクチンに賛成か反対かという問題だけではありません。

SNS上で異なる意見を発信した人に対して、どこまで人格攻撃が許されるのか。

専門家や研究者が、世間の多数派と異なる論文やデータを紹介したとき、侮辱を受けても泣き寝入りしなければならないのか。

その境界線が問われている裁判だと思います。

私はこれまで、イベルメクチンに関する発信をしたことで、激しい誹謗中傷を受けてきました。

医学的な内容に対する反論ではなく、医師としての人格や能力まで否定する言葉を浴びせられたこともあります。

だからこそ、この問題は他人事ではありません。

「反対意見を述べる自由」と「相手を侮辱する自由」は同じではありません。

どのような立場の人であっても、人としての尊厳は守られるべきです。

 

 

控訴審が始まります

 

宗宮氏は東京地裁の判断を不服として、東京高裁に控訴しました。

控訴理由書は48ページに及び、追加の証拠も多数提出されたとのことです。

愛知県にお住まいの宗宮先生は、リモートや電話での参加を希望されたものの認められず、東京高裁まで出頭しなければならないそうです。

しかも、これまでの開示請求、異議の訴え、控訴を、基本的に弁護士へ委任せず、本人訴訟で進めてこられました。

調査費、裁判所までの交通費、印紙代、書類作成にかかる費用、今後必要になる可能性のある弁護士費用。

裁判を続けるためには、時間も労力もお金も必要です。

勝てると分かっている裁判ではありません。

それでも宗宮氏は、この判断をそのままにしてはいけないと、最高裁まで争う覚悟を示しておられます。

 

 

一人で背負わせてはいけない

 

 

裁判を起こした本人だけに、すべての負担を背負わせてよいのでしょうか。

これは宗宮氏個人の名誉だけを守る裁判ではないと、私は思っています。

異なる医学的見解を発信する自由。

論文やデータを紹介する自由。

少数意見を持つ人であっても、人格を傷つけられずに議論できる社会。


その大切な境界線を守るための裁判です。

裁判の内容を知り、共感された方は、ぜひ宗宮氏の投稿やnoteを拡散してください。

そして、無理のない範囲で、控訴審を支えるためのカンパもご検討いただければと思います。

金額の大小ではありません。

「あなた一人に戦わせない」
「この裁判には社会的な意味がある」
「人格攻撃を議論として正当化してはいけない」

そういう意思を示すこと自体が、大きな支えになると思います。

 

 

支援を検討される方へ

 

裁判の詳しい経緯、判決理由、カンパの方法や使途については、宗宮氏のnoteをご確認ください。

 

 

 


カンパは、調査費、交通費、印紙代、会議費、場合によっては弁護士費用などに充てる予定と説明されています。

 

また、支援者には裁判の経緯や結果を報告するとされています。

内容をよく読んで、納得されたうえでご支援ください。

支援が難しい方は、投稿をシェアしていただくだけでも力になります。

無関心によって、この問題を風化させてはいけません。

何の薬を支持しているかに関係なく、誰もが人格を尊重されながら議論できる社会であってほしい。

宗宮氏の孤独な闘いを、一人でも多くの方に知っていただきたいと思い記事にしました。

そして私は、この控訴審の行方を最後まで見届けたいと思います。


<転載終了>