井口博士のサイトより
https://quasimoto5.exblog.jp/30986524/
<転載開始>
みなさん、こんにちは。

戦後生まれた映画の中で最初の

戦艦大和

の映画というものがあった。

これは戦後1947年に誕生した新東宝という映画会社が作った。この会社は1961年に倒産。

最初はハードな作品を真面目に作ったが、金がなくなってくるとエログロの安易な作品に落ちてそれで終焉したらしい。

その初期の作品が戦艦やまとであった。

特撮は新東宝の特撮チームが徹底して模型やセットを作り撮影した。

東宝の円谷監督とは直接の関係はないようだが、この新東宝の一部のスタッフは東宝に渡り、円谷監督と共にゴジラの製作に参加したようだ。

これである。




この映画の原作はこれらしい。

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この本の著者の吉田満はこんな人。
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さて1950年代前半の映画の人たちというのは、大半が1920年代生まれの人達だ。

役者さんも大半がこの年代だった。

この年代の映画の映像を見る度に思うのは、

役者さん頭の形や顔貌が現代の役者さんたちとはぜんぜん違う

ということだ。

ほとんどの役者さんたちの頭が大きく、中には外国人かと思うような人も多い。

顔は日本人なのだがおでこが広く頭がよく発達しているのである。また堀の深い役者も多い。

身長はそれほど高くはなく、今の役者のような長身の人間はいないが、体全体の作りがしっかりしている。

1920年代生まれは大方大正生まれか昭和初期生まれに当たる。

明治ほどではないにせよ、まだ明治時代までの日本人の人種的構成が残っていたからなのだろう。

ちなみに明治までは江戸時代の士農工商の名残が強く残り、それぞれ特有の人種と区別できるほどに日本人の顔貌には差があったのだ。

この事実はノーマン・マクレオドの本に詳しい。
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戦前は華族が存在し、江戸時代の人種構成がかなりそのまま保存された。

元大名などは華族になったわけだ。

戦後GHQにより

華族廃止と税制変更

により華族は崩壊消滅したのだった。

この税制変更とは、

財産税(1946年施行)
新相続税法(1947年施行)

であった。

ここ最近ずっと1950年代の映画を見てきた感想としては、俺個人はこの財産税と新相続税法こそ、かつての大蔵省から今現代の財務省に至る緊縮財政の発端になったと考えている。


いわゆるGHQのWGIPは今や誰でも知るはずだが、そして参政党の神谷宗幣さんがかなり政治に合わせて広めてくれたと思う。

しかしながら、それを実質上行ったのはこれらの新税制であったと俺は考える。

事実、この税制により旧華族の財産が国に没収されたのである。

ちなみに日本政府は華族から召し上げた金を何に使ったのか?

実はそれがいわゆる戦後復興の元金になったのである。

建築土木や新幹線設置などのための原資が華族の持っていた莫大なる資産や不動産だったようだ。


元々はこれらの新税制は民間財閥の解体のためという目論見があったわけだが、同時に日本のインテリ層であった華族制度を破壊したのである。

実際、西洋の音楽や西洋の高等教育を我が国内で継承発展させてきたのは華族制度のおかげであった。

ヨーロッパの音楽やヨーロッパの文化やマナーなどを日本国内で日本人に教育したのは華族のおかげである。

この文化の雰囲気は残念ながら

今の皇室だけに残っている

例えば、天皇家は、みな専門の科学分野を学ぶ。ひとりひとりがオーケストラの楽器を学ぶ。日本の俳句や和歌を詠む。

こうした高等教育や文芸や芸術や音楽に常に関心を持つ。

実はこれが日本の華族全体に広がっていたのである。

例えば、いまでは金沢の観光地になっているような田舎の都は、それを戦前は華族の家庭が保持して維持してきたわけである。

これは1950年代にたくさん作られた華族崩壊の悲惨な映画

雪夫人絵図、安城家の舞踏会、芸者ワルツ、。。。

に描かれている。

これらの映画にも描かれているし、実際にこれらの映画の中にも出演しているように、

俳優になった華族、マナー教室を開いた華族、学校を開いた華族、音楽学校を開いた華族、。。。。

こうした事業を行って財産没収の不遇の時代を日本の華族出身者は生き延びたのだった。

女優の華族は久我美子さんだった。
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そこで私がよく思うのは、本当に

華族を潰す必要はあったのか?


参政党の人たちにはこの辺の事情をもっと研究してもらいたいと思う。

日本人にとって国体を維持して来た、言い換えれば、戦前の日本人の知的文化を社会の中で維持発展させてきた華族を潰す理由はなかった。


あえてそれをGHQ=アメリカ政府が潰したかった理由は何か?

戦前の教育を潰したいという理由はWGIPを施した理由としてすでによく知られたはずだ。

教育勅語や戦前の学校制度は日本の軍国化潰し=日本の最軍事大国化を阻止するためだということは分かる。

しかし、戦前の欧米の文化伝統を育み、むしろ日本をヨーロッパ化する上で役立ったはずの家族制度を破壊する理由はなかったのではないか?

あえてそれを税制を変えさせて家族制度をネコソギしたわけだ。

これにより彼らがヨーロッパからもたらした欧州的な文化伝統を完全に破壊した。

事実、いわゆる洋館というものは東京でも地方でも華族の家庭が住んでいたのである。

戦後彼らはこれらの税改革によりすべて国の差し押さえられたか、直接一般人に売って生活の足しにした。

今で言う一種の民営化である。

家族制度崩壊をもっと研究すること。

話は戦艦大和からだいぶ飛んだが、これを今回の話に加えておこう。




いやはや、世も末ですナ!



弥栄!

<転載終了>