https://note.com/nakamuraclinic/n/n0169a5840db2
<転載開始>
クリニックを開院して、当然、閑古鳥。卒業した大学とも研修した病院とも無関係の土地に、いきなりポンと開業したのだから、こうなることは分かっていた。アルバイトして、その給料でクリニックの家賃とかスタッフの人件費を払っていた。「ちょっとした宣伝のつもりで」と思って、ブログを書き始めた。この『院長ブログ』がじわじわとビューを伸ばして、お客さんが来てくれるようになり、やがて経営が安定した。
https://clnakamura.com/blog/
記事を書くとき、頭の中に漠然とした「こういうことを書こうかな」のイメージがあって、キーボードに字をカチャカチャと打ちつつ、消しつつ、やってるうちに、それなりの医学的エッセーのようなものになっている。
すでに世間の多くの人がChatGPTやGeminiなどのAIを活用しているように、僕も使っている。超知能を無料で使えるのだから、ありがたいことに違いない。しかし、使い続けるうちに、「これはアカンな」という思いも芽生えてきた。
たとえば、ある臨床事例について僕なりの考察を書こうと思った。ある程度書き進めてから、ふと思い立ってAIに聞いてみる。完璧な考察が返ってくる。自分がそれまで書いていたものをコケにするような完成度。圧倒的な知識量に裏打ちされた精度の高い考察。これを見てしまって後では、自分の考察はいかにも拙くて、もはや人前にさらすことが恥ずかしくなってくる。
熱量かけてわざわざ恥をかく(書く)ぐらいなら、「これが答えです」とAIの答えをコピペするなりリンクを貼ればいい。でもそんなことをするぐらいなら、そもそも情報発信する意味がない。そして、書く意欲自体が消える。
完璧なものを目の当たりにしたとき、人が感じるのは、崇高の念か無力感。そのどちらかなんだな。
AIを礼賛するのは癪だし、無力感を抱えたまま書くのはきつい。それで僕は思いました。「これはアカンな」と。













