櫻井ジャーナルさんのサイトより
https://note.com/light_coot554/n/nd6dd7364a51a
<転載開始>

 アメリカの支配層はNATOを使い、ウクライナで対ロシア戦争を展開してきた。その戦争でロシアの勝利は確定的だが、それはNATOの敗北を意味する。日本は2025年1月、ブリュッセルの在ベルギー日本大使館に日本政府代表部を開設した。現在、NATOは米英の侵略軍として機能しており、日本も米英の侵略に加担していることを意味する。


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米英の破壊工作ネットワーク

 アメリカの国防総省はソ連が消滅した直後の1992年2月にDPG(国防計画指針)草案を作成したが、その中にはドイツと日本をアメリカ主導の集団安全保障体制に統合し、民主的な「平和地帯」を創設するとも書かれている。要するにドイツと日本をアメリカの戦争マシーンに組み込むということであり、その計画通りになっているようだ。

 ところで、NATOはソ連軍の侵略に備えることが目的だと考えている人も少なくないようだが、ソ連はドイツ軍による軍事侵攻で2500万人以上が死亡したと言われ、国土の3分の1、産業基盤の3分の2近くが破壊されていた。ソ連軍はナチの地盤を制圧したものの、ヨーロッパ全域へ攻め込むことなど不可能だった。

 NATOを創設した目的について、ウィンストン・チャーチルの側近でNATOの初代事務総長になったヘイスティング・イスメイはソ連をヨーロッパから締め出し、アメリカを引き入れ、ドイツを押さえつけることにあるとしていた。NATO創設の前年、1948年にイギリスとアメリカの支配層はヨーロッパを統合するためにACUE(ヨーロッパ連合に関するアメリカ委員会)を創設している。

 ヨーロッパを統合するとは、ヨーロッパをアングロ・サクソンの支配地域にすることを意味する。その目的を達成する上で大きな障害になると考えれていたのは第2次世界大戦中、ドイツ軍と戦っていたレジスタンスだ。ドイツ軍と戦ったのはレジスタンスだけだと言う人もいる。その主力はコミュニストだった。

 このレジスタンスに対抗するため、アメリカの情報機関OSSの一部門だったSOとイギリスの特殊部隊SOEは1944年にゲリラ部隊をフランスで編成した。ジェドバラだ。

 この人脈は第2次世界大戦後、一部は特殊部隊へ入るが、一部は極秘の破壊工作機関OPCの中核になる。OPCは1950年10月にCIAへ吸収され、破壊工作部門の主体になった。その部門の名称は計画局、作戦局、国家秘密局、そして作戦局へ変化している。

 ナチが勢力を拡大させた大戦前の時期にアメリカやイギリスの金融機関は彼らに資金を提供していた。ナチの戦争犯罪を研究しているアメリカン大学のクリストファー・シンプソンによると、1920年代後半にアメリカからドイツへ融資という形で多額の資金が流れている。

 アメリカ商務省の統計を見ても、アドルフ・ヒトラーが権力を握ってからアメリカの対ドイツ投資額が急増。ヨーロッパ大陸全域でアメリカの投資額が激減している中、1929年から40年の間に約48.5%増えている。(Christopher Simpson, “The Splendid Blond Beast”, Common Courage, 1995)

 アメリカからドイツへ資金を送る上で中心的な役割を果たした金融機関にはディロン・リードとブラウン・ブラザーズ・ハリマンが含まれている。ディロン・リードの融資先はドイツ銀行、ジーメンス、そしてフリードリヒ・フリックなどに集中していた。

 ジョージ・H・W・ブッシュの父親であるプレスコット・ブッシュやW・アベレル・ハリマンが経営していたユニオン・バンキングはナチへ資金を送るために作られた金融機関だと言われ、その背後にはハリマン一族のほかジョージ・ハーバート・ウォーカーがいた。

 ウォーカーの娘であるドロシーとプレスコットは1921年に結婚、24年にウォーカーが社長を務める投資銀行A・ハリマンの副社長に就任している。ユニオン・バンキング(UBC)が創設されたのも1924年。プレスコットは1931年にブラウン・ブラザース・ハリマンの共同経営者になっている。

 ウォール街の大物銀行家だったプレスコットはアレン・ダレスと親しかったと言われている。ダレスは1893年に誕生、プレスコットは95年に誕生、つまり2歳違いだ。しかもアレン・ダレスはウォール街の弁護士であり、ウォール街の銀行家であるプレスコットと親しくなる。アレンは大戦中にOSSの幹部、大戦後にはCIAの長官として活動していた。

 プレスコット・ブッシュはエール大学出身だが、大学時代からW・アベレル・ハリマンの親友で、ふたりとも学生の秘密結社として知られているスカル・アンド・ボーンズのメンバーだった。プレスコットの息子も孫もこの結社に入会することになる。

 ジョージ・H・W・ブッシュもエール大学へ入り、スカル・アンド・ボーンズのメンバーにもなっている。大学ではボート部のコーチだったアレン・ウォルツと親しくしていたが、この人物はエール大学におけるCIAの採用担当者だった。ブッシュはそのウォルツからCIAへ誘われたと信じられている。

 ところで、ジェドバラ人脈はNATOの内部へも入り込み、1951年になるとCPC(秘密計画委員会)の下で活動するようになった。1957年にはSACEUR(欧州連合軍最高司令官)の命令でCPCの下部組織としてACC(連合軍秘密委員会)が創設される。この委員会を通じてアメリカはNATO加盟国に設置した秘密部隊のネットワークを操ってきたとも言われている。そうした秘密部隊の中でも特に有名な組織がイタリアのグラディオだ。

 NATOへ加盟するためには秘密の反共議定書にも署名する必要があるのだが、グラディオについて研究しているスイスの学者ダニエレ・ガンサーによると、NATOの元情報将校は「右翼過激派を守る」ことが秘密の議定書によって義務づけられていると語っている。コミュニストと戦うために彼らは役に立つという理由からだという。(Daniele Ganser, “NATO’s Secret Armies”, Frank Cass, 2005)

 コミュニストの影響力の強かったイタリアでグラディオは爆破テロを繰り返し、その責任をコミュニストになすりつけ、その影響力を低下させ、治安体制を強化していく。いわゆる緊張戦略だ。この人脈はジョン・F・ケネディ暗殺やシャルル・ド・ゴール暗殺未遂でも名前が出てくる。こうした出来事については拙著『テロ帝国アメリカは21世紀に耐えられない』(三一書房、2005年)でも説明している。

 日本はNATOとの関係を強めているが、グラディオ的な極秘の破壊活動機関が設置されている可能性がある。
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