大摩邇(おおまに)

日常の気になる記事を転載させていただきます。

官邸前デモ

【官邸前金曜集会、半年】~後編~ 大人しい日本人を変えた「再稼働反対」

田中龍作ジャーナルさんのサイトより
http://tanakaryusaku.jp/2012/09/0005220
<転載開始>
2012年9月30日 22:29
男性は「原発を止めたい一心で札幌から一ヵ月かけて歩いてきた。=28日夕、官邸前。写真:諏訪撮影=

男性は「原発を止めたい一心で札幌から一ヵ月かけて歩いてきた。=28日夕、官邸前。写真:諏訪撮影=

 「原発反対」の声をあげるため首相官邸前に集まる人々の数は、最盛期(6月末~7月末)と比べると、明らかに減少した。しかし原発推進に異を唱える人が減ったわけではない。

 官邸前が減った分、地方で声をあげる人が増えているのだ。官邸前で“研修”した人々は地元に帰り、当地の金曜集会を盛り上げる。ウェブ上で数えただけでも70ヵ所を超える。田中と諏訪は8月から地方の金曜集会に足を運んでいるが、各会場には必ず「官邸前経験者」がいる。

 「夏休みに官邸前に行き声が枯れるまで叫んだ」。JR青森駅前で出会った女性(40代)は清々しい表情で語った。

 日本人は大人しいと言われてきたが、最高権力者のノド元での抗議行動が半年余りも続いているのである。それも万単位の参加者で。

 国家権力の具現者である警察と市民の力関係も変化し始めている。毎週金曜夕方、官邸前に通じる歩道は警察の通行規制が敷かれる。警察官が通せんぼして参加者を官邸に近づけないようにするのだ。

 28日夕、衆院会館前の歩道で“衝突”があった。参院会館での集会を終えた女性たちが、制服警察官に行く手を阻まれた。

 「ダメです、ここから先は進めません」。警察官たちは、両手を広げて立ちはだかる。

 「あなた達、何の権利があって私達を止めるの?」「いいから行かせてよ」。女性たちは全く怯まない。

 押し問答が続いた。そうこうしているうちに一人の女性が警察官の手を払いのけて前へ進んだ。なだれを打つように他の女性たちも歩き出した。田中と諏訪も後に続いた。警察の規制は“力づくで”突破されたのである。警察は得意の「公妨」を適用することもできなかった。これまでのデモ・集会ではあり得なかったことだ。

官邸に近づけまいと通せんぼする警察官と揉みあう女性たち。=衆院会館前。写真:田中龍作=

官邸に近づけまいと通せんぼする警察官と揉みあう女性たち。=衆院会館前。写真:田中龍作=

 国会議事堂前のファミリーエリアに行くと、お腹の大きな女性(武蔵野市在住)がスピーチ台に立ちマイクを握っていた。臨月の体を押して初参加した。

 腕に抱いた幼な子は1歳半だ。福島原発事故の2週間後に生まれた。不幸な出来事は続く。誕生から2日後に東京都の浄水場から基準値を上回る放射能が検出されたのだ。

 「この時ほど『原発反対』の声をあげてこなかったことを悔やんだことはない」。彼女は忌まわしい出来事を思い出すように話した。「このまま黙っていたら生まれてくる子供の未来はないと思って奮起した」と語り、吹っ切れた笑顔を見せた。

 集会・デモに参加したことのない人たちが、「再稼働反対」を叫んで政治の中心地、永田町に集まってくる。日本の近現代史になかった現象だ。

 「TPP反対」、「反貧困」…今や官邸前は市民が政府に物申す場となった。先陣を切り拓いた「脱原発・金曜集会」の役割は大きい。

《文・田中龍作 / 諏訪都》

<転載終了>

【官邸前金曜集会、半年】~前編~ 原発ゼロ求める民の声はどこへ

田中龍作ジャーナルさんのサイトより
http://tanakaryusaku.jp/2012/09/0005190
<転載開始>
2012年9月29日 01:32
官邸前の歩道に集まる人々は粘り強く、時に激しく「再稼働反対」の声を上げ続けてきた。=28日夕、永田町。写真:諏訪撮影=

官邸前の歩道に集まる人々は粘り強く、時に激しく「再稼働反対」の声を上げ続けてきた。=28日夕、永田町。写真:諏訪撮影=

 「原発要らない」「再稼働反対」…毎週金曜夕、市民たちがどこからともなく集まり、国家の中枢に向かってシュプレヒコールをあげる。官邸前の抗議集会(主催:首都圏反原発連合)が始まってから28日で半年が経つ。

 第一声をあげたのは3月29日。陽が落ちると途端に冷たくなる春先の風が体温を奪うなか、約400人が集まり野田政権の原発推進政策に抗議の声をあげた。組織動員もなくネットや口コミで呼びかけ合った人々が官邸前に集まったのだ。

 旗、プラカード、スピーチは原発問題だけに限る。再稼働反対で集まったのに防衛問題や貧困問題などについて説教されるようなことはない。思想や運動の押し付けのないことが敷居を低くした。

 回を追うごとに参加者は増え、最盛期(6月末~7月末)には10万人をゆうに超えた(主催者発表)。警察の規制線が決壊し、車道に溢れた参加者たちが官邸に突入しそうになったのは、この頃だ。

 国民的な盛り上がりに官邸もマスコミも無視できなくなった。8月22日、野田佳彦首相は主催者の代表たちと面会するに至った。官僚の操りロボットとはいえ、首相が市民運動のメンバーと官邸で公式に会談したのは、日本の政治史上初めてのことだ。
 

トイレの被りものをつけた参加者も現れた。思想や運動を押し付けない集会ならではの光景だ。=写真:諏訪撮影=

トイレの被りものをつけた参加者も現れた。思想や運動を押し付けない集会ならではの光景だ。=写真:諏訪撮影=


 「半年もやっているということは喜ばしいことではない。原発が動いているということだからだ。だが、多くの参加者がここに集まり続けているということは凄いこと」。主催者のひとりミサオ・レッドウルフさんは感慨深げに話す。

 福島県西郷村から駆け付けた女性(40代)は涙ながらに次のように語った。「文科省や経産省に何回も抗議に行ったが、全く変わっていない。そればかりか海外に原発を輸出しようとしている…」。 

 札幌を今月1日に徒歩で出発したという男性(元会社員・60代)は、きょう官邸前に着いた。顔は日焼けで真っ黒だ。「原発を止めたい一心で歩き通した。福島は(他県と)様相が違った。原発は動かしちゃ絶対だめ。これが民の声だ。何故この声が政治家に届かないのか」。男性はもどかしそうに語った。

 脱原発を求める人々の気持ちとはウラハラに事態は悪化している。野田政権は精神論だけで安全性を謳い、原発ゼロを簡単に引っ込めた。「意見聴取会」「パブコメ」で「ゼロシナリオ」が圧倒的な割合を占めた民意は、どこに行ったのだろうか?

 官邸前の金曜集会が始まって半年が経ったこの日、電源開発は大間原発の建設工事を再開すると発表した。~つづく~

    (文・田中龍作 / 諏訪都)

<転載終了>

【官邸前エクスプレッション】 9月14日~「怒ってる動物に代わって来た」

田中龍作ジャーナルさんのサイトより
http://tanakaryusaku.jp/2012/09/0005115
<転載開始>
2012年9月20日 20:40
二人は東京北区からきた俳句仲間。「(原発事故で)怒っているはずの動物にかわって、狐のお面をつけて来た」。=官邸前。写真:諏訪撮影=

二人は東京北区からきた俳句仲間。「(原発事故で)怒っているはずの動物にかわって、狐のお面をつけて来た」。=官邸前。写真:諏訪撮影=

 金曜恒例となった原発再稼働反対集会には、毎回数万~10万人超の人々が、脱原発への思いを込めて、首相官邸前、国会議事堂前に足を運んで来ます。

 「怒り」「悲しみ」「呆れ」「憎しみ」…。永田町の一角に人間の感情が迸ります。田中と諏訪は膨大な数のカットを撮りますが、記事に掲載されるのは、わずか2枚です。

 そのまま埋もれさせてしまうにはあまりにも惜しい。組織によらず庶民ひとりひとりが集まり、時の政権に異を唱える。日本の歴史で初めての民衆革命の現場を能う限り写真でお伝えします。

「廃炉招福」。50~60台からなる自転車部隊が、廃炉を願う旗をなびかせて国会議事堂周辺を疾走した。=国会議事堂前。写真:諏訪撮影= 

「廃炉招福」。50~60台からなる自転車部隊が、廃炉を願う旗をなびかせて国会議事堂周辺を疾走した。=国会議事堂前。写真:諏訪撮影= 

<転載終了>
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