大摩邇(おおまに)

日常の気になる記事を転載させていただきます。

霊界・精神世界等

「天国の証明=プルーフオブヘブン」:人は死ぬと「高天原」に行くのか?

井口博士のサイトより
http://quasimoto.exblog.jp/22071097/
<転載開始>
みなさん、こんにちは。

昨年暮れに拙著
ニコラ・テスラが本当に伝えたかった宇宙の超しくみ 上 忘れられたフリーエネルギーのシンプルな原理

拙著「ニコラ・テスラが本当に伝えたかった宇宙の超しくみ」:やっと完成
「ニコラ・テスラの風が吹いている」?:いよいよ「謎の科学者」の本が明日から発売!
を出版した頃、ほぼ同時にある本が出版されていた。その影響で、拙著はランク10位まで行ったのだが、さすがにランク1にまで行くことはなかった。その本がこれだった。続きを読む

ちょっとしたお知らせ:「高い次元へ覚醒」というより「いい人間の認識でこの世を生きたい」と思う方との共有をめざしたく

In Deepさんのサイトより
http://oka-jp.seesaa.net/article/397239551.html
<転載開始>


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今日は記事をふたつアップします。
こちらはお知らせのような感じです。

ところで、最近 Seesaa ブログがよくサーバ障害などで、極度に表示が重くなったり、表示されなくなります。そのような際には、こちらのページに状況を記すようにしているのですが、こうあまりにも障害が続くと、移転なども考えたくなりますが、 In Deep の記事数は現在では 1800以上になっている上に、写真や図版も多いですし、現実的に他に全移転するのは相当な時間と覚悟が必要で、現時点では不可能に思えます。


どの程度の手間がかかるのか、今では単なる日記の過疎ブログと化している「クレアなひととき」などで「ブログ記事全移転実験」でもやってみようかなとも思っています。

それには別に理由もありまして、クレアの場を使う必要はないのですけれど、最近「やりたいこと」というか、私は今、同じ意志を持ち方などと「意識」を共有したいことがありまして(情報の共有ではないです)、それは先日の記事の、

人工 DNA から生命が作られる物質科学の時代に考え直したい 100年前にシュタイナーが唱えた「人類が高次へ移行する方法」
 2014年05月12日

で、シュタイナーが唱える「人間が高い次元を認識するという概念」について、ザラッとですけど、その全体像を知った時に、

高次元を認識したり移行したりする

ということについて私は勘違いし続けていたことに初めて気づいたのです。

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この世は自分が映し出す鏡~自分が変わる事で世界が変わる

魔法入門カバラ~潜在意識~真を見抜くさんのサイトより

http://magicaldragon.blog.fc2.com/blog-entry-293.html

<転載開始>

精神世界ではよく言われている話で、自分の現実は自分の心の中が映し出されているという法則だ。四次元や五次元にある自分の本体からの写像が三次元に投影されているという解釈でもいいだろう。

次の文章はチャネリングメッセージ、しかもGFLサービスの話なので申し訳ない。だが、GFLサービスはコブラを閉め出した事で最低限の評価はできるようになった。また、筆者としては、この項目は正しいと判断したので、引用して語る。(GFLサービス情報の「これから起こる事」に関しては、一切信じてはならない。)

あなたの現実というのはあなた自身が発する感情やバイブレーションを映す鏡でしかない。あなたと同調する現実のみがあなたの現実にやって来ます。あなたが既に内に抱いていないものは、どんな物質も他の人でさえもあなたに与える事は出来ないのです。……エンジェリックガイド

誰か新しい人に会えば自分が変わるとか思っている人もいる。まあ、確かに誰にも会わないで家にいるよりは可能性はある。しかし、自分の波長に合わない要素は、相手から見いだす事はできない。

以前に筆者が京都で会合を開いた時は、それなりにいい雰囲気で進んだ。訪れた場所では、通常は公開していないものを公開していて手で触る事ができたりと、皆の意識レベルが高い状況だから実現したと言える。

幾ら筆者が色々な知識などを持っているといっても、例えばスーパーマーケットで買い物する時に周りの人間が筆者に質問をしてきたり、情報を得られる事はあり得ない。

筆者と会う事で、元々素質のある人は、筆者から色々なものを得る事ができる。しかし、たとえ筆者が有していても、まだ知る事の難しいエリアの情報を引き出せるかは本人次第というわけだ。

情報に限らず、お金に関しても同様な法則となる。ある金持ちがいたとする。しかし、その金持ちの所へ行っても、通常は訪問者に対し、お金を払ってくれるお客さんとしか見ていない。鏡の法則を加味した理由としては、金持ちを訪問した者は、その金持ちからお金を貰えると思っているからだ。その金持ちはケチでも駄目な奴でもない。ただ、訪問者に対してお金を渡す根拠が無いと考えているのだ。訪問者が何かを提供してくれるわけではないのだから、お金を出すはずがないではないか。

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マスターについて-1 (2) (3)

スピリチュアル・ライフさんのサイトより
http://plaza.rakuten.co.jp/siriun/diary/200806140000/
<転載開始>
さるグループにお招きをいただいて、マスターに関するワークショップをファシリテート。
オーラソーマをやっている人が何人かいらっしゃるとのことなので、クイントエッセンスに出てくるマスターを中心に実施。

以下、講義ノート。



■マスターとは

master:マスターする/修得する/極める
マスターした人/お店などの主人/先生

スピリチュアルな世界における霊的な指導者。

じっさいには、神々から実在の人物にいたるまで人類にとって指導的な立場にある存在を広くマスターといっている。


ただし、基本的にはアセンデッド・マスターのことを特にマスターと呼ぶのが一般的。

アセンデッドというのは、「アセンションをした」という意味。
アセンションとは「(次元)上昇」のこと。
要するに、この3次元ベースの世界からより高い次元にシフトをした存在。

だから、この3次元で生きることの苦しみや悲しみを知っているし、マスター自身もさまざまなプロセスを経てアセンションをした実体験をもっている。
だからこそ、愛と思いやりに満ちたアドバイスやサポートをしてくれる。

次元についてはいくつかの考え方があるが、伝統的には12次元でこの宇宙をみる。
・12次元:神とのワンネス。
・11次元:大天使の領域。
・10次元:光のステージ。アセンデッド・マスターが到達する境地。
・9・8次元:グループソウル。音や水、銀河など。
・7次元:モナド(ハイアーセルフのハイアーセルフ)。
・6次元:ハイヤーセルフ。
・5次元:魂の世界。
・4次元:想念、神話の世界。
・3次元:物質、肉体レベル。
・2次元:動植物など他の生き物たちとのつながり。
・1次元:四大元素。
各次元の内容については、伝える人によって若干の異動はあるけれど。

ちなみに、神々ははじめから神々として生まれた。
ある意味で、この宇宙の根本原理を擬人化したもの。
姿かたちはもっていないけれど、人間がアプローチしやすいようにあたかも人間的なイメージが付与されている。
でも、理念や空想ではなく、じっさいに存在をしている。


天使は、神々と人間をつなぐ存在としてつくられた。
100%神の僕。
神に仕えるための存在なので自由意志はない。


それから宇宙人もまた存在して、いくつかのグループは地球に関与してきている。
プレアデス、シリウス、アルクトゥルスなど。
ほとんどは5次元以上をベースにしており、その意味では物理次元を超えている。
ただし、宇宙人も地球人と同様に個人的に悟りを開いた存在はいるけれど、グループとして10次元まで到達しているわけではない。
したがって、それなりの情報や技術はもっているけれど、エゴもあるし偏りや間違いもある。
ちょうど、われわれが原始時代にいったとしたら、原始人の知らないこと、原始人にはできないことがたくさんあるので、彼らはびっくりして、われわれを神と思い込むかもしれない、、、そんな感じ。


それとは別に、妖精のように人間とは別系統の存在たちもいる。
フェアリーとか天狗とかバンバイアとか。
多くは4次元から6次元をベースにしている。
彼らには彼らのプログラムやテリトリーがあり、すべてが人間に対して好意的とはかぎらない。


さまざまなマスターがいるが、以下おもにオーラソーマで扱われているマスターについて紹介をする。



■惑星ロゴス

◎サナトクマラ

地球のハイアーセルフにあたる存在。

正確には「惑星ロゴス」。
地球はただの岩の塊ではなく、魂をもち、ある種の意志とまとまりをもったひとつの存在。
「惑星ロゴス」とは、株式会社地球の最高責任者みたいな人(?)。
地球に命を吹き込み、ひとつの有機的な存在として形を作りあげ、ある計画に向けて指導、監督をする。

一説によると、サナトクマラはすでに惑星ロゴスの地位をブッダに譲って、いまは「沈黙の監視者」という立場から地球をサポートしているという話もある。
いってみれば、社長職を後任に継承し実務を任せ、会長職に格上げされたようなもの。

       †

サナトクマラは、われわれの属する天の川銀河の小さな惑星で転生を重ねたという。
大きさや密度など、地球によく似た星だったといわれる。
彼は、そこで69回の転生の末、アセンションをした。

アセンションしたのち、一時は高次の世界で、天使たちといっしょに音楽の勉強をしていた。
宇宙中すべての楽器に関する音楽理論について学んだという。
音楽は、波動をマスターするのにとても適した媒体。

その後、彼は「惑星ロゴスとなるための修練の道」に進むことを選ぶ。

彼が、まず最初に受けた修練は、意識を90万の断片に分割して、それぞれの断片をこの銀河にあちこちの惑星に転生をさせたというもの。

ひとつひとつの断片がそれぞれの惑星でいろいろな経験をつんだのち、長い年月を経てもとにもどってきた。

そして、その後、物質的な体をもって金星でトレーニングを受けることになる。

金星には7つの寺院と12の訓練施設があって、12000人の教師がいる。

そして「物質レベルでうまく機能できれば、宇宙のどこへいっても通用する」といわれ、このため宇宙じゅうからトレーニングを受けるために100万単位で生徒たちが集まってくるという。

       †

こうした訓練を経て、いまから1850万年前にサナトクマラは地球にやってきた。

地球は46億年前にできたっていうから、そういう意味で、地球ができた当初からかかわっていたというわけではないんだけど、サナトクマラの影響は地球にやってくるまえにさかのぼって浸透したといわれている。

サナトクマラが、はじめ地球のどこに降り立ったかについては諸説ある。

アリス・ベイリーのチャネリングによれば、ゴビ海=いまのゴビ砂漠の上だという。
けれども、はじめに降り立ったのは日本ではないかという説が根強く、有名なのは京都の鞍馬山の魔王尊がサナトクマラだといわれる。
サナトクマラがいるところはシャンバラと呼ばれていて、いまはたしかにゴビ砂漠の上空にエーテルの状態で存在しているといわれているけれど、はじめは鞍馬の上にあったものが移転したというのが通説。
さらに、シャンバラは鞍馬の上につくられたが、サナトクマラが降り立った場所としてはは、熊本=とくに幣立神宮、飛騨高山、富山県の立山など、いくつかの説がある。
それらの場所は、展開と地上をつなぐ一種のポータルがあるといわれる。



パートナーは、レディ・ビーナス・クマラ。
金星で縁をもったと思われる。



サナト・クマラが統括しているところがシャンバラ。
地球政府のような場所で、創造主の意図を具現化する役割を担っている。
そして、それとは別に愛と叡智を具現化する機関としてスピリチュアル・ハイラーキーを創設した。
ハイラーキーとは「ピラミッド型の階級組織」という意味であり、もともとカトリックなどの教会組織のことをいった。
サナト・クマラの創設したスピリチュアル・ハイラーキーの名前を、グレートホワイト・ブラザーフッド/シスター・フッドという。

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生命力を高める「感謝」の力

日本を守るのに右も左もないさんのサイトより
http://blog.nihon-syakai.net/blog/2013/03/002502.html#more
<転載開始>
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 自分へ、周りのみんなへ、自然へ・・・
 感謝する対象が広がれば広がるほど、充足も広がっていきます。
 その充足が体にもたらす効果って、こんなにすごいんですね!にほんブログ村 政治ブログへ
◇ 身体への感謝がもたらす、身体の回復 ◇

 病気、そして身体への感謝は、ときに身体の奇跡的な回復を見せるそうです。今回紹介するのは、寺山心一翁さんという、腎臓ガンから奇跡的に回復された方のインタビュー記事。
 身体を治癒できるほどの、その感謝の中身とは?そのきっかけは?

 以下は、余命いくばくもないと判断された寺山さんが、病院から自宅へ帰ってきて、そこからのエピソードです。(「病院」という環境、それを問うてみる必要性も感じさせられます。)
 
ヨガナンダ > 心とからだの健康レポート > 感謝すべきは病なり
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退院してから寺山さんがまず実践したことは玄米菜食だった。
しかし、病院ですらまともに固形食を食べていなかった寺山さんが、いきなり堅い玄米など食べられるものなのだろうか。常識で考えるとあまりにも無謀である。

 「最初、食べられないんですよ。口なんかパサパサで、唾液が出てこなかったのです。
でもね、食べ物をね、じーつと見ていたら、そのうちにありがとう、ありがとう、ありがとう・・・って言葉が出てきて、そしたら唾が出てきたんです、生唾が。唾って血液がつくるんだよね、だからいままでよっぼど血液が悪かったんだろうね。そして、その唾でよおく玄米を噛んで食べました。一日目にそれができるとね、もう少し、もう少しってだんだん食べられるようになってくる。やっぱり食べ物は口から食べなくてはダメだって、そのときに思いましたね」

 病院が自分にしたことは、ストレスばかり多くて、いったい何なのだろう、そう寺山さんは思った。病院にいたら悪くなるばかりだったではないか。人間が本来もっている力を奪っているだけではないか。ほんとうの医療って何だろう。
それはいまもなお寺山さんのテーマである。

 「玄米菜食を始めてから、僕はもう一つあることに気がついた。僕は小さいときから山が好きで、親父に連れられてよく登っていたんだけど、冬山で太陽が出てきたときって、ほんとうにうれしいんだよね。ぼかぼかあったかくって、太陽さんありがとうって思うね。それを思い出してね、日の出が見たいって思ったのね。
 朝早くにマンションの八階まで行きましてね、日の出の太陽を見たらほんとうにきれいなんですよ。それからはだるい身体を引きずるようにして、毎朝八階まで上って朝日を見ました。死を宣告された病人ですから、ほかにすることもないし、妙に肝が座ってしまうんですよ。
 鳥が鳴き出す時間を調べたり、オーム(マントラのひとつ)を唱えて自分の胸のチャクラを探ったり、それを発見することがおもしろくておもしろくてしかたがなかった」

 寺山さんはドレミファと声を出しながら、自分の 七つのチャクラ上に移動させる方法をみつけていった。
 死の覚悟の前に自分のエゴが消え、自分の身体と向かい合ったとき、身体は自分に開かれていくのだろうか。

「ある日、チャクラを下から上につなげるのがすごく調子よかった。今日は太陽さん出てくれるかなあ、と思いながら待っていて、太陽が出てきたときにパーツと手を開いたら、太陽の光線が胸のチャクラめがけて入ってきて、僕とつながっちゃったんですよ。そしたら身体中からビュビュビュビュビューツとエネルギーが上がってきて、なんだか腰抜かしちゃって、オイオイ泣きだしちゃった」
 
 初めて射精したときの感覚に似ていた、と寺山さんはいう。そして、感動冷めやらぬままに家に戻ってきて驚いた。食卓に並ぶ家族のオーラが見えるようになっていたのだ。その後も、寺山さんの身体はどんどん鋭敏になっていく。
 
「ある夜、僕はよく眠れなかった。当時の僕は二四時間眠っているような状態でね、ちょっと引っ掛かってしまうともう眠れなくなってどうしていいかわからなくなっちゃう。だからそういうときは自分の身体を使っていろんなことやってみるわけ。そのときはちょっと胸に手を当ててみた。そのころの僕はあばら骨がみんな出ちゃってましたから、よくあばら骨のなかに手を突っ込んでいたわけです。そしたら、ドックンドックンしている。心臓ですよ。あばら骨の下から皮膚を通して心臓に触れて、へーって思った。これっていまだに一度もエンストしてないよな、って。

すごいなあ、心臓さんありがとう、って。そうしたら涙が出てきちゃって・・・。

いままでの人生で一度も止まらずに働いてくれて心臓さん、ありがとうってつぶやいたんです。それから、胃さん、ありがとう。腸さん、ありがとう。肺さん、ありがとう。そうやって一つひとつの臓器にありがとうっていったんですよ。でもね、ガンさんにはありがとうとはいえない。途端にパッときたの。僕がつくっちゃったんだ、ごめん、僕の行いが悪くてつくっちゃった。あんなに働いて、あんなに無理して頑張って、僕がつくっちゃったんだ。ごめん、ごめん、僕の子供だ。そしてね、最後に、愛してるよ、っていったんです。ガンに、愛しているよって。そしたらスカーツとしたの」
 
そして、寺山さんの転移したガンは、長い期間かかったが、自然に縮小していく。
自分を愛し、自分の体を愛し、自分に宿ったガンすらも愛せたとき、人間は新しい力を自然界から注ぎ込まれるのかもしれない。
頭はそのことを忘れているけれど、身体の細胞の一つひとつは治癒に至る道を記憶しているのだ。

           「精神世界が見えてくる」  サンマーク出版
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 充足エネルギーをもらって感謝の想いがあがったからでしょうか。やっぱり“感謝は万能薬”になりうるかもしれませんね。


<参考>
◇ 共認治癒力(1) ◇http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=83042&h_d=1163&m_d=rpc
◇ 共認治癒力(2) ◇http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=83081&h_d=1163&m_d=rpc


<転載終了>

死後の世界を突きとめた量子力学

なわ・ふみひとさんのサイトより
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1302-15.html
<転載開始>
死後の世界を突きとめた量子力学
コンノケンイチ・著  徳間書店
人は輪廻の束縛から脱して「悟りの世界」に入る
  聖書はともかく、量子力学と仏教の接点に戻ろう。
  仏教の根本的な思想は「輪廻」すなわち人の生まれ変わりで、どんな人間も輪廻という循環から脱出できないと説いている。そこでは車輪が回転するように、人は死ぬと、天人・人間・動物・地獄の生き物のいずれかに再生して、永遠に輪廻の転生を続けるという。
  輪廻から抜け出ていない状態では、地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上の六道の間をぐるぐると輪廻する。六道では、人間の煩悩の根元は、怒り・貪欲・愚痴で、この三つに対応してくるのが地獄・餓鬼・畜生という。
  修羅は、人間の利己心が角突き合いする争いの世界である。その上に普通の人間の状態の人間界があり、最後には輪廻の世界では最上の天上界がある。しかし、天上界も永遠の世界ではなく、気ままや高ぶりによって地獄、餓鬼、畜生界に転生するという。
  六道の上に、この輪廻の世界を超えた悟りの世界、声聞・縁覚・菩薩・仏の四聖道があるという。以上を合わせて十界という。
  仏教の理想とするのは輪廻世界からの脱出で、それを「解脱」という。そこでやっと輪廻の束縛から脱して、「悟りの世界」に入ることができるのだと教えている。

  そして量子力学は世紀末にいたって「祈り」が単なる宗教上の儀式でなく、「現実を創造し、願望を実現する」ことを物理的に明確に証明したのである。
  科学として実証されたら、それを人生に活用しない手はない。
  みなさんは「奇跡のパワー」という言葉を聞かれたことがあろう。日本語にも元気、病気、気分、気質、気が合わない、などといいうように「気」という文字が頻繁に使われるが、このようにわれわれは無意識に「気のパワー(気力)」の存在を認めてきた。
  その代表が「気功」といわれるもので、中国では古くから正統医療として認められており、いまでは欧米の病院でも使われ始めてきている。
  ユリ・ゲラーに代表されるスプーン曲げも現代科学ではメカニズムが不明なので排斥されがちだが、何らかの気のパワーが存在することが実験でも報告されている。アメリカのスタンフォード研究所で1972年に5週間にわたって行なった実験で、その結果はイギリスの有名な科学雑誌「ネイチャー」に掲載されたが、科学的に説明不可能な現象が確かに起こっており、ゲラー効果は科学的研究の立派な対象たるものであると結論している。(『宇宙からの帰還』立花隆著、292ページ参照)
  『気のパワー』を悪用したものにブラック魔術に代表される呪術もあるが、人間の持つ思念パワーを現実へと顕在化させる意味では同じであろう。しかし、「人を呪わば穴二つ」と言われるように反作用も大なので絶対にやってはいけないといわれている。
  アメリカで医者に見せられたビデオに、プードゥー教の呪いをかけられた中年女性の体内から針が徐々に発生するというものがあった。レントゲン写真を見ると内臓を避けて小さな針が発生し、皮膚に近づくにつれて徐々に大きく成長し、それが皮膚から出てくるのを週に1回ずつ医者に抜いてもらうのだという。皮膚から抜き取った針には糸を通す穴まで有ったのには驚いた。こうした現象の前には、どんな名医もお手上げである。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → 死後の世界を突きとめた量子力学
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メル・ギル氏の臨死体験

本山よろずや本舗さんのサイトより
http://homepage2.nifty.com/motoyama/index.htm
<転載開始>
 今回は、月刊誌『アネモネ』に載っていた、メル・ギル氏の臨死体験を紹介したいと思います。
 メル・ギル氏のプロフィールには、作家・映画監督・心理セラピスト・講演家とあります。一時期、引き寄せの法則『ザ・シークレット』が流行ったことがありましたが、これをさらに発展させた『ザ・メタ・シークレット』という手法を広めている人のようです。

 スピリチュアルな本を読んでいると、臨死体験をしてあちらの世界に行き、過去の自分の行動を追体験するという記述に出会うことがあります。興味深いのは、自分だけでなく、その場にいた相手の気持ちまで体験するということです。
 今回のメル・ギル氏の臨死体験もそうで、12歳のメル・ギル少年と、ホームレスの女性とのやり取りが語られています。それはメル・ギル少年にとっては些細な出来事でしたが、ホームレスの女性にとっては大きな転機になったという話です。

 ・・・<月刊『アネモネ』2103年3月号、p6~p9から抜粋開始>・・・

 死の淵をさまよう手術中に体外へ抜け出て自分を見ていた

 18歳の時、私は臨死体験をしました。
 それがきっかけとなり、「字宙の法則」を会得したのです。 それは、まさにスピリチュアルな体験でした。
 通常、臨死体験は自分の内面が穏やかになり、魂が体外に抜け出る体験にもなりえますが、その時の私は激痛を感じていました。
 私はジャングルの中で転落事故に遭い、左腕を複雑骨折した結果、全身が「ガス壊疽(えそ)」という重度の感染症にかかってしまいました。 抗生物質がないような戦場などでは、体が腐っていく病気です。
 そうなると、腐った部分の病原菌が血液中に入り、血流に乗って全身を巡り、肝臓や腎臓、心臓さえも機能を停止してしまいます。
 病原菌に侵された私は、左腕を肘の上から切断しなければならなくなりました。その手術を受けている時、あっという間に肉体から抜け出てしまったのです。 そして、手術台に横たわった自分を、もう一 人の自分が眺めていました。
 同時に、両親や医師が何を話しているのか、その病院内のほかの場所でどんな会話が交わされ、何が起きていたのか、すべて把握している状態だったのです。 しばらくすると、医師が私の両親に死亡時刻を宣告しました。
 私は「ここにいるよ!」と叫び、自分がいることを知らせようとしました。 でも、彼らには聞こえません。
 そうするうちに、私は天井を突き抜けて上空に上がって行ったのです。

 白いトンネルの先にいた慈愛あふれる光の存在たち

 気がっくと、目の前に自い光のトンネルが見えてきて、私はそこに吸い込まれるように入って行きました。
 その先にいたのは、崇高な雰囲気を漂わせた慈愛あふれる光の存在でした。彼はゆったりとしたシンプルな青紫色のローブを身にまとっています。 彼からこう言われました。
 「あなたは、まだここに来る時期ではない。 もっとやらなければならない仕事があるから、地上に戻りなさい」。
 しかし私は本来、交渉好きなこともあり、彼にお願いしたのです。
 「もし、帰らなくてはいけないなら、もう少しだけここにいてもいい?」と。
 彼は「では、分かった」と笑顔で答えてくれました。 そして、ほかの光の存在たちに私の面倒を見るように取りはからってくれたのです。
 その世界にいる間、私は数多くの光の存在に出会い、その都度あらゆることを学び、それによって、物事の真実を知ることができました。
 この間、私の感覚では4、5日経ったような気がしていました。 しかし、病院が行った心肺蘇生法で息を吹き返した私は、地上ではたった19分間しか経過していないことを知ったのです。
 退院して自宅に帰ったものの、もうそこが自分の家ではないような気がしました。 そこは自分の心の故郷にはほど遠く、臨死体験で訪れた先が「本当の故郷だ」と感じていたのです。

 ・・・(中略)・・・
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ブルーアイランド

なわ・ふみひとさんのサイトより
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/browse1302-11.html
<転載開始>
ブルーアイランド
現在は『タイタニック沈没から始まった永遠の旅』と改題されています。
エステル・ステッド・著  近藤千雄・訳  ハート出版
ブルーアイランドの生活
  死後の世界のことになると、人間はすぐに「そこではどんな生活が営まれているのですか」という問いを発します。これは実に自然な疑問ではありますが、これほどとらえどころのない質問もありません。そのことを理解していただくために、一つ私から質問をしてみましょう。
  仮にあなたが大都会のど真ん中に連れてこられたとしましょう。車が行き交い、ビルの谷間を人間が忙しそうに歩いております。すべてが初めて見るものばかりです。「彼らはいったい何をしているのだろうか?」――あなたはきっとそう思うに違いありません。あなたはその光景をどう説明なさるでしょうか。
  「みんな、それぞれの仕事があるのです。パンを焼く人、車を運転する人、会社で事務を執る人‥‥いろいろです」――こんな内容では地上生活を説明したことにはなりません。それは地上生活の断片を拾って並べただけのことで、それだけでは理解することはできません。私がいま直面している難しさも、それと同じです。
  「ある者は海岸でしゃがみ込んだまま、じっと沖を見つめています」とか、「恋人と離ればなれになった悲しさに泣いてばかりいる人がいます」とか、「アルコール中毒の後遺症で、ただぼけっとしている者もいます」とか、「いまだにチャペルの鐘を鳴らし続けている者がいます」といったことを並べても意味がありません。それをもってブルーアイランドの生活であると考えてもらっては困ります。それらは、無数にある生活模様の断片にしか過ぎないからです。
  そこで私は、そういった断片を拾っていくことはせずに、この世界の特徴を総括的に述べてみたいと思います。
  みなさんが、もしも今のままの姿でブルーアイランドを見物に訪れたら、たぶん、第一に面白味のなさを感じることでしょう。総体的に地上環境と非常によく似ているからです。地上に帰って「(あちらの世界は)どうでした?」と聞かれたら、「いやはや、この地上と実によく似たところですよ。いろんな人種がごっちゃに生活している点が違いますけどね」とおっしゃるでしょう。
  その通りなのです。ここでは、かつての地上生活とまったく同じ生活の連続といってもよいでしょう。まず、よく休養します。睡眠の習慣が残っているので、実際に眠ります。夜というものはありませんが、地上にいた時と同じ要領で、睡眠を取ります。少なくとも、こちらに来て間もない頃はそうです。
  また、地上の人間と同じように、各地を訪ね歩いたり、探検したり、動物や植物の生命を研究したりします。かつての友人・知人を探し求めたり、訪ねたりもします。気晴らしの娯楽もあります。新しい分野の知識を求めて図書館などで勉強することもあります。
  生活のパターンは地上生活とよく似ています。違うところといえば、地上生活は地球の自転をはじめとする環境の力によって制約されますが、こちらでは当人の精神的欲求によって決まるという点です。
  衣服も実質的には同じですが、ありとあらゆる人種が集まっていますので、全体としては地上では見かけたことのない種々雑多な様相を呈しております。異様と言えば異様ですが、いろいろと勉強になります。
  この界層は地球圏に属し、地上時代の感覚や習性はそのまま残っておりますので、一見したところ地上時代そのままの容姿をしております。新しい知識を少しは仕入れておりますが、地上時代のものは全くと言っていいほど捨てていないのです。
  そうした習性を捨てていく過程は実にゆっくりとしています。こちらでの生活を重ねるにつれて、それまで後生大事にしていたものが何の意味もないことに気づくようになるばかりでなく、やがて邪魔くさいものに思えてきます。その段階に至って初めて、その習性にまつわる意識が消えるわけです。
  たとえばタバコを吸う習性がなくなるのは、タバコが手に入らないからではなく、タバコを吸うのはいけないことだと思うからでもなく、吸いたいという欲求がなくなるからです。食べるという習慣も同じです。そのほか何でもそうです。なくてもなんとも思わなくなるのです。我慢するのではありません。欲しければ手に入ります。現に、欲望が消えてしまわないうちは、みんな食べたり飲んだり吸ったりしています。
  こちらへ来てしばらくは、思想も行動もまったく自由です。何を考えようと、何をしようと、すべて許されています。“禁じられたこと”というのは何一つありません。制約があるとすれば、それは当人の持つ能力や資質の限界です。
  しかし、やがて霊性が芽生えて、知識欲と自己啓発の願望が出始めた段階から、そういう無条件の自由はなくなります。ちょうど鉄くずが磁石に引きつけられるように、求めている知識や自己啓発にとって最も適した機能を備えた建物へと引き寄せられていきます。その時点から、本格的な“教育”が始まるわけです。どうしてもそこへ通わざるを得なくなるのです。一つの分野が終了すると、次の分野へと進みます。
  ただし、外部からの力で強制されるという意味ではありません。内部からの知識欲、啓発意欲がそうさせるのです。あくまでも自由意志が主体になっているのです。だからこそ、地上時代から精神による身体のコントロールが大切なのです。こちらの世界では精神が絶対的に威力を発揮しますので、他界直後の幸福度は地上から持ち越した精神の質が決定的な影響を持つわけです。
  満足感を味わうのも、不満を味わうのも、地上で送った生活次第――形成された性格の質はどうか、好機を活用したか、動機は正しかったか、援助をいかに活用したか、視野は広かったか、身体的エネルギーを正しく活用したか、‥‥そうしたことが総合的に作用するのです。
  単純な図式で示せば、身体を支配する精神の質と、精神を支配する身体の質との対照です。地上では精神も大切ですし、身体も大切です。が、こちらへ来れば、精神だけが大切となります。死の直後の幸福感の度合いは、地上で培った精神の質によって自動的に決まるのです。
  そういう次第ですから、「死後はどんな生活をするのですか」という質問をなさる時は、どなたかご自身の親しい人が外国へ長期の旅行に出掛けた場合に、「今ごろあいつはどうしているかな」と思われるのと同じであることを思い起こしてください。誰しもきっと「まあ、元気にやっているだろうさ」と思うに違いありません。われわれも同じです。ブルーアイランドで元気にやっております。

もっと読んでみたい方はこちらをどうぞ → ブルーアイランド
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エドガー・ケイシー日本人への最後の警告  

なわ・ふみひとさんのサイトより
http://www.h2.dion.ne.jp/~apo.2012/library516.html
<転載開始>
エドガー・ケイシー日本人への最後の警告  
誰も正視できないこの国の終末
五十嵐康彦・著  廣済堂  1990年刊


  リーディングで明らかにされた転生の法則

  「カルマ」とは仏教でいう「業」にほかならない。長く仏教的な考え方をベースにして生活してきた私たち日本人の多くは、日常的に意識しているかいないかの違いはあるにせよ、この“業(カルマ)”を信じている。
  霊魂の転生――つまり「生まれ変わり」は、この業=カルマと密接に関連しており、このことは著名な丹波哲郎氏の霊界にまつわる話で、もはや私たち日本人の間では常識化しつつある。一方、キリスト教を信じる西洋人にとっては、「生まれ変わり」は異端の考え方なのだ。
  ところで、エドガー・ケイシーの場合はどうか……。
  1923年8月10日の午後、オハイオ州デイトンのホテルの一室でエドガー・ケイシーのリーディングが行なわれた。いつもと同じように、催眠状態に入った彼が妻ガートルードの質問に答え、秘書のグラディス・デービスが速記をした。その形には何の変化もなかった。しかしその内容は、目覚めた彼自身が大きなショックを受けるものであった。
  いつものように、グラディス・デービスが速記録を読み返すのを聞きながら、彼はしばし呆然とし、それが過ぎると強い恐怖感に襲われた。
  敬虔なプロテスタントで、年に一度は聖書を読み通すほど神を至上のものと信じてきた彼は、自分が気がつかないうちに悪魔の手先にされてしまったのではないかと疑ったのである。
  催眠中の彼は、至って冷静に、当然のことであるかのように「生まれ変わり」の事実を語っている。人間が地球上に生まれる前に“別の生”を持っていたこと、地球上に生を得てからも、人間は何度も生まれ変わりながら現在に至っていること――そんな荒唐無稽なことを考える人間は、当時のキリスト教徒には異端者としか考えられなかったはずだ。
  クリスチャンなら誰でも、父なる神が人の住むべき家を用意してくれるというキリストの約束を信じている。もちろんケイシーも、それを固く信じてきたのである。その自分が無意識の中で語っていることは、神に背き、悪魔に魂を売り渡したとしか言いようのないことだった。
  彼の混乱をよそに、このリーディングを依頼したアーサー・ラマーズは喜びで興奮していた。アーサーは印刷業を営む傍ら、心霊現象とか東洋の宗教を熱心に研究していた人物である。このリーディングをするために、わざわざケイシーをアラバマ州セルマから呼び寄せたのだ。
  自分の考えが間違っていなかったことを保証してくれたこのリーディングに、ついはしゃぎたくなる気持ちもわかろうというものだった。
  エドガー・ケイシーは、この時、生涯で最も大きな転回点にいたと言ってよいだろう。彼は何よりも、この場に背を向けて帰ってしまいたいという気持ちでいっぱいになったが、自分の知らないことは一切受け入れないというほど頑迷ではなかった。
  そんなことを言えば、そもそもフィジカル・リーディングでさえ、彼の確認しようのない分野のことであった。リーディングができるようになったのは“神の意志”によると考える以上、それぞれの時点ではどんなに“常識”に反するように感じられたとしても、謙虚な気持ちで受け止めるべきであるという結論を、彼は出していたのであった。
  このエドガー・ケイシーの大決心によって、われわれは、人類誕生の謎も、現代の人類が抱える危機をも知ることができたわけである。
  ところで、自分の前世を知ると何の役に立つのだろうか? 前世がどんなに良いものにせよ、逆にどんなに悪いものにせよ、もはや手の付けようがない以上、今さら知っても意味がないと思われて当然である。にもかかわらず2,500人以上の人々がリーディングを依頼し、ほとんどの人がそこから何ものかを得、その後の人生をより良いものにしようとしたのであった。
  リーディングによれば、すべての人間は、利己的な心を捨て、自分より不幸な人を助けたいという気持ちを持ち続けることによってのみ、自分の可能性をフルに開花させることかできるというのである。

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「さくらアンタツ」再び!

本山よろずや本舗さんのサイトより
http://homepage2.nifty.com/motoyama/index.htm
<転載開始>
 先月の16日に、私が参加したATIHリトリートで知り合った方の娘さんが、お笑い芸人を目指しているという記事を紹介しました。
 娘さんは女性2人組のコンビを組んでいて、コンビ名は「さくらアンタツ」です。
 以下、「さくらアンタツ」の写真です。右側が娘さんのアンちゃんで、左側が相方の、りえちゃんです。





 彼女達は現在東京のワタナベコメディスクールに通われていて、その生徒さん達によるお笑いライブが毎月開催されています。
 今月(2月)は、12日(火)と16日(土)の2回行われるとのことです。
 私は12日(火)に観に行こうと思っています(場所は中目黒で、時間は午後7時開演です)。

 このお笑いライブは、スクールに通う生徒さん達にとっては大事な登竜門で、ここで観客の支持を得られないと世に売り出してもらえません。
 お笑いライブの会場に入るとき、アンケート用紙が配布されます。そこに当日出演する生徒さん達(20数組)の芸名が書いてあり、ライブを観て、面白かった上位3組に○をつけます。生徒さん達は、この○を一つでも多く獲得しようと頑張っているわけです。
 私は、「さくらアンタツ」を応援する立場として、今回も「さくらアンタツ」に○を付けようと行ってきます。

 この記事をご覧の方で、興味を持たれた方は応援していただければと思います。
 入場料は500円ですが、事前にチケットの予約が必要です。以下は相方のりえちゃんのブログですが、観に行こうと思われた方は、りえちゃんに(メッセージを送って)チケットをお願いして下さい。

http://ameblo.jp/igamaro/entry-11462389125.html

 頑張れ、「さくらアンタツ」!


(2013年2月6日)

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