https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/485513be31e2d926b77ae3d26fbbd6f4
<転載開始>


永久に終わらない「対テロ戦争」の出発点である2001年9月11日に起きた前代未聞・空前絶後の摩訶不思議な9・11事件(日本では「同時多発テロ」)の19年周年の記念日なのですが、政府もマスコミ有識者も全員が見ざる聞かざる言わざるで沈黙する。
普通の常識ある知識人にとって、アメリカの9・11事件は超危険物なのである。
日常の気になる記事を転載させていただきます。


永久に終わらない「対テロ戦争」の出発点である2001年9月11日に起きた前代未聞・空前絶後の摩訶不思議な9・11事件(日本では「同時多発テロ」)の19年周年の記念日なのですが、政府もマスコミ有識者も全員が見ざる聞かざる言わざるで沈黙する。
普通の常識ある知識人にとって、アメリカの9・11事件は超危険物なのである。

第一次世界大戦(1914年~1918年)→世界恐慌(1929年~)→第二次世界大戦(1939年~ 1945)
2019年末に中国武漢で見つかった新型コロナウイルスSARS-CoV-2による感染症 (COVID-19) では、ヒト・モノ・カネ・情報など一つの例外もなく全てが自由に国境を超える悪魔の碾き臼「新自由主義」が強制終了して、第一次世界大戦後の金ぴかの資本主義バブル景気を吹き飛ばした「世界恐慌」をしのぐGDPの落ち込みは凄まじい。
90年前の「世界恐慌」が歴史上最も沢山の人々が死んだ第二次世界大戦の直接的な原因だと言われているが大恐慌前後の二つの世界大戦と世界恐慌は、「原因と結果」の一つながりの出来事であった。

コロナのインチキが世界的にバレていく 2020年9月2日 田中 宇 |
新型コロナは、ウイルスが咽頭に100万単位で付着していないと感染しない。PCR検査は、検査対象者の咽頭の体液に含まれている遺伝子類を何回も増幅して増やし、検出するが増幅をやりすぎると、決して感染に至らないごく少数のウイルスも検知して「陽性」を出してしまう。感染者だけを陽性者と判定するには、増幅回数を30回未満にするのが良いが、米国でのPCR検査の多くは37-40回の増幅をしている。
1回の増幅で2倍になるので、25回の増幅で3300万倍になる。30回の増幅で10億倍、40回の増幅で1兆倍になる。30回と40回では千倍違う。25回と40回では3万倍違う。倍率を上げすぎると、ウイルス感染リスクとは無関係に陽性反応が出る。
NY州のPCR検査は40回増幅の結果に対し、増幅を35回にすると陽性者数が半分に減り、増幅を30回にすると陽性者の数は3割に減ってしまう。またマサチューセッツ州の計算によると、40回の増幅で陽性になった人の85-90%は、増幅を30回にすると陰性と判断される。米政府(CDC)は、米国内のPCR検査で何回の増幅をしているか発表していない。

(75年前の今日)1945年9月2日,戦艦ミズーリの艦上で,日本の降伏文書に署名するコンラッド・ヘルフリッヒ提督。隣にはマッカーサー元帥が立っている。カラーフィルムで撮影された写真。

G.W.F.ヘーゲル 著「キリスト教の精神とその運命」弁証法論理の原初形態としてイエスの「愛」による主体と客体の止揚が打ち出され、その愛自体が運命の必然によって乗り越えられてゆくことを示した若きヘーゲルの記念碑的著作。
小泉純一郎政権の生みの親の田中真紀子外相と外務省事務次官との摩訶不思議なバトル発生で、(たぶん森総理など自民党執行部の密命でクレムリンとのパイプがある鈴木宗男衆議院議員などと)密かに二島返還での平和条約締結の秘密交渉を行っていた「ムネオ事件」に連座して逮捕された日本の怪僧ラスプーチンこと佐藤勝外務省分析官が獄中で読んでいたのが小難しいドイツ観念論哲学の最高峰ヘーゲルの「キリスト教の精神とその運命」など一連の弁証法哲学だった。

大阪だけの「気管の挿管」ってなに???
とうとうNHKや民放各局が一斉に東京を超えた大阪の感染者数を報じる中で、東京都(小池百合子都知事)の新型コロナの重症者の基準が日本政府(厚労省)や大阪と違っていた(誰にも知らせず勝手ICU「集中治療室」を抜くと密かに変更していた)トンデモナイ事実をすっぱ抜いた。
ところが何故かNHKの図が変である。
東京だけICU(集中治療室)を抜いたのは統計上の重症者数を抑える(統計上だけ低く見せる)目的だが、大阪だけの独自基準「気管挿管」の意味が分からない。


ヤラセ?八百長疑惑?
香港の返還記念日(7月1日)の前日の6月30日に「香港国家安全維持法」(国安法)が施行され、8月10日には香港警察は、23歳から72歳までの男女10人を香港国家安全維持法に違反した疑いなどで逮捕したと発表している。
記事の冒頭に掲げたように大勢の関係者や取材陣が押し寄せ、APF通信は香港警察が周庭氏の自宅に大挙して押しかけ拘束し連行する現場を取材して「後ろ手に手錠をされて連行される様子」と報じているのですが、???見れば見るほど疑惑は膨らむばかり。


キューバ革命のわずか半年後、1959年7月25日に広島を訪問した伝説的英雄エルネスト・チェ・ゲバラ(当時31歳、国立銀行総裁)。8月6日の原爆投下の日を前に、「他の日程をすべて犠牲にしても、原爆慰霊碑に献花したい」というゲバラらの強い願いから予定は変更。フェルナンデス大尉と駐日キューバ大使の2人だけが随行して広島に向かった。